第5章7
そうして、ようやく昼食(カナは朝食兼昼食)を食べ終わると、1人の騎士が3人の傍にやってきた。
「王様と王妃様が、お三方をお呼びです。私室の方に来ていただきたいそうです。」
「私室にですか?」
「はい、大至急来ていただきたいとの事です。」
「わかりました。すぐに伺います。」
3人は連れ立って、王と王妃の私室に向かった。
部屋の前まで来ると、待ちきれないかのように、王が扉の前に居た。
「王妃様が中でお待ちです。どうぞお入りください。」
いつも通り、一国の王とは思えぬ丁寧な応対だったが、その表情は暗かった。
「失礼します。」
そう言って、3人は部屋の中に入った。
王妃は部屋の中央の椅子に腕組みをして座っていた。
「話は他でもない。王女の事じゃ。」
王妃は話し始めた。
「コカリ姫の?」
ダンが聞き返す。
「今日は王女の修行は休みにしたのだったな?お主らは、今日、王女の姿を見かけたか?」
「いえ、見ておりません。」
「実は王女は今朝から行方不明なのじゃ。今日は王女にもゆっくりさせてやろうと、昼近くになるまで、侍女も部屋に起こしには行かなかった。それで今さっきになってようやく気付いたのだが、部屋にはおらず、代わりにこんなメモが置いてあった。」
「え!?」
3人は驚いて、王妃が差し出したメモを覗きこんだ。
そこには、現在、使われているパスツレラ大陸の共通語でない言語が書かれていた。
「古代語であろう!?ダルノン・キャストスペイ、これには何と書いてあるのじゃ!?」
王妃は縋り付くように、ダンに問いかけた。
「‘王女は預かった。返して欲しくば、ダルノン・キャストスペイ1人で、カリシの森に向かえ。’そう書いてあります。」
ダンは、皆に古代語を訳して伝えた。
「カリシの森!?エルフが住まうというあの森か!?」
王妃が訊き返す。
「おそらくは、その通りでしょう。」
ダンはメモを見つめながら、そう答えた。
「コカリちゃんは、エルフに誘拐されたのですか!?」
「ダン!」
カナとナトリウムは、ダンに向き直った。
「わかっている。だが、少し待て。王妃様、まずはコカリ姫の部屋を確認させてください。」
ダンは王妃にそう申し出た。
王と王妃に連れられ、3人はコカリ姫の部屋を訪れた。
「ダン様、早くしましょう!」
ナトリウムは、気が急いているようである。
それは、他の者達も同じであった。
だが、ダンはあくまでも冷静だった。
「この部屋を見て、おかしいとは思いませんか?」
ダンは、王と王妃にそう言った。
「どういう意味じゃ?」
「コカリ姫の抵抗の跡が見られないのです。部屋が荒らされていないというのもありますが、魔法を使った形跡がない。」
「王女は、回復魔法しかマスターしていないのではなかったのか?」
「えぇ、マスターしたと言えるのは、回復魔法だけです。攻撃魔法に関しては、とてもマスターしているとは言えません。コカリ姫は、攻撃魔法の加減の仕方が、全く覚えられないのです。どんな攻撃魔法でも、最大出力で繰り出してしまう。姫が命がけで抵抗したとしたら、それこそ城ごと吹っ飛んでもいてもおかしくはありません。」
「では何故!?」
「以前、この城が襲撃された時、私は魔法を封じられました。おそらくコカリ姫は、同じような状態にされているものと思われます。カナではなく、私に来るように命じているのも、魔法を封じる手段を持っているためではないかと思います。それと、この床の汚れ、お気付きになりましたか?」
一同は、ダンの指さす方に注目する。
「こ、これは!?」
「血痕ですね。ほんの2,3滴ですが…。」
重苦しい空気が流れた。
だが、カナとナトリウムが口を開いた。
「私も行く!お前1人じゃ、魔法を封じられたら、どうにもならない!」
「僕も行きます!コカリちゃんは僕の妹です!もしケガをして助けを待っているのなら、僕が行かないと!」
ダンは一瞬、思案したような表情を見せたが、こう答えた。
「イヤ、カリシの森へは俺1人で行く。カナとナトには、別にしてほしい事がある。」