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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 五月二五日~ ①

少し大目のアップです。

どんなことでもいいんで、感想でもくれるとめちゃ嬉しいです。

どうぞよろしく…

・アリオス暦一三二年 五月二五日 惑星メキシコ レイズ第三艦隊



旗艦ハレーが、その巨大な船体をよく晴れた天気の空に現すと、少なからず隣の都市の市民たちは歓声を上げた。


全長千メートルを悠に超えるラビーニャ級戦艦の改造艦であるハレーは、先日の戦闘で無傷だったので大気圏突入も何もかも全て滞りなく行えた。


信じられないほど広大な面積を持つ宇宙港の一角にある、大型船舶用ドッグの中にそろそろと巨体を降下させていく様は、周りを取り囲む報道機関の記者たちからしてみれば、街ひとつが丸ごと落ちてくるにも等しい重圧感を感じさせる物だ。それでも、この惑星を解放した英雄たちの船である。


報道陣の間から、深い感嘆の声が漏れた。


「閣下、記者たちが集まってます」


ハレーの、司令官席の左斜め前方に位置する艦長席で、艦長であるブルックリン大佐が言った。通例として、航宙軍ではこういった対応をしなければならない司令官を茶化す癖がある。


アステナは、手元の雑務から視線を外して艦長に目を向けた。


「艦長、勘弁してくれ。ああいう連中は駄目なんだ」


心底うんざりしたような口調でアステナが漏らすと、大佐は笑った。


「でしょうね。私としても、閣下が報道陣を好きだとは想像できませんし。まあ、軽く相手をするくらいがいいんじゃないでしょうか?」


「だな。あんまり深く喋りすぎると、今度は司令本部から何を言われるか解らん」


頭が固く、ひどく官僚主義な連中も何人かいる司令本部は、当然だがアステナのような上級将校が不祥事を起こすのを見て余り良い顔をしない。全ての苦情はアステナ本人ではなく、司令本部へと行くものだし、何より司令官一人では責任を負いきれない部分も出てくるのだから、その様な対処をしなければならないのは当然だった。


「ドッグ、進入します」


航海長が報告した。ブルックリンは頷き、自分の座席に座りなおす。

巨大なハレーが、同じくらい大きなドックの窪みに身を収めていく。各種スラスターが忙しく姿勢制御の為の細かい噴射を繰り返し、やがて艦底が静かにドッグへと接地した。同時に、左右で待機していた八本の巨大なドッキングアームが歩み出て、船体をがっちりと固定する。僅かな振動の後、航海長がを緊張を解いて、気の抜けた声で言った。


「アーム接続良好。艦長、ドッグに固定されました」


「よし。機関長、パワーコア停止。各員に告げる、こちら艦長。第二停泊体制へ移行。ご苦労だった。二日後の一○○○時に、またここで」


艦橋の士官たちが、一斉に声を上げた。長い艦隊勤務から解放されて、彼らに休暇がやって来たのだ。といっても、その期間は短い。次の戦いを控えている彼らにとって本来は休んでいる暇など無いのだが、アステナは敢えて休暇を取らせた。たとえ敵が増援を送ってきたとしても、この艦隊が戦闘準備を整えるまで十分な時間がある。久方ぶりに解放された雑務から目を逸らし、ブルックリンに目を向けた。


「艦長、どうだ?今日の夜辺り、一杯」


ブルックリン大佐は、アステナが知る限り無類の酒好きだ。何処から調達してくるのか、彼の部屋の隠し倉庫には、いつも上物の酒瓶が何本も入っている。彼とアステナ、その他数人の親しい士官しか知らない秘密だ。その大佐が目を輝かせて頷くと、アステナも疲れた笑みで答えて、周りを見渡した。


