一三二年 五月二四日~ ②
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「こいつは……なんてこった」
強襲シャトルの外壁カメラからの映像を見て、レイズ星間連合宇宙軍技術小隊の一人が呻いた。彼らは既に敵の船の残骸の一キロ付近まで接近しており、完全に機能を停止した鉄の塊の横をふわふわと飛んでいた。慣性でゆっくりと回転を続けるその残骸の艦首があった場所は、戦艦と重巡洋艦のレーザー攻撃で蒸発してしまっている。まるで大きな怪物に食いちぎられたかのような傷跡は、中の配線や閉じられた隔壁、或いは漏れ出る空気など、肉食動物に噛み付かれた草食動物のようだ。
「どうしたんすか?少尉」
隣に座る伍長が声をかけると、驚いた様子の少尉が首を振りながら船の残骸の一角を指し示す。
「アレを見ろ。あそこにあるハッチの数が解るか?」
映像の一角に写る、船の外壁にいくつも連なっている四角い部分を指差す。伍長は右隣の座席から見を乗り出して見やると、口笛を一回吹いた。
「成る程。こりゃあ近距離レーザーですね」
全てで、その船に一二個設置されているその装置は、本来はステーションや惑星防衛設備に使用される、指向性近距離レーザー兵器である。レールガンでは対処しきれない、敵の戦闘機やミサイルを撃ち落す為の物だ。先ほどの戦いでは確認できなかったが、どうやら使用された形跡もある。
「しかし、このサイズの船にこれだけのエネルギー兵器を積んでいては、パワーコア一つ
では足りないのでは?」
当然ともいえる疑問を伍長が言うと、少尉は真空作業服を立ち上がって装着しながら答えた。
この船には十二個の近距離レーザーをのぞいて、他にも多数のエネルギー兵装が確認されていたからである。
「それをこれから見に行くんだろう。さあ、速く作業服を着ろ」
少尉は手早く自分の作業服のチェックを終えると、もうひとつの作業服を伍長に投げ渡した。お喋りの伍長も、作業服を着た途端に仕事モードになって、無駄口を叩かなくなった。他に三人いる技術小隊が準備を終えると、シャトルの機長がゆっくりとシャトルを減速させながら残骸へと近づけていった。
残骸に比べれば、余りにも小さい強襲シャトルが滑らかに移動していく。残骸の艦首部分に空いた、あの大穴までそろそろと近付いていくと、その残骸の一角へと接舷するまでに、五分も掛からなかった。素晴らしい機長の腕前に、思わず小隊から拍手が送られる。その中を、艦隊に同行してきた宙兵隊員の隊長が少尉に近付く。
「少尉、そろそろ」
「ああ、了解した。よし、いこう!」
ライトグリーンの真空作業服と、灰色の宙兵隊員の装甲服が、合わせて五十程の集団となってシャトルの出口へと向かう。最終調整に入ったシャトルの推進装置が細かく噴射を繰り返し、シャトルはようやく停止する。シャトルの四つの位置に装着されたアンカーが射出されて船体を固定すると、機内が減圧され、ハッチが開いた。
まず、宙兵隊員が三人飛び出して、すぐ目の前にある緊急作動して閉じられた隔壁に取り付くと、手際よく爆薬を設置していく。高性能なプラスチック爆薬が隔壁の淵に沿って並べられると、彼らは順々にシャトルに戻り、機内で爆破スイッチを押した。
無音のまま、目の前で爆発が起こる。金属片が飛び散り、ゆっくりと隔壁がずれて、残骸の中から残っていた空気が漏れ出してくる。少し離れたシャトルにそれが吹き付けられて少し揺れたが、各隊員は動じずにそれが収まるまで待つ。
落ち着いた隔壁に、今度は大勢の宙兵隊員がのり移っていく。彼らが中に入って状況確認をして、安全と確認されると技術小隊の五人が残骸へとのり移る。
通路は驚くほど綺麗だった。先に取り付いた宙兵隊員がライトで船内を照らし出し、白く光沢のある床が露になる。それを見ると、伍長が口笛を吹いた。
「これは……少尉、こんなのは軍艦じゃないですよ。どう見ても―――」
「どこかの貨客船、か」
伍長のヘルメットが上下に動いた。
「ええ。これは完全にコストを度外視してる。こんな船をこんな数作るなんて正気じゃないですよ」
しばらく黙りこんで思考していた少尉は、それを伍長にアステナ准将に報告するように命令すると、通信回線を開きながら移動する伍長の先頭に立って通路を移動し始めた。柔らかく地面を蹴って無重力に身を任せて、リズムよく船内を移動していく。ヘルメットに装着されたライトで前方を確認し、かなり奥深くまで進んでいった。
やがて、ある区画に辿り着いた。宙兵隊員たちを引き連れて少尉が辿り着いた場所は、あの近距離レーザー砲台のある場所だった。ほぼ完全な状態で残されているその砲座の、ハッチを開いてみると、およそ四畳半ほどの部屋の中に座席が置かれており、宙兵隊員が通路の角に留まって、来るはずの敵の反撃に備えている。
伍長と少尉が、狭苦しい部屋の中で様々な調査を終えて帰ってくると、技術小隊のメンバーの一人が話しかけてきた。
「どうでした?少尉。やはり……」
「ああ。この砲座が使用された形跡は無い。だがつい先ほど戦闘では使用されているけい先が砲身にはある。これはどういうことだ?」
その答えは、旗艦ハレーの司令官席に座るアステナが弾き出していた。
「無人艦だ。間違いない」
そういうと、座席をくるりと回転させて、後ろに居並ぶ参謀連中に目を向ける。兼ねてからの疑問に回答を得た形となったバルトロメオは、尚心に残る疑問をアステナにぶつけた。つまり、何の為に、誰がこの艦隊を派遣したのか、と言うことだ。
「他の技術小隊からの報告を見る限り、この艦隊は無人操縦です。旗艦と思える船はパワーコアのオーバーロードで蒸発しました。今、艦内の空気の成分分析で人間が乗っていたか調べている途中ですが、可能性は低いかと」
彼の意見に、他の幕僚も頷いた。
「それについては、俺も考えていた」
「お聞きしてもよろしいですか?」
「勿論だ」
アステナはわざともったいぶって、珈琲を一口飲んでから話し始めた。
「君たちの疑問はこうだ。バルハザールは紛争の後で戦争を出来る状態ではない。しかし、あの船は見るからにコストを度外視している。さらには到底考えられる筈の無いエネルギー兵器も搭載されていて、船は無人だった。これはどういう意味か?
