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第1話 世界を見る

 目が覚めたのは、見たことのない部屋だった。

 多分もう何も驚かないけど……。さっきよりはマシな対応が出来ると思うけど。


「気が付いたか?お前、スタバで倒れたんだよ」


 それは覚えてる。

 目の前にいる沢田は、さっき一緒にいた沢田みたいだ。

 オレはやたらデカイベッド(クイーンサイズってヤツか?しかも無駄に天蓋とか着いてるし)に寝てた。ここに運んでくれたのが沢田だとして、ここはコイツの家ってこと?

 金持ち?アラブの王様かよ!


「良かった。気が付いたみたい。ホントにアイハラそっくりだね」

「……?だれ?」


 沢田のトモダチかな?オレの知らないヤツだ。同じくらいの歳みたいだけど……。中世的な顔立ちって言うのかな。キレイって言う言葉が似合う男だ。

 なんだろ?変な違和感がある。

 ……そっか。この人は椅子に座ってるのに、沢田はその傍らに立ってるからだ。なんか、それが妙なんだ。


「なんだ、ミハマの顔は知らないんだ?まあ、あんまり人前に出ないしな」

「ミハマ……?」

「この国の王の一人息子だよ。名前も聞いたことない?」

「やっぱり王様かよ!」

「やっぱりって、何だよもう」

「だってこんな夢見心地な部屋に、こんなベッドて!」

「あはは。そんな風に見えるんだ」

「ミハマ、そこ笑うとこじゃねーし」


 そう言いながら、沢田は笑った。こっちのコイツの笑顔、初めて見たかも。

 何か、わりと神経質な感じでピリピリしっぱなしの沢田(オレの友人の方は穏やかだったけど)に比べて、ミハマさん(エライ人みたいだし)は何かニコニコしてて、空気がほわ〜っとしてる感じ。

 王子様仕様のカボチャパンツが素で似合いそうな、超キラキラ系美形(日本人ぽいのに、目とか髪とかの色が薄いのもまた女子にモテそうで不愉快)なのに、嫌味がない。

 う〜ん、育ちの良い本物のお坊っちゃんて、こんな感じかもなあ……。オレの通ってる公立高校じゃ、まず出会えんけどね。

 (だから中途半端おぼっちゃまの沢田ですら、結構浮いてたし)


「どうよ、このアイハラのそっくりさんの感想は?」


 そうミハマさんに聞く沢田。

 お前だってそっくりさんだよ!


