一三二年 五月二八日~ ②
・アリオス暦一三二年 五月二八日 大型巡洋船アクトウェイ
「ほう、これなら楽勝だな」
リガルの呟きに、自由時間のクルーたちが船長席に目をやった。丁度珈琲のお替りを運んできたキャロッサが、リガルの手元の空いた珈琲カップに熱い茶色い液体を注ぎいれる。
「何がです?」
「ん?軍からの依頼の話だよ。隣のカプライザ星系までいって、情報を集めてこい、とさ」
イーライが溜息をついた。ジュリーは何処から出したのか、酒の入った小さなボトルを取り出すと、一口飲んだ。フィリップは黙って珈琲を啜っている。アキは、意外なことにリガルに笑いかけた。
「船長、この船の性能ならなんら問題ありません。お釣りが来るくらいです」
「だな。全員、聞いてくれ」
クルーたちが立ち上がり、リガルの周りに集まった。円形に囲まれたリガルは少し息苦しさを感じたが、気にせずに手元のコンソールを叩いて惑星メキシコのホログラフを呼び出した。
「まず、今積んでいる積荷をメキシコに下ろす。長らく閉鎖されていた惑星で、物資は高い値段がつくだろうから、報酬もそれなりに高い。報酬を受け取ったらすぐに出発し、カプライザ星系方面へのワープポイントからジャンプを行う。何か質問は?」
全員が無言なので、リガルが改めて惑星メキシコへの航路を指定しようと思ったところ、イーライが手を挙げた。なんだか軍隊みたいだな、と思いながら、リガルはイーライと視線を合わせる。
「砲雷長?」
「船長、偵察といっても危険です。向こう側に機雷が仕掛けてある可能性は十分にあります」
機雷。もう遥か昔、人類が地球と言う惑星でへばりついて争っていた時期に、海に巻いて海洋の航海ルートを閉鎖する為に用いられた軍事兵器。有用性はそれなりにあって、威力も絶大だった機雷は、宇宙では核融合爆発の際のプラズマを利用したとてつもない代物となっている。一度引っかかろうものなら、どんな船でも一撃で沈んでしまうだろう。
さらに、現代の機雷はただでさえ広大な宇宙空間をカバーする為に、ひとつひとつが自立誘導を行うようになっている。特定の味方識別装置で承認されている量子波を発していない艦船を見分け、近いものから順番に敵へと向かっていくのだ。
その使用方法は、開発された当初となんら変わらない。敵の行動を制限するために、予想される航路に数多くばら撒く。パターンとしては、ワープポイントの出口や入り口に置いておくことが傾向としては多い。それが一番確実に敵の船に命中させる方法であり、簡単に星系を封鎖することができるからだが、これをしてしまうと自軍の船でも迂闊に通行できなくなってしまうため、近頃は頻繁に生計に引きこもる馬鹿者は少なくなっていた。
一度頷いてから、リガルはその可能性を否定した。
「それは無いだろう。味方の船が戻ってくるかもしれないし、なにより効果のある範囲に機雷をばら撒くと、ワープアウト時の時空振で大方が爆発してしまう。その場合、タイムラグ的に出現した船は時空振の中心にいるわけだから、有効打は船まで届かない」
その理論は誰でも知っているわけではないが、頭の回るものならすぐにでも解ることだ。この船にいるクルーは全員が頭の回る人間だと、リガルは自信を持っている。
そして、それがまったくの気休めに過ぎないことを。
だが、イーライはそれをさらに否定した。
リガルはイーライを見る。
「わかっています。ですが、それは敵も同じこと。俺なら、機雷の信管を作動させないでおいて、敵が出現し、時空振が収まったのを見計らって信管を起動させます。そうすれば、機雷は誘爆を起こすことなく敵に向かっていくはずです」
「だが、それでは時空振の範囲内に機雷が設置され、その衝撃で今度は誤爆する危険性が高くなると思うが」
「だからこその信管の操作です。そのほかにも、多々命中させる方法はあると思いますが」
尚も食い下がってくるイーライの意見に頷いてから、俺は隣を見た。
「なるほど……アキ、どうだ?」
そこで何故彼女に意見を求めるのか、と言いたげな顔で、イーライはリガルを見た。
アキは淡々と答える。
「砲雷長、この船の防空設備と貴方の腕前があれば、敵の機雷が信管を作動させる前に大部分を破壊することが出来ます。対空レールガンとミサイルベイをワープアウトと同時に完全解放して、私のデータを貴方のコンソールと私のメモリに転送すれば、相互に連携を取りつつ迎撃することが可能なはずです」
