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第6話 袖振り合うも多生の縁

 喚起の声も収まり、軍が帰還の準備を始めていた。

 サワダとイズミもミハマのそばに戻り、事後処理の様子を見守っていた。


「……サワダもイズミもすごい人だったんだ……ですね」

「そう言うこと。アイハラなんか一瞬で壊れちゃうわけよ」

「シン!いい加減にしないか!」


 ミナミさんがイズミの耳を掴んで自分の方へ引き寄せた。イズミは笑いながら「痛い痛い」って叫んでる。はっきり言って気持ち悪い。

 ……しかしバカだなーイズミって。ミナミさんがいるんだから、怒られるの判ってるくせにオレのこといじめるんだから。

 もしかしたら構われたくてやってるのかもしれないけど。


「殿下!こちらにいらっしゃいましたか。ご無事でなにより」


 ……誰だっけ。軍服着てると、みんな一緒に見えるんだよな。


 確か、ソノハラ大佐だっけ。ミハマに報告してた人だ。

 ミハマの元へ駆けより、敬礼をした。それに合わせて、ミハマ以外のメンバーが敬礼をする。


「優秀な護衛官がいるんでね。……特殊部隊もそれなりに使えるようだね。まだまだだけど……」

「ですね。まだまだ改善の余地がありますね。どうですか、あなた方から見て」


 笑顔で特殊部隊の働きを切り捨てたミハマに、同じように攻撃をするシュウジさん。実際、サワダとイズミがほとんどやっつけてしまったわけだから、仕方ないかもしれないけど……。

 さらに、サワダ達にまで攻撃させようってか?この人のこと。


「さあ。私からは何とも。殿下のおっしゃる通りかと」


 サワダの言葉に、イズミが頷いた。

 ……気持ち悪いんですけど。

 

 あからさまに攻撃されて、へこんじゃってるよ、この人。大佐ってことは、少なくともサワダ達よりは偉いはずなのに。


「そろそろ、陛下がお戻りになるころだろう?その報告だろ?」

「……はい。王子が前線に出ておられると報告いたしましたら、危険ですからお下がりになるようにと」

「……わかった。報告も兼ねて、城に戻るよ」


 そう言ったミハマは、笑顔だった。

 王子とその護衛部隊の手に入れたこの大勝利は、誰に顕示するためのモノか。


「アイハラ、なに怖い顔してるの?城に戻らないといけないから、君も一緒に……」


 怖い顔にもなるよ。なんで、同じ国なのに、同じ敵を見てるのに、戦わないといけないのに、こんなことに?

 敵も味方もどこにいて、何をしてるか判らない。

 そうは言っても、この状態は、どうしたって馴染めない。


 あの広場でピアノを弾き、歌う、彼女の方がずっと近くに感じる。


 ……そう言えば、ティアスは?!さっきあの場所にいたのはティアスなのに。


「アイハラ!なにぼーっとしてんだ!ミハマが呼んでるだろうが、行くぞ!」

「痛いって、サワダ!ひっぱんなよ、もう!」


 オレの肩を掴み、力任せに車に押し込めようとするサワダ。

 サワダに聞いてみようかと思ったけど、魔物と戦ってたんだから見てるはずがないか。


 仕方なく言う通りにして、シュウジさん達と一緒に車に乗り込む。

 ソノハラ大佐が事後処理の指揮のため、離れていくのを見送り、港を離れた。ミナミさんとイツキ中尉が2人で同じ車に乗ったのは見たけど、イズミはいつの間にかいなくなっていた。


