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第7話 選ぶと言うこと

01


 森の中だけではなく、クレーターの中のあちこちからも煙は上がってる。その中心にいるのは、サワダとティアス。彼は彼女を抱きかかえていた。


 てか、何、この状況は?ヒーローですか、あの男は!? 


 イツキ中尉について、クレーターの壁ををゆっくりと降り、サワダ達に近付く。サワダの腕の中にいるティアスは、ピクリとも動かない。

 オレは彼女から、どうしても目が離せない。

 死んでるわけではないけど……。


「テッちゃん!何があったのよ?」

「お前な!この状況ならフツーは『大丈夫?』じゃねえのか!」

「……サワダ、テ……彼女は……?」

「アイハラ……お前まで。ユノならともかく」


 あからさまに嫌そうな顔をして見せたが、サワダは大丈夫そうに見えるんだから仕方がない。


「大丈夫だよ、死んでるわけじゃない。傷は深いけど。……知り合い?」

「……でも、こっちの時代の人だ」


 彼女のことを話すのは、まずい。それくらいはオレだって理解してる。理解してるから、ティアス……。


「そうか」


 オレは、相当まずい顔をしていたのだろう。サワダは明らかにオレの顔色をうかがっていた。何故かは知らない。もしかしたらティアスがあの楽師だって判っていたのかもしれない。彼女に対するサワダの態度は、オレにはあまり良いものには見えなかったから。


「……アイハラさん、彼女を代わりに支えてあげてください」

「え?」

「だって、テッちゃんもケガしてますから。これだけの騒ぎなら、すぐに警備隊がやってくるはずですし」

「え?サワダ、ケガしてる?」


 彼女の体で見えなかったけれど、サワダの腹には大きな傷があった。いや、その傷って、フツー意識とか飛んじゃったりするんじゃないの?なんだよ、コイツ!?


「平気だって、そんなに酷くない」

「そう言うのは、酷い傷ってフツーは言うのよ?殿下に連絡するからね」

「いやいやいや……待てって、大丈夫だって」


 携帯片手にミハマに連絡するイツキ中尉を、必死に止めるサワダ。しかし、彼女は完全に無視。危ないので、オレはサワダの手からティアスを受け取った。


「……仕方ないわね、ホントに。何があったの?」

「何って、魔物が襲ってきたんだよ。『空から』ね」

「……空……」


 天を指さすサワダにつられ、思わず空を見上げた。

 空から来る魔物を統率する力を持った一族は大陸に住んでいる。そして中心部に魔物がやってくることはほとんどない。


『だとしたら、私も魔物の一族ってコトになるわね』


 あるわけもない。それが実証された。

 彼女が魔物の一族だなんてこと。

 こうして、彼女は魔物におそわれ、ケガをしている。だから、あり得ない話だ。


 少しだけ、ほっとしたのに……どうして何かが引っかかるんだろう。




02


 イツキ中尉が携帯で呼び出してから5分もしない内に、ミハマとイズミとミナミさんがやってきた。シュウジさんは……鈍くさそうだから、置いてかれたかな。


「警備隊はまだ来ないの?」


 ミハマがクレーターの壁を降りながら、辺りを見渡す。彼の指示を受け、イズミがクレーターの外にいた怪我人の元へ向かっていた。


「テツ……」

「なんだよ、サラさん。そんな顔しなくても……大丈夫だって」


 サワダに駆けよったミナミさんが、不安げな顔を見せる。制服を着ていたのに、彼女は彼を『テツ』と呼んだ。

 ……仕方ないだろ。彼女は、お前のこと好きなんだから。


「アイハラ、その人は?君は大丈夫なの?」


 ミハマは、ちらっとサワダを見ただけで、すぐにオレに声をかけてきた。

 サワダのこと、心配するかと思ったのに……。ちょっと、イメージと違う行動だな。


「え?オレは良いけど……オレ達がきたときにはこの状況だったんだ。だから、サワダに……」

「そっか。かなり傷が酷いけど、何があったの?テツがそこまで手こずるなんて」

「オレだけじゃないよ。その女もだ」

「どういうこと?」


 二人揃って、ティアスを見つめた。


「空から、今まで見たのとは全く違うタイプの魔物が現れたんだ。オレがそれに気付いて、墓からここに来たときには、その女がそこにいる連中を逃がしながら戦ってた」


 そう言ってサワダは、イズミと、やっと駆けつけた警備隊が介抱している人たちを指さした。

 あれ?でも、この場所って……?


