第3話 支配するもの、されるもの
「スズオカ准将って、シュウジさんのことだったんだ。……偉いの?」
呼び出し食らって、元老院とやらに向かうらしいシュウジさんに呼びかける。ミハマさんとサワダは着替えに戻ると言っていた。
シュウジさんはさっきのソノダ中佐とはちょっと違うデザインだけど、似たような軍服を着ていた。ソノダ中佐のと比べると、動きにくそうだ。
「あのですねえ、私は将官ですよ、これでも。文官ですけど……」
「何が違うの?」
イズミとミナミさんがついてきていたが、あえてミナミさんに聞いた。イズミのこと、判らないでもないけど、やっぱ嫌われてるのは気分悪いし、俺も好きじゃないし。
「准将は正式な位ではないのですが……、我々が中佐扱いですので、その上に大佐がいて、その上ですね」
「大尉ってのはどれくらいなの?」
「我が国では士官学校卒が任官するまで准尉です。その上に少尉、中尉、大尉と続き、さらに少佐、中佐と続きます。スズオカ准将も年齢的にはまだ33ですから……」
「まだ32です」
「ですから、年齢的には出世頭、と言うことになりますね。王子付きと言うことを別にしても」
うわー、ミナミさん、シュウジさんのつっこみをスルーだよ。気の毒……。
「てかさ、シュウジさんも王族だからさ、まあ、妥当な所じゃない?でも、王族だから呼び出し食らってんだけどねー」
シュウジさんがイズミを睨み付けるが、相変わらずヤツはへらへら笑ってる。
「シュウジさん、やっぱ文官の制服似合わないね」
「大きなお世話です。あんた達もせめて王宮の中では制服を着なさい。制服を」
「オレはともかく、サラは今日、非番だったんだよ。あ、あと、髪くらいはといた方が良いと思うよ」
「良いんです、このままで」
「なに、髪をとくのがめんどくさいの?オレがやってあげるよ」「いやです。あんたすぐ遊ぶでしょう。こないだそう言って後ろにピンクのリボンを編み込んだでしょう!ピンクですよ、ピンク。しかもフリル付き!!」
いつものことなのか、騒ぐ二人をミナミさんは完全に無視。
イズミは判りやすい。
味方と敵がはっきりしてる。態度も扱いも。
シュウジさんやサワダは味方、オレは……敵だけど、仕方ないって感じ。
「王族ってのは、ミハマさんと親戚ってこと?あれだよね、王位継承権とか、遺産相続とか、そう言うドラマチックなことが起こるわけだね」
「ドラマチックなんかじゃありませんよ!」
シュウジさんに怒鳴られた。どうやら失言だったらしい。……しかし、あんのか?そんなこと。
だって、サワダとシュウジさんとミハマさんだろ?
「……判ってると思いますが、あまり不用意な発言は……」
「すみません……」
やっぱあるんだ。しかも、このミナミさんの態度から察するに、かなり深刻っぽい。でも、サワダもシュウジさんも、そんなの狙ってるようには見えないけど。
「アイハラくーん。君、無知なのもいい加減にしなよ?」
「イズミ中佐!良いから、スズオカ准将を殿下の所までお連れしろ」
「えー、シュウジさん、一人でも良いって」
「准将殿が一人で歩いてたら格好が付かないだろう。さっさとしろ!」
ミナミさんに怒鳴られ、渋々シュウジさんと一緒に廊下を歩いて行く。その後、ミナミさんはオレに部屋に戻るよう、促した。
「あの、ミナミさん。オレ、全然こういうの判んないんだ。オレがいた時代の日本はさ、こういうの別世界って言うか……。ニュースとか、ドラマとか、漫画とかではあったけど。……あのさ、気を悪くしないで欲しいんだけど、オレには王族だって言ってるサワダやシュウジさんが、王位とか欲しそうには見えないんだよ。だから……」
「ええ、それはもちろんです。テツ……いや、サワダ中佐も、スズオカ准将も、殿下の味方です。あの方は、お優しい顔をしてますが、敵と味方をはっきりわけていますし、敵に対して戦う心も力も持っています」
それは、そんな気もする。ただやさしいだけ、穏やかなだけの人じゃないって言うのは、理解できる。
「あの方達の意志はそうでも、周りのものは、そうではありません。スズオカ准将は第二王妃の実弟ですし、サワダ中佐は現王の亡くなられた妹君の一人息子です。より王位に近いものを政治的に利用しようと言うものも少なくありません」
淡々と語るミナミさんだったが、時々、とても言葉を選んでいるように感じた。
多分、オレにはいえないことがたくさんあって、彼女の意見もいっぱいあって、それを押さえてるんじゃないかと思った。
彼女は、仕事に徹しているけれど、ミハマさん達への思いが強すぎて、徹しきれてないようにも見えたから。
「なんで、同じ護衛部隊の人たちのこと、階級で呼ぶんですか?普段は名前で読んでる感じですけど?」
「勤務中ですから」
「何で制服着てないんですか?オレ、ミナミさんの制服姿、見たいんですけど」
「……非番ですから」
「じゃあ、勤務中じゃないじゃないですか。サワダもイズミも好き放題でしたけど……」
「あの方達は、切り替えが早いし、しっかり出来るから……」
真面目すぎるんだな、この人。イズミは、こう言うとこが好きなのかもね。年上なのになんか可愛いや、この人。
……いやだな。また、ティアスのことを思い出す。
この人、可愛くて優しいから、安心して、思い出に耽ってしまうよ。
結局、部屋に戻されてしまった。しかも、テレビも本も、なにもない。退屈だ。シュウジさんの所に行ったのは、何か借りるつもりだったんだけど、そんな暇はなかったな。
ちょっと疲れてたのもあって、ベッドに横になる。目に入ってくる天蓋にはやっぱり慣れないけど、それでも、ちょっとだけ、眠くなってくる。
なんか、いっぱい頭の中に詰め込みすぎて、おかしくなりそうだ。
あいつらの背負ってるものが重すぎて、辛くなっちゃうよな。
やっぱり、俺にはこの世界は合わない。なんか、サワダの顔は暗いし、イズミは意地悪に拍車がかかってるし、ティアスはいないし。
トウキョウ行って、新島に会って、オレはどうしよう?