「……ミハマ、港に軍の人以外に……誰かいなかった?」

「港に?退去命令が出てるはずだから、軍人以外はいないはずだけど……見た?」


 運転手のカトウさんも、シュウジさんも見ていないと答えた。


「いたよ。オレ、見た」

「……お前、すげえ遠くで戦ってたじゃん!どんな視力だよ!」


 工場地帯から一番遠くにいたはずのサワダが、見たという。……そんなばかな。


「セリ少佐だったよ。もう一人いたみたいだけど、わからなかった」

「顔、見えたの?すごくない?自然と戯れて生きてきたりした?」

「……なんじゃそりゃ。別に、顔が見えたわけじゃない。人影が確認できたんだけど、すごく独特の動きをしてたから。多分ね」

「確証はないってこと?」


 サワダは黙って頷いた。でもその後、人の悪い笑みを浮かべて続けた。


「シンにも確認したよ。あいつも見てたって。顔は見えなかったけど、あの動きはセリ少佐だって。なにしに来たんだろうね、こんな所に軍服も着ないで、楽師の犬がさ」


 また、嫌な言い方するなあ。


「……なんだよアイハラ、黙って表情で訴えるのやめろよ。不満があるなら言え」

「嫌な言い方するな、って思ってさ。楽師のこと嫌いなの?好きなの?はっきりしろよもう。あんなに彼女はお前のこと……」


 そこまで言って、ミハマの顔がちょっと怖いことに気付いて、言うのをやめた。


「どっちでもないって」


 むっとした顔で返す。それはいくらなんでもないんじゃないのか?


「……そういうんじゃ、計れない。この言い方で、満足?」


 悪戯っぽく笑った。

 余裕のあるサワダに安心もしたけど、意味深な台詞がオレを不安にもさせた。








 ミハマは、サワダとシュウジさんを連れ、王が待つ謁見室へと入っていった。イズミとミナミさん、イツキ中尉は、ここにはほとんど入れないんだと言っていた。


 王に会えるのは、貴族だけなんだと。

 階級は同じでも、大きな壁があるような言い方だった。


「まあ、そういやな顔するなって」

「……どっちが」


 もろに不愉快な顔して答えたのに、イズミは笑顔だった。

 なんか、ホントに怖いな、こっちのイズミ……。だって、そう言うイズミが一番不愉快そうだったくせに。

 一緒にいるミナミさんもイツキ中尉も、普通に見えるけど……やっぱ不愉快なんかな。

 

「アイハラくん。部屋に戻りましょうか。ここで待っていることは出来ませんから」

「……すみません」


 どこまでも丁寧で(ぎこちないけど)優しいミナミさんには、ただただ頭が下がる。だって、階級も一緒で、同じ王子の護衛部隊なのに、そばで待つことすら出来ないなんて、悲しいじゃないか。

 ミハマに対して、彼女はあんなに心を寄せているのに、悔しいはずがないのに。


 ミナミさんに誘導される形で、オレが彼女の横を歩き、その後ろからイズミとイツキ中尉がついてきていた。


「そういえば、さっきサワダ中佐がおっしゃってた……中央のセリ少佐というのは?」


 エレベーターに乗った途端、ミナミさんがイズミに切り出す。


「ああ、話したことなかったっけ?」

「いや。名前は聞いたことある。ただ、こんな所に私服で、と言うのが気になったんだ。お前は心当たりは?」

「どうだろね。あの人、変わってるからね。若手ナンバーワンのくせして、わざわざ楽師の下を選ぶような人だから」

「……私の印象では……」

「なに?」


 ミナミさんは言葉を選んでいるようだった。しばし、視線を落として考える。

 エレベーターの扉が開く。その時、口を開いたのはミナミさんではなく、イツキ中尉だった。


「楽師殿って、悪い人じゃないって印象だけどな。変わってるって言うか、浮いてるみたいだけど。何だか、まるで私たちみたいね」

「ユノちゃん〜。あんな、顔も出せないような女と一緒にしないでよ〜」

「でも、なんかテッちゃんみたいじゃない?」

「それ、テッちゃんが聞いたら怒るよ?」

「だから、本人には言わないじゃない。なんか、自虐的な匂いがするのよね。ちょっと、会ってみたいな。アイハラさんはどう思いました?会われたんですよね?」

「え?」


 そこでオレに話を振りますか?!