「サワダ、すげーね、やっぱ。墓からこんなに離れてるのに、彼女が戦ってるのに気付いたんだ」

「いや、森にはもう入ってたんだ。……で、その連中は多分、墓の管理をしてる兵の関係者の一般人らしかったんだ。で、まあ、その女が何者か判らなかったんだけど、とりあえず、魔物を退治することにしたんだ」


 なんか流された感じがするんですけど。まあいいか。


「強かったってこと?」

「いや、解析が遅れただけ……だと思う。でも、まあ、要注意かもね。動きも早かったし、パワーもある。それ以上に、頭がいい。今まできた連中に比べてね。まるで、兵隊のような動きだったよ。3体しかいなかったけど」

「兵隊?」


 オレの疑問に答えてくれたのは、ミナミさんだった。


「今まで襲ってきた魔物達は、一体一体がバラバラで、知能が低い動きをしていました。ただ暴れているだけ、と言うか……。でも、それが統率をされた動きをしていた、と言うことですね。誰か、支配するモノがいたと言うことは?」

「判らんな。いる感じの動きだったけど、存在は」


 首を振ったとき、少しだけ苦痛に顔を歪ませた。


「その女は、かなり出来るよ?そのわりには、見たことないんだけど。うちの軍のヤツかと思ったけど、軍人の動きじゃない。近いモノはあるんだけど……何て言っていいのか」

「彼女はオレの知り合いだよ。大丈夫か?テツ」


 全く近付いてきた気配を感じさせず、ミハマ達の後ろに現れたのは、サワダの父親だった。

 サワダ元老院議員。……王子の護衛部隊とも、王子自身とも、あまり良い関係とは言えない。サワダの父親にも関わらず。





03


「オレは大丈夫ですから、父さん」


 父さんて!?

 そういやおかしいなって思ってたけど……しかも敬語なんだ。


「それより、父さんの知り合いなんですか?彼女は……。一体、何者です?あれだけの魔物相手にあそこまで戦える人物なら、相当名の知れた方だと思いますが」

「いや、オレは知らないけれど。知人が預かっていた娘さんで、世話役にと頼まれただけだから。北に近い国の出身だから、魔物と戦う機会が多かったんじゃないか?軍人の動きじゃないだろう?」

「たしかに、……そうですね」


 父の言葉に同意したのはサワダだったが、ミハマは納得いかない顔だった。


 まあ、軍人でもないのに魔物と戦う機会があっただなんて、適当ないいわけ、通じるわけもない。

 実際、彼女とサワダ父は、昨日、中王の楽師の広場で初めて会ったと言っていたのだから、彼は彼女のことをほとんど何も知らないはずだ。


「随分、顔が広いんですね。北の方にまでお知り合いがいらっしゃるだなんて」

「たまたまだよ。昔の知り合いが、北に行ってた。それで中央で会うことになった。おかしな話かい?」

「いいえ。でも、あなたのお知り合いというと、中央では中王様を中心にした『創世記』を作り上げた方たちだと思っていましたから」


 創世記……?名称から察するに、時代を作ったってことなんだろうけど……あの酔っぱらいのおっさんもそれに入ってるのか?


