表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第4話 敵と味方がいる幸せ

 どんどん、気が重くなってくる。

 やっぱり、オレが住む世界とは違いすぎる。

 このでかすぎる王宮も、なんか気疲れしちゃうし、昨日の死神の広間での出来事も、何だか気が重かった。昨夜泊まった宿舎でも、王子と王のそれぞれの親衛隊に、王の側近、それからミハマさん達と、同じ国なのに微妙な関係なのもプレッシャーだし、それプラス他の国の人もいたりして、わけが判らない。

 今日のこの式典だか、報告会だか知らないけど、この場の雰囲気もとにかく居心地が悪かった。

 最初に行われた報告会は、ホールに椅子を並べて参加者全員で報告を聞くだけの物だけだから、静かに座ってれば良かったからまだマシだった。だけど、そのあとの会食!いや、懇親会って名前らしいけど?これが最悪だった。知らない人は多いし、いっぱい誤魔化さなくちゃいけないし、何より、オワリの国の人たちの目が厳しい!やってられん!


「シュウジさん、サワダはどうしたの?式典のときはいたのに」

「ああ、昨日からちょっと調子が悪いんで、外に出てますよ。あの子、人の多いところが得意じゃないんですよね。調子のいいときは良いんですけど」

「そんなんでよく武術会とかで優勝したよね?人いっぱいいるのに」

「緊張するとかしないとか言う話とは違いますからね。それより、私も煙草吸いに出たいんですけどね……。テツがいないから、ミハマのそばを離れるわけにも行かないし」

「そうだよね」


 えー……サワダだけずるいよな。オレもちょっと、ここにはいたくないなあ。大体、オレはニイジマに会いに来たわけだし。

 それに、ニイジマ以上に会いたい人が出来てしまった。


「シュウジさん!ミハマさんが奥の方に行っちゃったよ?」

「あ、全く、勝手に動いて……」


 たくさんの人に囲まれて、なお目立つミハマさんを追って、人混みに消えるシュウジさん。見えなくなったのを見計らって、そっと会場を抜け出した。

 会場の外の廊下には、そんなに多くはないけれど人がいて、話をしたり煙草を吸ったりしていた。その中に、オワリ国の軍服は見あたらなかった。中王軍の軍服は、ちらほら見える。シュウジさんの話だと、この会場にいるのは中佐以上、と言うことらしいけど。

 他の国の軍服はよく判らないし、ドレス着てる女の子もみんな同じに見えたけど。


 案内図を片手に、昨日行った死神の広間を目指す。

 会場に、死神の姿はなかった。もちろん、階級の低いニイジマも。


 彼女に会いたい。彼女の話を聞きたい。


 聞こえてくるピアノの音を頼りに、迷いながらも何とかたどり着く。広すぎるよ、この王宮!


「あら、たしか昨日、雄将殿といた……」

「アイハラユウトです!」


 一応、軍人を見たら敬礼をする癖はついた。噴水横のピアノを弾く死神と、その横にいるニイジマに反射的に敬礼。


「今、懇親会の最中では?」


 床に座り込んでいたニイジマが、腰の剣に手をかけながら立ち上がった。昨日と随分態度が違うじゃねえか。なんなんだよ!


「いや、その……楽師殿のピアノが素晴らしくて、その……」

「トージ、そんな戦闘能力のない子にすごんでどうすんの」

「でも、昨日、オワリの議員が、サカキ元帥と……」

「よく見てた?あの人達のこと。雄将殿の父上と、オワリ国王子の仲の悪さ。雄将殿は、王子の側近なわけでしょ?武術大会も、王子の許可がなければ出ないって言って、大会運営委員を困らせてたじゃない」