「うん。でも、別の人だろ?」

「そりゃそうだ。アイハラは……」

「そういうことじゃなくて、彼はここにいたアイハラとは全然違うだろ?」

「でも、姿はそっくりだ」

「そんなことはどうでもいいんだよ。姿なんてものは、ね」

「でも、この姿はここにいる者を惑わす。そのための姿かもしれないし」

「……そんな、企んでるヒトが気絶するかな?」

「もうちょっとヒトを疑えよ、ミハマ!お前は特にここを治める立場なんだし!」

「別に全面的に信用したわけじゃない。オレはまだ、このヒトと話をしたわけじゃないし」


 黙って聞いてたけど、……信用してるから優しいわけじゃないのね、ミハマさんて……。


「彼の話、聞きたいな。何かテツやシンのこと、知ってるみたいだし」

「オレはこんなそっくりさん知らねえて」

「気絶した理由も聞きたいしね」

「てか、オレの話は無視かよ!」


 沢田のヤツ、振り回されてんな。思わず笑ってしまいそうだったけど、また睨まれても困るし、フツーにしとこ。

 今は、他にとるべき道があるはずだしね。


「オレの知ってる沢田は、ピアノばっか弾いてて、彼女にデレデレで、さっきのスタバに二人で何時間もだらだらしてるような男で……」

「待て!何をあることないこと言ってやがる!」

「テツ!ちょっと黙って聞きなよ。……それで?続きは?アイハラ」


 ニコニコしながらオレの話を聞くと言った。華やかな人なんだけど、壁がない。

 そして、この人を味方に付けるのが最善策な気がする。


「……妹がまた超可愛くて、しっかりしてんだ。父子家庭で、家事もしてる。名前は沢田柚乃」

「そうなんだ。ここにもユノはいるよ。テツの妹じゃないけどね。テツの彼女はなんて言うの?」

「ティアス。日系3世で、去年こっちに引っ越してきた。前はベルギー、その前は横浜にいたって言ってた」

「シンは?」

「オレは去年くらいから話すようになったんだけど、沢田とは前々から知り合いみたいで……スゲー仲良いよ」

「もういいだろ、ミハマ。十分だ」


 そう言ってオレを制したのは沢田だった。


「そう?オレは面白いからもうちょっと聞きたいな。だって、テツに彼女って、ありえないでしょう?」

「ありえないって……?ティアスとは出会って一ヶ月もしない内に付き合ってましたが!手ぇ早すぎ、って思ってたのに!!」

「あはは。テツから行ったんだ」


 笑うミハマさんに、隣でムッとする沢田。


「……はっ?!もしかしてあれですか、生理的に女は受け付けないとか……」


 気……気をつけなきゃ……。


「……この場で殺されたいんか、お前は?」

「まっ……待って待って!目が本気!優しさプリーズ!」


 ミハマさんの隣をキープしたまま、微動だにしないくせに、何でそんなに怖いんだよ、コイツは……。


「女のヒト、嫌いなんだよね、テツは。女のヒトがダメなわけじゃなくて」

「あー、そういうヤツのが女に騒がれますよねぇ」

「そうだね。よく騒がれてるよ」


 うーん。常にスマイルを忘れない人だなあ……。沢田は、何かカリカリしてて人生損してる感じがする……。

 しかし、ここでもモテるわけね、沢田は……。やっぱ若さと顔か!?

 何かヤナ感じだな。

 嫌なこと思い出す。


「……ティアス……は、いない?」

「さっき言ってた、テツの彼女?知らないや」


 沢田は首を振るミハマさんの肩に手を置くと、


「てか、もういいだろ、ちょっと気分悪い。こいつは、まるで見てきたかのように、別人の話を、オレ達の話のようにする。まるっきりウソを言ってるならまだいい。でもこいつは……」

「そうだね。嘘をついてるようには見えないね」


 ミハマさんの顔が、少しだけ険しくなった。オレはやっぱり試されていたらしい。

 とりあえず、オレがこの人達に「危害を加えない」っつーことだけでも証明しないと、生きて帰れそうにないぞ。少なくともあの沢田の様子と剣を見たら。

 死んだ人間にそっくりで、しかもそれを利用してお偉いさんの側近に近付いた。そう思われてるってことだしな。

 どうしたらいい?なんか、オレの話がホントだって証明出来るものは……。


「沢田……さん。これ、見てくれよ!オレの話がホントだって、証拠!」


 携帯に残してあった写メを見せる。修学旅行に行ったとき、沢田と泉とオレで撮ったヤツだ。こんなん残してるって思われたら恥ずかしいから、あんまり見せたくなかったんだけど。


「へー、こんな形の機種、初めてみた。小せえな。半分に折れ曲がるんだー。

目立つ色だなー、どこのヤツ?」

「そりゃーもう2年も使ってて型落ちになったけど……ってちっがう!!そ

こみんのかよ!?画像を見ろっ!」

「お前も乗ったじゃん。どう思う、ミハマ?」

「……なんか、正直あり得ない写真だけどね。でも、制服とか一緒じゃん。撮った覚えある?」

「ないよ。てか、シンが他人の写真に残ってること自体、おかしいよ。どこでこんな写真入手したんだか。よくできた合成かと思ったけど……」

「合成じゃないって!信用しろよもう!だから、オレの友達にホントにそいつらがいるの!それで、オレはここじゃない世界から来たんだよ!」

「ますます、わけの判らんこと言ってるぞ、コイツ」


 若干、うんざりした顔の沢田をよそに、ミハマさんは携帯らしいものを手にしていた。

 さっき、沢田が言ってたことはあながち冗談じゃないのかもしれない。

 ミハマさんが手にしていた携帯らしきものは、戦争映画なんかに出てきそうな、軍用レシーバーをそのまま小さくしたような、象が踏んでも壊れなさそうな無骨なデザインに、迷彩柄だった。(結構欲しいかも)

 少なくとも、そんなデザインの携帯は見たことがない。結構でかいし。


「シュウジが、アイハラのこと連れて来いって」

「そだな。シュウジに押しつけるか。もーなんか、オレ、考えるのめんどくさくなって来ちゃってさ」

「うそばっかり。……テツ、連れてってあげなよ。後の処分は任せるから。オレ、まだ色々仕事あるし♪」


 笑顔でそう言うミハマさんに、沢田は何も言えないようだった。

 てか、今度はどこに連れてかれるんだよ!!