「ミハマ!あっちの怪我人は警備隊が全員回収したけど」

「そう。ありがと。お疲れさま」


 報告をしに近付いてきたイズミだったが、苦笑いを浮かべているところを見ると、もしかしたらサワダ父との対峙を邪魔しに来たのかも知れない。


「シン、悪いけどテツを連れて戻れる?傷が結構酷いみたいだから。サラとユノも、この女性を連れて……彼女、何て言うんですか?」

「ティアス」


 簡単に、彼女の名前を明かした。ミハマもサワダも、その名前に当然のように反応した。


 オレが、彼女の名前を告げていたから……。

 こんなことになるとは思ってなかったんだ。


「彼女の介抱は、こっちでしようか?」

「いえ。サワダ議員はお一人でいらしたようですし、こちらで手配しますから。女性がいた方が、彼女も目を覚ましたときに安心するでしょう?」

「そうかい?」

「ええ。あなたのお知り合いとはいえ、あなたとそんなに面識があるようにも見受けられませんし」

「そんなことはないよ。君は相変わらず、人が悪いね。何を企んでるんだい?」

「いいえ、別に。ただ、サワダ中佐の話を聞く限り、彼女は新しい魔物に対して有効な手段も持っているようですし、ぜひ、お話をお伺いしたいと思いまして」

「正直で結構なことだね」


 なんでこんなに険悪っていうか、子供のケンカみたいなコトするんだよ、この二人は……。

 対峙してる二人を除く全員が嫌そうな顔をしてるのに、気付いて、お願い!


「えっと……殿下、怪我人もいることですし、早めに宮殿に戻りませんか?」

「うん、それはみんなに任せた。オレはちょっとサワダ議員と話があるから。頼むよ、特にその人は無理するから」


 イツキ中尉がおそるおそる提案したのだが、それを笑顔でかわすミハマ。

 サワダが嫌そうな顔をしていたが、傷が深いのは確かだ。特に、気絶してるティアスの状態は判らない。


「……や、でも……戻らない?」

「戻らないよ。無理したら、怒るよ?」


 サワダの提案も、当然のように笑顔でかわす我が儘王子。

 つーか……誰も逆らえない?もしかして。





04


「良いから、早く手当をしてきなさい。そんなことで我慢するもんじゃない」


 父親っぽくそう諭すサワダ父。いや、だから、あんたらが心配だから、この人達ここを離れられないんだって。


「言い出したらきかねえしな……」

「何か言った?シン?」

「いいえ、何も言ってません、殿下。さっさと怪我人連れて戻ります。アイハラ二等兵、ここに残って殿下をお守りして」

「え……!?」

「え?!じゃない。敬礼!それから返事は『イエッサー』!」

「……い……イエッサー……」


 うう……。ここに残るのも怖いけど、イズミの威圧も怖い……。何かあったら止めろってこと?それとも逐一報告しろってこと?


「いいよ、アイハラも一緒に戻れば」

「そうはいかない。自分の立場を弁えろよ」


 サワダに睨まれ、苦笑いをするミハマ。サワダ父も同様に困ったような笑顔を見せていた。


「戻ろう」


 イズミに担がれるサワダが、全員にそう指示をする。そんなに聞かないのか、この我が儘王子様……。確か、立場はあるけど、一応対等だって言うようなことを言ってた気がしたんだけど。王子様としては正しい姿なのかな?


 でも、この場に残されるのは、どうにもこうにも厳しいですけど。嫌すぎる。


「良いのかい?そんな信用ならない子供を連れていて」


 だから、少しは歯に衣着せるとかしようよ!なんでいきなり直球で攻撃するんだよ!サワダ父は一体幾つなんだよ。

 しかも、サワダ達の姿が見えなくなったと思ったら、即かよ。


「良いんです。お気になさらず。大丈夫ですから、彼は。ねえ、アイハラ?」

「……はい!」


 うう……ミハマも怖いよ……。このキラキラ王子様の風貌で、時々その威圧感出すのはずるいって。


「まあ、何も出来ないか」


 酷!!サワダ父酷すぎ!!事実だけど。


「彼女は、本当は何者なんです?」

「言ったろう?友人から預かっただけだと。貴族のお嬢さんだ。それなりの待遇を用意しないとね。王に紹介するつもりで連れてきたのだけれど、こんなコトに巻き込まれてしまって」

