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第5話 穴二つ

 ニイジマに連れられ、楽師の広間に戻ったが、一つだけ開いている扉の側には、未だイズミが立っていた。


「あ、戻ってきた。アイハラ、ミハマの所に戻るよ」


 もしかして、オレを待っていたんだろうか。……いや、待ってたっつーのは語弊があるな。たんに、オレを引っ張ってかないと、何をしでかすか……てとこなんだろうな。


「……いやでも、……サワダが」

「良いから、口答えすんなよ。もうすぐ懇親会が終わる時間だから、ミハマを連れてこないと」


 何かもう……。さっきはサワダで、今度はミハマさんかよ。

 目の前のオレにも、もう少し気を遣えっつーの!


 再び元来た道を逆戻り。しかもイズミはわざと早足でオレを連れまわす。

 ニイジマも軍人っぽくきびきびとした歩き方だったけど、こんなに速く歩かなかったぞ。


「なあ、ホントに楽師殿と二人っきりにしといて良いの?」

「どういう意味で?」

「いや、だから……あの人は、中王軍の人で、サワダはオワリの武将なんだろ?」

「ふうん」

「ふうん、て!だってミハマさん言ってたぞ!『敵も味方も、どこにいて、何をしてるか判らない』って。そういうことじゃねえ?オワリ国が置かれてる立場って」

「へえ」


 気のない返事しやがって。


「オレはてっきり、テツにやきもち焼いてんのかと思った」


 ……何でばれた?!何で?!


「……何で、ものすっごい意外そうな顔してんの?バレバレじゃん?」

「いや、何でそうと決めつけんだよ。自分は何でもお見通しって顔しやがって!違うっつーの、そんなんじゃねえ!!」

「そうか?だって、アイハラって判りやすいんだもん」

「何が?」

「あの楽師殿の顔、知ってるんだろ?」

「知らないよ。見せてくれないし」

「てか、見せてくれるわけないし。何だ、てっきり知り合いかと思った。だって、ニイジマ中尉もお前の知り合いのそっくりさんなんだろ?」

「うん。でも、ちゃんと軍人だった」

「当たり前だよ。ニイジマ中尉は死神の傍になんかいるけど、経歴だけ見たら、出世街道まっしぐらだ」


 人の顔なんかちっとも見やしないくせに、しっかり人の変化を読みとってやがる。コイツ、ホントに食えないっての。

 ティアスのことが、疑われてないみたいでよかったけど……。


「何で死神なんかって言い方?あの人の側って、出世できないの?」

「無理無理。だって、彼女は組織を外れてるし。微妙だけどね。中王のお気に入り、だけど窓際って所かなあ。ニイジマ中尉って、士官学校も成績よかったらしいし、飛び級て珍しいし、何より、戦闘能力が高いんだ。こないだの武術大会でもかなり良いとこまで言ってるし」

「武術大会で良いとこまでいってんのが、出世できるってコト?」

「そ。中王の趣味らしくてさ?戦果を挙げた人とか、武術大会で好成績をあげた奴とか、判りやすく出世してくんだ。何より、ここの将官クラスにはおかしな制度もあるしね……」

「おかしな制度?」


 早足で移動していたので、もう懇親会の会場に着いてしまった。

 会場の外に出ている人も何人かいた。


「殿下!もうお戻りですか?」


 ……でんか!?殿下って誰!?しかも敬語?!イズミがそんなの、気持ち悪!

 目の前にいたのはミハマさんとシュウジさん。それからオワリの王とその側近3名。


「うん。今終わったから。父上、少し寄りたいところがありますから、お先に失礼します」


 殿下って、ミハマさんのコトね。父王に挨拶をして、ミハマさんはオレ達を誘導した。その後ろに、シュウジさんが小走りでついてきた。


「テツは?」

「なんでだか死神様と一緒。そんな心配しなくても、大丈夫だって」

「心配なんかしてないって。本人は平気だって言ってたんだから」

「はいはい。テッちゃんにはそう言っといてあげますからねー」


 ここまで扱いが違うと、一種のいじめだよな。

 確かに、『王子様』のミハマさんへの態度がいいのは判らないでもないけど、ここまで扱い違うかな?なんか、人として扱ってさえもらってない気がする。


「アイハラはどこ行ってたの?」

「……ニイジマ中尉と話を」

「そう。ちゃんと話せたみたいで、良かった」


 ミハマさんは鍛えられてないオレのスピードに合わせて、ゆっくり歩いてくれ、しかもオレが勝手に動いたことですら、笑顔で喜んでくれた。てっきり嫌な顔されると思って、覚悟して言ったのに。


「楽師殿に、『時間の良いときにいらっしゃい』って」


 だから、言うつもりの無かったティアスの台詞も、思わず言っていた。


「そう。君も彼女の歌を気に入った?オレは、好きだなあ」

「……うん」

「オレもなるべく時間をとって、ここに来たいんだけどね」


 ん?だとしても変な反応じゃないか?


「ミハマにもそれ言ってんだよ、『いつでもどうぞ』なんつって。意外と食えない女よ?彼女」


 意地悪くイズミが笑った。オレと歩いていたときとはうって変わって、ミハマさんより半歩下がってついてきていた。


「別に。だって、ここのエライ軍人なんだろ?」

「よく判ってんじゃん」


 彼女に対する思いも、彼女のことも、口にしちゃいけない。ティアスはみんなに優しい、みんなを受け止めてた。オレの知る彼女は、そう言う女だった。つき合ってるはずの彼に対してですら、そう見えてた。

 だから、こっちの彼女がそうだとしても、何も気にすることはない。


 オレと彼女は秘密を共有してる。








 楽師のいた噴水のある広間には、いつも通りの顔したサワダだけが、ピアノを弾いていた。


「テツだけ?楽師殿は?」

「さあ。さっき、セリ少佐が迎えに来て、出てったぞ。王子によろしくって」

「そっか、残念。そう言えば父が、懇親会が終わったから、今夜中にオワリに戻るって」


 サワダの横に立つミハマさん。てか、今夜中に帰るって、聞いてませんけど?


