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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 五月二四日~①

・アリオス暦一三二年 五月二四日 メキシコ星系 レイズ第三艦隊




会議から丁度一日後。第三艦隊は惑星メキシコへの軌道を取り、あと一時間で接敵という状況にあった。艦橋に詰めている士官たちは既に三時間ずつの交代による休憩を使い切っており、誰もが真剣な面持ちでコンソールを操作している。広い艦橋の中を漂う空気には戦闘までのアドレナリンと、電子機器の臭いが立ちこめ、宇宙船乗り特有の空気を醸し出している。


その時、アステナのコンソールにメッセージの着信があった。艦内メッセージではなく、艦外……星間連合評議会、レイズ宇宙軍司令部からの戦況報告の題名を見ると、アステナは有無を言わさずメッセージを開いた。


出てきたのは、各星系図を繋げた、蜘蛛の巣のようにホログラフ表示されたレイズ星間連合の宙域図である。隣国であるバルハザール側の宙域から伸びているラインが、徐々にレイズ星間連合側の宙域図へと移り、いまや三つの星系が敵の手に落ちていた。

ひとつはメキシコ星系。今第三艦隊が奪還中の星系であり、直に戦闘が開始される星系だ。ここにはレイズ星間連合の第三艦隊と表示されており、「奪還中」というタグがついていた。


もうひとつは、カプライザ星系である。最初にバルハザールからの攻撃を受けたこの星系防衛軍は既に壊滅状態との見解が出ており、アイコンはバルハザールの領宙であることを示す赤で染まっていた。アステナ自身、この星系に味方が生き残っているとは考えにくかった。占領されてから随分と時間が経過しているし、元々駐留していた防衛軍はそれほど数が多いことではない。さらに言うならば、例え持ちこたえていたとしてもこれだけ補給物資も得られずにいれば、どんな軍隊でも兵士は腹を空かせて、餓死してしまう。それを考えるだけで、アステナは気分が悪くなった。


さらに一つ、最後の星系で赤く表示されていたのはラレンツィオ星系だ。この星系はバルハザールとの国境に位置しており、バルハザールの第二波が、先日こちらの星系に侵攻してきたらしい。既に出動の決まっていた正規軍第二艦隊は召集を完了し、この星系での防衛任務につく予定だったが、これで防衛任務から奪還任務になったわけだ。指揮官が誰かは軍事機密のために知らされることはなかったが、これだけの兵力を投入してきて尚余裕のあるバルハザールの兵站状況に、アステナは改めて疑問を抱かざるを得なかった。


いったい、彼らは何なのだろうか?


数年前まで紛争をしていた国が、ここまでの軍備を維持できるとは到底思えない。ついこの間見かけたバルハザールの経済状況を引き合いに出せば、奴らは一個艦隊を維持するのが精一杯のはずだ。補給物資の面でも銀河連合から送られる支援物資の貯蓄の中から国民の分を削り取って手渡されているのである。


さらに疑問な続く。敵の船の仕組みは何なのか?考えれば考えるほど、あれはバルハザールのものではないと思う感が強くなった。彼らの船は数も少ないし、性能としても旧式の船を改造を繰り返して使用している有様だ。堅実で有能な部下が多いレイズ星間連合宇宙軍に(これはこの艦隊を指揮し始めてから解ったことだが)戦争を仕掛けるなど、本来は正気の沙汰ではない。


その時、ある考えが思いついた。確かに、彼らには補給物資も人員も船も無い。あるのは疲弊した軍隊だけ。


だからAIに管理された艦隊を寄越したのか?自分たちでは到底そんな作戦能力など望めないから、その能力を持つ機械に身を任せた。そう考えると、全てのことに合点がいくが、問題はその艦隊をどこから仕入れたのか、だ。


ふと、そこまで考えたところでコンソールの隅に表示された時刻を確認すると、接敵まで五分を切っていた。管制官が時刻を叫んだらしいが、考え込んでいたアステナには聞こえなかった。後ろの壁際に設置された参謀席に座っているバルトロメオ大佐が立ち上がり、アステナのに近付いて耳打ちした。