「ええ。大変でしたね。最近、オワリ国は特に魔物の襲撃が多い。つい先ほど海から来たと思ったら、今度は空から。まるで計ったかのようなタイミングだ。しかも、こんな中心部に。今まで、空からの魔物の襲撃は寒い地方がほとんどだったし、こんな中心部に現れただなんて報告はほとんどない」

「そうだね。警備を強化しないと。早急に軍の整備もしないとね」


 ミハマの口調は丁寧で穏やかだったけれど、その内容は背筋が凍るくらい直接的で攻撃的だ。

 明らかに、サワダ父がこのことに関して何か知ってる、あるいは関わっていると彼はふんで、そう思っていることをサワダ父も理解している。その上での会話だ。


 要するに、もう歯に衣着せても仕方がない、そんな関係なのかも知れない。



05


 親戚は、一番近くて一番遠い他人だと。それを言ったのは果たして誰だったろうか。遺産相続で酷い目にあった人が、そんなことを言っていたような気がする。

 まさにこの二人はそんな関係なのだ。


 叔父と甥の関係であり、王子とその補佐役である元老院議員であり、共に友人であり息子であるサワダを心配しているくせに、まるで子供のようにケンカをしている。

 それが判っているから、サワダの前では(多少)遠慮している。でも、いなくなった途端にこうなってしまうと言うわけだ。


 ……イズミのヤツ、とんでもないところに置いてったな。ちくしょう。


「彼女を、どうするつもりだい?ホントは」

「……ホントは、特に考えてなかったんです。まあ、話くらいはしてみようかな、と」

「正直で結構なことだね」


 サワダ父は、さっき他の連中の前で言ったのとは全く違う顔で、同じ台詞を言った。気のせいか、少しだけ楽しそうにも見えた。


「どうしたの、アイハラ?大丈夫?真っ青な顔して」

「いや……うん、まあ。それより、戻らない?」


 真っ青にもなるよ。さっきから変な汗が止まらないんだから。何も言えないし、緊張しすぎて……。


「そうだね。ちょっと遅くなっちゃったかな。何度も呼び出し入ってるし」


 ポケットから携帯をとりだし、確認をしていた。その様子を見て、サワダ父も同じように携帯を見ていた。お互い、忙しい身のはずなんだけどねえ……。


「……ティアスって言いましたっけ?彼女」


 携帯から目を離し、ちらっとサワダ父を見た後、一瞬だけオレの顔を見た。


「目を覚ましたそうですよ。命に別状もないですし、普通に喋れるそうです。良かったですね」

「……思ったより、頑丈だね。何より」

「預かっているんでしょう?もう少し心配されたらどうですか?」

「たかがあの程度の魔物に手こずるような子供には興味がないよ。うちの息子も、まだまだ」


 判りやすく、ミハマがサワダ父を睨み付けた。

 さっき、彼を気遣う言葉はかけなかったのに。


「強くなければ生き残れない。これから、もっと大変なことが起こる。君はよく判っているのに」

「でも、テツはそれを望んでるわけじゃない、必要にかられてるだけですよ」

「君のそばにいるのは良くない。あの子がどんどん弱くなってしまう。悪影響だね」


 サワダ父も、判りやすくミハマに悪意を向けた。

 イズミとサワダの怪獣対決なんか、蟻の戦争並に小さいことのように思えた。


 でも、これからもっと大変なことが起こるって?今以上に?

 いや、この、中心部に現れた魔物って言うのは、その予兆なのか?


「……地震……?」


 地面が微かに揺れた気がする。


「よく判るね、アイハラ。こんな微かな揺れなのに。揺れてるのは判るけど、もう、地震なのか爆発による揺れなのか、オレ達にはよく判らないや」

「最近地震多かったから、なんか過敏になってて」

「最近?ああ、君がいた……うん、そうだろうね」


 まるでミハマは、オレのいた時代のことを知っているような顔で、オレを気遣う笑顔を見せてくれた。




06


 オレとミハマが地震の話をしている間に、サワダ父はいなくなっていた。いつの間に消えたんだ。神出鬼没……。


「悪いね、つき合わせて。みんな心配しすぎなんだ。別にテッキさんと話してたって、何もないのにね。戻ろうか」


 そう言ってオレを促し、城に向かって歩き出す。

 いや、充分すぎるほど何かありましたが!怖いっつーの、水面下で戦争中だっつーの!!