「あ、そうなの。出発時間だけ教えてよ、シュウジさん」

「はいはい……。あなたはどうするんです?一緒に戻りますか?」

「そうだねえ……」


 イズミはまた別に戻るつもりなのかな?大体、コイツはどうやってここまで来たんだろう。謎だ……。謎と言えば、オワリの臣下のはずなのに、一人で先にここに来ていて、エライ人と仲良しのサワダ父も相当謎だったけど。

 でも、いつもこんな感じなんだろう。巨人二人がひそひそと帰りの打ち合わせをしているところを見ると、そう思う。


「オレ、ちょっと調べものあるからさ。後で戻るよ。テッちゃんいるからガードの方は大丈夫でしょ?」

「そうですね……ただ……ちょっと気になることがあるので、早めに」

「気になる?」


 そうイズミが聞き返したとき、オレはてっきりオレ自身のことかと思ったけど、シュウジさんはサワダのことを見ていた。


「……調べものがあるなら、ついでにやって欲しいことがあるんですが」


 今度はオレの方を見た。シュウジさんは判りやすく『まずい』という顔をして、イズミに耳打ちをし始めた。


 ……やっぱ、オレのことなのかなあ。そりゃまあ、怪しいけどさ。邪魔だし、困ってるのも判るけどさ。


「そっか。中王に呼ばれたなら、楽師殿はしばらく戻ってきそうにないね。帰れって言われてるし、そろそろ戻ろうか」


 ミハマさんとサワダは、傍目には変わらないように見えた。二人並んで、ピアノのそばから離れ、こちらに歩いてきた。でも、サワダはついさっき、別人みたいな顔してたんだぞ?!一体、何だって言うんだよ。


「出発まで自由行動ってコトで良いですかね?今17時だから……あと2時間くらい」

「うん、そうだね。帰りの時間は、オレからサラ達に連絡しておくよ。シンは、どうする?」

「ちょっと、シュウジさんと悪巧み☆テッちゃんと先に戻って準備してなよ。……で、アイハラくんは……」


 イズミの言葉で、全員揃ってオレを見た。


「オレと一緒に来てもらおうかな」


 そう言ったのは他でもない、ミハマさんだった。


「ミハマ、こんな怪しいヤツと一緒にいることないって。ちゃんと管理しなきゃダメだって。コイツ、さっき楽師の部下と一緒にこそこそしてたんだぞ?!」

「ニイジマとはちょっと話をしてただけだって!」

「あ?タイムスリップしたとかどうとか言う話?そんなん、信用するわけ?」

「いや、信用は確かに微妙だけど……でも、ニイジマは悪いヤツじゃなかったろうが?今のお前より、よっぽど良いヤツだっつーの!」


 イズミはため息をつくポーズとり、冷たい笑顔のまま、オレに一歩ずつ近付いてきた。


「ニイジマ中尉や楽師殿がどんないい人でも、そんなことはなんにもならないんだ。オレはオワリ王子の臣下で、彼らは中王正規軍の軍人なんだから」

「……でも、ミハマさんだって言ってたじゃないか。『敵も味方も、どこにいて、何をしてるか判らない』って。オレはその言葉の意味と、今お前が言ってることは相反してるように感じるけど」


 イズミの後ろで、ミハマさんが笑っていた。


「じゃあ、訂正しようか?オレにとっての味方はね、オワリ王子付護衛部隊だけ。……理解した?」


 少し屈んで顔を近付け、オレにすごんでみせるイズミは、圧倒的な威圧感を持っていた。目の前に針山を突きつけられたような、痛い恐怖と一緒に。

 オレはみっともないくらい冷や汗をかいていた。


「シン。それは君の味方の話であって、アイハラの話とは違うよ。だから下がって。ごめんねアイハラ、シンにも悪気があったわけじゃないんだ」


 いつもの笑顔のまま、ミハマさんは後ろからシンの肩を叩き、自分の後ろへ控えさせた。


「いや、悪気だらけだろ?」

「テッちゃん〜……ミハマがせっかくオレのことフォローしてくれてんのにさ」

「フォローされるようなことする方が悪い」

「大人げないですね。大人げない理由を聞きましょうか?後でゆっくり」

「はいはい」


 シュウジさんまでフォローをいれていた。その不自然というか珍しさに、イズミが理由もなくこんなコトをするわけじゃないって知ってる彼らの連帯感のようなものを見た気がした。


 いや、もしかしたら単純に、オレへの疑惑のみでそう言ってるのかもしれなかったけれど。


 オレみたいなガキになにも出来るはずがない。

 

 イズミ達はともかく、ティアスやニイジマまでそう言ってた。あの、サエキ大尉ですら一目見ただけなのに、オレのことは「こんな子」呼ばわりだった。

 オレは彼らのことを元の時代にいた同級生やその友人や知り合いみたいにしか思ってないけど、違うって頭で判ってはいるんだけど似すぎててごっちゃになっちゃってるだけだけど。でもこの時代の、こんな戦争やってるような世界の連中からしたら、オレは全く異質に見えるんだろう。オレが彼らに違和感を抱いているように、いやそれよりももっと強くはっきりと。

 サワダもイズミもニイジマも、似て非なる存在だ。敵とか味方とか、はっきりさせて、戦いを欲しているようにすら見える。


 でも、ティアスは?


 彼女は優しい。少なくとも、あの子の本質は、オレの知ってる彼女と同じように見える。何より、オレは彼女と秘密を共有した。ここに、この時代にいる意味すら感じられる。


「……で、オレにはどうしろと?」

「ここでピアノでも弾いてれば?」

「え?オレ、用無し?」


 その行為がミハマさんのサワダへの気遣いだと、オレも含めて全ての人が理解していた。何しろサワダ自身が心から笑っていたのだから。

 でも、このサワダが、ティアスと手を取ることなんてあって良いのかな?オワリの守護者と中王の軍人。敵同士だ。


 ここの二人は、オレの知ってる二人とは違う。ただ共に墓を掘るだけなんだ……。







 驚いたことに、本当にオレはミハマさんと二人だけで中王の王宮内を歩くことになった。本気で驚いた。

 だって、あのイズミ達の態度や、ミハマさんの扱い方から、こんなコトをするなんて考えにくかった。だって、敵地になる可能性のあるところを、オレみたいな疑惑だらけの戦闘力のないヤツと、しかも王子様という立場である彼を、二人だけで歩かせるなんて!


「……あの、ミハマさん。どこか目的があるんですか?」

「もっと普通に喋ってよ。なんか、テツとかシンばっかり、仲良さそうでうらやましいな」


 いや、そんな理由でふてくされられても!