 閉め切ったカーテン、かび臭い部屋、足の踏み場のない床を埋め尽くす無数の本。

 ていうか、扉を開けて、一歩も部屋に入れないんですけど?

 その中に当然のように埋もれている巨大な机と椅子に、かろうじて人がいるのが確認できる。

 寝ぐせそのまま、のばしっぱなしの長髪。あり得ないだささの黒縁眼鏡。何故か白衣!


「……沢田さん、この方は一体……?」

「うん、ちょっとマッドな研究者だ」

「何で研究者にマッドとか付くかなあ?!何でオレ、ここに連れてこられたかなあ?!」

「気にするな。わけの判らん事態は、わけの判らんヤツに任せるのが一番だ」

「聞こえてますよ、テツ」


 マッドな研究者は椅子から離れるつもりはないらしく、文句を言った後は黙って手招きをした。入ってこいってことらしい。


「アイハラ。その辺の本、蹴倒すなよ。そんな無造作に置いてあっても、国宝級のヤツとかたまに転がってるから。あと、並べてあるらしいから、一応」

「……床に置くなよ、もう」


 かろうじて人一人が通れる幅の獣道(と言っても本の荒野なのだが)を通り、堆く積まれた本にぶつからないよう、慎重にマッドな研究者に近付いた。


「なんだ、窓側は広いじゃん、この部屋……」


 机の近辺から窓側にかけては、結構片づいていたので、沢田と二人でそっちに回る。それにしても、暗い。カーテンくらい開ければいいのに。


「アイハラ、さっきの携帯貸せ。シュウジ!本読むのやめてこれ見ろよ。合成かどうか判断してくれ」


 沢田はオレから携帯を奪うと、シュウジさんに押しつけた。


「合成には見えませんけどね、少なくとも。それより、この携帯はどこで手に入れたんですか?随分カメラも小さいし……通信形式は似ていますが、これ、かけられるんですかね?」


 ……って、勝手に適当なナンバー打ってかけてるし!なに考えてんだ、人の携帯を!


「反応しませんね。この感じだと……」


 いきなりケースをこじ開けて分解しようとする。


「うわー!なにすんだあんた!壊れるだろ?!」

「大丈夫ですよ、すぐ直しますから」


 しかし、返す気配がない。


「それより、この携帯、おかしいですね。通信機器の発達しているトウキョウでも、こんなすごい型は無いはずですよ。話を聞いたとき、てっきり中王のスパイかなんかだと思ってましたが」

「中央?」


 どうも、かなり間抜けな顔をしていたらしいオレに、沢田がため息を付きながら


「なんか微妙に発音が違うな」

「だって、真ん中ってことだろ?中央」

「……まあ、間違っちゃいないけど。ホントに知らないのか?中王っては、空を統べる王で、世界の中心の王で、この世界のセントラル、すなわち中央そのものでもある存在だ」

「エライの?」

「一番エライよ」


 そのやりとりを聞いていたのかいないのか、マッドな研究者は椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。


「仮説ですが、パラレルワールド、と言うのをご存じですか?」


 そ……それだ!


「さすがだよシュウジさん!ただのマッド研究者じゃなかったんだ!オレが言いたかったのはそれだよ!星新一とか、藤子不二雄とか」

「……また、随分古典的な例えを持ってきましたね」


 ポケットに入れてた星新一の文庫本をシュウジさんに渡す。彼は興味深そうにページをめくった。


「あれか、平行世界とか言う奴だな。ほとんど一緒だけど、ちょっとだけ違う世界が可能性としていくつもあるっていうやつ。量子物理学の多世界解釈なんかが根拠になってるって言う、SF映画でありがちな。お前、映画の見過ぎだよ、そりゃ」

「しかし、現にアイハラユウトは死んでいます。それはあなたがよく知っているはずでしょう。死人はこの自称アイハラユウトと見た目では差は付けられない。そして、あるはずのない、あなたとシンが写った写真。それが、彼に他の世界があった証拠です」


 でも、パラレルワールドって、こんなに世界が違うもんなのか?

