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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 五月二一日~ ②

・アリオス暦一三二年 五月二一日




会議が終わり、アステナは深々と椅子の背もたれに体を預けた。例によって、ブルックリンやバルトロメオ、ラディスたちは早々に立ち去った。彼らにも仕事があるのだろう。手をひらひらさせてその背中を見送ると、テーブルの隅に座っているバデッサのホログラフに目を向けた。



「大佐、今回はご苦労だった。君のお陰で戦い方が解ったよ」


その言葉に、若い大佐は疲れた笑みで答えた。


「お安い御用です、准将。これが僕の任務ですから」


機械的に返答するバデッサを見ながら、アステナは机の端を指でいじり始めた。


「すまない。君の……駆逐艦ラプラーゼは、残念だった。彼らは優秀だった」


他にかける言葉が見つからず、アステナは黙り込む。バデッサは寂しげな笑みを浮かべると、手元にあるらしい珈琲を一気に飲み干した。


「有難うございます、准将。ただ、彼らが死んだのは私のせいです。准将のせいではありません。閣下がお気になさることは何一つありません」


「そういうがな、バデッサ。命令を出したのは俺だ。作戦開始の号令を下したのも俺だ。確かに立候補したのは君だが、最終責任は俺にある。……ああ、司令官になったのは初めてだが……」


部下を死なすのも初めてだ、と言う言葉を飲み込んで、アステナは天井を仰ぎ見た。様々な感情が胸の中で鬩ぎ合い、ぶつかり合う。


「そうですね。けど、あれ以外の選択肢も無かった。きっと、この艦隊総出で威力偵察を行っていたら、敵はもっと攻撃を強化していたでしょう。ミサイルも使用して、死傷者は増えていたに違いありません。貴方の判断と決断は、間違ってなどいませんよ」


くさいことを言った、と思ったに違いない。バデッサは少し照れくさそうな笑みを浮かべる。

何とか頷いて、会議室のある一つの座席を睨みつけた。


「ところで、バデッサ。ダグラス艦長はなんであんなことを言ったんだろう?」


バデッサは一転して、真顔になった。先程の中傷を思い出したのだろう。


「理解できません。私は……私自身の任務を完璧だったとは言いませんが、あそこまで言われる謂れもないと思いました。あの敵に包囲されている真っ只中を進んで敵の船の残骸を調査するなど……」


後の言葉は言わなくても解る。彼が苦い表情で脇を向くと、アステナも同意したように頷いた。


「同感だ。しかし、ダグラスは今までの勤務記録などを見る限り、あれほど愚かな艦長ではなかったはずだ。少なくとも、記録ではそうなっている。なのに、なんであんなことを言うんだろう?」


「さっぱり解りません、閣下。彼の行動は、閣下の邪魔をしようとしているようにしか思えませんが……少し、考えてみます」


そこでようやく、バデッサが欠伸をかみ殺していることに気づき、アステナは立ち上がった。早く寝かせてやろう。


「解った。とにかくご苦労だった、大佐。ありがとう」


「こちらこそ。信頼してくださって有難うございました、閣下」


バデッサが敬礼したまま姿を消すと、アステナはどっかりと自分の座席に腰を下ろした。

自分は、艦隊の中では突如として昇進してきたなり上がり者だ。軍の内部に俺のことをよく思っていない連中がいるのは確実だろう。


「こちらこそ信頼してくれてありがとう、大佐」


小さく呟き、アステナは会議室を後にした。





・アリオス暦一三二年 五月二三日 ムーア・ステーション警備隊長オフィス




「おめでとう、船長!」


警備部隊の面々が拍手で賞賛の言葉を送る。中央に立っている、キャロッサ、フィリップ、セシル、イーライ、ジュリー、アキの六人の手には感謝状が渡され、最後に六人から一歩前に出たリガルに書類が手渡された。その中には、海賊討伐による報奨金のキャッシュカードと様々な恩賞の確認書類が満載されており、それを腋に大事そうに抱えるとリガルはしっかりとカルーザの手を握った。