「でも、ミハマさん、王子様じゃん!オレとタメ口呼び捨てはまずくないですか?!だって、イズミですら敬語、殿下呼ばわり!」

「まあ、人前ではね。立場もあるし。それに、シンはどっちかって言うと、そのギャップとか、演じてるって感じを楽しんでるって言うか……」


 よく判ってんじゃん、この人。あいつ絶対楽しんでたもん。この人のことを『殿下』なーんて呼ぶとき。


「でもさ、アイハラはオレと同じ年なんだし、『アイハラ大尉』なら立場があるからともかく、君はそう言うのは関係ないわけだからさ。人前では君も演じるのを楽しんでみたらいいよ。シンみたいに」


 この人はとにかく笑顔だった。こういうところ、うまいよな。上の立場の人のくせに、それを感じさせないっつーか、反感を持たせないようにしてるっつーか。

 よくいるもんな、同列、あるいは下の年齢や立場が微妙なヤツのくせに偉そうに『タメ口やめよう(コイツは既にタメ口)』『フランクに』なんて言って即タメ口。ずけずけ近付いてくるタイプ。どんなエライ人だお前はって突っ込みたくなる。

 逆にエライ人に『無礼講』とか言われても、威圧感だらけで信用度ゼロだしね。


 うらやましいって言うのは……悪い気はしないよなあ。何でそんなこと軽く言えちゃうんだ、この人。じゃあ大丈夫かな?って思っちゃうし。


「あーそっか、サワダと同じ年ならそうなるのか。じゃあもしかしたら、ミハマ……もいたのかもしれないな。オレと面識がなかっただけで、イズミやサワダと友達だったりして」

「だったら、面白いよね。そしたら、みんなただの学生で、フツーの友達で……」

「だったら……ミハマって、名字なんて言ったっけ?」

「シラカミだよ。言わなかったっけ?」


 言われた気がするけど、流してた。沢田や泉が話してなかったか思い出してるけど……あんまり細かい話とか、覚えてないんだよな。バカなことばっか話してたし。意外と、真面目な話はちゃんと覚えてるんだけどな。


「……漢字……聞いちゃダメなんだっけ?」

「漢字で……?ああ、そだね。君の時代は、意味語で表記してたの?」

「意味語?それ、サワダも初めて会ったときに言ってた。『意味語を教えなくてもいい』って。でも、普通に本とかには載ってるじゃん。名前はカタカナだけど。どういうこと?」


 ミハマはちょっと腕組みをして考えた後、オレに耳打ちをして名前と名字を漢字で教えてくれた。誰にも言っちゃいけないと釘を差してから。

 多分、この中王の王宮では誰が聞いてるか判らないとの判断からだったのかもしれない。ここは……敵地になるかもしれないところだから。


 でも、あのオワリの王宮すらも、ミハマにとっては敵地になりそうだと思った……。

 

「シュウジやテツやシンに聞いた方が、ちゃんと説明してくれると思うけど」

「いや、あの人達は……サワダ達はオレなんかに必要ないって言ったし、シュウジさんは話が長すぎるよ」

「うわー……言いそう。シュウジも、テンション上がると、いつ止めて良いかわかんなくなるしなー。でも未だ説明だから良いよ。説教なんか始めたら、2時間3時間当たり前だもん。年寄りみたい」


 歩きながら目線を落とし、ため息をつく。相当説教されてそうだな、この人。一応シュウジさんは教育係だって言ってたし、仕方ないかもしれないけど。問題行動多そうだしね。


「てか、オレもあんまりちゃんと理解してないんだ。意味語を使いこなせるわけじゃないし。意味語の研究は禁止されてないけど、研究発表は禁止されてるし、そう言う機関はないから情報交換もおおっぴらに行われないし」

「なんで?なんでそんなにいろんな大事なことが禁止されてるの?」

「意味語の研究は、戦力になるからだよ。魔物と国、国と国、人と人が戦う上で、重要な力を持つから。使えるものも少ないし……。だって、変だと思わなかった?テツの話」

「なんのこと?」

「テツが武術大会で優勝したってヤツ。雑誌読んだろ?テツがああいうのに載るのを嫌がる理由は、目立つのがいやなこと以外にもちゃんとあるんだ」

「……そうなんだ。あいつ、古風でおっさんで、目立つの大嫌いな奴だから、そう言うので本気で嫌がってんのは知ってたけど。でも、顔良いし騒がれてんだから良いじゃん」

「嫌がってんの知ってんなら、やめてあげてよ」


 きつい口調ではなかったけど、彼の顔は真剣だった。だからオレは仕方なく頷いた。


「それ以外の理由って?」

「テツって、強そうに見える?」

「ぜんぜん。いや、オレが知ってる沢田よりは……あいつもスポーツは得意だったけど、ケンカとか格闘技とかするタイプじゃなかったし……。でもこっちのサワダは、細っこいくせに、ボクサーみたいな筋肉の付き方してるから多少強そうに見えるけど……でも」

「うん。体格的に、他に強そうな人はいっぱいいる。実際、力だけならシンに簡単に負けちゃうし。腕相撲とか」


 あいつも巨人のわりには細いけど……。でも、確かにサワダよりはいい体格してる。単純に腕相撲とかなら強そうだ。


「でも、武術って話になるとまた別の話だよ。テクニックもあるし、他にもいろんな要素が絡んでくる。その要素の一つとして『意味語』の研究が絡んでくるんだ」

「名前を教えないってのも、関係あるの?」

「あるよ。簡単に言うと、『全てのことに意味がある。線の一本、一つの動作にすら。それらで構成された名は、その人物そのものを表す』ってコト。どうやってるかはよく判んないけど、うっかり意味語を教えちゃうと、『自分』を解析されちゃって、弱点をさらけ出すようなものになるんだって。だから生まれたらもちろん名前を付ける。その人にふさわしい名前を。でも、それを他の人に知られちゃいけない」