 なんかイメージだと髭の位置が違うとか、シャツの柄が違うとか、そんなレベルの話だと思ってたのにな。

 こいつらがそっくりなわりに、いくらなんでも、世界が違いすぎる。

 たしかに、いま目の前にいるのは、オレの友人だった沢田だし、泉だっているって言ってる。どうやら沢田妹もいるみたいだし。


「それに、ミハマが言ってましたよ、『彼は戦争を知ってるようには思えない』あなたもそう思っているでしょう?」

「しかし、その仮説を信じろっつーのもなあ」

「沢田鉄人、父は沢田鉄城、妹は柚乃。子供のころからずっとピアノを弾いていて、それを教えたのは佐藤愛里さん。ティアスって彼女がいる。いつも不機嫌、すぐ怒る。でも、良いヤツだ。泉真、家族構成は不明。いつも違う女と歩いてるけど、多分本命は南紗来さん。彼女にだけは頭が上がらないのを見たことがある。モデル系のクールビューティ。泉は秘密が多い感じ。すぐにいろんなことを誤魔化す。……オレが知ってる沢田と泉はこんな感じ。あってる?」


 シュウジさんはにこっと笑う。無精ひげが多少汚いが、それも何だか味があるように見えてきた。


「大体合ってますね。彼女がいることと、ユノが妹じゃないことくらいでしょうか。サラとシンのことも、よく知ってますねって思いますよ。パラレルワールド説を私は押しますけどねえ」

「でも……シュウジさん。変だよ。オレのいた世界は日本に白夜なんか無かったし、こんなコスプレ……もとい、大剣をもって歩いてる学生はいないよ。てか、フツーはいない。中王なんてヤツも知らないし。漢字で名前言おうとしたら変だって言うし。違いすぎないか?戦争なんか知らないよ」


 沢田は何も言わない。

 もしかしたら、沢田は最初っからオレのことを気にかけてくれていたんじゃないかって思う。

 オレの不安と恐怖を、遠くからそっと、眺めているような。傷つけないよう見ていてくれるような、そんな感じさえした。


「パラレルワールド説だとして、何でこんな戦争なんかしてる世界に来たんだ?お前の世界は平和だったってことだろ?なんか覚えてないのかよ」

「……なんか、記憶飛んじゃってんだよ。確かあの時……」


 ティアスに会いにスタバに行ったんだ。

 放課後、沢田が内申書の件で先生に呼び出されてたのを確認して、原付で急いだ。

 彼女はいつも少しだけ早めに来て、いつもの席で沢田を待ってた。それを知ってたから。

 あいつらがつき合ってるのも判ってたけど、それでも彼女と一緒の時間を過ごしたかった。

 彼女はいつも通り、彼を待っていた。

 それでも、オレを見て、快く向かいに座らせてくれた。

 貸していた文庫本を返してくれた。嬉しそうに、ありがとうと言ってくれる。

 センター試験が近いから、苦手な数学をやってるのだ、と。もちろんオレはそれも承知の上だ。

 得意だから、教えてやるよ。そう言って彼女に近付く。

 ……それから、なにがあったっけ?


「アイハラ、何で顔がにやけてんの?妄想入っちゃってる?」

「うわ!ごめん、沢田!ティアスとは別に何も、悪気も下心もないです!」

「下心って、お前ね」

「ああ、違った。あっちの沢田だった。こっちの沢田は女の子に関心ゼロだったっけ」

「ゼロじゃねえ。失礼な。てか、お前一言二言多いぞ!」


 騒ぐオレ達を横目に、シュウジさんはカーテンを開き、窓を開け、煙草に火をつけた。


「まあ、ゆっくり思い出してください。一服してますから」


 部屋の中とは対照的に何もない真っ白いテラスに出る。白く塗られた木の椅子とテーブルに悠々と腰掛け、ここだけまるでリゾート気分だ。白衣のマッドな男は全くもって似合わない。


