表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

交流(1)

通学路。見知らぬ制服を着ていると、注目を浴びる。

新しい制服は、まだ届いていない。

少なくとも後一週間は都会(むこう)の学校の制服でいなくてはいけない。

別に注目されるのが嫌な訳ではない。

街に出掛けては、音に当てられて道ばたでうずくまる事もあった僕は、もうすでに奇異の目で見られる事に慣れている。

問題は、話題のネタを作っている事によって喧噪が増す事だ。

大勢の声が一斉に、僕を撃つ。気持ちが悪い。

それでも、やはり田舎(こっち)に来た事は正解だったかも知れない。

人が少なく車が少ない分、一定以上に騒がしくなる事はないから。

これが都会(むこう)だったら既に嘔吐しているだろう。

このくらいなら、我慢も立つ。

僕がそう思っていると、背後から凄まじく甲高い声が聞こえてきた。

「せやからな。やっぱウチとしてはチョッパーとしてベースやりたいんやって!ピックより指の方が心に響くんや!」

聞き覚えがある。この声は、昨日の少女の声だ。

「ってかお前、マジでベースやるつもりか?ベースはかなり力がいるんやで?」

「だってぇ、ギターてなんか軟派な感じせぇへん?やっぱ硬派なベースがやりたいで」

「せやったら、ギターベースにすりゃええんとちゃう?あれやったら女の細腕でも弾けるし」

「アカン。アカンわ兄貴。全く分かってへんな」

騒がしい関西弁の二人組は、僕の横を通り過ぎていく。

少しだけ、気分が悪くなってきた。

「モモちゃん、張り切ってますね」

「まぁ、学祭も近いしな。やる気になるのはいい事だ」

さらにその後ろにいた、メガネの少女と大男が通り過ぎていく。

やはり、昨日の四人組の様だ。茶髪ウルフにボブ、田舎ヤンキーにポニーテール。

「……何なんだ、アイツら?」

誰にでもなく、僕は呟く。









教室は、朝の賑わいを見せていた。

飛び交う声と音。

僕は僕専用の精神安定剤(トランキライザー)を取り出し、耳に当てて再生する。

今日は気分的に、ショパンの『華麗なる大円舞曲』にした。

軽快な音が、僕の身体に浸透していく。

やはり音楽は落ち着く。音を楽しむとは、先人もよく言ったものだ。

世界に満ちた色褪せた雑音とは違い、世界を彩る音楽。

これがなければ、僕はきっと生きていけない。

席に座り、鞄を掛ける。

何気なく窓の外を見てみると、先日の少女が校門をくぐっている姿が見えた。

名前も知らない少女は、一人でいた。

当然だ。昨日、少しだけ話して分かった事だが、彼女は常に人を寄せ付けないオーラを発していた。

まぁ、僕には関係のない事だが。









HRの後、凪先生に昨日のサボりについて軽く叱られた僕は、授業に励んでいた。

前にいた学校より学習内容が少し遅れていたので、余裕を持つ事を覚え、僕は斜め前の席に目をやる。

腰まである長い黒髪の少女は、全く微動していない。

真面目に板書している訳ではないらしい。

「(……なぁ、オイ。転校生)」

何もせずに惚けていると、隣からシャーペンで肩をつつかれた。

振り向くと、僕の隣の席に座っている男子生徒は、間違いなく今朝の男。

「(転校初日にサボるたぁなかなかやるな。何してたんや?)」

なれなれしい男である。

とは言え、訊ねられたからには答えなくてはいけない。

僕は教師に視線を移し、熱心に黒板に古語を書き込んでいる事を確認し、隣の男に向き直る。

「(気分悪かったから、屋上で休んでた)」

「(屋上?って事はアレか。春日部(かすかべ)も一緒やったんちゃう?)」

「(春日部?)」

「(俺の2つ前の席の女。なっがい黒髪が幽霊みたいな)」

このウルフヘッドの話によると、黒髪の少女の名前は春日部(かすかべ) 奈緒(なお)と言い、いつも一人で屋上に佇んでいるんだとか。

「(……ってか、今更だけどアンタ誰?)」

「(あ?自己紹介してへんかったか?)」

してない。

「(俺は(とどろき) 祐一(ゆういち)。部活は軽音してん)」

「(軽音か……)」

そう言えば、昨日はピックを口にくわえていた気がするし、今朝は妹らしき人物とベースについて話していた。

「(妹とかいる?)」

「(おう。おるで。ここの一年で(すもも)言うてな、生意気やけどそこがまた可愛いんや)」

写真見るか、と祐一は定期を出してきたが、僕は丁重に断る。

常に写真を持ち歩くとか……どんな妹溺愛主義(シスコン)かと問いたい。