「……でも、音は一緒だろ、ミハマだって」

「うん。音だけでも解析できる人はいるらしいけど、それが全てなわけじゃないから、知られても大したことはないんだって。だから、名前の表記がカタカナだね」


 うーん……、日本語が共通語ってのもすごいけど(日本にしか人が残ってないから仕方ないけど)、それに意味があって、弱点がばれるって言うのも……。


「もしかして、その意味語ってヤツを研究したら、戦えるってコト?少なくとも人相手なら」

「あ、魔物にも種類とか名称とかあるから効くんだけど。でも、戦えるかって言われると……どうかな。シュウジが戦えるように見える?」

「全くもって、無理、あり得ない。……あ、もしかして、実はものすごい使い手?」


 ミハマは笑い飛ばした後、ちょっとだけ考え込んで


「いや、見た目通り、何も出来ないから。あくまで知ってるだけ。解析は出来ても、その後の展開が出来ない。ただ、人対人の時は強いかもね……」


 ミハマが声を潜めた。

 何となく言いたいことは判る。シュウジさんはああ見えて優秀な研究者らしいから、彼のような人の手に掛かったら、弱点なんて丸見えなわけだ。

 それは要するに、戦えないけど、戦力になる。だから、研究者は禁忌なんだ。


「テツやシンはきちんと知り、その後戦いのために展開が出来る。だから、彼らはオワリにとっても貴重な戦力で有り人材というわけ。あと、あの楽師殿や、その配下のニイジマ中尉なんかもね。あの雑誌に書いてあっただろ?」

「ミハマが持ってっちゃったから、あんまりちゃんと読んでない。どこに書いてあった?」

「今から行くところにあるよ」

「そう言えば、どこに向かってんのさ?王子様がふらふらと、こんな所で」

「図書館だよ。中王の図書館は蔵書が多くていろんなものがあるよ。まあ、中王研究室以外の人が入られるところは限られてくるけど、結構、他国の人も利用してるよ。だから、ちょっとだけおとなしくしてて。一応、オレのお付きってコトだから。フリだけ頼むね」

「え!?オレ、なんにも出来ないん……だけど……」

「良いの良いの、あんまり一人で出歩くとうるさいだけだから。それに、シュウジ達が側にいると、警戒されちゃうしね」


 警戒って……。


 なんか企んでないか?この王子様!?てか、王子様が企んで動くなっつーの!





 設備も綺麗、天井も高い、テラスもあって居心地も良さそうで、図書館としては非常に質が良かった。ここだけ見てると、中王とか支配とかって言葉が嘘臭く感じるくらい、良い施設だった。

 でも、この巨大な図書館の(図書室?)の真ん中にある受付から向こうは、壁で仕切られていた。その壁に付けられた巨大な彫刻の施された扉から、時々いかにも研究者、と言った様相の人たちが出てくる。その時ちらっと見える、壁の向こうは、暗かった。でも、暗い理由は、本棚と蔵書数の違いだった。壁の向こうが、こちら側の図書館と同じくらい、いやそれよりあるとしたら、蔵書数が半端じゃないってコトなんだろう。天井までありそうな本棚にぎっしりと本が詰められ、その本棚が密集して、あの暗さなのかもしれない。本が日に焼けないようにとの配慮かもしれない。


 どちらにしろ、表側のこちらとは、世界が違った。

 シュウジさん、ここの研究者になったら、あの本が読み放題ってコトか……。それよりも、ミハマを選んだってコトなのかな。


「あんまり、見ない方がいいよ」


 ミハマが何冊か雑誌を持って、オレが座っていた席の向かいに座った。見るなって言われても、あんな扉があったら、見ちゃうって!

 じゃあ、なんでこんな席に座るんだよ。扉の目の前だし。


「それより、ほら、ニイジマ中尉はここにも載ってる。楽師殿についてる人は、有名人になっちゃうのかな?」

「ニイジマ中尉の他にもいるの?」

「うん。他にセリ少佐とサエキ大尉。ニイジマ中尉もかなりすごいけど、セリ少佐は飛び抜けてるね。異例の大出世をしてる」


 そう言ってミハマが見せてくれたのは、こないだ見たのとは違ってた。どうやら中王軍の広報誌らしい。もう一冊は、こないだと同じ雑誌だけど、表紙が違うから……前の号かな?年号だけだと判らないや。


「この人だよ。さっきも、楽師殿を迎えに来てた」


 セリ コウタ少佐の経歴が書いてあった。17歳まで一兵卒として中王軍に勤務。その後士官学校に入学し、本来4年かかるところを飛び級して19歳の時に卒業。魔物討伐にて戦果を上げ、全部で3つの勲章を授与。22歳の若さで現在少佐。


「ニイジマ中尉と士官学校時代に同期だったみたいだね。先にセリ少佐が卒業したみたいだけど」

「てか、階級高くない?!だって、年が!」

「うん。でも、今の中王軍のシステムなら、そう言う人も出てくるだろうね。戦果を上げること、武術大会でいい成績をだすこと。この二つが取り上げられる。武術大会は中王の趣味らしいけど、如何に魔物と戦えるだけの力があるかは、この軍にとっては大きいみたい。だから、楽師殿が大佐でも、その評価自体に文句を言うものは少ない」

「それって、楽師殿が強いってコト?」

「意外って顔だね」


 オレ、また今まずいこと言った?ミハマは常に笑顔だけど、優しい顔、優しい言い方、だけど……。


「仕方ないよねえ。あの人小柄だし、強そうには見えないもんね。ピアノ弾いたり歌ったりしてるとこだけじゃ。でも、あの人、大鎌を振り回して戦うよ。どれくらいかは知らないけど、相当強いって聞いたことある。少なくとも、あの階級にいられる程度にはね」


 びっくりした……。てっきり、なんかミスをしたかと思った。

 なんなんだよ、さっきの含みを持たせた間は!オレが、楽師殿の……ティアスの顔を知ってることとか、ばれたのかと。


「顔も名前も隠してるのに?」

「名前を隠してる人は、結構いるよ。偽名を使ってる人もいるし。さっき言ったろ?名前を知られると言うことは……」


 弱点をさらけ出すと言うこと。


「士官学校にはそんな人は入れないけどね。でも、たたき上げの人や、昔から軍にいた人には多い。楽師殿は確かにあそこでは異質だけど」


 偽名どころか、彼女には名前すらない。


「彼女の名前、彼女の顔。……気にならない?」

「……さあ。わざわざ隠してるもの、探んなくても……」

「オレはあの人のこと、好きだな。歌ってるところは綺麗だし、厳しいけど、優しいし。だから、彼女がどんな人なのか知りたい」


 ……オレのこと疑ってんのか?