だって、アイツも結局、別人なんだよな。
でも、少しでもオレの近くにいた人に、俺は会いたい。
『過去からつながる何かの縁だとしたら、オレは嬉しい』
縁か……。
なんて不確定で不確実。それなのに、どうして信じたくなってしまうのかな。
多分、ミハマさんのせいだな。何の根拠もないのに、すごく魅力的に感じる言葉。
彼の言葉を受け止めるとしたら、オレがここにいるのも何かの縁ってことにならない?実際、オレの生まれ変わりと思われるヤツがここには確かにいたわけだし。
誰かと誰かがつながっていて、そのつながりに特別なものがあって、それを縁と呼ぶのなら、オレはきっと彼女に会える。会いたい。
あの後、彼女は一体どうしたんだろう。
オレは?
何で思い出せないんだろう。
彼女とスタバで会ってて、それから?
……そう言えば、沢田が来た気がする。オレとティアスだけの時間は短かった。
沢田はティアスの横に当たり前のように座り、二人で肩を寄せ合った。
多分、沢田は俺の気持ちなんて知らないだろう。
二人は、オレや周囲の客の目を盗んで、何度もキスをする。
見られてないと思ってる。悪戯っぽく二人で笑ってるのも知ってる。
でも、オレは、しっかり見てる。
「アイハラ!返事しろ!」
扉の開けられる音で目が覚めた。
どうやらあのまま眠ってたらしい。今何時だ?空は明るいままだけど……(そう言えば白夜だっけ)
しかも、よりにもよって、この夢見の悪いときに一番見たくない顔。
「……寝てたのか、お前。全然返事しないから、勝手に入ったぞ。制服のまま寝てんなよ、皺になるぞ」
そう言うサワダは軍服を着てた。そう言えばさっき、着替えて元老院に行くって言ってたな。てことは、そんなに時間は経ってないってことか。
「なんでサワダって、発言がおっさん臭いかなあ」
「誰がだ。せっかく良い話を持ってきてやったのに」
「なに?!」
「なに、その態度の変わり様。現金なヤツだな」
「文句ばっかだな。だからなんだよ」
「トウキョウに連れてってやるよ。招集がかかってるんだ」
「招集?」
サワダが偉そうに説明してくれた内容によると、トウキョウって言うのは中王って言う世界を支配する王様が住む土地で、特に用がなければ近付かない所だそうだ。その中王が年に何回か、支配下の各国の王を招集する。特に大した用件はなく(一応報告会って名目らしいけど)、印象としては歴史で習った大名行列に近い。中王の元に集めることで、支配力を誇示する、って言うのが目的らしい。
ただ、ミハマさん達にしたら、トウキョウに行く理由になるので、そんなに悪い話だとも思ってないらしい。(でもそれは、この国が裕福だから、とも言ってたけど)
「オレ、ついてっても良いんだ?」
「ミハマが良いって言うからさ。明日出発だから、準備しとけよ」
「……え?」
思わずそう答えてしまったオレに、サワダはイヤな顔をした。
「え?ってなんだ。いいから準備しろよ」
「そう言われても、特にないし。てか、急だよね」
「無いって……。着替えとか、準備させたろ?あ、あと、軍服着ないと」
「何で軍服?!」
「いや、中王の王宮まで入るなら、正装しないと。一般人は入れないし。オレ達といるのに、正装する?みんな軍服だよ?」
「……貸してください」
正装って、蝶ネクタイとか、スーツとか?ありえないっつーの!