「いや、ありがとう、と言うべきか。本当に君たちには助けられたよ。これで、宙域の海賊行為も激減するだろう」


笑顔で話すカルーザに、リガルも笑顔で返す。


「こちらこそ。警備部隊が来てくれなかったら、アクトウェイは沈んでいた」


「なら、お互い様と言うことだな。丁度良い、宇宙軍も財政難なんだ」


清清しく笑い声を上げるカルーザ。すっかり打ち解けた様子でリガルと話す彼は、先ほどステーションに入港してからすぐにオフィスに来たクルーたちをこの調子で褒め称え続けている。彼の放ったジョークで、警備部隊の艦長たちがにやりと笑った。どうやら本当に苦労しているらしい。それと、ようやく厄介な海賊連中を一掃することができたので嬉し

いのだろう。


「中佐」


改めてリガルが呼びかけると、カルーザは次の言葉を待って、少しだけ居住まいを正した。


「アルトラ宙運についてなんですが、是非軍で調べて欲しい。あの企業がもし海賊の資金源となっていたら危険だ」


その言葉に、カルーザは頷いた。


「大丈夫だ、ちゃんと本部にも報告してあるし、我々のほうでも調査はする。それよりも船長、もしよければ今夜辺りに士官バーを尋ねてくれ。君たちの為に、酒を用意してある」


クルーの顔色が変わった。特に、フィリップとジュリーが目の色を変えて気をつけの姿勢をとる。


「ありがとう、中佐。何時くらいに行けばいいのかな?」


「午後八時くらいでどうだ?」


「了解。では、その時間にまたうかがうとしよう」


色々な挨拶を交わした後、クルー達はオフィスを後にした。様々な書類を腋に抱えて歩くリガルを先頭に、疲れた顔の面々が通路を歩き出す。


「で、何を貰ったのさ?」


頭の後ろで腕を組みながらジュリーが言うと、隣で歩みを進めながらアキが答えた。


「およそ一千万ガラットの報奨金と、今後三回分の補給物資の料金免除、様々な感謝状です」


「いや、もうひとつ。このステーションの警備部隊隊長のご好意さ」


今夜、好きなだけ酒が飲めると確信したフィリップが、嬉しそうに弾んだ声で訂正する。その隣でイーライが笑った。


七人で廊下をしばらく歩いて、リニア・モーターカーの停車駅へと進み、そのまま丁度停車していた車内に入ると、自動ドアが閉まり、それぞれが座席に座ると同時に、車両は加速を始めた。緩やかな加速がしばらく続き、モーターカーは凄まじい速度でステーション内の線路を走り始めた。車窓には猛スピードで横切っていくトンネルの外壁が見え、入り口のハッチの上に表示されているホログラフはひっきりなしに企業の宣伝を流している。


「今回の件は、すまなかった」


リガルが唐突に謝ると、面々は訳がわからぬといった表情で自分たちの船長を見つめる。六対の視線を同時に受けて、リガルは少し動揺した。


「必要の無い危険に、君たちを巻き込んでしまった。これは俺の責任だ」


そう、結果的にはこうやって上手くいったから良いものの、リガルの判断次第で、アクトウェイは撃沈の恐れすらあったのだ。そのことに気づいたクルーの中から声があがる。


「それは勘違いですよ、船長」


と、イーライ。


「あの依頼を受けたのは俺たちの総意ですし、事実として、貴方の判断力が無かったら死んでいました。貴方に責任はありません」


砲雷長の言葉を聴いて、しかし、とリガルは思う。たまたま全員の同意が得られたからよかったものの、リガルはあの依頼を元から受ける気だった。それはなぜかと言うと、輸送船の護衛依頼では、度々海賊に襲撃されることがままある。それを利用して、リガルは海賊を何隻かおびき出し、割の良い仕事のついでに海賊を撃沈して小遣い稼ぎでもしようと思ったのだ。無論、海賊が仲間の復讐の為に大規模な攻撃を仕掛けてくる可能性もあったが、まさか本当に来るとは思えなかったのだ。