 ……なんて答えたら良いんだ。


「いや、なんか……何て言うの?」

「こいつさ、楽師と話したあと、惚れちゃったみたいでさ。テッちゃんに妬いてんのよ」

「あれ?楽師殿って、顔見えないんじゃなかった?」

「うん。全くもって判らん。でも、相当ミステリアスな感じはするし、こういうダメそうなお子さまは、うっかり中身を想像して妄想に恋とかしそうじゃない?」

「お前な!そう言うのは人のいないところで言えよ!」


 しかも、そう言うのって、オレじゃなくてあっちの沢田のキャラじゃない?!

 いやいやいや……、落ち着け自分。こっちのイズミは、そもそもオレのことを知らない上に、極悪大魔王だ、根性悪で、腹真っ黒だ、人を人として扱ってないんだ。


 ……と、思ったけど、怖いからそこまで言うのはやめとこう。ホントに、なんでオレ、イズミなんかにこんなに気を遣ってるんだろ。


「でも、あれは相当妬いてたと思うけど。まあ、テッちゃんとも何もないけど」

「そうか?なんか、曖昧っつーか……微妙な感じが怪しいけど?」

「ないって」


 はっきりと、そう言いきった。何故だかその横でミナミさんが笑顔を見せる。


「テッちゃんじゃあ、ねえ?」

「ねえ」


 ……なんか、イツキ中尉と二人でそう言いあうイズミは、彼女と頭一つ分以上違うのに、女子高生が二人いるみたいで気持ちが悪い。

 つーか、いったい何なんだよ。この人達の、サワダに対する認識は。


『実はホモなんじゃないかって言うくらい、女嫌いだって言う噂も聞いたことあるし、そこんとこどうなんすか』

『いや、ホモは確実にないけど……。そこそこフツーですって、ちゃんと女を好きになってたし。でも、まあそう言うのはないかな。今、疲れてるし、あの人』


 イズミもなんか『お疲れ』なんて言ってたし。まあ、調子は悪そうだったけど。あんな戦いとかしてて、ばたばたしてるから、仕方ないのかな?


 でも、そこまで言われるほど酷かねえだろよ。


 だいたい、あいつはティアスとつき合う(本人達からやんわり否定されたことはあっても、はっきりつき合ってるって言ったのを聞いたことはないけど)前だって、佐藤さんのことを好きだったじゃないか。なんか、気持ち悪いぐらい初々しくて、何も出来ない子供の恋って感じで、本人は隠してるつもりでもバレバレで……。


 泉も新島も知ってた。ティアスですら。


 オレ、確かここに来たばっかの時に、シュウジさんに佐藤さんのことを言った記憶があるな。その時、彼は否定しなかった。否定したのは、イツキ中尉、つまりオレのいた時代の沢田の妹である沢田柚乃が、彼の妹ではなくイツキユノという名前であることと、こっちのサワダにティアスという名の女はいないと言うこと。それ以外の人間関係を肯定した。