「それはそうだが……君の反応速度と俺の反応速度ではかなりの開きがある。それでも息を合わせられるのか?」
「大丈夫です。私が合わせれば、砲雷長は全力で迎撃するだけで事足ります。演算処理速度は自信がありますので、急な変化にも対応可能です」
あくまでも突っ込みたくないのか、イーライは助けを求めるように俺を見た。他のクルーは面白そうに追い詰められていく彼の姿を楽しんでいる。
「船長、そんな重役を俺に?」
リガルは励ますように笑った。
「すまないな、砲雷長。大丈夫、君とこの船のクルーは自分が思っている以上に優秀だ」
「嬉しいこと言ってくれるね、この船長さんは」
ジュリーが半笑いで言った。フィリップも釣られて少し笑い、セシルは黙って歯だけを見せた。
「なら、俺は出力調整を見直してみるかな。エネルギー配分を見直せば、迎撃用のレールガンの旋回速度も上げられる」
「あら、それならセンサーモジュールのプログラムを少しいじっておくわ。小型物体の識別能力を強化してみる。その分、遠方のものを捉える精度は下がるけど、これを生き残るのが先決だわ」
セシルも参加してくると、キャロッサがトレーを持ったままおずおずと手を挙げた。
「あのう、私は……」
「「なにもしなくていい」」
あう、と声を漏らして落胆するキャロッサの腕を、リガルは軽く叩いた。
「心配するな、キャロッサ。君にしか出来ないこともあるだろう?それを頑張ってくれればいい。いいね?」
はい、と答えるキャロッサ。リガルの言葉で多少持ち直したようだが、まだ落ち込んでいる。他のメンバーがしっかり戦っている間、キャロッサにはしっかりと、いつ負傷者が出てもいいように見守っていてもらわなければならない。それと、万が一船の中に侵入されて白兵戦になったら、彼女は衛生兵として艦内を駆けずり回らなければならないのだ。
その小さな彼女の背中を、隣に立っているジュリーが叩いた。
「シャキッとしなよ!アンタが戦わない代わりに、私たちが戦う。それ以外をできない私たちの代わりに、アンタがそれをやる。それでいいじゃないの」
「……はい。ありがとうございます、ジュリーさん。やっぱり―――」
「それ以上は言わない。わかった?」
以前、キャロッサに『優しい人』といわれて、顔を真っ赤にして否定していた”自称”悪女のジュリーは、僅かに頬を赤らめて機先を制した。
その様子を見ていたフィリップが、笑いを堪えながら漏らす。
「素直になれば、少しは可愛いんだがなあ」
最後のほうは、ジュリーに殴られたせいで、断末魔のようになっていた。
・アリオス暦一三二年 五月二九日 惑星メキシコ 大型巡洋船アクトウェイ
よく晴れた午後。以前よりも静かな宇宙港の上空数万メートルで、ひとつの光が煌いた。
千メートルを超える船体が、鈍く恒星からの光を反射させながら、着陸の為に徐々に減速している。船体前部を下に向けて大気圏突入した船は、今度は船首を上に向けて、メインエンジンを吹かして減速している。プラズマ反動推進装置の青白い軌跡が、短く船のエンジン部分から青い空へと溶け込んでいき、小さな流れ星のようになっていた。そのエンジンの噴射の末に、船は完全に大気圏突入の速度を打ち消すと、船首を水平に戻して今度はゆっくりとスラスターを吹かしながら降下してきた。
数日前まで第三艦隊旗艦、ハレーが係留されていたドッグに、今度は黒い巨大な船が舞い降りる。
すかさずドッキングアームが伸びてきて、重々しい駆動音と共にドッグ内にアクトウェイを固定した。一キロ以上もある巨大な船体を支えるドッキングアームの横から、するすると昇降機が伸びていき、アクトウェイの第二十八エアロックへと接続される。
既に見慣れたエアロックの扉が開くと、中からリガルを先頭にアクトウェイのクルー一向が現れた。
歩き出して走路へと乗りながら、リガルはアキをかえりみた。
「アキ、荷物の運び出しは?」
「すぐに始まるはずです、船長」
アキが指差した方向に、ドッグの中を移動し始める無人整備ロボットと、多くの作業員の姿が見えた。遠隔操作で彼女は格納庫を開き、それと同時に彼らがなだれ込んでいく。
「そうか。恐らく、一時間もすれば終わると思うんだが、どうだろう?」
「妥当だと思います」
白い髪の毛を、アクトウェイと惑星メキシコの気圧差で生じた緩やかな風に揺らしながらアキは答える。
これでこの惑星の人たちに、他の惑星からの手紙や支援物資を渡すことが出来た。戦争の真っ只中にいる人々に明るい希望を遅れたかと思うと、リガルの胸の中をある種の感慨が満たす。