 ミハマの表情は、どうしてこんなに違って見えるんだろう。


「……これはこれは王子……。今日、ご出発では?」


 例の立入禁止の扉から出てきたのは、サワダのお父さんだった。彼が声をかけてくれて、オレはほっとしたけど、そのすぐ後で、二人が険悪だったことも思いだした。


 勘弁して。100歩じゃ足らないけど、とにかくメチャクチャ譲って、イズミで良いからそばにいてほしい……。辛いって、この二人。


「夜、出発に決まったので。それまでせっかくですから国にはない本でも読んでいようかと思いまして。サワダ議員は父と一緒に帰らないのですか?」

「……ええ。もうしばらくこちらに」

「そうですか。サカキ元帥とも仲がよろしいようですし。中王様とも」


 サワダ議員は黙って笑顔で返した。

 もしかしてミハマは、ここに彼がいることを知ってて来たのか?!


「国の情勢もあまりよくないというのに……元老院の方が国を離れられては、王である父が困ってしまいますね」

「情勢?オワリはとても安定していますよ、王子」

「そうですね。でも、知っていますか?魔物が襲撃してくる回数……」


 ミハマの声を遮るように、サワダ父の後ろの扉から人が現れた。サカキ元帥とティアスだった。


「お、なんだ。険悪だな」

「……しゃれにならないから、そう言うこと言うのやめろって」


 酔っぱらい……いや、サカキ元帥にサワダ父は突っ込んでいた。ティアスは黙って、オレ達に挨拶をしてくれた。


「珍しいですね、護衛部隊の方と一緒にいらっしゃらないのは。……サワダ中佐は?」

「出発まで自由時間にしたので」


 ティアスはどうやら、調子の悪かったサワダのことを気にかけてくれていたらしい。敵か味方か微妙な関係なのに、優しいよな。


「王子様自ら動かなくたって良いんじゃないかな?いるべき場所から離れすぎてると、ろくな目に遭わないよ?」

「肝に銘じておきます」


 く……空気悪!なんだよこの二人。険悪すぎる。ミハマもあからさまに喧嘩腰だし。

 二人の間の空気を壊したのは、携帯の着信音だった。それも、ミハマとサワダ父、二人のモノが同時に。


「……国に……魔物が?!」


 そう呟いたとき、ミハマが最初に見たのはサワダ父だった。


「どうした、サワダ?」

「王の側近からの伝令だよ。国に魔物が襲撃したから、出発時間を早めるって。緊急事態だから、一緒に戻るようにってさ。いま、横断道の緊急事態用のパスの申請をしてるらしい」


 サカキ元帥が人の悪そうな笑みを浮かべた。サワダ議員はため息を付く。


「……まったく。こと、戦闘に関しては、王子の護衛部隊に頼りきりだな、我が国は。そう言われませんでしたかね、王子」

「そうですね。せめて状況だけでももう少し伝えてくれれば、多少なりとも対処は出来るのに。……危機感がなさ過ぎますね。張り合いがないんじゃないですか?サワダ議員」

「なにがかね?」


 サワダ父とミハマの間にいやな空気が流れる。


「ことは一刻を争うんじゃないのかね?」

「……そうですね。スズオカ准将に連絡をします」


 ミハマがあからさまに嫌な顔をするのって、この人くらいかもしれないな、と思った。すごく怖かったけど、国にいるときも、ここに来てからも、こんな顔はしなかったから。

 ミハマは彼らに挨拶をすると、オレを引っ張って図書館を出て、シュウジさんに電話をかける。


「連絡来た?うん……オレの名前使って、状況の確認を……あ、もうやってる?そう、大丈夫そうなら良いけど。シンは先に行かせるよ。うん、また何か問題あったら連絡して。とりあえずテツと合流するから」


 最初は早口で焦っていたミハマだったが、少しずつ落ち着きを取り戻していったのが判る。


「シュウジさん、なんて?国は大丈夫?」

「うん。なんとかね。ただ、親衛隊も半分こっちに来ちゃってるし、オレも父もこっちに来てるから。早く戻らないといけないのは確かなんだけど」

「さっき、サワダ議員が『護衛部隊に頼りきり』って言ってたけど……」

「そうだね。その通りだよ。魔物に関してはね。オワリの軍は闘えないわけではないけど、強力ではない……。他の国よりはマシだけど……」


 ミハマは口を噤む。

 魔物に関しては、護衛部隊が強力だけど……人の場合は?

 墓として、名前も書かれない国の載っていた地図が、鮮明に思い浮かんだ。


「悪いね、シンとテツにだけ連絡するね」


 大丈夫だと言ってはいたけれど、何があるか判らない状況だ。ミハマにはやることがいっぱいあるのだろう。携帯をかけながら、オレに一緒に宿舎の方へ戻るよう促した。


「シュウジから指示もらった?うん。その通りやってくれればいいから。状況?うーん、オレの所に入った連絡じゃ、全然判んないよ。……うん、サラとユノとの連携も任せるよ。オレからも連絡しとくよ。うん。良い機会だと思って。何言ってんだよ、オレの護衛するより簡単だって」


 イズミは話が長いからか、随分かかってるな。でも、ミハマも何だか余裕が出てきたみたいで良かったよ。


「……多分、噛んでるよ、あの人は。テツ?まだ合流してないけど。うん、判った」


 宿舎に向かっていたオレの服をミハマが掴んで無理矢理方向転換させた。

 行ったことない方向だな。この先には何があるんだ?

 ミハマに聞こうと思ったけど、イズミが離してくれないらしく、携帯を持ったまま喋ってた。

 仕方ないので案内図を開く。この先は……。


「外?でも、玄関も宿舎もないんですけど?ミハマ?!」


 長い廊下を抜け、極狭い、通用口のような扉を抜けると、墓が広がっていた。

 オワリの国で見た、サワダが掘っていた墓と同じように、白い墓石が所狭しと並んでいた。

 ミハマはその中を歩く。来慣れてるみたいだった。


 でも、この墓……なんか違和感があるな。


「あ、いたいた。じゃあ、任せたからね。……テツ!」


 丘を一つ越えたところに、巨大な木が生えていた。その根元には結構な面積の澄んだ湖が広がっていた。

 木の下に座るサワダにミハマは声をかけたのだ。

 それにしても悪趣味だな。国でも墓にいて、中央に来てまで墓にいるって言うのも。


「連絡、聞いた?」

「聞いたよ。シュウジから連絡あったから。ここに来ると思ってた。パスが出るまでもう少しかかりそうだからな。カトウさんは車の手配してもらってるよ」

「そっか……緊急事態なんだから、さっさとパスくらい出してくれればいいのに」


 そう言ってぼやく二人。横断道って、中王軍の専用道路とか言ってたけど、こう言うときは一応パスを出してくれるんだ。ただ、所詮お役所仕事ってことか。

 ティアスのくれたこのパスって、実は相当貴重なんじゃないの?