「景色は……似てたんだけどな。ここ、どこだろ?市内で見たことある気がするんだけどな……。林と、お堀と……」


 まっぷたつに別れた地面と、その上に無惨に残るあれは……


「もしかして、あれ、名古屋城?」


 ってことは、ここは位置的にウエスティンホテルだ。でも、城が壊れてるなんて……そんなこと。

 いや、もしかして、よく探したらあるかも。

 テラスから乗り出し、外の景色をぐるっと確認する。この建物、でかすぎ。


「あ、あそこに小さく見えるのが名古屋城?」

 

 ……て、んなわけないか。どう見たって市役所だ。

「ナゴヤジョウてなんだ。ありゃあ、オワリの王立役場だよ。オワリの宮殿はここ」

「尾張って……尾張城なんてあったっけ……」

「前言、撤回します」


 白い机の白い灰皿に煙草を捨て、新しい煙草に火をつけながらシュウジさんは続けた。


「パラレルワールド説は取り消します。平行世界と言うには無理がありますから」

「お前さっき、パラレルワールドって言ったじゃねえか。やっぱりコイツがウソ付いてるってことか?」

「何でそうなるんだよ!嘘なんかついてねえって!証拠見せたじゃんよ!」


 今にも掴みかからんばかりの勢いの(ていうか、じっさい胸ぐら掴んでるし)沢田を気にもとめず、シュウジさんは煙草を噴かし続ける。


「納得のいくように説明してください、シュウジさん!ていうか、助けて……」


 無視して煙草をふかし続けている……だけかと思ったけど、なんか、目がうつろだ。超怖え……。


「あー、もういい。コイツ、まだ考えがまとまってないだけだ」


 オレから手を離し、ため息を付きながら、テラスにもたれかかる。

 考えがまとまってないなら、思わせぶりなこと言うなよ、もうー。


「それより、思い出したか?こっちに来る前のこと」

「何だよ、信用してないんじゃなかったの……ではないですか?」


 いいながら、そうっと沢田から距離をとる。


「お前、判りやすく卑屈になるな。別に良いよ、タメ口で。戦闘能力無いヤツには暴力振るわない」

「……そう言うとこ、やっぱ沢田なんだよな……。その無駄な漢気!箱入りのせいか、妙に古風だし」

「……それ、誉めてんの?」


 わー、すっげえいやそう。


「誉めてる誉めてる。めっちゃ誉めてる。ティアスもそう言うとこが好きみたいだし」


 何故か、ますます顔が険しくなった。


「どんな女、それ?写真持ってる?」


 さすがに、自分の彼女だって言われると気になるモンなのかな。オレだったら悪い気はしないと思うけど、何でコイツはこんなに嫌そうな顔なのか。


「人の女の写真なんか持ってるわけないし」

「いいや、絶対持ってる。お前、今日何回その女の名前を言った?『人の女』っつーわりに気にしすぎなんだよ」

「……沢田のくせに鋭い」

「くせに、ってなんだ。早く出せ」


 あくまでも命令口調か、このオレ様は。


「自分のことは、とことんまでに鈍いんですけどねえ」


 煙草、三本目だよ、シュウジさん。


「うるせえ!10年、女がいないヤツは黙ってろ。てか、さっさと結論出せよ」

「9年3ヶ月です!女嫌いは黙ってなさい!」


 ……10年前は彼女いたんだ……。


「シュウジさんて、いくつ?」

「33」

「まだ32です!」

「どっちだって一緒じゃんよ。いいから、オレにも煙草ちょうだい」

「一緒じゃありません。ガキがこんなモン吸うんじゃありません。なにが『いいから』なんですか」


 シュウジさんが怒鳴るのを無視して、勝手に2本抜き取り、オレに1本くれた。


「沢田、ライターが無い」

「くわえてろ、つけてやる」


 言うとおりにすると、沢田はオレの煙草を軽くつまみ、すぐ離した。

 何故か火がついていた。

 驚きもあったけど、思わず、顔が綻んでしまう。


「手品?」

