↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『弱った猫を拾ったら神獣だったんだけど、なぜか私にだけデレデレです』

作者: 碧凛睡
掲載日:2026/08/28

 その日、薬師のアリアは森で人生最大の拾い物をした。

「……猫?」

 雨上がりの森。

 薬草を探していたアリアの耳に、か細い鳴き声が届いた。

「にゃ……」

 木の根元を覗くと、そこには白い猫がいた。

 毛は泥だらけ。

 前足には傷。

 身体はびしょ濡れ。

「まあ……可哀想に」

 アリアはすぐにしゃがみ込んだ。

「おいで。怖くないよ」

「……」

 猫はじっとアリアを見る。

 逃げようとする気配はない。

「怪我してるでしょう?」

「……にゃ」

「治してあげる」

 アリアが治癒魔法をかけると、猫の傷が淡い光に包まれた。

 傷が消える。

「よかった」

 アリアが笑う。

 すると白猫は――

 ぺろっ。

 アリアの指を舐めた。

「ふふ。お礼?」

「……にゃ」

「可愛い」

 アリアは猫を抱き上げた。

「うちに来る?」

「……にゃ」

「じゃあ決まり」

 白猫は大人しく腕の中に収まった。

 ただし。

 その顔は、

 『仕方ないから付き合ってやる』

 という、とても偉そうな顔だった。

「名前、どうしようかな」

 家に戻ったアリアは、猫をタオルで拭きながら考えた。

「白いからシロ?」

「…………」

「雪?」

「…………」

「ミルク?」

「…………」

「じゃあ、もち?」

「シャアッ!」

「嫌なの!?」

 猫が尻尾を膨らませる。

「ごめんごめん。じゃあ……レオ」

「……」

「気に入った?」

「にゃ」

「じゃあレオね」

 その夜。

 アリアは魚を焼いた。

「はい。どうぞ」

「……!」

 猫の目が輝く。

 ぱくっ。

「美味しい?」

 ぱくぱく。

「ゆっくり食べて」

 ぱくぱくぱくぱく。

「誰も取らないってば」

 結局、レオは魚を四匹食べた。

「……」

 アリアは呆れた。

「あなた、猫よね?」

「にゃ」

「食べすぎじゃない?」

「にゃ」

「反省してないね」

「にゃ」

「可愛いから許す」

「……にゃ」

 猫の尻尾が嬉しそうに揺れた。

 その夜、アリアがベッドに入ると。

 当然のようにレオも布団に入ってきた。

「ちょっと」

「にゃ」

「あなたの寝床、あっちでしょう?」

「……」

 猫は聞こえないふりをして丸くなった。

「レオ」

「…………」

「もう」

 仕方なくアリアは猫を抱き上げた。

「今日だけね」

 猫は満足そうに喉を鳴らした。

 ゴロゴロゴロゴロ。

「ふふっ」

 アリアはそのまま眠った。

 ――そして翌朝。

「…………」

 目を開けたアリアは固まった。

 目の前に――

 銀色の髪。

 金色の瞳。

 整いすぎた顔。

 そして。

 頭には白い猫耳。

 布団の中には、ふさふさの尻尾。

「…………」

「…………」

「…………」

「きゃあああああああああっ!」

「待て!」

「変態!」

「違う!」

「誰!」

「俺だ!」

「誰よ!」

「昨日の猫!」

「…………」

 アリアはゆっくり布団をめくった。

 青年の尻尾が見える。

「……レオ?」

「そうだ」

「猫?」

「違う」

「じゃあ何?」

 青年は胸を張った。

「俺は神獣だ」

「…………」

「白銀の神獣、フェルディア」

「…………」

「この森を守護する――」

「魚四匹食べた?」

「……」

「ミルクも飲んだ?」

「……」

「私の布団で寝た?」

「…………」

「猫じゃん」

「神獣だ!」

 フェルディア。

 それが彼の本当の名前だった。

 数百年前からこの森を守ってきた伝説の神獣。

 魔物の群れを一瞬で消し飛ばし、巨大なドラゴンすら退ける存在。

 ――なのだが。

「アリア」

「何?」

「腹が減った」

「神獣なのに?」

「腹は減る」

「何食べたい?」

「魚」

「……」

「二匹」

「昨日四匹食べたよね?」

「今日は二匹だ」

「自分から減らしたことを褒めてほしいの?」