 縁があるなら、そう言う女がいてもおかしくなくない?ピアノを習ってたはずだし、今のサワダはあんなに上手にピアノを弾くじゃないか。


「なら、サワダと佐藤愛里とはどうなんだよ」


 また、オレは余計なことを言ってしまった気がする。

 明らかに、『サトウアイリ』の名前を聞いた途端、彼らの間に漂う空気が淀んだ。


「あの……」

「判ってんなら、喋るなよ。ホントに空気読めないっつーか、無神経っつーか」

「無神経まで言うことないだろ?!大体……今のは良くない気がするけど、サワダのことだって……」

「黙ってろよ!てめえの声も聞きたくねえ!」


 イズミの口元だけはいつも笑ってた。目だけが笑ってなくて怖かった。でも、それでも、彼のポリシーなのか、笑顔らしきモノを作りながら、彼はオレに罵声を浴びせていた。

 でも、今、彼の顔から完全に笑顔のようなモノは消えていた。オレをバカにするでもなく、突き放すように。


 彼はもう、オレの方を向くことはなかった。


「どうしたのよ、シン。そこまで怒ることないじゃない。この人、何も知らないんだから」

「そんなの判んないだろ?ホントに知らないヤツの口から、こんな単語が出てくるか?!」

「それもそうだけど。……サラさんも何か言ってよ」


 ミナミさんは黙って、オレ達の様子を見ていた。彼女が怒っているようには見えないけれど、何かを考え込んでいるようだった。


「ユノちゃん、オレはこういうヤツ、ホントに嫌なんだよ。何か知ってるにしても、知らないにしても、タチが悪いね。無神経って言うのは、罪なの!」

「シンだって無神経なとこあるわよ」

「それとこれとは話が違うって。テツのこと何も判ってないくせに、何も知らないくせに……ミハマがどんな思いでテツをかばってるか、わかんねえくせに!」


 イズミはオレを罵るくせに、オレの方を一切見ようとしなかった。


 ……ミハマ。


 イズミは、別にサワダのためだけにあんなに怒ってたんじゃない。誰より彼をかばっていたのはミハマで、ミハマの存在があるからこそ、サワダをかばう。二人分の怒りを、悲しみを、背負うモノを、イズミがオレにぶつけてきた。

 そうでも思わなければ、納得できないよ、イズミの怒りが重すぎて、痛くて。


「ねえ、アイハラさんが何か言ったのかもしれないけど……でも、この人にはこの人の言い分があると思うの。サラさんからシンに何か言ってあげてよ」


 オレはただ黙って、表情を崩さないように強張ってることしかできないけど、ミナミさんがイズミに何か言ってくれるのを、イツキ中尉以上に期待していた。

 多分……この短い間、ここにいた印象でしかないけれど、イズミは、基本的にミハマとミナミさんの言うことしか聞かないんじゃないかと思ったから。


「サラさん」


 ミナミさんは、イツキ中尉の言葉には応えず、目を伏せた。


「悪いけど……シンを止める気も……何か言う気もない」


 た……頼みの綱なのに!!

 もしかして、ミナミさんも相当怒ってるってこと?!


「もー!!テッちゃんは別に、アイハラさんには普通の態度だったじゃない。怒ってもいなかったし。それ見たら判るでしょ?サラさん!テッちゃんはそこまで弱くもないし、バカでもないわよ!」


 オレのことをミナミさんもイズミも怒ってると思ったのだけれど、イツキ中尉はサワダの話を彼女にしていた。

 ミナミさんに対して、まるで怒鳴りつけるかのように叫んだかと思うと、今度はイズミに向かってつかつかと歩いて近寄り(袴なのに、よく見たら編み上げブーツだった)、随分上の方にある彼の鼻の先に向かって指を指し、怒鳴った。


「殿下はこの人を自由にさせたんでしょ?あの方は、言いたいことがあったらちゃんと自分で言うし、この人がテッちゃんに対して無神経な態度をとっていたのだとしたら、絶対どこかで釘刺してるわよ!」


 ……当たってる!!なんかすごい!!


「だから、ここでシンが怒る必要なんかないの!殿下の思いを無駄にする気?!テッちゃんのことを、シェルターに入れて守ってあげたいわけじゃないのよ、あの人は!」

「……まあ、そうだけど……」


 バツが悪そうにそう呟いたとき、イズミはやっと、一瞬だったけどオレのことを見た。


「……オレは……こういう嫌な感じのお子さまを側に置くのは反対だな。さっさとどこかに捨てちゃえばいいのに」

「それが出来ない人だから、一緒にいるくせに」

「そうなんだよね。他人ってホントに思い通りにならないよね」

「思い通りにしようとも思ってないのに?」

「もー、ユノちゃんてば、オレの言いたいこと先に言わないでよ、もう」


 機嫌が直ったように見えたけど……、もしかしたらイツキ中尉に気を遣って、良くなったように見せてるだけかもしれない。

 だって、彼の根本的な怒りの矛先はオレに向けられたままだ。


「サラさんも……テッちゃんのことを大事に思ってるのは判るけど」

「……いや、その、私は……」


 え?何、その、もんのすっごく判りやすい反応!!あからさまにミナミさんって、サワダのこと好きなんじゃん!!真っ赤になってるよ。二人でいるときは結構普通にしてたのに!!