「結果オーライだぜ、船長。俺たちは今も生きてる。それで良いじゃないか」


フィリップが、イーライの背中を強く叩いた。砲雷長は少し迷惑そうな顔で機関長を見やったが、本人は何のそのである。


「だがなぁ……」


「あーもう、くよくよすんなよ。良い男が台無しってもんだ」


茶化すように、しかしきっぱりとジュリーが言うと、リガルは押し黙った。彼らは完全に彼を赦してくれている。だが、それでも彼の責任が消えるわけではないだろう。

そう考えるが、心のどこかでは安心もしていた。もしクルーたちに何か言われるようなことがあれば、とてもじゃないが船長などできないからだ。

ちらりと、アキに視線を送る。彼女は、どこかAIではない、人間のような優しさをこめたひとみでこちらを見ている。


「うん……皆、有難う。今度からは気をつける」


とうとう船長が口にすると、クルーたちも安心したように姿勢を崩した。その時、緊張した戦闘の疲れがやって来たのか、セシルとフィリップが欠伸をする。それを、キャロッサはまじまじと見つめ、イーライは眠そうに目を瞬き、アキはリラックスした様子で座っている。


「そういえば、キャロッサ」


唐突にアキが喋ると、余りの珍しさに全員の視線が集中する。アキが自分からクルーに話しかることはほとんど無い。大抵が航海上必要な伝達事項があったりする場合で、自分から会話を切り出すなんて事は今まで一度も無かった。それが生体端末なのであるが、アキは自分からキャロッサに話しかけた。


「なんですか?」


驚く六人の前で、キャロッサだけは平然と応じる。


「船に戻ったら、あの珈琲をもう一度飲ませてくれませんか?」


今度はリガルが驚いた。先日、アキの生態端末に不自由が無いかと尋ねた時に、リガルは同時に、「食事とかもしてみたらどうだ?」と聞いてみたら、


「そんなもの、栄養摂取にすぎません」


と一蹴していたからである。最終的には食事をとる方向で話は落ち着いたが、その彼女が自分から珈琲を飲みたいなど……まるでキツネに化かされたかのような気分だ。


「いいですよ。何杯でも作ってあげます」


笑顔でキャロッサが答えると、アキは深く頷いた。それから二人がコーヒーの話にのめりこんでしまったので、それを見たセシルがここぞとばかりに切り出した。


「あの、船長」


「どうした?」


「報奨金の余った分を、アクトウェイのレーダーシステムの改良に使いたいのですが、どうでしょう?」


彼女からの提案に、イーライが口を挟んだ。


「ああ、それならミサイル発射装置やFCSのない区域に、魚雷発射装置も組み込みたいんですよね、船長」


ジロリと、セシルがイーライを見やる。砲雷長は、管制長からのナイフのような視線を涼しげな顔で流すと、真っ直ぐにリガルを見つめた。


「船長、魚雷を先にお願いします」


「いいえ、船長。先にレーダーの改良をお願いします」


「なんだ、武器が無ければ戦えないぞ?」


「へえ?なら、貴方だけの力でレーダーもなしにどうやって主砲を発射するのかしら?」


しばらくの睨みあい。海賊船団の待ち伏せを見つけたときよりも緊張感のみなぎる車内で、リガルを始めとするアキ以外のクルーの表情が凍りつく。フィリップですら、頼りない右手をジュリーの肩に置いて怖がっている。ジュリーはその手を払うと、フィリップを鼻で笑った。


沈黙に満たされた空気の中、各々は身動きすらすることが出来なかった。


「……解ったよ」


遂にイーライが折れると、セシルは天使のような笑顔をリガルに向けた。


「では、よろしくお願いしますね、船長」


「あ、ああ……」


モーターカーが停車して、ドッグへの通路が見えると、そろそろとクルーが降り始める。

アキと並んで最後にモーターカーから降りると、リガルは立ち止まった。その横で、アキがつられて足を止めた。


「船長?心なしか、顔色が悪いように思えますが……」


「え?あ、いいや……」


女は怖いと思った、なんていってみろ。


明日には宇宙空間に放り出されてる。



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