「では、私は先に失礼する。惑星上の防衛軍の司令官と話をしなければならない」


「どうぞ。こちらの仕事が片付いたら、すぐに連絡いたします」


「了解だ。では、後で」


アステナは立ち上がり、そのままバルトロメオ大佐とラディス少佐を引き連れて船を出た。ドッグの内部から接続された昇降通路の中の走路の上を、三人で歩く。他にも降りる乗員が大勢いて、五メートルくらいの幅の走路はハレーの乗員で埋まっていた。通り過ぎる面子全員が、まだ数日前の戦闘の勝利の余韻に浸っているようで、アステナが通り過ぎると笑顔で敬礼してくる。それを片手で答礼しながら、アステナはラディスに耳打ちした。


「なんだって、ひとつの勝利でこんなに士気が上がるんだ?俺には理解できない」


しばらく考えると、走路から降りたところで、ラディスは答えた。


「そりゃあ、司令官。この間まで負け続きだったからですよ。報告が入るたびに、あの星系がやられた、この惑星の防衛軍は云々……そんな中、ようやく自分たちの手で勝利をつかめたんです。それも圧倒的な。士気も上がるでしょう?」


「成る程……そういうものか」


アステナが頷くと、バルトロメオが白い目でラディスを睨みつけた。気の弱いラディスは、すぐに萎縮して背筋を丸める。


「ラディス少佐、参謀たる貴官が、よもやその余韻に浸って浮かれてはいるまいな?」


「は、はい、大佐。決してそのようなことは」


この二人はお似合いだな、とつくづくアステナは思う。まぬけのラディスを、バルトロメオが律してくれている。バルトロメオも、ラディスのような部下がいるお陰で片時も気を抜かないでいれる。これほどに似合ったコンビも、中々無いだろう。


さらに言えば、ラディスは決して、間抜けであって無能ではなかった。彼の発言の中には、傾聴に値するべき物がいくつか見受けられたし、他の平参謀に比べれば困難な仕事もこなせている。


後は、この間抜けが直ればいいのだが。


そこまで考えて、アステナは自分を叱りつけた。おいおいしっかりしろ。人生が上手くなんてとてもいくはず無いって事は、お前が一番解ってるだろう。


「どうかしました?」


ラディスが言う。バルトロメオも見つめる中、アステナはその感情を顔に出してしまっていたらしい。咳払いを一つすると、「なんでもない」と答えて、宇宙港の走路へと足を向けた。





「本当に有難うございました!」


惑星メキシコの評議会議長から感謝の花束と、駐留星間連合陸軍司令官からの感謝状を受け取ると、アステナはとりあえずの対応を済ませてからその全てを隣に立っているラディスに預けた。巨大な花束を両手に抱えて、前も見えない状態になっているラディスに目もくれることなく、アステナは市長の差し出された手を握った。


市街地中央部、宇宙港からリニアモーターカーと地上者を乗り継いで三十分の位置にある惑星首都庁舎にて、五月蝿いくらいの市民の歓声が、ガラスの壁をうつのを聞きながら、アステナは室内のある会議室で答えた。


「ええ、評議長。で、どうでしたか?バルハザールが侵攻してきた時は」


兼ねてからの疑問をぶつけると、評議長は沈痛な表情になった。


「それがですね……最初は唐突でした。駐留司令官の、こちらのレーヌ少将から通達を受けたときは、身も心も凍ったような気がしました。なにせ、二百隻以上の大艦隊です。それほどの数の艦隊を相手に攻撃できる装備も防御力も備えてはいない、と言う知らせには……本当に心臓が止まるかと」


「解ります。どうにも出来ない状況になれば、人間なら誰でもそうなります」


「ええ。それで、その報告を受け取ってから数日後、星間連合宇宙軍の防衛艦隊が壊滅したのを確認し、程無くして敵艦隊はこのメキシコ上空まで到達しました。まず、敵は民営・軍用を関係なく、全ての衛星を破壊した後、そのまま上空に留まったのです」


その言葉に、アステナは眉を吊り上げた。侵攻してきた宇宙艦隊が、惑星をそのままにしておくなど、あり得るだろうか?アステナが指揮を取っていたのなら、少なくとも主要な軍事施設に爆撃を加えていたはずだ。


「そうなのですか?レーヌ少将」


首を右に傾けると、中年の金髪将官が頷いた。その表情は、ようやく救援が来た安堵で包まれている。


「その通りだ、准将。敵は宇宙空間に存在している我が軍の設備全てを破壊した後、ただ軌道上に留まり続けた。夜になると、この都市の上空に無数の光点が見えてね。嫌な思いで見上げたものだよ」