 すっげえ可愛い!!思わず顔がにやけてしまいそうなくらい可愛い!


 ああ、でも、ここではポーカーフェイスでいなければ……。


「大事って言うか……ねえ?」

「そうよねー。シンも苦労が耐えないわよねー」

「だろ?」


 しかも当然のように、イズミ公認。メチャクチャ怖い。

 なんか、とてつもなく恐ろしい嫉妬をしそうなのに。


「ち……ちが……その……何て言うか」

「ああ、もう!サラさん可愛い!ホントに可愛い!!」

「可愛いねえ!!二人揃って可愛いねえ!!」


 てかイズミ!何どさくさに紛れて二人に抱きついてんだよ!!ずるい!オレも混ざりたい!!でもイズミが超怖い!!


「……あ」


 思わず声を出してしまった。オレの視線の先には、噂のサトウアイリ……。廊下を、ゆっくりと歩く。おとぎ話のお姫様のようだった。


 この世界にいる人たちは、オレの時代の人たちとほとんど変わらない服装だった。この宮殿にいる人たちでもそうだ。軍服が異様なだけで、他はほとんど変わらない。

 でも、彼女はまるで今から発表会にでも出るようなドレスを着ていた。


 ……あれ?良いのか?オレがいた時代でだって、彼女はあんな格好をして、ピアノを弾いていたんだから。

 いやいやいや。普段は着ないだろ。確かに彼女はかなりお嬢さん的な格好だったけど。


「……珍しい、彼女が宮殿にいるなんて」


 不安そうな顔で彼女の歩いていく先を見つめるミナミさんの肩に、イズミが優しく手を乗せた。


「サラは、ミハマ達の所に戻っててよ。お説教、長くかかっちゃうかもしれないけど。オレはここにいる」

「……シン」

「ユノちゃん、悪いけど、そのお子さま頼むわ」


 イツキ中尉は笑顔で頷いた。

 ミナミさんは急いでもと来た道を戻った。


「アイハラさん、戻りましょう?」

「……うん」


 イズミが彼女にオレのことを頼んだのは……オレにとっても最良の配慮だったのかもしれない。


「……不愉快になるかもしれないけど……オレの話、聞いて貰っても良い?」

「どうぞ?……大丈夫ですよ、そんなに身構えなくても。シンやサラさんはちょっと極端なんですよ。誤解しないであげて」

「……ミナミさんも?ちょっと、あの極端な反応はびっくりしたけど」

「あはは、普段と全然違って、可愛いでしょ?」


 いやいや……君も充分可愛いんですけどね。


 オレに笑顔で対応しながら、部屋まで一緒について来てくれる。

 この人は……普通だ。やっぱそうだよな、あいつら、極端つーか、メチャクチャだよな。


「シンはあの通りの人だから、仕方ないけど、サラさんはこの後でもちゃんと普段通り喋ってくれますよ」

「そうかな。そうだと良いけど」

「大丈夫よ。あの人は、冷静な判断の出来る人だから。確かに、テッちゃんや殿下のことになると、ちょっと感情移入し過ぎちゃうところもあるけどね」


 もう、部屋の前についてしまった。

 もう少し、彼女に話を聞いてみたいんだけど……。


「君は?ホントは、オレに怒ったんじゃないの?」

「彼女の名前を口にしたくらいで?あの人、神経過敏すぎるの。テッちゃんだって、そんな弱くないのに」

「お兄さんみたい?」

「あら、私の方がお姉さんぽくないかしら?」


 扉の前で話を続けるオレにも、彼女は笑いかけてくれる。どう見てもサワダと同じ遺伝子の入った顔してるけど、やっぱり可愛い。


「知ってるの?サトウアイリって言う人のこと?」

「……知ってるって言うか……オレのいた時代の沢田の、ピアノの先生だったんだ。美人だったから、良く見に行ってた。N町のスタバでいつも待ち合わせて、レッスンに行くんだって言ってたよ。だから、沢田はいつもあそこで彼女を待ってた。ティアスが現れるまでは、沢田のヤツ、絶対佐藤さんのことが好きだったんだよな。絶対口割らなかったけど」