「……?なに?」


 二人は黙って同時にこちらに振り向いた。だけど、オレを見ているんじゃなかった。


「使って、このパス。一台片道分しかないけど」

「……なんで?」


 そこにいたのはティアスだった。オレに渡してくれたのとは違う色のパスをミハマに差し出していた。


「面白そうだから」

「そうですか。ありがとうございます」

「え?!そうですかって、お前なにあっさり納得してんだ、こら!」


 サワダの突っ込みももっともだ。ティアスは優しいけど、これはあまりに突然だし、理由もなんなんだ?!

 意味わかんねえし!!


「魔物に対しては中央正規軍に匹敵する力を持つと言われてるオワリ王子護衛部隊の力を見てみたかった。それじゃダメかしら、サワダ中佐」


 彼女は悪戯っぽく、サワダを見つめた。

 あの布の中は、すっげえ可愛いんだぞ?判ってんのか、サワダ?


「遊びじゃねえんだぞ?」

「知ってる。だから、あなた達に渡すの。だって、王の親衛隊も、王子の親衛隊も、めぼしい人はいなかったしね。それに……悪い虫も巣くってるようだから」


 ティアスの言葉にため息を付いたのはミハマだった。


「お気遣い感謝します、楽師殿。……急ごうか、テツ。カトウさんとシュウジに連絡して。アイハラも……」

「あ、うん」


 ティアスに挨拶をして墓を立ち去る。宮殿内に戻る扉を抜けるとき、見たことのある中王軍の軍人とすれ違った。彼は笑顔で敬礼し、ミハマ達も簡単に挨拶だけして先を急いだ。

 どこかで見たことあると思ったら、さっき雑誌で見た人だ。確かセリ少佐。

 死神の配下で、とんでもなく強い人。ティアスの元へ向かったのだろう。


「悪い虫か……。お前、また父と何か話してた?オレから離れて行動するってことは、そう言うことじゃないの?」


 サワダの言葉に、ミハマは黙っていた。

 ミハマがどうしてオレを連れてあの場へ行ったのか、やっと判った気がした。


 悪い虫って言うのは、多分サワダ父。


 そうだよな、中王軍の元帥と仲がいいってことは……なんか繋がりがあるってことで。あれ?でも、そうなると、この魔物が襲ってきたのは、サワダ父のせいで、中王軍とつながってて。てことは、軍が魔物の襲撃を手配して……?でも、軍にいるティアスはミハマの手助けをしてくれて……。


 わけが判らなくなってきた。人間関係が複雑すぎる。


 とにかくはっきりしてるのは、サワダ父と対決してる姿を、息子であるサワダに見られたくなくて、彼はオレを連れてあそこに行った。でもサワダにはお見通しだった。それだけだ。


「いいから、あんまり気にすんなよ。オレはあの人よりも、お前の下に付くことを選んだ。それだけだろう?」

「そうだったね。ごめん」

「判ってりゃ良いんだよ。それより、お前と父の会話を聞いてると背筋が寒くなる。あの人も大人げがない、息子と同い年の子供に向かって、あんな喧嘩腰にならなくても良いのに」

「息子に大人げないとか言われたら、いくらなんでもかわいそうだよ」

「でも、ちょっと今、ざまあみろって思ったろ?」


 サワダが笑った。


 すごく久しぶりに見た気がする。ここに来てから何だか苦しそうな顔ばかりを見ていたから。


「ちょっとだけね」


 ミハマも一緒になって笑った。


 ……なんか、ついてけないな。こんな複雑な人間関係の中で、そんなの辛くない?

 戦争とか、戦闘とか、政治とか。あんまりにも世界が重すぎる。


「シュウジ?こっちでパスが手に入ったから、急いで出発するぞ。え?王になんて言えばいいって?……適当に……」


 移動しながら、サワダがシュウジさんに連絡を取っていた。確かに、『死神にパスもらっちゃいました☆』とか、軽く言えるような状況じゃないよな。しかも……


「あー、もう!確かに役にたたねえけど、せめてもう一枚パスくれよ!!王の分!!っとにあの死神は!!」

「オレ達の分だけ先にもらえただけでも充分だって。確かに、またいろいろ突っ込まれることになるけど。面倒だな……またお説教かな、元老院に」


 こっちはこっちで、国に戻ったらまたいろいろ面倒そうだし。いいじゃん、緊急事態なんだから、そんなこと気にしなくても。


「あ、シンに連絡しなきゃ。パスもらえたこと。あと……派手にやるように」

「派手に?なんで?そんなこといちいちしなくても……」

「力を見せつけとくんだよ、元老院の連中にな。お前の力を」

「オレの力じゃないよ。テツやシン達のだろ?」

「ひいては、それをまとめるお前の力になるんだよ。そのためには、判りやすくしないと。ちょっと抜け駆けしたくらいで文句言われないようにな」

「……それはそれで、文句言いそうだな、あの年よりどもは……」


 国じゃないと思って、むちゃくちゃ言ってるな。こいつらは。随分ここに来る前と態度が違う。これが本音ってこと?オレがいたから、今まではあんまり言わないようにしてたってこと?

 それとも、緊急事態だから、どっかぶっ飛んじゃったかな? 