「アイハラまで、そんな怖い顔しないでよ。早く戻ろうよ。心配だろ?彼女のこと」

「……まあ。でも」

「知ってるよ、君が言ってた人とは別人だってことだろ?でも、君が言ってた女の子も、あんなに綺麗な子だった?」

「まあ。……ミハマだって、相当綺麗な顔じゃん、何言ってんだよ?変な感じだよ」

「だって、オレ、男なんですけど」

「ちゃんと男の顔してるけど、なんつーの、少女漫画系の顔って言うか」

「なにそれ。違うって」

「物腰も柔らかいし。喧嘩腰だけど」

「なんか矛盾してない?」

「矛盾してんのはミハマだって」

「うー……なんか突っ込まれまくってる気がする」


 突っ込みまくってますから。て言うか、突っ込みポイントありすぎだよ!


 この王子様は、矛盾だらけだ。

 知ってて、判ってて、理解してて、どうしてその態度と行動なのか。


「……テツは、彼女のこと判ってて助けたのかな?」

「いや、知らないと思う。オレ、ティアスの写真とか見せてないし。……持ってないし」

「なんか、似合ってる感じの二人だよね」

「……ないって。オレのいた時代はそうだったかも知れないけど、こっちのサワダも、ティアスも別人だ!!」


 思わず立ち止まり、怒鳴ってしまったオレに、さすがのミハマも驚いた顔をする。でも、すぐに困ったような笑顔に戻って


「そうだね。そう言ったのは他でもない、オレやシュウジだね。テツも、彼女も、お互いを知るわけがない。テツも、君の話を聞く限り、オレにとっては完全に別人にしか聞こえないし」

「……でも、サワダみたいだって」

「うん。似てると思う。同じ人かも知れないけど、オレの隣にいるテツとは違うかな」

「時々、ミハマの言ってることは判らない」

「どうして?」

「矛盾だらけだ」

「何が?」

「違うことを、たくさん言う。あんたの口から、全く反対の言葉が一緒に出てくるんだ」

「普通じゃない?」

「どの口が普通とか言うかな??」


 何をおかしなことを、と言わんばかりだった。

 驚くほど彼は矛盾に満ちている。


「君の言っているテツは、テツに似てると思うけど、彼とテツが同じ道を歩むとは思えない。時代も、周りにいる人間も、環境も違う。彼自身の思いも。彼の前に、彼が一緒にいた女性がたまたま現れた。そこには強い縁があるかも知れない。でも、まだ出会っただけだ。何をそんなに不安そうにしてるの?君は」


 矛盾に満ちてるくせに……人のことは見抜いてしまう。気持ちよいくらい的確に。


「でも、あんな子だとは思わなかったな」


 そう言って、ミハマは少しだけ楽しそうに、彼女を評した。それがオレの不安をますます煽っているのだとも知らないかのように。



07


 ミハマと二人で城に戻ったら、玄関(この場合城門とでも言うべきか?どう考えてもホテルの入口だけど)で待っていたイズミに声をかけられる。


「遅いよ!」

「ごめんごめん。テツと彼女の具合はどう?」


 笑顔でイズミに駆けより、謝ってみせる。あんまり申し訳なさそうにしていないところを見ると、いつものことなのかも知れない。

 オレは、イズミに睨まれながら、ゆっくりミハマの後を追った。3人で一緒に城に入る。


「テッちゃんは、ちょっと傷が酷いけど、ピンピンしてる。確かに、あんなケガしたのは久しぶりだけど、元気なもんだよ。一応、こっそりイムラ先生にも来てもらってる。後で話する?」

「うん。何か言ってた?」


 まるで内緒話でもするかのように、こそこそと話す二人。オレにはまるぎこえですけど……。

 もしかしたら、城内の人には知られたくない話?