ここで重要になってくるのが、彼らが紛争を終結させてまだ間もない事、それと実際に彼らが侵攻してきた事だ。これには二つの意味がある
一つ。彼らは国内の経済立て直しに紛糾している時期であり、その為に軍を派遣することが出来ないこと。次に、この戦争に勝てるということだ」
その説明に、誰もが口をあけたまま自分たちの司令官を見つめた。言っている意味が解らず、ラディス中佐などは目を瞬かせるばかりであったが、いち早く自我を回復したバルトロメオ大佐が口を閉じる。
「閣下、その、つまり……?」
「どうした、大佐?」
参謀たちはようやく正気に戻った。
「ええと、様々な矛盾が見受けられました。ひとつめは軍を派遣できないということです。彼らは、事実こちらに侵攻してきているではありませんか」
その疑問に、アステナは軍服の襟を正しながら答えた。
「それについては簡単だ。彼らは自分たちの力で戦争を遂行できる能力が無かった。だからこその無人艦だよ。彼らは、レイズがバルハザール方面の警備をおろそかにしていることに気付いていた。以前から何度か領宙侵犯があったのは、それだ。だが、決して相手の警備を厳重にさせるような愚行はせず、いつも挑発程度で済んでいた。レイズ側も、まさか紛争を終えたばかりの国が戦争を仕掛けてくるなど夢にも思わないから、警備を怠っていたわけだ。そんな国境警備隊相手なら、無人艦隊に遠距離から指示を送るだけで、全て事足りる。もしかしたら、数人の人間が無人艦隊を操っていたかもしれないが、その答えはもう手の届かない場所に行ってしまった」
「成る程……」
アステナの見解をじっくり検討する参謀たちを眺めて、ブルックリン大佐は心の中で溜息をついた。司令官よりも参謀が頭が悪いとは、いったい何の為の参謀なんだ?と。
司令官は続ける。
「そして、あの艦隊は恐らくバルハザールのものではない。使用していたのはバルハザールだが、製造したのはもっと別の機関だ。その組織まではわからないが、新しい物好きな様で、珍しい近距離レーザーまで据え付けられていた」
「ええと、では閣下、この戦争に勝てる、ということは?」
ラディスが恐る恐る口を開くと、アステナは笑みを浮かべながら言った。
「つまりは、敵にはこの無人艦隊以外に、侵攻に向けられる戦力は無い、と言うことだ。今はラレンツィオ星系で、第二艦隊が敵艦隊へと攻撃している頃だろう。後で詳細は説明する。なにせ、この情報は戦闘直前に送られてきたものなのでな。まあとにかく、第二艦隊が敗れてレイズへの侵攻を許さない限り、バルハザール側には打つ手が無い。彼らは、ただ遠くから自分達の博打が失敗する様子しか見られないんだ。だから、この艦隊を打ち破ったということは、簡単に考えて敵の実働兵力の半分を奪ったに等しい。このまま我々がバルハザールに侵攻してみろ。奴らは恐れおののくだけだ」
そこまで一気に言い切ると、アステナは事後処理のために自室へと向かった。通路を一人で歩いているうちに、続々と味方の損害報告が入ってくる。
やがて辿り着いた自室のコンソールに端末を差し込んで、味方の損害状況を確認する。
そこに死傷者の数が表示されて、名簿がスクロールされ始めると、アステナはある疑問を抱いた。
勝利?勝利か。味方の船を十隻も失って?三千人近い仲間を失って、勝利か。
「馬鹿げた話だ」
吐き捨てるように呟き、アステナはベッドに倒れこんだ。電気も点けず、コンソールの明かりだけに照らされた室内の天井を見上げる。
これはまったくの本心だ。これ以上に、自分の今の心情を表す言葉が見つからずに、どうしようもない気分で歯軋りした。
自分は出来る人間だと思っていた。他の人間より才能がある。知らない間に、その様な意識が出来上がっていた。どれだけ嫌いな仕事でも、才能だけはあった。
そう、あったのだ。
どうしようもない憤りと共に、しかし彼は少なからず罪悪感を抱いた。確かに、自分は思い上がっていた。だからといって、その全てを馬鹿げているなど、そんな事を思うのは死んでいった兵士たちに顔向けが出来ない。
わからない。自分が、この宇宙でどう在ればいいのか。
気づかぬうちに、アステナは深い眠りの底へと落ちていった。