「あと、親衛隊のヤツ、紹介しとくよ。どちらにしろ、ミハマが移動するときは、親衛隊も何人か同行することになるし。ソノダ中佐くらいの階級の人なら、お前の顔を知ってるかは微妙だけど、親衛隊を誤魔化すのは無理だからさ」
ああ、そう言えばそんなことを言ってたような……。アイハラ大尉のことを、よく知ってる人達なわけだ。
アイハラ大尉の居場所は、そこだったのかもしれないな。
「カグラ少尉。入ってください」
あれ?サワダより階級下なのに、下出に出てない?それにカグラって……。
「失礼します。……驚いた、ホントにそっくりですね。事情もお伺いしましたが」
「香具良未樹!」
オレ、カグラも仲良かったんだよな。サワダやイズミとカグラはそんなに話をしてるのを見たこと無かったけど。でも、名前を叫んだのはまずかったかな。ちょっと引いてた。
「少尉のことも、ご存じのようですよ。ですが、彼の話はこちらとしても判断しかねるところですから」
「そうですね。隊長に報告しておきます。私の一存ではなにも判断できませんので。でも、本当に生き写しですね。ただ……」
「はい。彼は、おそらく全く戦争を知りません」
カグラ……少尉はサワダの言葉に静かに頷いた。なんか、妙に落ち着いてて変な感じだった。
「わざわざお時間をいただき、ありがとうございます、中佐。明日の準備でお忙しいでしょうから、また後日、彼と話をする時間をいただけますか?」
「ええ。それはこちらこそお願いします。我々よりも、あなた方の方がアイハラ大尉のことにはお詳しい」
「ありがとうございます。……大尉の墓の件も」
カグラはサワダに挨拶をすると、オレに視線を移した。睨まれているような目つきだったけど、多分見ているだけだろう。
敬礼して、部屋を出ていった。
「忙しいときに呼んで悪かったかな?」
「何で忙しいの?」
「言ったろ?親衛隊も招集のときについてくるからさ。いつもミハマは勝手に父王に着いてくんだけど、今回はミハマも直々に中王に呼ばれてるから」
「ふーん。てか、カグラに敬語ってなんか変な感じだな。オレ達同じクラスだったんだ」
「お前の所ではどうか知らんが、カグラ少尉は年上だし、若いけど在籍期間も長い。親衛隊の中ではまだ話しやすい人だし、一応な」
年上なんだ。あっちでは同じ歳だったのに。同じ人に見えるのに。
ほんの些細なことだけど、「縁」が遠いのかもしれないなって思った。
確か、オワリの国って裕福だって言ってた気がする。
王宮だって、まんまウエスティンホテルだったし。(しかも後で知ったけど、 オレのいた客間は7階、王族の暮らすフロアは最上階だそうだ。高いはずだよ)
オレがこっちの時代に来たと気付いたとき、特にそんな違和感は感じなかった。リニモの路線だってあったし。出発したとき、地下鉄の駅もあったし。
なのに何で?
「何でエスティマ?!何でエルグランド?何で男ばっかり!?」
「何それ、車種名?」
「えー、ミハマさん知らないのっつーか……、そっか、無いのか。大きさが似てるだけで」
「あーもう、うるさい。騒ぐなよ。人数少ないだけましだっつーの。しかも男だけって、なに期待してんだ」
うんざりした顔でため息をつくサワダの隣で、ミハマさんが笑っていた。その隣ではシュウジさんが無言で「煙草吸って良い?」とアピールしている。
ここにイズミがいないだけマシなのか……?でも、ミナミさんとか、女子がいねえよ!運転手さんもおっさんだし。
「なあ、新幹線とかで行ったらたった二時間じゃん!何であえて乗用車で、しかも下道なんだよ。これ何時間かかるんだよ!?」
「……新幹線て?」
「昔はそう言う名前の乗り物があったんですよ。災害後に建設し直されたという記録もあります。ですが、そんな簡単に素早く大人数が移動できる手段を、中王が許すわけありませんね」
「何だよそれ……。納得いかないな」
「支配されるって言うのは、そう言うことです。君の言っている新幹線というのは、ちょうどこの路線の部分にあったものじゃありませんか?」
そう言って、シュウジさんが開いたのは地図だった。
地殻変動があったせいか、多少、地形が変形してるけど、日本道路地図だった。東海道新幹線のあった位置に、同じように黒い線が引かれている。
「なんだ、あるんじゃん」
「ええ。現在は横断線と呼ばれています。しかし残念ながら、中王の許可がないと使えません。これを使えばオワリとトウキョウの間を1時間半で移動できますよ。災害復興時に、まっぷたつに割れた線路を、復旧したという記録があります。中王の正規軍には、研究開発部もありますから。あと、高速もありますよ。このクラスの自動車で、5時間半くらいかかりますかね」
「……もちろんそれも……」
「許可がないと使えませんね。要するに、基本的には中王の正規軍に所属してるか、お気に入りになるしかありませんねえ」
「むちゃくちゃだ!自由がないよ!」
「ええ、その通りですよ」
シュウジさんはそう言ってさらっと流したけど、ミハマさんとサワダの表情が少しだけ変わったのに気がついた。
何だろう。笑顔に見えたけど、その空気は妙に重い。
「ぼっちゃま。あまりそのようなことを大きな声で言わないでくださいませ。姉君の立場がございます」
「すまないね。秘めといてください」
「心得ております」
誰がぼっちゃま?