 それにしても、また知らない名前が出てきたな。察するに、サワダの先生(多分医者)って所かな?

 でも、それなら最初からその人を呼べばいいのに……治療とは別ってことだろ、要するに。聞いたらまた怒られそうだけど。


「さあ、シュウジさんに何か話があるからって、テッちゃんに内緒で話してたけど。で、彼女……、ティアスって言うらしいんだけど、あとで引き取りたいって、サワダ議員の使いの者が来てた」


 一応、手を回していたわけね、サワダ父は。中王の臣下と仲が良い人が、死神を連れてきたわけだから、多分何かあるんだろうな。ミハマ達にそれを教えた方がいい気もするけど……ティアスのこと話さないって、彼女とオレは約束をした。

 何があったって、オレと彼女は秘密を共有してる。


「そう。どうしたの?」

「動かすと彼女が大変だと思うので、動けるようになるまではこちらで対応しますからご心配なく、って言っといた」

「ありがと。完璧だね」

「当然でしょ。シュウジさんと一緒にしないでくれる?」


 笑い会う二人。まあ、シュウジさんて、そう言うところ、気が利かなさそうだもんな。嫌味たっぷりのくせに、そう言うところがそつなさそうなんだもん、イズミって。よく考えなくても怖いよな。


「アイハラ、この人、なんか怖いこと言ってなかった?」

「怖いことって言うか、全体的に怖かったんですけど」

「あはは、やっぱりね。まあ、そんな嫌そうな顔すんなよ。さすがに、あの人とミハマのいるところに置いてったのは悪かったって」


 全然悪いって顔じゃないけどね!!でも、怖いから言わないけど。


「表情で訴えんのやめろよな」

「イズミ……中佐は常に笑顔ですからあ?」

「まあまあ……何でシンもそんなに喧嘩腰なんだよ。そう言う態度だから、アイハラが警戒してんだろ?」

「ミハマのサワダ議員に対する態度よりは、よっぽど?オレはオレの考えがあるんだから」

「それは、重々承知してるからね。だから、これはオレの考え方」

「あ、そう。でも、あまり甘い顔すると、期待させすぎちゃうよ?」


 期待させすぎる……。

 何を言いたいんだよ、イズミは。ミハマが、ただ無責任にオレに優しいだけじゃないのなんて、判ってるつもりだよ!


「甘い顔をしてるつもりはないよ」


 ミハマは、イズミに笑顔を向ける。その笑顔はとてつもなく優しいものだったのに、イズミは表情を強張らせて黙ってしまった。


「テツ、どこにいるの?部屋?」

「うん。彼女も同じ階の客間にいるから……」

「そう。じゃあ、アイハラを案内してあげて。彼もユノと一緒に現場に居合わせたみたいだから、状況を知ってるし」

「状況ったって、ユノちゃん達がついた時点では……」

「いいから、だって、心配だろ?別人だって判ってても」


 優しさなのか?甘えさせてくれるのか?それとも他に、何かあるのか?



08


 イズミは、ミハマの命令を渋々受け、オレをティアスのいるという客間に案内してくれた。

 彼女がいる部屋は、サワダがこの城にいるときに使っているという部屋と同じ階にあり、エレベーターからすぐの場所だった。

 ミハマは、イズミにオレを託した後、急いでサワダの部屋に向かった。


 どうして本人にそうと言わないのか。それが不思議なくらい、彼はサワダのことを心配していた。

 そのことを、イズミに聞いたら、やっぱりオレはまた怒られるんだろうか?