彼は後ろを振り返った。
「では、二時間後に出発だ。それまで休憩としよう」
おお、と小さな歓声が上がり、七人はそのままドッグの休憩所へと向かった。
ドッグの中に設置されている大きな休憩所は、主に航海で疲れたクルーたちに安らぎの場を与えるのが目的で、大型の部類に入るこのドッグの休憩所はそれなりの貨客船も停泊することがしばしばあるので、とても大きな休憩所を持っていた。
中にある珈琲の自動販売機からカップを取り、そのまま座席に座る。
クルー達は思い思いに過ごしていた。貴重な休憩時間を有効に使うのが、船乗りに必須なスキルの一つでもある。長い航海生活の中だとストレスの蓄積が激しいのだ。なにせ閉鎖空間で、ずっと同じ面子を顔を合わせなければならないのである。別に気の知らない連中ではないのだが、毎日同じ顔を見ていると何かしら不平も出てくるわけで、船乗りは皆一人前になる頃には喧嘩の腕前が格段に上がっているのが通例だ。
まあ、うちのクルーは喧嘩とかの心配は無いか。そう思い直し、リガルは珈琲を一口飲んだ。
「あ、船長。珈琲くらいなら淹れますよ?」
キャロッサが後ろから声を掛けてきた。リガルの座っている座席の背もたれの上から顔を出してくる彼女があまりにも突然だったので、リガルは危うくコーヒーを逆流させかけたが、なんとか喉の奥に流し込んだ。
「うん?」
「自販機の珈琲より、もっと美味しいのを淹れる自信があります」
ああ、そういうことか。キャロッサは、自分の珈琲より自販機の珈琲を飲む俺が気に食わなかったのか。
こいつは良い嫁さんになりそうだ。
「違うんだ、キャロッサ。今は休憩時間なんだから、君も休憩しなきゃ駄目だろ?クルー全員が休めなかったら、休憩の意味が無い」
なんとか尤もな言葉を見つけて言い返すと、彼女はショートカットの髪の毛を揺らして頬を膨らませた。その仕草がとても可愛くて、思わず緩みかけた頬を誤魔化す為に咳払いをする。
ちらり、とイーライを見る。彼はフィリップたちとトランプをしながら、油断なくこちらの様子を伺っていた。さらによく見ると、イーライだけではなく、フィリップとジュリーまでもが事の成り行きを見守っている様だ。
まったく、こいつらと来たら。
「おい、キャロッサ。余り機嫌を悪くするな。別に、君の珈琲が不味いわけじゃないぞ」
「船長、よく女ったらしって言われません?」
まったく予想外の言葉に、再び飲み込みかけた珈琲が口から発射されるところだった。胸を押さえて咳き込みながら、椅子の後ろに立つキャロッサを見やる。
「お前な、なんだ急に。まあ言われたことはあるが、そんな回数は多くない……と思う」
記憶を探りながら答えると、彼女はそのままイーライとフィリップ、ジュリーがトランプをやっているテーブルに近付き、その輪の中に加わった。
様子を伺っていた彼らがよく解らない視線でリガルのことを見やり、不機嫌なキャロッサのフォローをし始めた。「あんな見てくれだけの男」というワードは聞こえたのは、丁重に無視することにした。
「なんだったんだ……」
そう呟き、視線を目の前に戻す。
様子を見ていたセシルが、アキとチェスをしながらアキに言う。
「どう思う?アキ」
「船長と衛生長のことですか?」
「そうそう。上手くいくと思う?」
その質問に、アキはクイーンをセシルの陣地に深く切り込ませながら答えた。セシルは険しい表情になって顎を押さえ込む。
「そうはならないと思いますよ。船長は、女性関係は不得手ですから」
「ふうん?」
今度は、セシルがクイーンを取った。
アキは動きを止めて、会心の笑みを浮かべるセシルを尻目にじっくりとチェス盤を見つめる。
「折角、良い男なのにね」
「否定はしません。事実、船長はかなり多くの女性に声を掛けられてますよ。以前もそうでした」
手前にあったルークを真ん中辺りに移動させて、アキは手で順番がセシルに移ったことを知らせた。今度はセシルがチェス盤を睨みつけている。
「以前って、私たちを雇う前?」
「そうです」
ははーん、とセシルが悪戯っぽい笑みを浮かべて、珈琲を飲む黒髪の青年を見やる。同時に、ボーンを使ってすかさずルークを取った。
青年は、椅子の背もたれを倒して昼寝をするところだった。
「まあ、確かにあれは有数の”色男”だわ」
「同感です」
え、とセシルが声を漏らした時には、既にチェックメイトされていた。