「あの議員とは関係ないってコトですか?王子の一派は」

「私にはそう見えたけど?そうじゃない?アイハラ一等兵」


 ごめん、何言ってるか判んない。そう言う政治的なしがらみとか、オレは関係ないんだってば。

 大体、サカキ元帥とサワダ父が仲がいいからって、何で警戒してるわけ?この人達、中王軍の人じゃないのかよ。


「昨日、楽師殿は軍の組織とは離れてるって……」

「そうね。でも、軍人よ。要請があれば戦場に出る。中王に忠誠は誓ってるわよ、ねえ?」

「もちろんです、大佐殿。オレは、中王軍に所属していますし」


 二人して(多分)意地の悪い笑みを浮かべる。

 オレはあえて、二人に一歩近付いた。


「オレ、ホントにそう言うの関係ないから!ただ、あんた達に会いに来ただけだよ。オレが知ってる人たちが、他にいないかと思って」

「知ってる人?」

「これ……ニイジマと、オレだよ」


 携帯の写真を見せる。

 不審がられるのは判ってたけど、もう耐えられなかった。


「なにこれ。トージ、こんな写真撮ったの?知り合い?」

「知らないっつの。大体、オレ、一昨年まで士官学校にいたんだぜ?それからずっと、ここにいるし。こんなオワリのヤツなんかと……」


 二人して交互にオレの携帯を見る。

 そう言えば、気になってたけど、この二人、階級差があるはずなのに、トージは彼女に対してタメ口だ。


「これは、新島であって、ニイジマじゃないんだよ。オレが知ってる新島で……オレのいた時代にいた人で。生まれ変わりで」

「何言ってんの、この一等兵は?」

「さあ……?」

「オレはあんたに会いたかったんだ」


 生まれ変わりでも何でも、もう一度会いたかった。


「顏、隠してるけど、ティアスだろ?」


 携帯に残っている彼女の写真を、死神に見せた。


 オレは、ただ、彼女に近付きたかった。本当にそれだけなんだ。

 でも、この二人には、その想いは伝わらなかったらしい。


「大佐殿……これは、まずい」


 ニイジマはそう言うと、オレから無理矢理携帯を奪おうと、力ずくでつかみかかってきた。


「なにすんだよ!オレんだぞ!」

「何言ってやがる!こんな物、どこで手に入れたんだ!何でお前が姫と一緒に写ってんだ!」

「ひ……姫!?ティアスが?!」

「知らないフリしたって無駄だ!吐けよ!」

「トージ、やめなさい!ホントに知らないみたいよ!

「でも!」

「そんな子に、一体何が出来るって言うのよ?」


 必死に食らいついていたオレは、いつの間にかニイジマの腕にぶら下がっていた。そんなに体格変わらないのに、何でこんなみっともないことに……。しかも、その間抜けな様子を見るニイジマと目が合っちゃってるし。


「……確かに、そうかも。弱っちいし、考えなしだし。姫のこと狙ってきたってわけでもなさそうだし。だったらこの写真は?」


 ニイジマは携帯を奪うのをあきらめ、オレの首根っこを掴むと、軽々と持ち上げた。どうしてそんな体型で、マッチョな人みたいなコト出来るんだよ!?


「そうよねえ……」


 二人して、怪しいモノを見る目でオレを見つめた。こんな、首根っこ捕まれておとなしくなってるようなヤツに、何が出来るっていうんだよ。


「あのさ……オレの話、聞いて貰っても良いでしょうか」

「……急に卑屈になったな、コイツ。どーする?姫」

「あんた、さっきから姫って呼んでるわよ。気をつけなさいよ。一応逃げないように縛って、話を聞こうじゃない」


 ティアスのそれは優しさなのかどうか微妙なところだったけど、とりあえず話は聞いてもらえるらしい。

 縄で縛られた上、手綱のようにされ、広間の外へ連れ出された。もちろん、廊下側ではなく、森の方へ。


 それでもオレは自分の話と、シュウジさんが言っていた「生まれ変わり説」を、何とか彼女たちに伝わるように必死に話した。


 最初は、半信半疑で聞いていた二人だったが、シュウジさんの話をし始めたら、顔つきが変わってきた。

 それから、オレが知ってるニイジマやティアスの話をした。その時はさすがにサワダ達のように、自分のようで自分ではないからあまりいい気分はしないと言っていたけど。


「オレの話、信じてもらえた?」


 なぜだか、新島とティアスは揃ってオレを見つめていた。

 いいかげん、この縄ほどいてくれないかな。しかも、縄の先は木に縛られてるし、なんかあったらどうすんの。


「一概には信じられないけど……スズオカ准将の話は興味深いわね。あの人、歴史の研究をしてるって噂だし?」

「そうだよな。研究開発部が何度も引き抜きの話をオワリに持ってってるって、こないだカナさんから聞いた」

「引き抜きねえ。だから、中王はあんなにオワリを特別視してるのかしらね」

「危険人物ってコトか?今度もうちょっと詳しく調べるようにカナさんに伝えとくわ」

「そうね」


 オレのことなど無視して、ニイジマとティアスは打ち合わせを始める。話が見えないんですけど。


「あの……すみません。とりあえず、疑いが晴れたなら解いてもらえますか?」

「疑いが晴れたなんて、一言も言ってないけど」


 酷!最低だよニイジマ!


「まあまあ、トージ落ち着いてよ。私は、この子の言ってることはそんなにウソばっかりだとも思えないわ。スズオカ准将って、少しだけ話をしたことがあるけど、なかなか面白い人だったし。研究者であることを隠してるから、詳しい話は聞き出せなかったけど、彼の知識は興味深い」

「ふうん。あんたが言うならよっぽどだな」


 ……ただのオタクだと思ってた。実はスゴイのかな、シュウジさんて。


「この、歪んだ歴史を押しつけられる世の中で、彼はほぼ、正確な歴史を知っている。それが中王にばれたら、大変なことになるけどね」

「もしかして、オレ、相当まずいこと話しちゃった?あの、シュウジさんのこと……」

「大丈夫よ、密告するようなマネはしない。私はむしろ、研究者はもっといないといけないと思う」


 ティアスはいったん広間に戻り、一冊のファイルケースを持って戻ってきた。その中から、ぼろぼろになった一枚の地図を出した。


「ねえ、君がいた時代って、この辺りはどうなっていたの?」


 彼女が見せてくれた地図は、先日シュウジさんが見せてくれたものと、また違っていた。日本が地図の右端にあった。どうやら、ヨーロッパの方の世界地図らしい。しかし、その地形もまた随分様変わりしていた。


