第1章13
ダンの左手が、スッと淡い光を放った。
それを自分の額のあたりに持っていくと、自分で出した火炎魔法で僅かに焦げた前髪が、元の通りに再生した。回復魔法である。
ダンは念のために、ちらりとカナの様子も確認したが、回復魔法の必要はなさそうだ。かすり傷ひとつない。
「ダン…あんた賢者だったのか!?」
しばらくの間、呆然と立ち尽くしていたオルソが、やっとの事で、声をあげた。
‘賢者’とは、魔術師の尊称である。魔術師は一般的に‘賢者様’と呼ばれるのだ。
「‘俺は戦士だ。魔術師じゃない。’なんて、一言も言った覚えはないがな。」
ダンは、あっさりと答えた。
しかし、オルソが驚くのも無理はない。
なんと言っても、魔術師はごく少数なのである。
しかも、ほとんどすべての魔術師は、誰がどう見ても魔術師だとわかる格好をしている。
古代語が縫いこまれた賢者のロープに、魔法力を集中させるための宝玉が埋め込まれた賢者の杖。
魔術師は自らを‘賢者’と称し、戦士は野蛮な人間、自分達が使役する人間と蔑んでいるから、魔術師が自ら戦士のような格好をする事など、まずあり得ない。
ましてや魔術師が剣を振るうなど、考えられないのだ。
「なんで賢者が、そんな恰好してんだよ!?」
ダンは一見、戦士のような恰好をしている。
その理由は簡単で、賢者のロープは、高価なばかりで歩きにくいからである。だから、わざわざ着ようとは思わない。
また、ダンは魔法力を集中させる賢者の杖がなくとも、自分の掌や指先、やろうと思えば爪先や額にだって、魔法力を集中させる事ができる。別に賢者の杖など必要ないのだ。
そもそもダンは、たかが魔法ができるくらいで‘賢者様’とは馬鹿らしいという考え方の持ち主だ。‘賢者’と呼ばれるのは嫌いなので、自分から魔術師だとわかる格好は、あまりしたくない。
「珍しい魔術師だろ、コイツ。」
カナはおかしそうに、ダンを指さした。
「珍しすぎるだろ。」
オルソは呻くように言う。