「いかがいたしました?」


アステナは深い溜息をつく。


「君は勘が良いな」


「”目敏い”と言ったほうが合ってると思いますよ」


思わぬ不意打ちに、アステナは短く笑った。それを聞いたのかクルーたちも僅かに笑顔になり、緊張がほぐれる。


もう一度、今度は感嘆の溜息を吐いた。


「参謀長、やっぱり君には敵わないよ」


「そうですかね?私なんてまだまだですが」


「そんなことはないさ。さっきのことなら心配ないよ。少し考え事をしていただけだ」


大佐はかけている眼鏡を少し煌かせると、頷いて自分の座席へと戻った。

アステナは自分の顔を叩く。先ほどの考えがまだ頭の周りを鳥のように回っているが、今はこの艦隊をどうやって犠牲を最小限にして帰還させるかを考えなければ。


「接敵まで一分!」


もう、ここまで来れば何処に敵がいるかはレーダーを見なくても解る。目の前の大型ディスプレイに映っている惑星メキシコの軌道上に、無数の点が輝いていた。整然とした長方形陣形が、第三艦隊を迎える。


戦術は、結局はバルトロメオ大佐のものが採用された。アステナとしては、敵の動きが予測できない以上戦力はまとめて置いておきたかったのだ。リスクは出来るだけ控えたいし、その方が安心する。


「各艦、デコイ準備。一斉射撃に備えよ」


ホログラフが映し出す選挙渦の、手前の青いアイコンから伸びる、有効射程距離の円形の表示が敵と重なる。瞬間、アステナは叫んだ。


「撃て!」


無数のミサイルと、エネルギービームが同時斉射される。分艦隊三つが並んで攻撃を開始するのと時を同じくして、敵のバルハザール艦隊からもビームが発射された。


二艦隊の間で爆発が咲き乱れる。敵のエネルギービームに貫かれたミサイルが爆発し、宇宙空間が凄まじいエネルギーで満たされた。第三艦隊の前面に展開する重巡洋艦と戦艦の分厚いPSA装甲にビームが命中し、まるで光の壁が現れたかのような一瞬の後、駆逐艦と軽巡洋艦が猛烈な対空砲火を吐きてミサイルを迎撃しつつ、エネルギービームとミサイルで敵に攻撃を加えていく。有機的に、それぞれの船の艦長が経験と知識、そして能力を最大限に生かして回避機動の複雑なダンスを踊る。重巡洋艦と戦艦で出来た一枚の面と、その少し後ろにいる軽巡洋艦と駆逐艦の面が擦れるように動き回り、効率的に敵の攻撃を吸収した。


かえってバルハザール艦隊は、同じような回避機動を取っているものの、そこにはどこか機械的なものがあり、各艦から量子通信でd-た形式で送られてきた砲撃データを、全て旗艦ハレーの中央大型コンピューターに送ると、その中で敵艦隊の行動予測位置を割り出し、それを各艦のFCSに伝達し、命中率の向上を図る。


「回避機動パターン、アルファ、ガンマ、シグマを継続。五分毎に変更だ」


ほどなくして、そのシステムが功を奏し始めた。敵の船は、一隻、また一隻と爆発していく。通常、指揮官はこの事態を防ぐ為に、今のアステナのように変更の指示を出していなければ、やがて被害は増えるばかりである。だが、敵の艦隊はこれを怠った。始めのうちは回避されていたミサイルも、ハレーの半独立AIが計算をはじき出した経路でミサイルを発射し、瞬く間に三隻が餌食となる。


戦闘開始から十分。敵艦隊は急激に消耗し始めていた。既に数的有利はレイズ側に傾き、バルハザール側からの砲撃は徐々に弱まってきていた。アステナは様々な画面表示から敵の行動速度低下を感知し、タイミングをここに決めた。


「艦隊に告ぐ、こちらアステナ。各分艦隊は、作戦指令パッケージガンマを実行せよ」


艦隊がついに動き出した。アステナは、この後退の際に、できるだけ弱弱しい艦隊を演じさせた。特に、第一分艦隊。中央に位置する七〇隻の分艦隊を、砲撃や回避機動の点において、疲労困憊である印象を抱かせるように細心の注意を払った。