「どんな風だったの、あなたの知ってるテッちゃんは」

「いや、あんな感じだよ。あそこまで極端に根暗じゃなかったけど。ピアノばっか弾いてて、口が悪くて、根暗で、ひねてて、古風。泉も……まあ、あんな感じだけど、あんなに怖くはなかったな。普通に仲も良かったし、割と笑顔を絶やさないタイプの人だったから」


 何でオレ、あんなにいじめられるんだろうな……ホント。


「どこが良かったのかな?確かに綺麗な人だけど……テッちゃんのことなんか、見てもいないのに」

「そうなの?仲良さそうに見えたけど。佐藤さんて気が強いって言うか……ちょっときついところがあったから、沢田がそれを諫めて……って感じで。あいつ、ああいう気の強いタイプ好きなんだな」

「タイプ?」

「うん。結局佐藤さんとどうなったかは絶対口割らなかったけど、つき合ってた女はまた気が強かったしね」


 ティアスは、じゅうぶんすぎるくら良い子で、優しかったけど、負けん気の強い女だった。よく沢田と口げんかしてたし。てか、沢田が負け気味だったし。

 こっちのティアスも……気は強そうだな。あのサカキ元帥とか言うエライ人に対して超喧嘩腰だったし、軍で大佐なんて呼ばれちゃってるくらいだし。いろんな意味で強そう。


「……オレの知る限り……別に佐藤さんてそんな悪い人じゃないし、沢田との間に何かあったのかとか知らないけど、二人は仲良かったよ。……もちろん、こっちのサワダとは別人なわけだけど」

「そうだね。でも、なんか不思議な感じがするよ。テッちゃんじゃない人の話なのに、何だかテッちゃんの話を聞いてるような気もする。何だか訳がわかんなくなっちゃった」


 そうなんだ。オレも話してて時々混乱してくる。

 オレのことを人扱いすらしてないイズミだって、一緒にいると、何だかオレと一緒にいた泉のような錯覚すら覚えるし、サワダだってそうだ。

 でも、そっくりで、時々同じコトを言って、同じような生き様のような者を見せてくれるくせに、何だか根本的に何かが違う気がしてた。


 ティアスだけだ。


 オレがあの時代を思い出せるのは、あの時と変わらない、優しいあの子だけ。

 オレにいつでも会いに来てと、言ってくれるあの子だけだ。


 イツキ中尉に沢田達の話をしても、すんなり受け入れてくれた。何だかミハマと話をしているみたいで、話しやすかった。

  いや、ミハマよりもずっと話しやすいかも。あの人、のほほんとした顔で、時々とんでもないことしでかすから。そう言う怖さが、彼女にはない。


「……なんで、サトウさんの名前言ったら、あの二人はあんなに怒ったの?サワダと何かあった?」


 彼女はにこやかに微笑んだまま。


「……サワダの様子がおかしいのと、関係あるとか?もしかして……」


 同病相憐れむ。


 ティアスがサワダに言った台詞を思い出していた。

 明らかにサワダは、苦しんでいた。オレの知らない何かで。


「興味あるの?」


 イツキ中尉の笑顔は変わらない、だけど……。


「オレのこと、試してる?」

「まさか?」

「……人が悪いよ」


 かわいさに騙されそうになる。

 でも、沢田が嘘をつくときと同じ顔をした。だから、よく判ったよ。


「興味じゃない。……サワダには、本気で感謝してるよ。ミハマにも。でも、それが空回りするし、イズミには独りよがりだって言われるし、挙げ句の果てに知ってる奴の名前言っただけで怒られてるんじゃ、どうして良いか判んないから。そんだけ!」