「彼女、知り合いなわけ?オレやテツみたいに、お前がいた時代って所での」


 部屋に入る前に、確認するようにイズミはそう聞いてきた。


「……サワダの、彼女だよ。本人達はつき合ってないって言い張ってたけど」

「まあ、別人だからね。テツに彼女って、嘘臭い」

「そういやさ、なんでサワダの呼び方変えるの?サワダ本人やミハマの前と、いないときに」


 少しだけ嫌な顔をした。


「気遣いだよ。判んないの?それくらい」

「判んないよ……」


 眉をひそめていた。オレは多分、すごく困った顔をしていたんだと思う。


「サトウアイリは?」

「え?」

「だから、サトウアイリとは、どうだったんだよ、お前の知ってるサワダテツヒトと」


 イズミは自ら、彼女の名前を口にした。


「あまり詳しくは知らないけど、別に何もなかったんじゃないかな?ピアノのレッスンをしてたって言っても、ティアスと一緒にいるようになってからはあまり待ち合わせて一緒に行くってこともなかったみたいだし。仲は良かったみたいだけど。受験があったはずなのに、会う回数は減ってた気がする」

「よかったんだ?」

「悪くはなかった。……と思う。もともと、そう言う話はしなかったし」


 泉や新島達と話すとき、話題には上ってたけど、その回数も減っていった。


「そうか……。彼女、ねえ……。まあ、難しそうだけど。楽しそうだった、テツは」

「ヤバイくらい?にやけてたし、なんかネジ一本緩むどころかって感じ?」


 そう言ったら、イズミが嬉しそうな顔になったのに、少しだけ驚いてしまった。


「縁ってヤツは、ホントにあるのかもね。あったら、良いものかも知れないな。ミハマが言うように……。いや、ミハマが……」


 言ったから、だと。

 彼の言葉を、イズミはかみしめる。どんなに対等なフリをしていても、逆らうような顔をしていても、イズミは彼に心酔していた。それだけは、はっきりと判った。

 それが王と臣下の関係だというのなら、あまりにクレイジーだった。

 自分よりも何よりも、彼の言葉、彼の思い、彼の意志が全て。


 イズミのサワダに対する態度は、友人を心配し、ひねた感情で動く、子供のようなモノだと理解できるのに。ミハマに対する態度は、妄想的な信者のようだ。


『でも、あんな子だとは思わなかったな』


 あの、彼の台詞を、子供のような目を、イズミが知ったら、一体どういう態度に出るんだろう。そう思うと少しだけ怖かった。



09


 イズミの機嫌が少しだけよくなったように見えた。彼は笑顔だった。

 扉をノックし、中の様子を伺ったら、イツキ中尉が出てきた。


「悪いけど、いれてくれる?ミハマがこれを連れてけってさ」


 機嫌はよくなってるように見えたんだけど……『これ』扱いかよ。指さすなよ、もう。


「殿下は?どうなさったの?」

「もちろん、テツの所だけど?」

「いま戻ってきたばかりなの?」


 イツキ中尉はオレに聞いていた。少しだけ嫌そうに。思ったより、サワダ父との話が長引いてたから。普段、よっぽどなんだな……。

 なるべく表情を変えないようにして、オレは黙って頷いた。


「殿下がおっしゃるなら、どうぞ」


 ホントにここの連中は、ドイツもコイツも殿下殿下って。もうさすがに慣れたけど。

 あまりに自分の存在がぞんざいに扱われていて、ちょっときつい。

 

 いや、『ちょっと』じゃないか……。

 でもまあ、良いよ。ティアスに会わせてもらえるなら。それがこいつらを束ねてる王子様の意志。だからオレは彼女に会える。この自由のない世界で。

 彼女の存在だけが、いまのオレを照らす。


 部屋に入ると、ティアスがベッドから起きあがっていた。ケガが酷いせいか、あまり元気がいいとは言えなかったけれど、オレを見て笑顔を向けてくれた。

 それだけでも嬉しかった。


 あの時代では沢田のモノだった彼女は、いまオレと秘密を共有してる。彼女はオレのことを見てくれてる。ずっと欲しかったモノが、手の届くところにいる。


「彼女、さっき目を覚ましたばかりなのよ」

「そっか。そうだよね、ケガ酷かったから……」


 でも、今イズミとイツキ中尉がいる前じゃ、オレは彼女に何を話して良いか判らない。お互いに知ってるって言う顔をするのも変だし……彼女が死神だってばれてしまうわけで。


「サワダ議員のご関係の方だとお伺いしてますけれど?」


 そしてこの男は……怪我人相手にそう言うこと言うか?