 玄関を出ると、カトウさんとシュウジさんが車に荷物を積んで待っていてくれた。挨拶もそこそこに、車に乗り込み、行きに来た道とは違う方向へ走り出す。


「ミハマ、王へのフォローはキヅ大佐にお任せしました。カトウ、出来るだけとばしてください」


 横断道の入口でパスを見せ、スピードを上げた。

 行きに通ってきた下道とは随分違っていた。道は広くて走りやすいし、ほとんど車が通っていない。これなら速いはずだ。


「なんだよ、アイハラ。黙っちゃって。ビビってんの?魔物が襲撃してきた国に帰るから?」


 ……このやろ。あんなに辛そうにしてたヤツとは思えん発言だな。


「別に。オレ、口出ししちゃいけないかと思って」

「大丈夫だよ。大した数じゃないらしいし。今ごろシンのヤツなら……あ、連絡しなくちゃ」


 携帯片手に、イズミに連絡をするサワダ。気のせいか、ものすっごく生き生きしていた。


「もしかして、イズミってこの道使ってんの?だから、速く移動できるとか。だって、出発時間はそんなに大差ないはずなのに、もうついてるなんておかしいだろ?」

「それは、企業秘密。言うとシンに怒られちゃうからね。……まあ、普通に行ったらこの車で5時間くらいだけど、今日は他に車も少ないし、とばせばもうちょっと早くつくよね」

「いや、制限速度は……?」

「無いですね、この道は。優遇されてますねえ」


 煙草を吸いながら嫌味っぽく言うシュウジさんを、カトウさんがたしなめた。








 行きはあんなに時間がかかったのに、帰りはあっという間についてしまった。

 わざわざ下道を使っていかなきゃ行けない理由が、やっぱり納得できなかった。

 国について、すぐに王宮に向かうのかと思ったら、車はまっすぐ港へ向かっていた。


 そう言えば、魔物は空と海からやってくると言うことを思いだした。

 今回の魔物は、海からやってきたってことなのか。


 オレ達が港に着いたときには、戦いはもう始まっていた。


 ナゴヤ港を埋め尽くすように、黒い魔物達が海から顔を出していた。一体一体は約5メートルくらい。大きさだけでも充分怖い。

 ヤツらはタコともイカともつかぬ、ぬめぬめした足をたくさん持っていた。どれだけが一体分か判らず、数え切れない。そんなヤツがざっと50匹くらいはいた。


 そいつらを陸に上げないように、オワリ軍の人たちが戦っていた。


 サワダに確認したら、船で海に出て戦っているのが国境警備隊の海軍で、陸から遠距離攻撃をしているのがいわゆるオワリの国軍らしい。違いがよく判らなかった。


 陸の方にいる軍の中へ、ミハマ達は入っていく。中心部にかなり立派で巨大なテント(パオのような形だった)がはられ、その中には簡単な玉座が用意されていた。まわりに控えていたのは、国に残っていた王と王子それぞれの親衛隊、ミナミさんと……隣にいる袴をはいた女の子は確か……。


「王は、あとからいらっしゃいますので、それまでは王子が指揮を執ります」


 ミハマを玉座に座らせ、シュウジさんが当然のようにその横に立った。


「王子御自ら戦場に足をお運びいただかなくとも……戦場は危険です。身をお隠しください」


 王の親衛隊の長が、シュウジさんとミハマを交互に見ながらそう進言した。

 確かに、わざわざ王子が出てこなくても良いような気はする。


「そう言うわけには行かないでしょ。城から指示出してたって、現に魔物が来てるのはこの場所なんだ。あんな所にいて一体何が判る?将官クラスは誰もいない?」


 判りきったことを、彼は聞いているのだろう。親衛隊の人たちがみな黙ってしまった。


「いつものことだね。……戦況の確認を。指示はイズミ中佐とミナミ中佐を通じて行なったけれど?スズオカ准将、確認を。君に任せるから」

「はい、殿下。ソノハラ大佐、殿下にご報告を」


 め……めんどくさー……。なんでミハマがシュウジさんに『任せる』っつってんのに、シュウジさんは自分に報告させないで、ミハマにさせるかな?

 しかも、相手はシュウジさんより階級下なわけだし?

 サワダは入口に立ったまま、オレだけミナミさんに促されてミハマのそばに移動させられた。


「イズミ中佐の援護に向かえばよろしいですか?」


 サワダはまた、別人の顔を見せる。

 従順な、軍人のフリだ。


「そうですね。あなた達を中心に、布陣を。対海用の特殊部隊を投入しましょう。実験的にですが」

「しかし、スズオカ准将!まだあの部隊は……!」

「実験的に、ですよ。思ったより戦況は悪くないですし、今回はイズミ中佐もサワダ中佐もいるし、いざとなればミナミ中佐もいます。イツキ中尉も神社からいらしてます。こんな恵まれた機に投入せずに、いつ投入せよと?いつまでも護衛部隊にばかり頼ってもらっては困りますから」

「しかし……」

「いつまでも実践で使えないような特殊部隊は、金を食うばかりじゃないですか?」


 シュウジさんと王の親衛隊の長(おそらく隊長は王にくっついているはずなので、代理と言ったところだろう)が言い争っている間に、サワダはテントを抜け、戦場に向かった。


「では、特殊部隊への指示はお願いします。私の作戦通りに。殿下、行きましょう」

「……!で……殿下?!どちらへ?」

「どちらへって……決まってるだろ?こんな遠い所じゃなくて、もっと近くにだよ。うちの護衛官ばかり戦わせられないって」

「危険です!なりません!殿下!!」

「大丈夫だよ。イツキ中尉もいるしね」


 巫女さんスタイルの少女が笑顔で答えた。この子がイツキ中尉らしい。


 どこかで見た顔だと思ったら、沢田の妹だ。……そう言えば、妹じゃないって言ってたな。縁は近いけど、兄妹にはならなかったって所かな。

 でも、こんな可愛い(可愛いは関係ないか)、戦いとは無縁そうな女の子に、何が出来るのかな?


 オレはやっぱりミナミさんに誘導され、ミハマとシュウジさんの後ろをついてテントを出た。

 てか、オレは嫌なんですけど!!戦場なんて!!ホントに大丈夫なのか?王子に何かあったら大変だから、心配してるわけだろ?!あの人達は。


「アイハラ、大丈夫だから。助かったよ、そんなに酷い魔物じゃなくて。負傷者もいないようだし、良かった」

「……大丈夫って?」

「ユノがいるからね」


 イツキ中尉は、オレに笑顔で話しかけてくれた。


「はじめまして。イツキユノ中尉相当官です。お話は伺ってます」

「は……はじめまして」


 ホント、普通にめっちゃくちゃ可愛いんですけど?でも、どう見てもサワダと同じ遺伝子入った顔してるけど、兄妹ではないわけね。


「ユノは対魔物なら、ほぼ完璧な結界をはることが出来る、この国でも数少ない巫女なんですよ。なので、この若さで、神社の補佐官であり、軍でも中尉相当官なんですね」

「……オレより年下だよね」


 しかも可愛いのに。中尉ってことは、士官学校卒が少尉スタートだって言ってたから、それより上ってことか。この子こそ、特別待遇ってヤツだな。しかも、護衛部隊か……また。


「あの場所にいるよりは……安全ですよ。我々が守りますから」


 にこやかにそう言ったのはミナミさんだった。

 でも、それって、他でもない王子を守るってことだろう?