「殿下は聞いてくださるけど……シンじゃ難しいわね。殿下は諫めてはくださるけど、シンを止めるようなマネはしない方だし。シュウジさんもフォローはしてくれないだろうし。サラさんもテッちゃんが絡むと、ちょっと冷静なところがなくなっちゃうし」

「……君は?」

「どうかな?」


 可愛いけど……食えないかも。所詮、沢田の妹……(いや、こっちじゃ兄妹じゃないんだけど)


「どうして、テッちゃんはお墓を掘るんだと思います?」

「何か、関係あるの?」

「どうかな?」

「あるんだ。……じゃあ、逆に聞くけどさ、君は中央にいる楽師殿の話を聞いたことは?」

「よく、殿下に聞かせていただきますよ」


 直接の面識はないけど、彼女たちの共通言語にはなっている、らしい。


「その楽師が、墓を掘っていることは?」

「ええ」

「彼女、サワダに優しくしたことを部下に『同病相憐れむ』って言った」

「そう」


 彼女の反応を一つ一つ確認しながら話しているのだが、彼女は全く変わらない。


「何で彼女は墓を掘っているのかな?」

「誰の墓を掘っているんでしょうね、本当は」

「……誰の?」


 死んだ兵士の墓じゃないの?


 ……ああ、そうじゃない。楽師の心にも、サワダの心にも、死者を弔う気持ちはある。でも、その個体に対して感情はない。だけど、その姿は妙に悲しい。

 ティアスが墓を掘る姿は、想像もつかなかったけれど。


  どうしてサワダが墓を掘るのか。彼女はそう聞いた。


 その後、楽師の話になった。何故楽師が墓を掘ってるのか、オレは聞いた。楽師とサワダが墓を掘る理由が、実は同じか、あるいは非常に似ているか、どちらかだと思ったから。

 彼女の言う『同病相憐れむ』って言うのはそう言う意味だと思ったから。


 でも、イツキ中尉は「誰の墓を?」と聞き返してきた。


 それってつまり、サワダもいろんな人の墓を堀りながら、「誰かの墓を掘っている」ということにならないか? 

 イツキ中尉の言葉は憶測でしかないけれど、ティアスも「誰かの墓の代わりに墓を掘り続けている」と言うことにならないか?


 ティアスが?サワダが?何のために?


 だって、サワダは何だか辛そうだったけど、ティアスはあんなに優しいじゃないか。


「……楽師もサワダも、誰かの墓を掘り続けてるってことかな?」

「どうかしら。私にはよく判りませんけど。楽師殿という方は、人づてにしか知りませんし」

「楽師じゃなくて、サワダのことは知ってるくせに」

「……本当に、何も知らないんですね?知ってて、そんな言い方だとしたら、シンが怒るのも無理はないけど」


 ……やば!!地雷踏んじゃった?!

 イツキ中尉の顔色は変わってなかったけど、それって要するに、カンに触ったってことだよね?


「墓……見ました?」

「少しだけ」

「テッちゃんが掘ったのって、どれくらいか知ってます?」

「……知らない……」


 彼女は笑顔を崩さない。でも、妙な……絡みつくような威圧感を持ってる。


「連れてってよ。オレ、ホントに何も知らない。でも、イズミもミナミさんも怒らせて、理由も判らないままじゃ納得いかない。君は教えてくれるつもりもなさそうだけど、サワダが掘った墓くらい、教えてくれても良いだろ?」

「そうですね。でも、誤解しないでくださいね」

「なにを?」

「シンやミナミさんの怒りって確かに理不尽だから。だから、私はあなたに同情してるだけなんです」


 ……き……きつくない?!この人!!

 こんな笑顔を見せてくれるけど、優しくしてくれるけど、相当怒ってるってこと?