「みたいなもんだ、この程度なら。種明かしはしないけど。企業秘密だから」


 そのときは、単純にすごいって思ってた。


「写真、見せろよ。別に減るもんじゃなし。燃やすぞ?」

「……脅してるじゃん。まあ、良いけどさ。こっちにいないみたいだし」


 いたとしても、こっちの沢田なら、興味を持つこともなさそうだし。

 しょうがないから、携帯のメモリを探して沢田に見せた。


「顔がよくわかんねえよ、この写真。こっちの男は見覚えがあるけど」

「あー、これ、新島が前に入ってきてティアスにかぶってるヤツだった……」


 もう一枚、オレと一緒に撮ったヤツがあるけど、さすがに恥ずかしくて見せられない。


「ニイジマっつった?この男」

「見覚えあるって言ったよな?新島もいるの?こっちに」

「この国じゃない。中王直属正規軍の中尉だったかな?士官学校の卒業も早かったけど、出世も異常なスピードだとか言ってたな。雑誌にも載ってた気がする」

「雑誌?」


 なんで軍人が雑誌?

 オレの疑問を無視して、沢田はシュウジさんの部屋から雑誌を2、3冊持ってきた。


「テツ、返して置いてくださいよ、ちゃんと」

「わーってるよ。えっと……たしかこの辺のページに……」

「うっわ、なんで沢田も載ってんの?なんかグラビアっつーか、アイドル雑誌みたい」


 終始むっとした顔の沢田が、4ページに渡って特集されていた。載ってる単語の暑苦しさとファンタジーコスプレがなければ、完全にただのアイドル雑誌だ。


 オワリの国を守る炎の雄将、サワダテツヒト

 麗しき王子の美しき守護神

 中央武術大会での華麗な剣技。来年の優勝もこの人で決まり。


 うーん、暑苦しいっつーか、歯が浮くな。雑誌のタイトルも「剣聖」だし。なんか、すげーノリだな。ついていけん。


「なになに、『今年の武術大会の優勝は、黒髪黒目の知的な風貌の美少年だった。今大会が初出場ながら、2回戦の時点で既に多数の女性ファンが付き、大会を華やかなものにしていた。しかし、彼はいたってクール。ファンの声援にも、インタビュアーの熱意にも答えることはない。その風貌から漂わせる雰囲気そのままに、彼は硬派な男だった……」

「だーっ!もう、何をでけえ声で読んでんだ!恥ずかしい!見るページはそこじゃねえ!」


 予想通り、真っ赤になって怒ってやがる。沢田は目立つこと嫌いだからな。

 からかい甲斐があるんだか、ないんだか。

 しかし、美少年。間違っちゃいないが、むかつくな。


「なんだよ。こんだけ写真撮られといて、悪い気はしないんじゃ……。てか、スタバで言ってたこと、あながちウソでもないんだな」

「好きで撮られたんじゃねえっ!それにその雑誌はトウキョウの中心部と、トウキョウに出入りしてる各国の上流階級くらいしか見ない雑誌だから、町の人は(マニア以外)まず見ない。いいから、こっちのページだ」


 なんだ、つまんない。

 次に開いたページには、まさに新島が写っていた。しかも、こちらは完全に『軍服』を着ていた。


「コイツだろ?さっきの写真。友達?」

「うん。なあ、新島にも会いに行ってみてもいいかな?東京にいるの?」

「うーん。多分な。……しばらくは直轄部勤務って書いてあるから、中王のお膝元にいるみたいだな。まあ、お前の正体が分かってからだけど」


 その話、やっぱり忘れてなかったわけね。


 オレ、別に何もしないから、もう自由にしてくれよ。

 パラレルワールドでも何でも良いよ。


 いいから元の世界に帰りたいよ。


 タンっと音を立て、シュウジさんが煙草を消した。完全にわざとだった。


「アイハラくん。結論から言いましょう。ここは君がいた世界です」


 シュウジさんが何を言ってるのか、オレにはよく判らなかった。


「しかし、あなたは嘘をついていない。それも本当です」


 じゃあ何でこんなことに?オレも世界も嘘をついていないのなら、このズレはいったい何なんだ?