「……いや、これくらいの広さはあったよ。随分地形は変わってるけど。この間、シュウジさんに見せてもらった世界地図に比べて、残ってる土地が広いよ、これ」

「その地図は、きっとこれじゃないかな?」


 もう一枚、彼女が出してくれた地図は、シュウジさんが見せてくれたものと同じだった。

 中心にしている位置が違うのでわかりにくいけれど、明らかに「大陸」の広さが違っていた。


「オレはあんまり詳しいことは知らないんだけど……オレがいた時代のティアスはね、元々ここの辺に住んでたんだ」


 彼女が最初に見せてくれた地図の、ベルギーがあるらしい辺りを指さした。


「それで、ヨーロッパを転々としてたとも言ってたから、この辺りを廻ってたのかな。それから、日本に来たんだよ。目的があるって言ってた」

「そう」


 あれ。そう言えばこの辺って、確か……


『空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでると言われてますね。その昔、中王正規軍によって追放され、奥地に追いやられたそうですよ。ですから、危険なため、現在はこの北の門という場所から先は許可がなければいけません』


 シュウジさんは、この大陸のことをそう言っていた。

 でも、ティアスは何で、この辺のことを聞いたんだ?


「この辺、今は『空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでる』って聞いた」

「そうね。そう言われて封鎖されてる。中王正規軍でも精鋭部隊が、この門を守ってるわ」


 彼女の表情を、必死に読みとろうとした。けれど、布が邪魔で、オレにはよく判らない。


「シュウジさんやミハマさんが、オレのいた世界と、この世界で関わる人たちには『縁』があるって言うんだ」

「そう。『縁』って、何だか良い言葉ね。さっきの君の話を聞いたら、私もそう思うよ。ねえ、トージ」


 ニイジマは答えなかった。


「……生まれた場所や、人との関わりに縁があるなら……、ティアスは、この辺に関係があるってコト?」


 だから、こんな地図を持ってるんじゃないのか?だって、ニホンが世界の中心だというのなら、こんな、ニホンが中心じゃない地図なんか、作られるはずがない。


「だとしたら、私も魔物の一族ってコトになるわね」

「……そうですよねえ……」


 こんな可愛い女がそんな!そんなわけ無いよな。

 いや、可愛いのはあっちのティアスであって……、こっちは死神なんだけど。


「姫、ちったあ警戒しろよ」


 ティアスの隣に座ったまま、ニイジマがため息を付く。何か、オレを見る目がバカにしてる感じなのが気に入らないけど。


「あら、だってこんな何の警戒心もない、ピリピリした感じのない平和な子と話すことなんか、無かったんだもの。どうやって警戒しろって言うのよ」


「まあ、そうだけどさ。ホントにコイツ、弱そうだもんな。こんなに軍服に着られてるようなヤツがいて良いのか?」

「ちょ……ニイジマ……中尉、オレのことバカにした?!」

「いや。誉めたんだよ。うらやましいよなっつって」


 にこやかに笑う。うう……オレは騙されないぞ。ニイジマはこう見えて、口が悪い振りをしているが、とっても気を遣う男なんだ。


「でも、オワリ国の王子もこんな感じじゃない?何か、周りが蝶よ花よと育てたから、戦うことも出来ない、緊張感もないほんわか王子様になったって感じだけど……」


 そう言ってから、少し考えて


「そうでもないか。あの、雄将殿のお父上との会話とか、腹黒そうだったもんな。あの、ほんわかっぷりはフリかな、コイツと違って」

「やっぱバカにしてんじゃん、オレのこと。ミハマさんを持ち上げて」

「持ち上げてないさ。この、戦国の世を生き抜くのに、当然のスキルじゃねえ?だから、オレはあんたがうらやましいよ、ホントに」


 ……なんだよそれ。オレが戦争を知らないから、戦いを知らないから、うらやましいってこと?


「何だよ、ニイジマのくせに、そんな悲しいこと言うなよ!めんどくさいって。お前ずるいぞ、時々そうやって大人ぶってさ」

「ずるいって言われてもな……。オレはお前のこと、知らないし」


 いや、確かにそうなんだけど。オレも今、あっちの新島と目の前のニイジマがごっちゃになったけど!

 だけど、そんな台詞、聞きたくないぞ?!