なんて思ってたら、顔に出てたのか、サワダが無言でシュウジさんを指さしてた。
「何ですか、アイハラくん。こう見えても家は王妃を輩出するような貴族の家系ですよ?そこはかとない気品が出てるでしょうが」
運転手のおっさんが必死に笑いこらえてますけど。
「うん。シュウジさんて気品がありすぎて、ホントに軍服似合わないね。コスプレみたい……」
「それはお互い様でしょう」
サワダとミハマさんは顔の素材のせいか様になってる。これだから顔のいい男ってムカツクよな。
「そう言えばこの地図、気になってたんだけど、日本地図なの?沖縄とかは?北海道なんか変形しちゃってるし」
「日本地図というか……ほとんど世界地図なんですけどねえ。あなたの言う世界地図って、これでしょう?」
いつも持ち歩いてるのか、シュウジさんはくたくたになった黒いリュックからA5サイズの分厚い本を取りだした。「ニホン歴伝書」と書いてある。どうやら歴史の本らしい。
その中の最初のページを開いて見せてくれた。そこには見慣れた世界地図が載っていた。
「災害のあった年から10年後、生き残ったのは僅かな人数でしたが、世界は復興しつつありました。その時、中王という存在がどこからともなく現れ、この世界を支配しました。この本は、その年を紀年とし、スタートしています。この地図は、災害前の状態と、現在の状態を比較するために掲載されてるんですよ」
「マジで!ちょっと見せて」
「ダメです。この本、もう廃版なんですよ」
つまみ食いを制すように、手の甲を叩かれた。この間サワダが部屋から勝手に本を持ち出しても、(戻せと注意はしたけど)そこまで怒らなかったのに……。
「災害前のことは、ホントは中王の研究室以外は調べたりしちゃダメなんだ。だから、今はオワリの国も災害前の町並みをあえて記念碑みたいに残してるけど、それすらも現在の建物に修復するように言われてるんだ」
ミハマさんの困った顔に、少しだけ戸惑った。
「……研究しちゃダメって……。じゃあ、この人どうなるの?」
「指ささないでくださいよ。私は、こう見えても軍師兼王子の教育係ですから。歴史の研究は、内緒です。だから、あなたも不用意な発言をしない方がいいです。中王の元に行くのなら、中王正規軍に近付くつもりなら。それを釘指しておこうと思って、わざわざこの車に乗せたんですよ」
何だよ、それ、おかしくない?
「そんな支配、理不尽じゃない?昔のこと調べるのなんか、勝手じゃん!?なんかやましいことでもあるんじゃないの?」
「でしょうねえ。でも、判らないでもないですよ?研究者を排除することで、新しい技術や発見を、中王の直下以外からは出ないようにコントロールしたいわけですし。武術大会なんかも、現中王の趣味だって話もありますが、各国の危険因子を見極めることが出来ますしね。でも、この世の中ではそうも言ってられないんですよ。仕方ないです。あなたもおとなしくしてなさい。生きていたかったら」
ずるい。それは大人の意見だよ、シュウジさん。
だって、サワダもミハマさんも何も言わないけど……彼らは無言で反発してる。
オレがこの人達から感じてるプレッシャーは、多分、中王の支配に向けられてる。
「シュウジさん、こそこそ研究してるくせに?だって詳しいじゃないか……中王の元でしかできないって言ってたくせに」
「研究は、どこにいたって出来ますから。どうせするなら、役に立つ所の方がいいってだけですよ」
シュウジさんの台詞に、運転手が再び彼を優しくたしなめた。
「その本、もっとよく見せてよ。シュウジさんと一緒に見る分には良いだろ?汚さないからっつーか、ぼろぼろだし、その本」
「アイハラ、お前ね、さっきのシュウジの話、聞いてた?歴史の研究ってのはここでは禁忌なの。特にお前は、直にその目で災害前の世界を見てることになってんだから、余計なこと言い過ぎなんだよ。だから、シュウジはあえてお前にはそう言うものを見せないようにしてるんだよ。中王のお膝元で余計なこと言わないように。帰ってから、シュウジの部屋で見せてもらえ」
「……でも、オワリに戻ったら、今度は元老院とか、いろんな人たちがいるんだろ?どうせその人達にも内緒でやってんじゃないの?」
「そこまで気がつくなら、どうして自分が余計なことをしてるってことに気づけない?」
「それとこれとは別だよ。何が手がかりになるかも判らないし」
そう言ったら、サワダはあからさまにめんどくさそうな顔をして、シュウジさんから煙草を一本奪って窓を開けた。
「もーコイツめんどくせえ。シンのヤツ、何で一緒に乗ってこなかったんだよ」
「シンがアイハラに意地悪するから、別に行けって言ったの、テツじゃん」
「そーだっけ?良いじゃん、普段も一人で移動してるんだし、アイツは」
バツが悪そうにしてんな。照れてんのか?もしかして。
なんか、もしかしてもしかしなくても、かなり気を遣わせてるのかも……。さっきの台詞も、明らかにシュウジさんのフォローに入ってたし。
オレの知ってる沢田も、こういうヤツなのかな?こんなに近くにいたわけじゃない。一緒にいたけど、もっとライトな関係だったし。
『テツはね、ああ見えてすごく不器用で、神経質なんだ。でもそれは、あの人の気遣いや、優しさの裏返しで、照れ屋だからはっきりそうだと素直に伝えられない』