感慨深げに少将は語る。それで、アステナの脳裏には一つの可能性が浮かんだが、今はまだ言うべき時ではない。これは、まだ彼らには言う必要の無いことだ。

まあ、いずれその必要性は出て来るんだが。


「となると、陸軍の損害はほとんど?」


「ああ。我々が失ったのは、衛星だけだ。他には誰も死んではいないし、戦車もやられてはいない。だが、敵が攻撃してこないといっても、我々はいつか来るその瞬間を信じて疑わなかった。この瞬間と言うのは二つある」


そこで言葉を区切ると、少将は喉が渇いているのか、一度咳払いした。


「一つは、彼らが攻撃してくる瞬間。これは容易に想像できた。尤も、兵士たちの中にはそれを信じないものも多数いたようで、彼らを統率するのには多少苦労した。だが、最終的に敵艦隊は攻撃してこず、今もこの街は原形を留めている。ああ、ありがとう」


評議長のオフィスの秘書が、気を利かせてアイスティーを持ってきた。礼を言って、数人の軍人と民間人の代表がグラスをトレーから受け取る。それを一口飲むと、少将は続けた。


「第二に、君たちが救援に来るという瞬間だ。これは、私でさえ信じるのは難しかった。戦闘の映像を後で入手してみていたが、アレほど機械的に、美しく動く艦隊は見たことが無かったし、非現実的にも感じられた。准将、よろしければ奴らとの戦闘映像を、後で見せてもらった構わないかね?」


「ええ、勿論ですとも」


アステナが快諾すると、レーヌは残忍な笑みを浮かべた。


「感謝する。あの忌々しい奴らが完膚なきまでに撃破されるのを、映像とはいえ見ることが出来るのだからな」


朗々とした笑い声が響く中、アステナは撃沈された船一〇隻を思い出して、再び胸が痛くなった。しかし、それを何とか表に出さずに耐え忍ぶと、少将は肩を叩いて来る。


「まあ、とにかく君は英雄だ。英雄は英雄らしく、外で集まっている民衆に挨拶でもしてこい」


ビルに入るときに、やっとの思いですり抜けてきた群衆の姿を思い出し、アステナは気が滅入った。今度は感情を顔に出して、きっぱりと答えた。


「あんなのは、もうごめんです」


その言葉は、半ば反抗的であるものの、レーヌはいささかも気にならないようだ。そして予想外にも、彼は沈痛な表情を浮かべる。


「そうか。君は、そういうタイプか」


「え?」


アステナが聞き返すと、レーヌは向き直って、真正面からアステナを見た。


「それなりに長く軍人をやっているとな、部下の数人は死んでいくものだ。そして、私は彼らの死亡報告書を見るたびに思う。ああ、あの時もっと訓練していたら?もっと優秀な軍曹をつけていたら?もしも、あと一人でも早く増援に到着させることが出来たら?」


レーヌの言うことに、オフィスは静まり返った。アステナだけが深く感情のこもった瞳でレーヌを見つめており、他の軍人は自分のグラスに視線を投げている。


「いいか、准将。指揮官である以上、それから逃れることはできない。軍隊の人間である限り、ある日突然、不運で死ぬ人間は増える。例え、それが戦時でなくてもだ。君の気持ちは痛いほど解るが……忠告しておこう。それから目を逸らすことができなければ、結局、その百倍の部下を失うぞ」


「少将……」


言葉につまり、アステナは何を言えばいいのかも解らなくなった。レーヌは、改めて気をつけの姿勢をとると、アステナも自然と気をつけになる。


「改めて、准将。君のようないい奴が助けに来てくれてよかった。感謝する」


「いえ……こちらこそ、ありがとうございました、閣下」


「うん。それじゃ、また縁があれば」


アステナの視線は、部屋から出て行ったレーヌの背中をいつまでも見つめていた。だが、その視線は他の何かを捕らえていたようだった。




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