「トージ、その子の縄、解いてあげて」

「イイのかよ」

「その代わり、ちゃんと言い聞かせて。私たちのこと、オワリの人たちにも誰にも言わないって」


 ティアスはオレの携帯を奪うと、自分の写真を消した。


「……写真消すのは、なしじゃない?それはオレの個人情報なわけだし?」


 何とか冷静なフリしてそう言ったオレに、彼女は少しだけ驚いたように見えた。


「そうだね、ごめんね。でも、私も困るのよ。こんな写真があると」

「ごめんじゃない。オレの思い出だろ、それは。戻れなかったらどうすんだよ。それにすがっていかないといけないかも……」


 そこまで言って、その悲しすぎる事実に、涙が出そうになってしまった。

 写真にすがって生きるだなんて。


「……じゃあ、ここに来たら?元の時代に戻るためにオワリにいないといけないかもしれないけど、時々ここに来たらいいよ。君が、君の時代にいた私がしていたことを、私もするよ」

「……え?」

「だから、ごめんなさいってコト。でも、証拠を残されるのは困るんだ……。だから、それで許して欲しいの」

「ティアス……」


 彼女は優しくて、不器用だった。

 闇雲でがむしゃらで、思ったら即行動。それでいつも沢田とケンカしてたのも覚えてる。

 彼女は言葉が足らない。行動が突然で、そのせいで人を傷つける。それをいつも気にしていた。


 目の前にいる死神は、まさしくオレの知る女だった。


『言葉が足らなくて誤解を生みやすくて、でも悪いと思ったら謝れる。オレは、そう言うところは嫌いじゃない』


 こんな時まで、彼女を評する沢田の言葉を思い出す自分が、ちょっとだけ不愉快だった。


「オレは、君と話をしてるだけで良かった。たくさんの友達の中の一人でも、君は分け隔てなく接してくれた。時々、よく行ってた店で、ジャズバンドと一緒に歌ったりしてた。その声が、オレは好きだった。もちろん、君の……」


 ピアノの音が響く。

 彼女は目の前にいるのに、死神の広間から聞こえた。


「オレ、見てくるよ」

「いいわ、私も行くから。ごめんね、アイハラくん。また、話を聞かせて」


 オレは黙って頷いた。

 彼女が、オレが恋をしたあの子じゃなくても、別人だとしても、それでも良かった。


 彼女と秘密を共有できたことを、幸せに感じられる。


 ピアノを弾いていたのはサワダだった。


「……誰も、いないかと思った……。墓にもいなかったから」

「サワダ!お前、体調悪いって聞いてたのに、何やってんだよ」

「お前こそ、何で死神と……」


 急に立ち上がったからか、サワダは少しバランスを崩した。すぐに持ち直したが……。


「少し、席を外していただけよ。あなたこそ、今は懇親会の最中でしょう?こんな所で油を売っていていいの?」

「すぐに戻りますよ。……アイハラ、お前もこんな所にいないで……」


 気のせいか、サワダの顔色が悪い気がする。いや、気のせいじゃないか。だってコイツ、体調悪くて退席してたんだから。


「……トージ、席を外してましょう。研究室に行くから、着いてらっしゃい」

「でも」

「いいから。雄将殿、良かったら、ピアノを使っていてください。ちょっと、出かける用事が出来たので」

「ティ……」


 声をかけようとしたオレに、「しいっ」と言って口の前に人差し指を持ってオレを制した。

 名前……言っちゃいけないんだっけ。


「あの、楽師殿。オレ……」

「また時間のあるときにいらっしゃい。あなたのために歌ってあげるわ」


 そう言って、彼女はニイジマを連れ、立ち去った。

 サワダは、じっとピアノを見つめたまま、止まっていた。


「……どうしたんだよ、サワダ」

「いや、死神は……」

「楽師殿が、どうかしたのか?」

「オレのことに、気付いたのか?」

「……気付いた?てか、お前マジで顔色悪いって!大丈夫なのかよ!?シュウジさんか?ミハマさんか?誰呼んだらいい?」


 サワダの肩を掴み、訴えるが、彼はオレを見ようともしない。


「オレでいいでしょ?ちょっとどいてくんない?アイハラくん」

「……げ!て言うか、お前、いつの間に?!何でこんな所に!??」


 今まで姿すら現さなかったイズミだった。

 サワダを掴んでいた腕を無理矢理はずされ、突き飛ばされた。オレはサワダを心配してたんだぞ。なんちゅー扱いだ!