だから、彼のことをどう思ってる、とはティアスは言わなかったけど。
沢田のことだけ、そう言う風によく見てるって感じで評価してたら、オレはもしかしたら彼女をあきらめていたかもしれないけど。でも、彼女はオレを含めていろんな人をよく見ていて、好意的に解釈してくれていた。
「……じゃあ、その本はいいや。シュウジさん、災害前と今と違うことを少しでも知っておきたいんだ。余計なことを言わないように。さっきの横断線の話だって、こっちじゃ常識なわけだろ?」
「そうですね。それは知っておいた方がいいです。……しかし、違いですか」
開いていた本のページを一枚めくった。そこに出てきたのは……。
「なにこれ、世界地図?」
「ええ。今のです。残っているのはこのニホン国と一部の大陸です。あなたが言っていた北海道は、この大陸部分にくっついてますね。地殻変動の偶然で、ニホンは随分北に移動してるんです。それから、大陸は半分くらい沈んでます。こちらの大陸はほとんど砂漠です。災害後、植物が育たなくなってしまったんですよ」
日本以外沈没。……とりあえずそれは置いといて。
それで白夜とかになっちゃうってこと?それにしては、冬の寒さはフツーだけど。もっと寒いもんじゃないのかな。
大体、北海道と大陸がくっついてるけど、その大陸は随分小さくなっていた。
「このユーラシア大陸だった所って、人が住んでるんだよね?」
「ええ。でも、空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでると言われてますね。その昔、中王正規軍によって追放され、奥地に追いやられたそうですよ。ですから、危険なため、現在はこの北の門という場所から先は許可がなければいけません」
「こっちの砂漠は?」
「かつては生き残りがいて、ニホンとも国交がありました。しかし、その国の跡地は中王に支配され、閉鎖されています」
「……何だかニホンは鎖国されてるみたいだね」
「鎖国ですか。江戸時代にあったと言われてた政策のことですね。まさにその通りでしょう。しかし、違うのは、外からはもう、支配者が来ることはない。来るとしたら、魔物だけです」
「中に支配者がいる……」
「ええ。ですから、不要な発言は禁止ですよ」
「でも、もう支配されてんじゃん。これ以上、なにもない」
「いいえ」
シュウジさんは、地図上に載っている、赤い文字の土地を指し示した。よく見ると、いくつもある。北の門がある北海道の一部、東北にも細かく何カ所か。四国、九州にも。そして、その色は中王の土地である、トウキョウと同じ色。
「中王……直轄地……?」
「ええ。地図上の名称はね。他の所は名前があるでしょう」
確かに。オワリの国もあった。愛知県と岐阜県の一部に国境が書いてある。
よくよく見てみると、地名は全部カタカナだけど、漢字自体は普通に使われている。
「隠語で、『墓』と呼ばれています。簡単に言えば、中王に滅ぼされた土地です」
「……なんで?」
「逆らったからです。小さな国、軍事力のない国では1日で落とされたところもあります。ですから、支配された国は、中王に両手をあげ、逆らう気がないところを見せながら、こうしてご機嫌伺いに行くわけですね」
「ぼっちゃま、口が過ぎますぞ」
運転手のつっこみに、サワダが吹き出した。
「何ですか、失礼ですね、二人とも」
「いや……悪い悪い。あんまり楽しそうだったから」
「ぼっちゃま、もうすぐ直轄地に入りますから。……イズミ中佐がいらっしゃらないと、誰もぼっちゃまを止めてくださらない」
「ごめんね、カトウ。君のとこのおぼっちゃまは、あんまりにも楽しそうだからさ、止めるのは申し訳ないんだ」
悪意があるのかないのか、ミハマさんは笑顔でそう言った。うーん……シュウジさんに悪意はあるけど、カトウさんにはないって所かな。
「もったいないお言葉です、殿下。どうか、ぼっちゃまのことをよろしくお願いします。ここでのことは、私の胸に秘めておきますから……。どうか……」
「うん」
この人は、信用できる味方ってことか。気のせいか「ぼっちゃま」の暴走を楽しんでるフシがあるけど。
「アイハラ、もうすぐ直轄地に入るから、気をつけてね」
「はい。……もうなるべく不用意なことは言いません……多分」
「君は自分では戦えないから、君を守れるようには手配しておくけど、気をつけて欲しいことがあるんだよ」
「はい?」
「敵も味方も、どこにいて、何をしてるか判らない。だから、その判断を自分でするために、気をつけて」
「どこにいて、何をしてるかって……よく判んない。誰が味方で誰が敵か、自分で決めろってこと?」
「そうだよ。オレは君の味方でいるつもりだけど、オレの味方が君の味方とは限らないし、オレ達の敵が、君の敵とは限らない。それは、オワリの国にいようと、中央にいようとね。だって、オレだって、そうなんだから」
「大変ですね。そんなの、辛いよ」
「そうでもないよ」
ミハマさんは笑う。華やかで優しく、でも、強い目で。
「敵も味方もいることは、幸せなことだよ」
中王の王宮の大きさに、開いた口がふさがらなかった。なんか、ゴシック調の重たい感じの外観だけど……(オワリの王宮10個分くらい?)でも、ニホンに建ってるのは違和感があるなあ。
それにしても、この場所って、お堀もあるし、もしかして?