「なに睨んでんの?」

「別に。彼女がもうちょっと落ち着いてからでも良いんじゃないかな?」

「やけに突っかかるじゃないの」

「いや、ミハマ以外のヤツへの気遣いがないな、と思っただけで」

「喧嘩腰だな」

「良いんですよ。もう大丈夫ですから。お世話になりました」


 彼女はにこやかに微笑む。大丈夫って顔色じゃないんですけど。


「……シン、その話は後にした方が」

「いいえ。サワダ議員にオワリ国王にご紹介していただくことになっていたんです。その途中に魔物に襲われてる人がいて」

「へえ。うちのガーディアンですら手こずるような魔物相手に、善戦してたって話を伺ってますけど」


 イズミのこの超喧嘩腰に、ティアスは笑顔で答えていた。

 なんか、あの噴水広場でのイメージと違うけど。



10


「シン、相手は怪我人よ」


 溜息をつきながら、仕方ないといった顔で、一応突っ込むイツキ中尉。

 そんなものはモノともしない。


「知ってるよ」

「殿下に、判断をお任せしましょうよ」

「だから、その殿下がいらっしゃる前に、下調べをしておくのも家臣の役目でしょう?」

「時代劇かよ……」


 よく判らない、といった表情で突っ込み返されてしまった。時代劇……ないのかな。シュウジさんになら通じるはず……!!


「ミハマ!オレも行くって!ったく、しょうがねえなお前は!立場とか判ってねえのか!」

「良いから、テツこそもう少し寝てろって言うの!ふらふら動かないで、じっとしてなよ。怪我人のくせに!!」


 扉の向こうで騒ぐ2人の顔でも見えているかのように、イツキ中尉とイズミの2人は顔を見合わせて溜息をついた。もちろん笑顔だったけど。

 なんか、こうやって騒いでるとこ見ると、ただのバカ騒ぎしてる友達って感じだな。ティアスも吹き出してるし。


「あんた達、少しはおとなしく出来ないんですか!いい年して!みっともない!」


 シュウジさんの声もまる聞こえですけど。それを判っていないのか、なにもなかったかのようにドアをノックする。


「賑やかね」


 そう言って微笑んだティアスに、イツキ中尉が嬉しそうに微笑み返した。イズミも、少しだけだけど。


「失礼しますよ」

「うっさいよ、3人とも。みっともない」

「入った途端、失礼なこと言うんじゃありません、客人の前で!」


 イズミに対して、もっともなつっこみをするシュウジさん。でも、イズミの突っ込みも、的確だけど。


「その客にも筒抜けなんですけど」

「いいえ、大丈夫ですよ。楽しそうで、良いですね」


 穏やかに微笑むティアスに、さすがのシュウジさんも一瞬動きが止まる。


「……この方が、あなたが手こずるような魔物相手に立ち回っていたんですか?」

「別に、手こずってない」

「みたいだね。テッキさんもそう言ってたし。こんなに可愛いのにね」


 笑顔でさらりとそう言い放ったミハマを、ティアスを除く全員が睨み付けるように見つめた。


「……?ミハマ?」

「なに?オレ、なんか変なこと言った?」

「いや……なあ?」


 イズミがオレの顔を見る。オレも思わず頷いてしまう。

 だって、ティアスは……オレのいた時代では沢田の彼女で、この時代では楽師で死神で……やっぱりサワダと何だかいい雰囲気で……、でも、敵同士で……。

 しかも、明らかに敵意をむき出してた、サワダ父の関係者としてここにいるのに。


 王子様がその発言は、やばいんじゃない? 


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