「テッちゃん、どうする?宿舎に戻る?ミハマにはうまく誤魔化しといてあげるから」

「……シン、か?」


 イズミが苦笑いをしていた。彼もまた、どうしていいか判らないのかもしれない。


「死神が……」

「もういないよ。どうかした?」

「死神は、オレがどういう状態なのか、判ってたんじゃないのか?だから、用があるなんて嘯いて」

「さあ。オレには判んないよ。本人以外にはね」

「墓場にも行った。だけど、死神も誰もいなかった」

「そうだね、さっきまでそこにいたんだし」


 サワダの言ってることは、意味が分からなかった。

 イズミは、辛抱強いなと思った。

 サワダを否定することなく、彼を受け入れる。異常なほど気を遣っているのが判る。


「あの死神は、墓を掘るんだ」

「そうだね」

「オレもだ」

「うん」


 サワダはイズミから目をそらし、俯いた。死人のように生気のない顔が、まるで別人のようで、不気味だった。


「オレもあの女も、自分の墓を掘っているんだ」

「テッちゃん……それは……違うよ」


 イズミが初めて、サワダの言葉を否定した。


「……気持ち悪い。悪いけど、一人にしてくれ……」

「……でも」


 廊下側の出口に、立ち去ったはずのニイジマとティアスの姿が見えた。

 彼女が、オレに判るように頷く。


「イズミ、そこにソファがあるから、そこに座らせたら?」

「何言って、こんな……」

「大丈夫だって」


 そう言って、イズミにだけ判るよう、ティアス達の存在を教えた。

 イズミはいまいち納得がいかないといった顔だったが、サワダをソファまで促し、オレを伴って出口に向かった。


「……あの、この広間……」


 さすがに、イズミが遠慮がちに楽師殿に聞いていた。


「しばらく、自由に使っていていいわ。どうせ、懇親会が終わったら戻るつもりでしょう?トージ、ついでだから、廊下側の出入り口を全部封鎖しといてちょうだい」

「甘くない?大佐殿」

「同病相憐れむって言葉、知ってる?」

「何を下らんこと言ってる、あんたは」


 ニイジマは、楽師殿を見つめ、ため息を付いた。


「ところで、あなたは?オワリ国の人?」

「申し遅れました。オワリ国王子付き護衛部隊で王子の守護を担当しております、イズミシン中佐です。中王の楽師殿。お噂はかねがね」


 どうやら、イズミは彼女と初めて話すらしい。きちんと敬礼をとっていた。

 中身がとんでもない美人だと知ったら、態度は変わるかな?


 明らかに楽師殿は、イズミを値踏みしていた。


「あなた、隠密担当なのね」

「いいえ。王子付きですが、王族ではないので、中央に同行する機会がなかっただけです」

「懇親会にも出ないで?その階級で」

「中佐といえど、あくまで中佐待遇でして。年齢的には、まだまだ」


 何か、二人とも感じ悪いなあ。でも、中王とその支配下の国ってコトを考えたら、こんなもんなのかなあ……。ティアスとイズミって、仲良かったのにな。

「王子に、報告しなくても良いの?オワリの王子と雄将殿は、懇意にしているはずだけれど?」

「ええ……どんなお噂をお聞きになられたかは計りかねますが、我君とその従兄弟殿は幼いころから仲が良いですから」


 従兄弟……?そう言えば、サワダは王弟の息子だって言ってたな。だから、サワダとミハマさんは従兄弟同士ってコトになるのか。何もそんな、幼いころから……なんて強調しなくても。

 もしかして、あれかな?どろどろのお家騒動……?


「……そうじゃなくて、あの王子は、雄将殿のことをホントに心配しているように見えたから、あなたが有能な臣下でありたいなら、報告すべき。今すぐここに連れてくるぐらいの方が良いと思うけど?って言ったのよ。少なくとも、彼らがここに来るときの様子を見る限りは、そう見えたわ」