「成長しただろう」

「何の成長よ」

 さらに。

「アリア」

「今度は何?」

「眠い」

「寝れば?」

「膝を貸せ」

「嫌」

「なぜだ」

「あなた人間の姿だと重いの」

「……」

 フェルディアは少し考えた。

「では」

 ぽんっ。

 白い光。

 アリアの膝に白猫が乗った。

「にゃ」

「…………」

「にゃ」

「ずるい!」

 アリアは思わず笑ってしまう。

「そんな顔されたら撫でるしかないじゃない」

 頭を撫でる。

 ゴロゴロゴロゴロ。

「気持ちいい?」

「……にゃ」

「神獣様?」

「にゃ」

「威厳は?」

「……にゃ」

「ないね」

「にゃ……」

 アリアは笑いながら猫を抱きしめた。

 すると白猫の尻尾が、アリアの腕にくるりと巻きついた。

 その仕草があまりにも可愛くて。

「ずっと猫でいてくれたらいいのに」

 アリアが何気なく呟く。

 猫の動きが止まった。

「……?」

 しばらくすると。

 ぽんっ。

 また人間の姿に戻った。

「俺は猫ではない」

「はいはい」

「神獣だ」

「でも可愛い」

「……」

「何で顔赤いの?」

「うるさい」

 フェルディアはそっぽを向いた。

 しかし、尻尾だけは正直だった。

 ぶんぶん。

 そんな生活が一週間続いた。

 アリアは気づいていた。

 フェルディアが、少しずつ自分に近づいていることを。

 最初は猫の姿で膝に乗るだけだった。

 それがいつしか、人間の姿でも隣に座るようになった。

 そして――

 ある夜。

「アリア」

「ん?」

「聞きたいことがある」

「何?」

「人間の男が女に花を贈るのは、どういう意味だ?」

「え?」

 フェルディアの手には、一輪の青い花。

「……私に?」

「ああ」

「どうして?」

「村の男が言っていた」

 フェルディアは真顔だった。

「好きな女には花を贈るらしい」

「…………」

「だから贈る」

 アリアの顔が熱くなる。

「……ありがとう」

「それで?」

「それで?」

「俺は今、正しい行動をしているのか?」

「……たぶん」

「なら次だ」

「次?」

 フェルディアが一歩近づく。

「好きな女には、抱きしめるとも聞いた」

「ちょっと待って」

 ぎゅっ。

「待ってって言ったのに!」

「こうか?」

「……」

 アリアの耳元で、フェルディアが小さく囁いた。

「アリア」

「なに?」

「お前を抱くと、妙に安心する」

 胸がどくんと鳴る。

「……私も」

「本当か?」

「うん」

 フェルディアは嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、神獣とは思えないほど優しかった。

 しかし、その翌日。

 村に王都から騎士団がやってきた。

「神獣を探している!」

 村人たちが騒ぎ始める。

「最近、この辺りで神獣の魔力が確認された!」

「見つけた者は王城へ連絡せよ!」

 アリアは不安になった。

「フェルディア……」

「俺ならここにいる」

 フェルディアは静かに言った。

「逃げる?」

「いや」

「じゃあ……」

「俺が姿を現す」

 フェルディアが立ち上がる。

「でも、捕まったら――」

「大丈夫だ」

 彼はアリアの頭を撫でた。

「俺は神獣だ」

 その瞬間。

 村の外から巨大な魔物の咆哮が響いた。

「グオオオオオオ!」

「きゃあ!」

 騎士たちが一斉に振り向く。

 巨大な魔獣が村へ向かって走ってくる。

「魔獣だ!」

「逃げろ!」

 アリアが恐怖で立ちすくむ。

 その前に――

 フェルディアが立った。

「アリア」

「……」

「俺から離れるな」

 黄金の瞳が輝く。

 次の瞬間。

 空が白く染まった。

 フェルディアの身体が巨大な白銀の獣へと変わっていく。

 翼。

 角。

 長い尾。

 そして――

 圧倒的な魔力。

 魔獣が怯える。

 騎士たちも息を呑んだ。

「神獣……!」

 フェルディアは一歩前に出る。

 魔獣が襲いかかる。

 しかし。

 一瞬だった。

 フェルディアが前足を振る。

 ドンッ!