「シュウジさん、ここって元皇居?」
「天皇制の時代の住居ですね。その跡地です。トウキョウはほとんど建物の面影はありませんけどね。こちらの建物自体は100年ほど前に修復されたものです。ま、これ以上は、どこで誰が聞いてるか判らないので、静かにしててください」
確かに……。
お堀の外に巨大な駐車場があって、そこには他の国の偉い人らしい人たちが続々と到着していた。さっきの話を聞く限り、他の国の人にも警戒をしておいた方がいい気がした。世界がそんな状態なら、諸各国もお互い、警戒しあっているだろうから。
それにしても、めちゃくちゃな数の車だな。オワリの国だけで乗用車2台、ミニバス2台、リムジン(王様用らしい)1台。これで他にいくつ小国があるか知らないけど、全部来たら、何台になるんだ。どんなワールドモーターカーショーだよ。軍隊仕様のミニバスはともかく、リムジンとか、乗ってきたワゴンとか、やたら高そうな車だし。
開いた口がふさがらないまま……。
「アイハラくん。これ、読みます?車の中でお渡ししようと思ったんですが」
シュウジさんに渡されたのは、「中王宮施設案内」と書かれた薄っぺらいパンフレットだった。
「何ですか、これ。観光施設じゃあるまいし」
「さっきも言いましたけど、ここでは研究が出来るんですよ。ですから、研究者志望の人や、正規軍を志望する人向けの案内書です」
「なるほど……そうすると、各国から優秀な人材が集まってくると」
「まあ、ほとんどはこのトウキョウに最初から住んでる人か、中王直轄地になった地域から来た人なんですけどね」
なんか、どんどんここにいるのが嫌になってくるな。早く元の時代に帰りたい。話を聞いてるだけで、感じ悪い。生きて行くには窮屈な気がする。だってオレ、災害前ってヤツを知っちゃってるもん。
「殿下、これからのご予定は?」
ミハマさんにそう聞いてきたのは、親衛隊長のキヅ大佐だった。出発前に紹介して貰った。今年50歳で、アイハラ大尉の親代わりだったそうだ。士官学校のお金もこの人が出してたって聞いた。
だからかも知らないけれど、オレに対する彼の態度は非常に微妙なものだった。良いともいえず、悪いともいえず。遠慮と、懐かしさと、悲しみがぐちゃぐちゃになっているみたいだった。
「ちょっと行きたいところがあるから。オレは明日のパーティ会場にいれば良いんだろ?王宮内にはいるよ。この中だけなら、サワダ中佐もいるし。それより、……彼を、どうする?時間はあるけど」
「いえ、結構です。あれはアイハラ大尉ではありません。サワダ中佐が確かに埋めました。私もその場にいましたから」
「そうだね。それも含めて、どうしたいって聞いてるんだ」
キヅ大佐は黙ってしまった。
この綺麗で華やかな、ともすれば子供のようにも見える少年が、老獪さを持つ軍人を圧倒しているように見えたのは気のせいだろうか。何も、そんな酷いことを聞いてるわけでもないのに。
「いえ、なにも。その少年がアイハラ大尉と別人であると言うことが判っていれば、それで良いのです。その少年は、殿下の管理下におくと言うことでしょう?元老院からはそのように通達がありましたが」
「とりあえずね」
「判りました。『とりあえず』ですね。では、親衛隊は待機しております」
「ついでに、王にもそう報告しといて。スズオカ准将とサワダ中佐はオレが連れて行くので」
キヅ大佐を含め、親衛隊は全部で4名着いてきていた。いつの間にか大佐の後ろに並び、ミハマさんに敬礼をする。その中にはカグラもいた。
親衛隊はそのまま、まわれ右して王宮の東側へと向かっていった。
「どこ行くの?あの人達」
「宿舎があっちの方にあるからさ。オレ達も、後で向かうよ。ところで君はどうする?」
いや、どうするって言われても、ミハマさん……?
「こいつ。この人に会いたい」
「……ちょっと待て、アイハラ。その雑誌、いつの間に持ってきてた」
開いたのは新島が載ってるページだったけど、自分が載ってるのがいやだったのか、サワダに取り上げられた。
「いいじゃん。よく読むと面白いよ、この雑誌。読者投稿コーナーとかあって。良いね、サワダ、アイドルみたい」
サワダから雑誌を取り返し、わざとページをめくる。
「もういい、こいつ置いてこう」
「あ、ひどい!ひどすぎる!」
「まあまあ。楽士殿の所に行こうか」
にこやかに、しかし、ちゃっかりオレから雑誌を奪い、ミハマさんは歩き出す。その後を、シュウジさんとサワダが無言で着いていったので、オレもそれに必死で着いていく。
ミハマさんて、意外とオレ様系?あの、我の強い人たちが、政治的なしがらみをさておき、ミハマさんについてるのも、よく考えたらおかしな話だもんな。絶対あの人、なんかあるって。ミナミさんはああ言ってたけど……オレもそう思ったけど。
ちょっと、おとなしくしてようかな。フリだけでも。
なんか、そういう意味ではミハマさんが一番厄介な気がしてきたし。……ものすっごく優しいし、いい人なんだけどね。
「ミハマさん。楽士殿って?」
「死神殿の別称だよ。彼女、名前がないんだ。だから、いろいろな呼ばれ方してる」
「……何で、楽士殿?」
「何かこういう式典があると、中王の要望でピアノを弾いたり、歌を歌ったりするんだ。オレは、あの人の歌は好きだな。テツも、そうだろ?君もピアノを弾くから、特に」
胸騒ぎがした。歌を歌う。新島が側にいる。
サワダは?どう、思ってる?
「別に、好きじゃない。悪くはないけど」
彼の素っ気なさ過ぎる態度に、思わず、胸をなで下ろした。
中王の王宮は、やっぱりめちゃくちゃだった。とにかく全てがでかい。オワリの王宮も大きいと思ってたけど、ここはとにかく桁違いだ。
入口を入ってすぐ、テーマパークのような広間が広がり、その先にはゴシック調の柱が連なる長い廊下が続く。柱の隙間から、緑が覗く。おそらくこの廊下の外は、緑豊かな庭が広がっているのだろう。
施設案内図によると、この辺りは応接用の空間になるらしい。こうして支配国の王が集められるときに使われる空間のようだ。軍の研究施設は、王宮の真ん中にある大広間を挟んで逆側にあるらしい。大広間より先は、軍事関係者以外立入禁止。かなり行きにくそうだ。
長く続く廊下や、途中にあるいくつかの広間には、別の国の王や王女らしき若い女性がいた。軍服や、着ているドレスなど、かなり文化が違うことも判る。
中王の支配で、文化が変えられようとしている。その影響もあるのかもしれないな、と思った。
何人か、ミハマさんに声をかける人たちがいた。ほとんどが女性だった。よく考えなくても、こんな世の中で裕福な大国の王子、しかも見かけもまさに王子様☆なミハマさんがモテないわけがなかった。オプションでサワダもついてるし。
そのサワダも、声をかけられていたけど、ほとんど聞こえないフリ。態度悪すぎ。
ミハマさんも、なるべく早めに話を切り上げては先を急いでいたけど。いつもこんな感じなのかな?