 下から見上げ、イズミを睨み付ける楽師殿。

 彼女のまっすぐさを見ると、オレはオレの知るティアスを思い出す。

 楽師殿がどんなにここで立場があって、特殊な扱いを去れ、時々怖い人だとしても、オレの中ではもう、彼女は彼女でしか無くなっていた。


 オレの好きな、あの子だと。


 イズミはため息を付いた。でも、その顔は何故か笑っていた。


「いえ。それは、そこで寝てる彼が望みませんから。報告はしますが、連れてくるようなマネはしません。オレはあの方の有能な臣下であるために、そう動きます」

「……しかし、彼は……」

「我君は、彼に自由を与えています。戦う自由、あの方を守る自由、墓を掘る自由……」


 今度は、楽師殿がため息を付く番だった。


「自らの墓を掘るのは、辛い行為だわ」

「ああ……自分の経験から、そんなことを?」

「……イズミ中佐。大佐殿に口が過ぎます」

「これは失礼」


 ニイジマがイズミをたしなめたが、イズミは気にすることなく笑って受け流した。


「……冗談ですよ。お許しください」

「気にしていないわ。それより、あなたがどういうつもりの人か、判って良かった」

「良かった?」


 初めて、イズミが本音を顔に出したように思えた。彼女の言葉に、明らかに意外そうな顔をした。すぐに表情を元に戻したけれど。


「ええ。雄将殿にも、フォローしてくれる人がいて。オワリの王子はいい臣を持っているみたいね」

「お褒めにあずかり、光栄です」


 イズミが、心の底から笑顔を見せていた。


「……感謝します。あなたのお気遣いに」


 楽師殿に向かって、敬礼をした。それを受け、彼女は笑ったように見えた。


「懇親会が終わったら、ここに来る人もいるでしょう、それまでには回収に来ます。アイハラ、行こう」

「え?あ……うん」


 また後で来ればいいか、と思いつつ。この場は仕方なく、イズミに従った。


「なあ、イズミ……中佐。サワダのこと、ほっといていいのか?」


 行こうと言ったくせに、イズミはオレを置いてどんどん先に行ってしまう。オレはそれに早足で必死に着いていく。


「いいんだよ。一人にしてやるしかない。閉じこもっちゃってんだから。それより、お前って無責任つーか、騒ぎ過ぎっつーか、うざいよね」


 めちゃくちゃな言われようだな。でも、まあ、ここは大人の態度で受け流すことにした。

 さっきのイズミは、オレの彼に対する評価を変えるのに充分すぎたから。


「何で、無責任なの?イズミにとって」


 なるべく冷静に、彼に聞いた。聞けてるはずだ。


「言ったろ?『アイハラユウトなんか、テツのことこれっぽっちも知らないくせに』って。何度も同じコト言わせんなよ」

「だから、それで何で無責任?何かオレした?」

「何も知らないくせに、騒ぐなよ。うっとうしいから。何も出来ない、何もしてあげられない、何もわからない。なのに、心配するフリして追いつめるような真似、オレは信じられないね。どんな平和で脳天気な頭してんだか」


 平和?!脳天気!?オレのどこが?!

 何か、すげえむちゃくちゃ言われてるんですけど?てか、なんで?本気で判んないし。

 イズミが、サワダのことホントに心配してて、ミハマさんにも気を遣って、その気遣いをしてくれた楽師殿に感謝をして、それが出来るだけの男だって言うのはよく判った。判ったからこそ、オレに対してここまで怒ってる理由が判らない。オレはサワダのことを心配しただけじゃん?


「何、その不満そうな顔」

「不満にもなる。オレにも判るように説明してくれ。だってイズミは、サワダのことも、ミハマさんのことも、楽師殿のことも理解して受け入れてたのに、何でオレだけダメなのさ?」


 廊下を早足で歩いていたイズミが、立ち止まった。俺もそれに合わせて、立ち止まる。


「……脳天気で、平和だって言ったろ?『大丈夫?』なんて台詞、よくまあ軽々しく言えるよな?あんな状態で大丈夫なわけないじゃん」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ」

「どうしたの?大丈夫?何があった?」

「なんだよ?」

「この台詞って、すごく人を追いつめると思わない?」

「……そうかな」

「あんたの頭って、よっぽど平和なんだな」


 イズミはオレを置いて、再び早足で歩き出した。

 オレは、まわれ右して、元来た道を走って戻った。


 サワダは、口も悪いし、ぶっきらぼうだし、不器用だけど、優しくしてくれた。


 イズミの言った、『墓に埋めたヤツ』だから『死人と同じ顔したヤツ』だからって台詞は気になったけど、それでも、サワダがフォローしてくれなかったら、オレは多分路頭に迷っていただろう。


 ミハマさんだってそうだ。責任はとらないと言いつつ、彼はオレに自由をくれた。そのミハマさんも、サワダのことを心配してる。


 オレが彼に対してしたコトって、何がいけないんだ?オレだって、少しでも借りを返したかった。


 楽師殿のいる噴水のある広場へ通じる道は、さっきまで開放的で明るかったはずなのに、今は暗かった。おそらく、さっき楽師殿がニイジマに指示していたとおり、出入口を封鎖したためだろう。まるで違う風景に見えた。

