第3章3
‘客’は、程なくしてやってきた。
「だ、だ、誰だ!?」
茂みの中から、ひょっこり顔を出した‘客’は、カナとダンに気が付くと、剣を向けてきた。
20代前半と思しき男である。麦の穂を象った紋章入りのピカピカの甲冑を身に着けている。金髪碧眼で、なかなかの美青年だが、どこか情けなさそうな顔をしている。その上、体はフラフラで、構えた剣先が震えている。疲労困憊なのは、一目で見て取れた。
カナもダンも特に警戒はしていない。突然、斬りかかって来られても、難なく対処できる自信があったからだ。
「ただの旅の者だ。お前の敵じゃない。」
そんな言葉に安心したわけではないだろうが、それ以上の気力は続かず、男はへなへなと地面にへたり込んでしまった。
「おい、ダン。」
カナは親指で男を指さした。
回復してやれと言いたいのだ。
ダンは、自分が魔術師である事を他人に知られるのを好まない。どこの誰とも知れぬ男の回復などしたくはないのだ。しかし、どこかカナに逆らえないところのあるダンは、溜息を吐きながら、男に回復魔法をかけてやった。
男の疲労はみるみるうちに消え去った。
「これは…回復魔法!?貴方様は賢者様なのですか!?」
男はダンに向き直った。
‘賢者’とは魔術師の尊称である。魔術師は一般的には‘賢者様’と呼ばれるのだ。
「一応な。」
ダンは無表情に答えた。
「あの、私はレプトスピラ王国の騎士ナトリウム・チャネルと申します。」
男がレプトスピラ王国の騎士である事は、言われる前にわかった。男の甲冑にある麦の穂を象った紋章は、レプトスピラの国章なのである。
「俺はダン。こっちの女はカナだ。」
一応の礼儀として、ダンは名乗り返してやった。
「あの、失礼ですが、姓は?」
魔術師であれば、必ず姓がある。そして、よほど親しい間柄でない限り、魔術師の事は姓で呼ぶのが礼儀なのだ。