入り口から随分歩いた。広すぎてどこかよく判らなくなってしまったので、シュウジさんに案内図に載ってるどの辺りかと聞いたら、王宮の東の端だと教えてくれた。外にある森を抜ければ、ちょうどオワリの宿舎があるのだとも教えてくれた。
そこは、ドーム上の屋根がついた、屋外ホールのようだった。
60畳はありそうな円形のホールがひょうたん型に2個つながっていた。二つのホールは1mくらいの段差があって、階段でつながっている。上段のホールの真ん中に噴水があり、そこから階段の真ん中を通って、下のホールに水が流れ、池を作っていた。
周りを囲んでいたのは柱かと思いきや、白い壁に大きなスリットが入っていた。天井はとにかく高い。ホントに音楽のホールくらいあった。
そして、噴水から離れた、上段のホールの片隅にグランドピアノが置いてあった。そのさらに奥には、高そうなソファセット。
「あれ?いつもここにいらっしゃるんだけどな……」
噴水の脇できょろきょろと目的の人を捜すミハマさん。隣でシュウジさんが我慢できずに煙草に火をつける。
サワダは……?
「あんまり状態がよくねえな……。こんな水場付近に置いとくからだ」
ピアノを弾いていた。オレの知らない曲だった。
てっきり墓掘ったり闘ったりしてばっかで、練習してないかと思ったけど、オレが知ってる沢田よりうまいんじゃないかと思った。
「まあ、こんな所にあるにしては、手入れがしてあるけど」
「それはどうも、雄将殿。続けて?もっとあなたのピアノを聞きたい」
現れたのは顔を布を巻き付けて隠し、中王軍の制服に身を包んだ女性だった。
「……あんまり練習してないから」
「でも、あなたのピアノはとても強くて、私は嫌いじゃない」
せっかく死神が誉めているのに、サワダは無愛想だった。
「テツ。ピアノ、良かったら楽士殿と一緒に……」
「無茶言うな」
無茶と言うより、そんなこと、しないで欲しい。
だって、彼女は……。
「大佐殿!勝手にさっさと行かんでくださいよ!あんた自分の立場判ってんすか?」
「立場って何よ。好きなように動くだけよ、もう」
後から現れたのは新島だった。
オレの胸騒ぎってヤツは、意外と正確だった。
「コウタとカナは?」
「式典の準備に引っ張られていきましたよ。大佐殿も中王様に呼ばれてるでしょうが」
「良いよ、そんなの。この人のピアノが聞きたかったの」
彼女は……サワダのピアノの音が聞こえたから、急いでここに来たってこと?
「ニイジマ中尉、ですか?はじめまして、ですよね?オワリ国王子のシラカミミハマです」
あ、しまった!ニイジマに会いに来たんだった。忘れるところだった……。ミハマさんがオレのことを紹介しようとして、オレの腕を引っ張り、ニイジマの元へ連れてくる。
「こちらこそ。お初にお目にかかります。ご丁寧にありがとうございます。こんな若輩者の名までご存じいただけるとは。ニイジマトージ中尉です」
緊張した面もちで、ニイジマはミハマさんに敬礼をした。
「それで、こちらは……」
「存じております、有名ですから。王子付き守護のサワダ中佐と、軍師のスズオカ准将。……そちらは?」
「アイハラユウト……一等兵です」
「……一等兵?」
一等兵て、何?
「まあ、妥当なところですね」
いつの間にか隣に立ってたシュウジさんが、ぼそっと呟いた。
いや、判んないんですけど。
「一等兵を側につけているの?」
「……見習いみたいなもんですよ」
死神に説明するサワダのピアノを弾く手が止まっていた。なんか、ものすっごくみんなして誤魔化してるな、オレのこと。大尉じゃダメなのか?