 広間に通じる一番奥の扉だけが開いているらしく、光が漏れていた。

 オレは、その扉にそっと近付く。サワダを起こさないように、静かに。


 ……立ち去ると言っていたはずの楽師……ティアスがピアノの前に座っていた。ニイジマはいないようだった。

 ピアノから少し離れたところにあるソファに寝かされていたはずのサワダは、何故か座って、彼女の歌を聴いていた。さっきよりは随分顔色もよいように見えた。


 どうしてだろう。外にいるオレに、二人は気付かない。オレも、この二人の間に入っていけない。


「……何で、子守歌?」


 サワダは、呟くようにティアスに聞いたが、彼女は歌い続けていた。

 彼女が歌っているのは、モーツァルトの子守歌だった。彼女が何度か歌っていたので、それでオレも覚えた。曲名を教えてくれたのは、他ならぬ沢田だったのだけど。


『何これ、英語の歌?すごくない?』

『お前、知らないの?モーツァルトの子守歌だよ』

『クラシックやってる人間の常識を押しつけんなって言うの。英語は英語だろ?』

『……うーん。何か知らんけど、英語で歌うんだよな、ティアは。……ドイツ語か、邦訳の歌な気がするけど』

『いいよ、ドイツ語でも英語でも、内容が判んないことには変わりないし』


 でも、こっちのティアスは日本語で歌っていた。

 彼女の声は何だか甘ったるくて優しくて。子守歌というには、歌詞の内容を理解できたのに、それでも彼女の歌は色気がありすぎた。

 思わず、扉の影に隠れて、座り込んでしまった。


 曲が終わり、彼女はゆっくりとサワダの方に振り向いた。


「……ちょうど良いかと思って」

「オレに?」

「墓を掘る、私たちに」


 ティアスもサワダも、しばらく次の言葉が出てこなかった。


「死神の台詞とは思えないな」

「……あなたこそ、そんな姿で。雄将殿に憧れる姫君達に失礼ですよ?」

「……姫君達、ねえ。興味がないな」


 無表情のまま、サワダはそう言う。何だか、ティアスと会う前の沢田を見てるようだった。

 顔もいいし、一見クールだからモテるんだけど、年寄りみたいに枯れちゃってるっつーか、硬派で古風で、女の人に興味の無いような顔をしている沢田。まあ、あっちの沢田は別に興味がないわけでも何でもなかったんだけど(同じ年のオレ達から見たら、充分すぎるほど無かったけど)、こっちのサワダは、それが極端に酷くなったような感じだった。


 なんか、最初にミハマさんが『テツは女の子が苦手』って言ったのが真実味を帯びてきたって感じかな。


「でも死神なら、側にいてもいいかなって思うよ」

「そう、光栄ね」


 彼女は、サワダのその言葉を本気にとっていないようにも見えた。彼が、気を遣ってそう言ったのだと思っていたように見えた。

 それがサワダに伝わったのか、彼は苦笑いをしながらため息を付いた。


「……なあ、死神は……、オレの、この状況を……」


 ティアスは、そのサワダの言葉を無視して、再びピアノを弾き始めた。

 サワダも、それ以上何も言わなかった。

 彼女がピアノを弾くのを、彼は黙って聞いている。


「……悪趣味だな」

「黙ってろよ、入れなかったんだ」


 おそらく、オレを制するためであろう。戻ってきたイズミがオレの横に立ち、小さな声で悪態を付いたが、オレも負けちゃいない。

 だってイズミも、この雰囲気の中、入れるわけがないんだから。


 一曲弾き終わり、彼女はゆっくりと口を開く。


「あなたのことはよく判らないけれど……、それでも私が見る限り、あなたはとても有能な臣下だし、優秀な軍人だわ。それで良いじゃない。そう見えるんだもの」

「……墓を掘っていても?」

「私まで否定しないで」


 二人の様子を、イズミもオレも黙って見ていた。

 いつの間にか、オレ達の前に、不審な顔をしたニイジマが立っていた。

 必死でジェスチャーのみで弁解するが、怪しい人を見る目で見られてしまい、何とも気まずい。


「……もう少し、ここにいてもいいですかね」

「どうぞ。……不愉快になったかと思った」

「いや、同病相憐れむってヤツでしょう?」


 サワダが、少しだけ笑った。それが何だか救いのように見えた。


「さっきの台詞、本当ですよ。随分、楽だ」

「そう」


 彼女は噴水の方へ移動し、サワダのためにピアノを空けた。


 入るのが躊躇われるようないい雰囲気の中、オレはだんだん不愉快になってきていた。


「……何だよあれ、楽師殿と出来てるってコトはないよな?」

「何言ってんだよ、アイハラくんはさあ」

「……なるほど。出来てるねえ……」


 呟きながら覗き込むニイジマを、思わずオレとイズミはいぶかしげな目で見つめる。


「いや、ないって。ないない。大佐殿はそんなこと考えていられるような立場の方じゃないし。大体、あの雄将殿だって、そんなつもりもないだろ?実はホモなんじゃないかって言うくらい、女嫌いだって言う噂も聞いたことあるし、そこん

とこどうなんすか」

「いや、ホモは確実にないけど……。そこそこフツーですって、ちゃんと女を好きになってたし。でも、まあそう言うのはないかな。今、疲れてるし、あの人」

「ふうん。奇遇だなあ。大佐殿もお疲れだからねえ。うんうん」


 ……おっさんが二人いる。この人達、オレと一つか二つくらいしか変わらないはずなんだが、どうしてこんなにおっさん臭いのか。


「イズミ中佐……よく判んないんで、お馬鹿なオレにも判りやすく易しく説明してください」

「お、下手に出て教えを請うコトを覚えたな?だから、そう言うことだって。テッちゃんは現在お疲れ中。誰のことも好きにならないって。まあ、あの顔だし、王族だし、肩書きもご立派だから相当モテるけどね」

「雑誌にも載ってたし。見た?あの美少年て記事!!」

「あっはっは。アイハラ、あれ見たんだ。すげえよね。他にもいろいろ載ってんのよ。何たって最年少で武術大会優勝、しかも美形(キラキラ王子様オプション付き)だからね。騒がれない方がおかしいよ」


 イズミ、必死に押さえて声を立てないようにしてるけど……笑いすぎだろう。


 広間から、ピアノの音が聞こえた。サワダが弾いていた。

 やっぱり、オレが知ってる沢田より、ずっとうまいと思うんだけど。気のせいかな。


「平和だね。中王の宮殿内とは思えないや」

「同感ですね」


 イズミもニイジマも、何だかまぶしいものでも見るように、ピアノの音を聞いていた。イズミの発言は、中王の軍人に言うのにふさわしい内容とは思えなかったが、ニイジマはすんなり受け入れていた。