 前線に立つ軍隊が、ミハマの出現で揺れたのが判る。

 隊列を組み、弓やひ弱な銃で魔物に応戦する軍の後ろに、いきなりこんなエライ人が現れたら、当たり前だろう。


 さっきのテントとは、緊張感が違っていた。

 ここは、魔物の恐怖がはっきりと判る。

 咆吼が響き渡り、海が荒れていた。白夜で常に明るいはずの空が、この辺りだけ暗かった。夜のない世界に、夜まで呼び寄せているかのようだった。


 しかし、その魔物達も、岸に近い側には既に死体が転がっていた。

 いや、黒くてよく判別がつかないだけで……死体は既に半数近くにも上っていた。


「……初めて見ますか?」

「うん。こんなの、実際に見ることなんて……無かったしね」


 見る……と言うより、感じると言う言葉が適当だろう。

 魔物達の存在感を、威圧感を体感している。

 でも、この感覚って……何かイズミにすごまれたときに似てるような?


「大丈夫ですよ。サワダ中佐とイズミ中佐は、対魔物に関してはスペシャリストですから」

「どっちが魔物か判んないわよね」


 イツキ中尉の言葉に、全員が笑う。やっぱ、オレだけがそう思ってたわけじゃないのね。


「……もしかして、あの魔物の死体って」

「そうですね。おそらく、二人でほとんど片づけてると思います。弓や銃では魔物に対しての決定打にはなりませんから」


 ミナミさんはそう言うと、船から魔物を攻撃する海軍を指さした。

 雨のように弓矢が降り注ぐのに、魔物の動きを止めることは出来ても、殺すことは出来ていない。


 その一方で、たった一発の銃で魔物をしとめるモノもいた。

 イズミだった。


「……なんで?何でイズミの銃は簡単に魔物を殺せるんだ?何か、特殊な武器なのかよ?大体、あんなでかい魔物に、あんな貧弱な武器じゃ……」


 そこまで言って、やっと気付いた。


 中王の支配によって、研究開発が大きく制限されていると言うことを。兵器も制限されているんだ。

 でも……制限されているなら、イズミの武器も等しく弱いはずだ。どうして?


「意味語の話はしたよね」

「うん」

「シンもテツも、それを戦闘において展開することに関して、スペシャリストといえる。よく見て、シンの撃った弾が魔物に与える影響を」


 ミハマが指さした先で、魔物が倒れた。イズミの打った弾は、魔物の体をそこから崩壊させていた。小さな弾なのに、大きくえぐれたような穴があいていた。

 遠くで飛び回るイズミが持っているのは、本当に小さな銃だったのに。

 あの小さな銃にイズミが与える影響が、意味語の力とか、展開の研究の成果ってことなのか?


「……サワダは?」

「あそこにいるよ」


 海軍が応戦する中、サワダは魔物の死体から死体に飛び移り、いつも持ってるサワダと同じくらいはありそうな大剣を振り回していた。

 その切っ先からは僅かに炎が漏れ、魔物を斬った切り口は燃えていた。

 いや、切り口が燃えているんじゃない。体の中が燃えているようだった。


 何か、シュウジさんが研究者なのに、展開が出来ないって言う理由が判ってきた気がするな。


 サワダもイズミも、攻撃は物理的だ。魔物に切り込んで、初めて影響を及ぼしている。魔法みたいなものかと思ったけど、随分使い道が限定されるようだ。原理はよく判らないけれど。


 二人とも、何もないところから何かを生み出してるわけじゃない。元々存在している攻撃の力を、魔物達にあわせて強くしている。そういうことか。


 後方から10人ほど前線にいる軍人とは違う制服に身を包んだ部隊が3分の1くらいに減った魔物の群に突入する。

 彼らの使う武器は弓、剣、ナイフなど様々だったが、サワダ達の攻撃のように、魔物達に大きな影響を与えていた。ただ、彼らが行うように一撃で、とは行かなかったようだが。


「訓練が厳しいだけはありますねー。なかなかやるじゃないですか、特殊部隊も」

「やってもらわなきゃ困るよ。今回みたいに『守護者がいない』なーんて大騒ぎされちゃ、おちおちシンもテツも連れ出せないよ。サラも……」

「私は、殿下の命令以外で動く気はありませんから」

「シンもテツもそれ言うんだよね……」


 ミハマはぼやきながら、嬉しそうにわざとため息をついた。


「いいんですよ。いいかげん、頼られすぎては困ります。宮殿で優遇されるわけでもないんですからね」


 シュウジさんの言葉に、オレの不愉快度は増した。


 何でこんなに戦果をあげてるのに、国にとって有益な人たちなのに、立場がどうとか言ってるんだろ。めんどくさいな。

 王位継承問題とか?政治的なしがらみとか?

 腐って、滅びの道に片足突っ込んでることに、気付いてないだけなんじゃないのか?この国のエライ人たちは。

 こんな恐ろしいモノが来るのに、脅かされてるのに、そんなコトしてる場合じゃないじゃん!


 でも、ティアスがパスをくれなかったら、どうなってたんだろ。イズミだけで戦ってたのかな?それとも、ミナミさんが出てたってこと?どっちにしろ、ここの人たちに頼ってたってことか?


 ティアスは、それを知ってたのかな。


 サワダの剣が最後の一匹を倒し、海は静まり、空が明るさを取り戻す。と同時に、軍隊が喚起の声で揺れた。

 港の工場地帯を埋め尽くしていた軍が一斉に騒ぎ、サワダ達を讃える声が聞こえる。それを満足そうにミハマは聞いていた。


 オワリ軍の制服に身を包んだ軍人しかいないはずなのに、工場の影に私服の男女二人組の影が見えた。


 オレが間違えるわけもない。女性の方……その後ろ姿はティアスだった。

 彼女は布をとり、その美しい顔をさらけ出して、軍隊を伺っていた。





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