「へえ。おかしな話。あんな大きな国の王子の側に、あんな戦闘能力のなさそうな子供をつけるなんて。なにか、他にあるのかしら?」
「いや、だから、ただの見習いですよ?えと、士官学校にこれから行かせて、文官待遇として……」
「そう」
死神が、ゆっくりと階段を下りて、こちらに近付いてきた。その怪しげな風貌とは違い、彼女の歩き方はまるでテレビのファッションショーで見るトップモデルが、さらに優雅に歩いているような感じだった。
顔が判らないのに、彼女の女性らしさを感じてしまう。
いや、オレは……多分彼女の顔を知ってるけれど。
「軍服、似合わないわね。軍人なんてろくな商売じゃないんだから、やめた方がいいんじゃない?えっと……」
彼女がオレの目の前に立つ。布で隠されていて、顔かたちは判らないけれど、何だかいい匂いがする。それは、オレがいつも感じていた、コーヒーに混ざっていたあの匂い。
「アイハラユウト……です。あなたは?」
「私?名前がないのよ。階級は大佐待遇。階級で呼ぶ人もいるけど、正規軍の組織からは外れてるしね。好きなように呼んで。楽師とか、死神とか呼ぶ人もいるわ」
何でだろう。偽名とかでも良いからつければいいのに。呼びにくいな。
「何で、死神?」
そう言ったとき、シュウジさんとニイジマが動いてオレを止めようとしたが、彼女は機嫌を悪くすることなく(というか、布の向こうで笑ったように見えた)答えてくれた。
「サワダ中佐と、同じ理由よ」
「一緒にしないでくれませんかねえ。オレは死神なんて呼ばれてないですし」
邪魔すんなよもう、サワダ……。
彼はいつの間にか彼女の後ろに立っていた。さっきからシュウジさんとニイジマがおろおろしてるのが見える。ミハマさんだけがニコニコしながらオレ達を見てる。
「……まだ、一人で掘ってるんですか?墓を。将軍は……?」
「今は、彼らが手伝ってくれるから。あなたこそ、最近いらっしゃらないですけど」
「国にも、ありますから」
なんか、いい雰囲気じゃない?二人。
お互い突っかかってたわりには。嫌な感じ。
でも、会話の内容は、ど暗いよな。墓を掘るとか掘らないとか。
「オレ、ちょっと出てるわ。あんまり動くなよ」
「うん。……大丈夫?」
「ああ」
しばしの沈黙の後、サワダはミハマさんに断ってこの広間から立ち去ろうと、廊下の方に向かった。こころなしか、顔色が悪い。
彼女は、サワダが立ち去る姿を黙って見つめていた。気を悪くしたようには見えないけど。
「……あ、父さん。いらしてたんですか?」
出ていこうとしたサワダと扉のところで鉢合わせたのは、彼そっくりの30歳くらいの男性だった。髪が随分長いけど……サワダの父さんだった。
「ああ、一昨日から。お前、ちっとも家に帰ってこないから、知らなかったんだろう?どうした?顔色が……」
「少し、体調が悪いみたいですから。おひとりでいらしてたんですか?サワダ議員」
サワダの父さんにそう言ったのはミハマさんだった。そのスキに、サワダは廊下を駆けていった。まるで、ミハマさんはサワダが逃げるのを手助けしたような……。
「お嬢ちゃん。コイツのために一曲歌ってくれよ」
「ここは場末のバーじゃないんですけど?サカキ元帥」
死神とサワダ父をのぞく全員に緊張が走り、彼らは揃ってサワダ父の後ろから現れた男性に敬礼をした。そんな雰囲気にした当の本人は、サワダ父の頭をべしべしと叩き、逆に怒られていた。
酔っぱらいのおっちゃんにしか見えんが、もしかして偉いのか……?
そう思ってたのが顔に出てたのか、シュウジさんがオレの側に来て、囁くように忠告してくれた。
「敬礼してください。中王軍で一番くらいに偉い人です」
マジっすか?!
だって、サワダ父ほどじゃないけど若いし(どう見ても40前)、いくらなんでも死神とか呼ばれるような女に「お嬢ちゃん」はないだろ?!彼女も喧嘩腰だし。
それに、何でそんな余所の偉い人が、サワダ父と仲がいいんだよ。
「……サワダ元帥、失礼ですがそちらの方は?雄将殿のお父上と言うことですか?」
「おお。そういや、息子もでっかくなったな。いくつだっけ?こないだ武術会で優勝したんだっけ」
サワダ父の肩にのしかかり、死神の話も聞かずに絡む様は、立派な酔っぱらいだが、着ている軍服は、ニイジマや死神が着ている物よりも、マントがでかかったり、肩章が派手だったり、ワッペンやら勲章やらが多くてゴージャスだった。
「18だよ、まだ。武術会もたまたまだ。ここに来ると、あの子と間違えられてめんどくさい。あんまり顔を出したくないんだ。それより、この子は……?」
「ああ、この子がオトナシのお気に入りだよ。良いぜ、この子の歌は」
「そう。この子が……。どうも、サワダテッキ、オワリ国元老院議院です」
サワダそっくりの顔で、全く違う笑顔で、サワダ父は死神にそつのない挨拶をした。
「あれは誰だ、お前に喧嘩腰のきれーな顔した子供は」
そんな二人の様子を無視して、サカキ元帥は暴走中だ。ナチュラルにミハマさんを指さした。一応、一国の王子なのに……。いや、このおっさんの方が偉いのか?よく判らん。
「オワリの国の王子だよ。喧嘩腰言うな。お前、ホンットに男の顏、覚えないね。一応、オワリは大国だよ?まあ、王子がオレに喧嘩腰なのは本当だけどね。……ねえ、王子サマ?」
「いえ、そんな。滅相もない。サカキ元帥、以後お見知り置きを」
彼はサワダ父の言葉を軽く受け流し、サカキ元帥に笑顔を向けた。
その様子に、何故かサカキ元帥は喜び、満面の笑みで「そーかそーか」と叫びながらミハマさんの肩を叩いた。
でも、なんかミハマさんがめっちゃ怖かったんですけど。なんで?
「お嬢ちゃん、オレがピアノ弾いてやるから、歌いな。元帥命令だぜ?」
サカキ元帥の言葉に、彼女は頷くことなく、階段を昇ってピアノの前へ向かった。
彼女の歌声は、オレに彼女の顔を確信させる、美しい物だった。