 魔獣が数十メートル吹き飛んだ。

「…………」

 騎士たちが絶句する。

 村人たちも絶句する。

 そして。

 アリアだけが叫んだ。

「フェルディア!」

『何だ?』

「その足!」

『……?』

「昨日怪我してたところ!」

『……あ』

「治療するから見せて!」

『今!?』

「今!」

 伝説の神獣が、村人全員の前で――

 しゅん。

 と耳を伏せた。

『……はい』

「神獣様、素直すぎる」

「リゼさん……いやアリアさんに完全に尻に敷かれてるぞ」

「伝説の神獣なのに……」

『聞こえているぞ』

「すみません!」

 騒ぎが収まった夜。

 フェルディアは人間の姿でアリアの家に戻った。

「足、見せて」

「もう治っている」

「本当?」

「ああ」

 アリアはほっとする。

「よかった……」

 するとフェルディアが、彼女の手を握った。

「アリア」

「ん?」

「今日、怖かったか?」

「少し」

「……すまない」

「どうして謝るの?」

「俺が神獣だから」

「関係ないよ」

 アリアは笑った。

「私が好きになったのは、神獣だからじゃない」

「……」

「雨の中で震えてた、弱った猫だったから」

 フェルディアの耳が赤くなる。

「……俺はもう猫ではない」

「そうだね」

「強い神獣だ」

「うん」

「だから――」

 フェルディアはアリアの手を両手で包んだ。

「もう一度言う」

 黄金の瞳が真っ直ぐ彼女を見る。

「俺と共に生きてほしい」

「……」

「妻になってほしい」

「……フェルディア」

「嫌か?」

 アリアは首を横に振った。

「ううん」

「では――」

「ただし」

「条件か?」

「魚は一日二匹」

「……」

「三匹食べたら?」

「……」

「罰として猫姿で一日過ごしてもらいます」

「…………」

 フェルディアは真剣な顔で考えた。

「三匹食べても猫になれるなら、むしろ得では?」

「……」

「…………」

「あなた、本当に神獣?」

「神獣だ」

「じゃあ、もっと威厳を持って」

「努力する」

 その直後。

 フェルディアがアリアを抱きしめた。

「アリア」

「なに?」

「大好きだ」

「……私も」

「もう離さない」

「うん」

「一生そばにいる」

「うん」

「魚も二匹で我慢する」

「そこは頑張って」

 そしてフェルディアは――

 ぽんっ。

 白猫になった。

「……」

「……」

「にゃ」

「…………」

「にゃ」

「……ふふっ」

 アリアは笑って、白猫を抱き上げた。

「やっぱりこっちのほうが好き」

「……にゃ」

 白猫は恥ずかしそうに顔を隠した。

 しかし尻尾は、嬉しそうにアリアの腕へ巻きついている。

 ――こうして。

 雨の日に拾われた一匹の弱った猫は、

 薬師の少女の心まで拾ってしまった。

 世界最強の神獣なのに。

 魚には弱く。

 撫でられると喉を鳴らし。

 大好きな女性には逆らえない。

 そんな彼の妻になったアリアは、後に村人たちからこう呼ばれることになる。

 **『神獣を完全に手懐けた女』**と。

 ちなみに本人は、

「私は猫を拾っただけです」

 と最後まで言い張った。

 そしてその隣では――

「にゃ」

 世界最強の神獣が、今日も幸せそうに鳴いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても良きお話でした!! 可愛くて好きだ このお話癒される~ (〃´o`)フゥ…良き良き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。