「……シュウジ、詳しく話せ。そう言うからには、何か根拠があるはずだ」

「ええ。とりあえず、アイハラくんを椅子に座らせてあげてください」


 シュウジさんがあいていた椅子をオレのそばまで運び、沢田がオレを支えるようにして椅子に座らせた。彼の力を感じたとき、初めてオレが「何とか立っていられるだけ」の状態だったことに気付いた。


「アイハラくん、私の声が聞こえますか?」

「……聞こえてます。シュウジさん、オレに判るように説明してください。なんか、混乱しちゃって……どういうことですか?」

「アイハラくん、君のいた世界では、暦をなんと言ってましたか?」

「西暦とか平成とかの元号ってこと?」

「まあ、そうですね。平成は和暦に当たります。西暦というのは地殻変動以前に使われていた紀年法ですね。あなたにはその方が判りやすいでしょう。今、あなたが別の世界だと思っているこの場所は、西暦で言えば2500年ごろに当たります。現在は使われていない元号なので、正確な年数は知りませんが。ですから、あなたはパラレルワールドに来たわけではなく、タイムスリップをしたわけですね。何かのショックで」


 パラレルワールドも充分すぎるほどショックだけど、タイムスリップて!?別世界なのは一緒だよ!500年も経ってんなら!


「なんで、そんなこと言えるんですか?何かのショックって……」

「500年前、この星の環境を覆すほど、大きな地殻変動が起こりました。それに伴い、ほぼ全ての都市が壊滅。この国も例外ではありません」


 壊滅……?


 思わず沢田の方を見てしまったが、彼はただ目を伏せた。


「生き残ったものは僅かでした。しかし、何とか復興し、今に至っています。500年……いえ、300年ほどかけて文明を取り戻したのです。この国はその時の生き残りが出来る限り元の状態のまま復興させようとした結果こうなったのです。その際、あの壊れた城などはあの災害を忘れないために残されたものです」


 この国が、そう言う歴史をたどってきたのは判ったけど……。


「でも、オレの国のことじゃないかもしれない。違う国の歴史かも」


 シュウジさんは悲しそうに微笑んだ。 


「だといいのですが、根拠があります。1つ、あなたはあの崩壊した遺跡の元の状態を知っている。そして、崩壊したことを知らなかった。2つ、この街の作りを知っている。3つ、あなたはあの災害を全く知らないのに、この国の過去を知っている」

「過去って?」


 彼は部屋に戻ると古びた(と言うよりぼろぼろの)本を持ってきた。本よりひとまわり大きい、透明な密閉容器に入れてあった。


「あなたが見せてくれた作家の本ですよ。何度もリメイクされて世に出る内に、物語を知る人は多くても、誰の作品かは判らなくなってしまった。おとぎ話のようなものです。地殻変動前の貴重な資料です。なかなか、目にする機会はないんですよ。あなたは、貴重なものを持っていた」


 年月を経てはいたけれど、はっきりと読みとれる。オレの持っていた本と、全く同じものだった。思わず、発刊日も確認するが……オレの持ってたヤツの3年後。確かにオレも古本で買ったけど……。


「じゃあ、沢田の写真とか、泉のこととか……」

「それこそまさに、パラレルワールドの否定です。確かに似ているし、関係性も近い。しかし、姿形が似ていても、性格や言動が同じようでも、生き方は全く違うでしょう。少なくとも、ここの連中は例外として、シンはカンタンに他人に写真に撮られるようなタイプではありませんし、彼が男の友人と連む姿は考えにくいですね」

「じゃ、なんでこんな、そっくりさんが」


 こうなったら、逆に沢田にも何か言って欲しかった。

 でも彼は、彼の優しさで、ただ黙っていた。


「ここからはあくまで仮説です。輪廻転生、と言う考え方を知っていますか?肉体は滅んでも霊魂は永遠に消えず、再びこの世に生まれ変わる。災害前にあったある宗教の言葉です。様々な解釈があるかと思いますが、平たく言ってしまえば生まれ変わりのことを指しています。生まれ変わった魂は、前世でのことを覚えてはいないですが、同じような存在になると。それは男が女になるかもしれないし、虫や動物かもしれないけれど」

「シュウジさんは、オレの知ってる人たちは、生まれ変わりだって言いたいの?」

「ええ、まあ。そんなものでしょう。そっくりかもしれないけど、全く違う人生を歩む、別人。そっくりだと思ってるのは、おそらくあなただけです。テツの様子を見る限りは。そしてあなたも我々から見れば、ただそっくりなだけの別人です。あなたの場合、別人過ぎですがね」