すると、バルハザール艦隊はそろそろと動き出し、第一分艦隊を追いかけ始めた。ほぼ同時に、第二分艦隊と第三分艦隊は敵艦隊を中心に放射状に後退し、レイズ星間連合宇宙軍の艦隊は薄く広がった。かえって、バルハザール側はそれに合わせて前進しつつ、戦線を拡張して対応してくる。


「ようし、いいぞ。そのまま来い……」


第三艦隊は実に上手く戦っていた。きっと、練度だけなら他の大国にだって負けないはずだ。まあ、彼らは全ての艦隊に空母を配備しているし、性能も比較にならないほど高い船を持っているから、最初から勝負になんてならないんだが。それに、争う理由も無い。うん、そういうことにしておこう。


動き出した二つの巨大な艦隊は、宇宙空間をエネルギービームで満たしながら移動していく。その動きは緩慢だが、この戦いの激しさを考えれば、これでも速いほうだ。


だから、とアステナは自分に言い聞かせる。焦ってはいけない。これで焦ってタイミングを早めたら、第三時になることは間違いないのだ。残る作戦手順は第一分艦隊の突撃と反転。それで包囲網は完成する。だから、ここで「焦ってはいけない」。


アステナは瞬きも忘れるくらい、集中してありとあらゆる情報をコンソールに表示した。敵艦隊の移動速度、砲撃の攻撃力を計算して、敵の行動の限界点を探る。


と、著しい変化が現れた。敵艦隊の砲撃が弱まり、移動速度も多少落ちてくる。その一瞬を、アステナは見逃さなかった。


「第一分艦隊、前へ!突撃だ!」


完結だが的を射ていた指示は、超光速の波に乗って各艦に伝わる。艦長たちは反射的に砲撃と前進の指示を出し、残りのミサイルとレーザーを斉射した。


まず、バルハザール艦隊の正面に展開している部隊が光の渦に包まれた。戦艦は、その突然の攻撃を何とか受け止めたものの、同じく展開していた重巡洋艦はほとんどが爆発、蒸発し、艦隊は崩壊した。その中央を、第一分艦隊の巨大な戦艦を主力とした三角陣形がバルハザール艦隊に突き刺さり、まるでバターを切り分けるナイフのように敵を撃破していく。


至近距離での乱戦となった各艦は、無数の対空レールガンが秒速数キロの速度で弾丸を連続発射する。雨のように、四方八方から猛烈な数のレールガンがバルハザール艦隊の船に襲い掛かり、強大な運動エネルギーを熱エネルギーに転嫁させ、期待となって蒸発する。しばらくシールド全体が光に包まれた後、弱まったシールドを別の船のエネルギービームが貫き、船は爆発する。


他にも、回避不可能な至近距離から数発のプラズマ弾頭ミサイルを打ち込まれて分子レベルまで分解する船もあった。見る分には綺麗極まりない光景だが、当の本人たちにとっては緊張感張り詰める戦場の只中である。兵士たちは額に冷たい汗を流しながら、敵の薄い反撃を受け流しつつ突進した。


やがて、一方的な突撃が終わると、敵艦隊は沈黙した。その隙に、第一分艦隊の攻撃の終了を見計らった第二、第三分艦隊が絶妙なタイミングで肉薄し、攻撃を開始した。至近距離から百隻前後の船からの一斉射撃を受けて、連鎖的な爆発が起きると、最早戦闘可能な船は一隻も残っていなかった。


先ほどとは打って変わって静かになった戦場を見渡し、アステナはコンソールの通信ボタンを叩く。


「第三艦隊に告ぐ。こちらアステナ。技術兵を護衛つきで敵の船の残骸へと向かわせて、調査を開始しろ。情報はリアルタイムで遅れ。リオ大佐、悪いが第二分艦隊で惑星メキシコの味方部隊の生存を確認してくれ。第三、第一分艦隊は、密集隊形で軌道上にて待機。みんな、ご苦労だった」


数秒の後、勝利の雄たけびが虚無の宇宙に木霊した。



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