「あ、そうだ。……何つったっけ、えっと、一等兵」

「アイハラユウト。人の名前くらい一回で覚えろよ。ニイジマも、オレのことバカにしてるな?」

「いや、信用してないだけ」


 彼は悪びれずにそう言った。コイツは……!イズミと違って気の遣える大人な男だと思ってたのに。


「ちょっと、来い。すみません、イズミ中佐。アイハラ殿と個人的にお話しさせていただいてもよろしいですか?」

「……どうぞ、私の管轄外ですので」


 イズミもニイジマも、その態度の違いは何だよ!むかつくな。

 オレはニイジマに連れられて、廊下を歩く。知らない道に連れて行かれる。迷ったらどうしよう、この宮殿、広すぎていまいちよく判らないのに。


「ニイジマ、ここは……?」

「中王軍統轄本部。実質上、勅令を直に受け、処理する役割を持ってるから、本部とか直轄部とか呼ばれてる。オレの本来の職場。その制服着てるヤツを中にいれるわけにはいかないから」


 豪華な応接間の扉……って感じだった。扉に貼ってある小さな名札には「統括本部」と書いてあった。扉の横にあるインターホンがわりの電話をニイジマは手に取った。


「直轄部ニイジマ中尉です。サエキ大尉をお願いします」


 インターホンを持ったまま、ニイジマは誰かを待っていた。話しかけようと思ったら、彼は片手でオレを制した。


「ああ、カナさん?いや、お客さんいてさ、連れて入るわけにはいかなくて。大佐殿からの命令で、ちょっとパスを出して欲しいんだけど。……じゃあ、ここで待ってればいい?うん、ありがとう」


 入口から少し離れた場所に、待合い用なのか、ソファが用意されていた。そこに座るよう、ニイジマがオレを誘導する。


「なに。楽師殿の命令って……?」

「言ってたろ?『また時間のあるときにいらっしゃい』って。オワリからここまで普通に来るのは大変だろうからさ。移動用のパスをやるって言ってんだよ」

「パス?どういうこと?」

「ああ……ホントに何も知らないんだな。ここに来るまで、下道使ってきたから時間かかっただろ?」

「うん。でも、……横断道だっけ?何か高速みたいなのがあるって聞いた」

「そ。そこは中王の許可がないと使えない、まあ、ほぼ中王軍専用道なわけだ。一人でも移動できるように、電車も通ってるし、自動車でも移動できる。あんたが一人でこっちに来るときは、そこを使えばいい。そこの通行証と、出入りでき

るところは限られるけど、この宮殿に入るパスを渡せって大佐殿が言うからさ」

「……そんなの、オレが持ってて大丈夫なの?」


 ニイジマが何か言いかけたが、統轄本部の入口が開き、誰かが出てきたコトで喋るのをやめてしまった。

 出てきたのは、オレ達より結構年上の、軍服に身を包んだ美人だった。この人もどこかで見たことがあるけど、思い出せない……。少なくとも、オレの側にいた人じゃないと思うんだけど。


「随分早かったな。さすがというか。どうやって発行したの?」

「企業秘密よ。……オワリ国の軍服?どうして、楽師様がこんな」

「いろいろあってね。また後で話すよ。あ、紹介が遅れた。彼女はオレと同じ直轄部勤務のサエキカナコ大尉。彼はオワリ国のアイハラユウト……一等兵?」

「そう、よろしくお願いしますね」


 笑顔の綺麗な、華やか美人だ。絶対どこかで見てるんだけど。サエキカナコ……?

 ……思い出した。女優の佐伯佳奈子だ。オレが知ってる顔よりも随分若いから判らなかった。こっちの彼女は多分20代後半てとこだろう。すっげえ頭小さい。


 ティアスやニイジマと、随分仲良さそうに見えるな。年離れてんのに。


「なくすなよ?とりあえず、それ持ってたら出入りするときに怪しまれることはないと思うから。あと、そのパスのことは、オワリ国の連中には内緒な?」

「え?何でだよ。あの人達には住むとことか提供してもらってるし……ミハマさんはいい人だって」

「それとこれとは別問題だ。オワリ国の王子には、大佐殿も好意的だ。でも、あくまであの国は中王の支配下。それに、今この国は内戦も多い。中王が国を統治するのを良く思わない国もある。そのためにオレ達正規軍がいるわけだけど」


 墓と呼ばれる地域が、地図上に幾つもあった。

 それを、ニイジマの言葉は現実にした。


「……だから、お前が中王の軍人と交流を持ってるって知ったら、いくら自由をくれているオワリ国王子といえど、いい気分はしないと思うけど」


『オレの味方が君の味方とは限らないし、オレ達の敵が、君の敵とは限らない。それは、オワリの国にいようと、中央にいようとね』


 ミハマさんの言葉が、こんなに重くのしかかってくるだなんて、あの時は思いもしなかったのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