 結局オレは、その後彼女とは会話を交わすことが出来ず、墓に連れられた。

 巫女さんの姿をしてる彼女は、この洋風の墓には何だか不釣り合いだった。


「どれくらい、サワダが掘った墓があるの?」

「最近はあまりさせてもらえないですけど、この端から、その端くらいまでは全部ですね」

「『最近はあまりさせてもらえない』って?なんで?」

「テッちゃんにも、立場ってモノがあるし……それに、これはいいことなんですけどね」


 彼女は、墓を見渡す。オレもその彼女その視線を追いかける。

 墓には、若い兵士が何人かいて、作業をしていた。墓石がないところを見ると、新しい墓を作っているのだろうか?


「……他にも、墓を掘る兵がいるんだ」

「ええ。前はあまりいなかったんですけど、テッちゃんが率先して掘ってたから、それを追うように、掘ってくれる人が現れ始めたんです。テッちゃんは居心地悪そうにしてたけど 、殿下は軍のためには後々良いことだって。士気を高めるためにも」


 居心地が悪い……。なんか、後ろめたいことがありそうな感じだな。

 サワダもそうだけど……ティアスももしかしてそうなのかな。


 こうしてサワダの話を聞いているのに、ティアスのことばかり思い出してしまう。彼女の姿が頭を離れない。顔を隠してピアノを弾いているのに、その中に、彼女の悲しそうな表情が見えるようで。


「……って、ティアス!?」


 オワリの国の軍の墓場に、ちょっとパンクな黒ジャケ黒スカートに身を包んだティアスが立っていた。

 もちろん、顔は隠さずに。











 今、確かにいた……。

 いたはずなのに……。


「どうしました?誰かいました?」

「いや……ごめん、見間違えたみたい」


 彼女はもう、いなかった。随分離れていたし、見間違いだったんだろう、ホントに。いくらなんでも、こんな所にまで来るはずがない。


「……ごめんなさい。戸惑ってますよね、ホントなら。あなたの話が全て真実なら、あなたは相当辛いはずなのに」


 イツキ中尉は心配そうな顔をしてくれはしたけれど、『真実なら』と念を押した。

 しばし……彼女は言葉を発しなかった。嫌な沈黙が流れる。

 彼女が言葉選んでいるであろうことは、容易に理解できた。


「もう、部屋に戻ったらどうかしら。お疲れでしょう?」

「もう少し、ここにいて良い?」

「良いですけど……あなたにとっては、ここは何もない場所だわ?」


 そうだけど。

 この人、口調が優しいだけに、余計こたえるな。


 風に乗って、血の匂いがした。イツキ中尉もそれに気付いたのか、不安そうな顔でオレを見た。その時、何人かの男女の叫び声と共に、地面が揺れた。


「な……なんだ?!」

「何が起きてるの?敵襲?魔物?……でも、こんな中心部に?!」


 彼女の顔は、不安と言うより、闘う者のそれだった。


「私、見てきますから、アイハラさんはここにいてください。危ないですから!」

「危ないって!君だって!!」


 声の聞こえた方に走り出したイツキ中尉を、必死に追いかける。

 地面の揺れが徐々に酷くなり、血の匂いもきつくなる。走って現場に向かっている家に、墓場を抜け、森に出た。

 森の奥の方から、煙が上がっている。


「なんでついてくるんですか!危ないですよ?」


 地面の揺れは、いつの間にか収まっていた。

 それに彼女も気付いたらしく、少しだけ安堵の顔を見せた。


「……収まってる見たいですね」

「でも、煙が収まらない」

「そうですね」


 話しながらも、彼女は足を止めない。

 現場はすぐに判った。地面にえぐれたような巨大なクレーターが出来ていて、周りの木は燃えさかり、煙を吹き出していた。燃えさかる木の周りには、何人かのケガをした男女がいた。おそらく、叫び声を上げたのは彼らだろう。ケガはしているが、自力で動けているようだった。

 一体、どうやったらこんな巨大な穴が出来るのか。何があったんだ、こんなに怪我人がいて。


 ……クレーターの中心にいたのは、サワダとティアスだった。


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