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「カタカタ、コトコト」

作者: 仲山凜太郎
掲載日:2026/06/21

 家で使っているパソコンのキーボードを買い換えた。

 最近、文字を入力していると1度しか押していないのに、同じ文字が3つも4つも入力されたり、逆に何回押しても反応がなかったり。しかもそのキーがログインパスワードに使っているものだったりする。

 壊れたかな? 長年使っているお気に入りキーボードなので、直せるものなら直したい。ふと考える。長年使っているというが、これ買ったの何年前だったっけ? 確か今使っているパソコン(もちろんデスクトップだ)の前のパソコン……の前のパソコン……の前のパソコンの頃だった記憶が……、年数にして……15年……20年は経っていないと思うが自信はない。ネットでキーボードの買い換え適正年数を調べると、だいたい4~6年。と、いうことは

「……これ、故障じゃなくて寿命だ……」

 自然と私はキーボードに手を合わせた。1年に1、2回ぐらいしか手入れしていないのに頑張ってくれた。ご苦労であった。お前の忠義、数ヶ月はおそらく忘れないと思う。


 キーボードにもいろいろな種類があるが、私が家で使っているのは「メカニカルキーボード」と言う奴だ。ピンとこない人もいるだろうから簡単に説明すると、キーを打つ度に「カチャカチャカチャ」と音がするやつだ。

 昔、タイプライターという文字を打ち込む機械があった。昔の海外ドラマなどでは偉い人の女秘書がタイプライターを打っているシーンがよく出てくるので、見たことのある人もいるだろう。文字を打つ度に「ガチャッ、ガチャガチャガチャ」という音を立てて紙に文字を打っていき、紙が詰まっては「んー、もぅっ!」といらついて紙を取り出しては「いい加減、新しいタイプライター買ってください」と雇い主に文句を言うあれだ。

 メカニカルキーボードは、言わばこのタイプライターの感触を再現したキーボードだ。とくかく文字を打ち込んでいるという実感があり、キーを押すたび鳴るカチャカチャ音は音楽を奏でるようで、ノっている時は正に指揮者のような気分になる。執筆していて最高に気持ちが良い(個人差あり)。そのうちに「メカニカルキーボード・コンサート」とかで楽器の代わりに演者がずらっと並んでメカニカルキーボードを打つ催しが開かれるに違いない。

 だがこの利点は同時に欠点でもある。打つたびにカチャカチャ音がするということは「うるさい」ということだ。自室で1人執筆する時はいいが、外で使われては周囲はたまらないだろう。特にファミレスや図書館、スーパー銭湯のコワーキングスペースなどでは周囲の目が怖くてとても使えない。もっとも、実際はそれほど心配していない。というのもメカニカルキーボードはデスクトップパソコン専用とも言って良く、外で使うノートパソコンやタブレットPCの入力機器として使うには大きすぎる。技術的なものかは知らないが、小型化できないらしい。私も外で執筆する時はタブレットPCを使っているが、メカニカルでないキーボードを使っている。

 もうひとつ上げれば「高い」ことか。他のタイプに比べて1万円ぐらい高い。他のタイプは3,000円代が主流なのに比べて、メカニカルキーボードは13,000円代が中心だ。しかし耐久性は高い。先述したようにメカニカルキーボードの寿命は4~6年だが、他のタイプは2~3年だ。ちなみに、私の経験では一番耐久性が低いキーボードは、パソコン本体とセットでついてくるキーボードである。過去購入したどのメーカーでもセットでついてくるキーボード(とマウス)は1年と経たずにどこかおかしくなった。会社で支給されているパソコンではそんなことないのに。なぜ個人で買うとこうなる?


 かくして私はキーボードを買うべく、秋葉原のヨドバシカメラに向かった。やはりキーボードはネットで見るだけではなく、店頭で実物に触って決めたい。できれば同じメーカーが良いと思って探してみた。何しろ念入りに整備したわけでもないのに平均寿命の3倍は問題なく動き続けたキーボードだ。底に貼られたシールには「オウルテック(実際はアルファベット)」とあったのでそれを探すが……ないっ! まさか潰れたのか? あるいは合併その他の理由で社名変更したとか? ちなみに後で調べたところ、別に潰れたわけでも社名変更したわけでもない。ただ、ホームページにあるキーボードのページはことごとく「販売終了」の文字がついていた。キーボードの取り扱いは終了してしまったのか。残念だ。

 ないものを探してもしようがない。気を取り直して店頭のメカニカルキーボードを見回し、キーを叩いてみる。見たところキーボードは大きく分けて4種類。赤軸だの青軸だのと書かれているが、ピンとこないので私流の分け方をする。「カチャカチャ」「カタカタ」「コトコト」「静音」だ。

 「カチャカチャ」は私が今まで使っていたものだ。「カタカタ」はカチャカチャタイプの終わり部分がピタッと止まり、後に残らない潔さがある。どちらかというと「カタカタ」の方が私好みだ。