そうこうしている内に、授業終了の鐘が鳴る。

「いやぁ、終わった終わった。今日も一日ご苦労さんって自ら褒め讃えたいわ〜」

「まだ一限が終わっただけだけどな」

背伸びをする祐一に、僕は呟く。すると祐一が、

「アカン!人のノリツッコミを殺したらアカンで自分!」

何故かキレてきた。

あまりの急事態に呆然とする僕だが、祐一は続ける。

「今んトコは、俺がノリツッコミする筈だったんやで!?それをまァあんなヌルいツッコミで殺されたら、俺は死んでも死にきれへんっちゅうに!」

「いや……死ぬなよ」

「だから殺すな言うとるやんけ!またノリツッコミ潰しやがって!自分、笑いなめとらへん!?そんなんじゃ登竜門はくぐれへんぞ!!」

祐一の叫びに、気付けば周囲が拍手をし始めた。

彼らの目はまるで漫才を見ている客の様で、僕は凄まじく逃げ出したい。

「ええか!?自分にはこれから俺がつきっきりで笑いの何たるかを教えてやる!俺について来いや!」

「……ってか、どうして僕がこんな事態に巻き込まれて」

いや本当に。本気で事態がよく分からない。

困惑しまくる僕に構わず、祐一の暴走は更に拍車かかる。

「見ときいや皆の衆!俺はこれから一ノ瀬を立派な芸人にしてみせるさかい!」

その言葉で、教室中が沸く。事態が大事になっていく。

(何なんだ、コイツは……どうにか話を収めないと……)

と、そこまで考えてふと思う。

(ノリツッコミを潰されただけなのにこの大がかりな展開……待てよ。

これはボケか?どうでもいい事で盛り上がるというタイプのボケなのか?)

だとすれば、生半可なツッコミでは抑えきれない。

この場合、『別にお笑い狙ってないし』か?いや、こんな中途半端ではこのボケを殺してしまう。

また祐一が騒ぎだす。それだけは何とかして避けねばなるまい。

「……て言うか、ボケるなら普通にボケろよ」

「あ、分かってたん?いやぁ良かったわ止めてくれて。このまんまじゃ収集つかんトコやったし」

ニヘラ、と祐一が笑う。何とか事態が鎮まった様だ、僕は胸を撫で下ろす。

クラスを見渡してみると、笑ってる人とよく分かっていない人が半々いる。

あそこまで高度なボケならこの結果も仕方ないだろう。

「……っつーか、分かりづらすぎる」

すでに周りの友人達と和気藹々と話し込んでいる祐一は、僕の呟きを聞いてはいなかった。









四限目も終わり、全校が一斉に昼休みムードに切り替わる。

机を合わせて弁当箱を取り出す生徒、談笑しながら教室を出ていく生徒。

祐一は後者なのか、鞄から財布を取り出して立ち上がる。

「ほな、行こか」

「は?僕?」

「他に誰がおるん?俺、部室で食うんや。一ノ瀬も来ぃや」

……本当になれなれしい奴である。

「いや、僕はいいよ。……騒がしいの苦手だから、屋上で食べるよ」

誰も来ない場所という事は昨日確認した。

まぁ、若干一名いはしたが、無口な奴だから別に気にならない。うるさくなければそれでいい。

「……だから、僕は遠慮するよ。部活の人を誘い……轟。何だその面は?」

見れば、祐一は顔をひきつらせて身を強ばらせている。

「寒ッ!寒い!何や今の!?澄まし顔で『騒がしいの、苦手だから……』うっわぁ寒!天然や天然!!」

「……何だよそれ。意味分かんないんだけど」

反応の意味も『寒ッ』の意味も全く理解できない僕としては、そろそろコイツのテンションに引く頃かなと心底思う。

「まぁそれはともかく、ええやんええやん。たまには騒ぐのも楽しいで」

「だから嫌だって言ってるだろ!?」

「あ、それともアレか〜。『春日部と一緒にご飯食べたいの〜』って事か〜」

「違う!」

「こりゃ失敬失敬。ほなら俺は消えたるわ。気ぃ遣わせてすまんかったなぁ」

ケラケラと笑いながら、祐一は去ろうとする。

果たして、奴に誤解を与えたまま野放しにしていていいのだろうか。

一限終了時のクラスを見る限り、奴はかなりのムードメーカーで、かなり人望がある。

しかもやたら軽薄な印象もある。

誤解を広めてそのまま真実にしてしまいそうな風潮すらある。

だが嘘と発覚した時、後でガッカリさせるのは僕になるだろう。

しかも春日部 奈緒はただのとばっちりだ。

……これは何か?転校生イジメって奴か?

僕は祐一の肩を掴み、無理矢理振り返らせる。

「……僕も行く」

そう答えた時に見た、祐一の満面の笑顔が網膜に焼き付いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