 そうだよな。

 ここには、別の「アイハラユウト」がいたんだ。

 そいつは、サワダの手で埋められたんだ。


「ねえ、シュウジさん。何かのショックって言ったよね。その原因が分かったら、オレ、元の世界に……時間に帰れるのかな?」

「かも、しれませんねえ……。確証のない話です」

「……そのうち、地殻変動で、一旦滅びる世界だと判っていて、何で帰るんだよ?」


 いやだな。その、まっすぐな感じ。サワダはそう言うところがずるい。

 責めるような。だだをこねるような。

 でも、あっちの沢田とこっちのサワダが別人だと思ったら、本当にきっちり別の人生を歩んできた他人に見えてくるから不思議だ。


 こっちのサワダはひどく不器用で、ひどく優しい。

 オレの扱いと立場が違うからかもしれないけど。


「別に、すぐ地殻変動が起こるわけじゃなし。それに、生き残った人もいたわけだろ?もしかしたら生き残るかもしれないじゃん?」


 それに、ここには誰もいない。

 友達も家族も、……彼女も。

 また、彼女の隣に戻りたい。


「だいたいさあ、オレ、この世界は無理、あり得ない。オレがいた時代は、戦争なんか遠い国のお話だったわけ。そんな、手から火を出したり、後ろに剣背負ってたり、マッドな研究者がこんなでかいとこに住めるような時代じゃないの!」

「最後の関係なくありません?!アイハラくん一言多いですよ!」


 一応、自覚はあるんだろうか、この人。


「大丈夫だ。この時代でもただのマッドな人はこんな所に住めないから。こいつはこう見えてこの国の王の親戚なんだ。一応、軍師だし」

「あ、そーなんだ。納得。でも、オレ、戦争は無理だよ」

「判ってるよ。見れば判る。なーんにもしてこなかった顔してるよ、お前は」


 それはそれで失礼では?


「それに、戦争がないってことは、海とか空とかからやってくるでっかい獣みたいなのと戦ったりはしたこと無いよな、もちろん」

「……すみません、初耳なんですけど!」


 今度は思わずシュウジさんを見てしまった。


「説明しましょうか?」

「……聞きたくないですけど、説明してください」

「仕方ないですね。歴史を紐解くとですね、魔物の出現は……」

「地殻変動が悪いんだよ、地殻変動が。史実に残ってる話から、地殻変動とほぼ同時に、海とか空から人にあだなす獣が現れたってわけだ。ちなみに、それと一緒に空と世界を統べる王もな」

「テツ……!私の仕事ですよそれは」

「いいじゃん。お前の説明は長いんだよ。こいつは奴らと戦えるわけじゃなし、細かいこと知ってたって仕方ないだろ」


 だめだ!この世界は明らかにオレの肌に合わない!野蛮だよ。無理無理!

 思わず首を横に振ってしまう。


 しかし、サワダはホントに口が悪いな。どこまで行っても。

 引っかかる言葉をいっぱい言う。


「戦う気はないけど……。戦争って、その魔物としてるの?細かいこと知ってたら戦えるわけ?」

「魔物とばっかりじゃないさ。他国との関係もあるし……今、この国は中王の支配下だし。人間とももちろん戦争する。相手が魔物だろうと、人だろうと、戦争するなら情報は大事だろ?」

 

 うーん……なんか誤魔化された感じがするな。


「とにかく、オレは帰る!」

「どうやって?」

「シュウジさんが調べてくれるさ!(多分)」

「あなた、なに勝手なこと言ってるんですか……」


 あ、嫌そうな顔だな。大体、さっきから煙草何本吸ってんだよ。


「調べてくれないんですか?オレ、多分他にも色々興味深いもの持ってますよ?」

「……まあ、良いですけどね」

「じゃあ、その間ここでお世話になるってことで!」

「お前、なに勝手なこと言ってんだ!大体、ここに連れてきたのはお前が怪しいからであって……」

「いいじゃん。オレが帰る場所がないって知ってるのも、そう言ったのもシュウジさんだし。そっくりさんを養ってたわけでしょ?」

「……シュウジ……」

「私は知りませんよ。連れてきたのはあなたでしょう?この子の話を聞くように言ったのはミハマですし」


 サワダはわざとらしく大きなため息を付いた。

 その程度の嫌がらせなんか、何とも思わないし。

 こんなわけの判らんまま、はいそーですかと放り出されても困るし。


 オレはただ、戻りたいだけなんだから。

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