 私にとってはじめてだったのが「コトコト」タイプ。前のふたつが金属音を思わせる高い音なのに対してこちらは木を思わせる軽い、乾いた音。鉄琴に対する木琴のような感じだ。面白い。珍しさもあってつい何度も何度も試し打ちしてしまう。このコトコト型はキーボードの作りも木を思わせる。よく言えば優しく、悪く言えばどこかおもちゃっぽい。

 最初に選択外としたのは「静音」タイプ。先述したようにメカニカルキーボードの音は欠点でもあるだけに、静音タイプを作るメーカーの気持ちもわかる。しかし、外で使うならまだしも自宅で使うならば、音の感触を楽しめないのは痛い。

 音以前に選択外だったのは「キーに日本語表示のないもの」だ。私はかな入力派なので、キーにアルファベットしか表示されていないものはそれだけで候補外決定。ローマ字入力では「とっぴんぱらりのぷぅ」とか「ぬぉぉぉぉぉぉっっっ!」といったかけ声入力がしにくい。

 あとはテンキーの有無か。テンキー、キーボードの右側にある1~9までの数字が四角に並んでいる部分だ。当然ながらない方が幅が短く収まる。正直無くても何とかなるが、外ならともかく家の中で使うこともあり、ついていた方がちょっとだけ便利だ。必須ではないがあるもの優先。

 とりあえずタイプとしては「カタカタ」か「コトコト」だろう。が、迷うことはなかった。というのも「コトコト」タイプは全て「無線ワイヤレス」型だったからだ。無線も使えるのではなく、無線しか使えないのだ。私はやはりパソコン本体とキーボードは直接繋がっていてほしいタイプで、インターネットも有線でつなげている。古いのではない、レトロと言え!

 とはいっても、私は無線が使えないのではない。会社で使っているパソコンはすべて無線で繋がっている。スマホも無線だ。会社の支給品なので文句も言えず使っているが、何となく落ち着かない。それに本体とつなげればそれでOKな有線と違い、無線は電源として電池が必要だ。1度入れればかなり持つのだが、それだけに予備の電池を用意しておくことを忘れがちだ。会社でもマウスなどの電池が切れると「予備の電池……あったっけ?」と机を引っかき回すことになる。地味に面倒くさい。充電タイプもあるが、私にとっては電池以上に面倒くさい。

 有線タイプのメカニカルキーボードはないのか!? 探してみると1つだけあった。打ってみるとカタカタで悪くない。感触が少しおとなしめだが許容範囲だ。テンキーもついている。しかし選択肢がないというのはちょっと悔しい。欲を言えば、もう少しキーを売った時の感触がハッキリわかるものが良い。10分以上も同じ売り場、候補のキーボードを行ったり来たりしては感触を試す私はさぞかし店員に怪しい客と思われただろう。

 悩んだところでどうしようもない。キーボードは1年ごとに新商品が出るわけではない。1度出たら数年、もしかしたら10年は次が出ないかもしれない。良いのか出るまで待とうというのは有り得ない。ちょっと悔しいが、そのひとつだけの有線キーボードを買うことにする。ここでは見本が並ぶ下に現物の箱が置かれ、それをレジに持っていくやり方だ。商品番号を確認、下の棚を探すが……ないっ! まさか展示されているのが最後なのか? 店員に確認すると「確認します」とレジの奥に行き、現物を持ってきた。どうやら万引防止として、ある程度高い商品は別に保管しているらしい。


 今まで使っていたキーボードは、後日、ヨドバシカメラの回収サービス(550円)に出した。一般ゴミとして出せないかと調べたが、私の住んでいる地域では幅30センチを超えるものは粗大ゴミ扱い(有料)になる。回収金額を調べたらヨドバシカメラの回収サービスの方が安かった。


 こうしてめでたく私のデスクトップパソコンに新しいキーボードが接続された。ログインパスワードも問題なく打ち込める。

 ……この時点で、私はこのキーボードに込められた罠に気がついていなかった……

 よし、試し打ちとばかりに作品の打ち込みをはじめる。……あれ? 違和感に気がつくまで数分とかからなかった。いつもと同じように打ち込んでいるのに入力ミスがやたら多い。それも明らかに「隣のキー」を打っているというミスばかり。

 何だろうと目の前のキーボードを見つめる。確かに見た目に違和感はあるが、それはキーボードそのものが変わったからのはず……この時点ではまだ前のキーボードを回収に出す前だったので並べてみる。

 なんてこった! キーボードの横幅が違う!! 全体からみればほんの2センチ程度の違いなのだが、腕が、指が覚えているままにキーを打つと隣のキーを、あるいは打ちたかったキーと隣のキーの間を打ってしまう。頭ではなく体が覚えていることだけに、ちょっと気を抜くと打ち間違いが起こる。なんてこった! 今までも外でタブレットPCを使っての執筆に同じことが起こっていたのに気がつかないとは何事だ!? 私の馬鹿! 体が慣れるまで執筆速度の低下は免れなさそうだ。


 かくして、私のキーボード買い換えの条件に「横の長さができるだけ同じ」というのが加わった。次の時には忘れていそうな気がするが……。


(おわり)


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