モブ平民の断罪の石は、辺境の悪を憎むのか?
「『断罪結社』出動だ!」
宰相ジークフリートがいつになく真剣な目でふざけたセリフをのたまった。しかし何か疲れているような様子も垣間見えた。
「断罪結社」とは、モブ平民こと俺、ユウマ・クレイの特殊スキルを知ったジークフリートが自らの手柄を上げるために結成した宰相直轄組織だ。
「あの……俺、もう『断罪結社』辞めたいんですけど。普通の断罪見物人に戻りたいんです」
俺はついに言ってやった。転生するときにもただ趣味に生きたいと女神に伝えたのに、中途半端に有用なスキルが与えられたために宰相に目をつけられ、宰相の手柄のためにあるような秘密結社に加入させられているのだ。
「さて、本題だが、今回は辺境に行ってほしい」
人の話聞かねえな!
え? 辺境?
「辺境なんて嫌ですよ」
この異世界の辺境は、王都民からとてつもない偏見で見られている。特に衛生面が劣悪ということで、「汚い」というイメージが強く植えつけられている。
生粋の王都モブ平民の俺もその偏見に洗脳されており、いかなる説得をされようとも、「辺境はヤバい」という思考を塗り替えられることはないだろう。
「クローデリア様もユウマに同行していただけますか?」
話聞けよ!
「『断罪の刃』パーティーとしてならよいですわ」
クローデリアが答えた。クローデリアもなんか疲れてる? 何かあった?
「断罪の刃」もまた俺が、公爵令嬢であり、A級冒険者の「剣姫」クローデリアに無理やり加入させられた冒険者パーティーだ。もちろん冒険者なんて危ない職業は一刻も早く辞めたい。
「『断罪結社』も『断罪の刃』も一緒じゃないですか。どうせクローデリア様とユウマと二人しかいないですから」
「いえ、『断罪結社』はジークフリート様のものですが、『断罪の刃』はユウマと私のものです。ぜんぜん違います」
「もうどっちでもいいです」
ジークフリートが面倒くさそうに言った。
何か論点がすり替わってますけど、俺は「嫌だ」と言っていますよ?
「辺境に行くと、免疫のない王都民は病原菌で100%病気になるんですよ。無理ですよ」
「ユウマ、事実を知りもしないのに、そんな偏見を持つのはやめなさい。学がないのが丸わかりですよ」
ジークフリートが厳しい顔で俺を嗜めようとするが、そりゃ、あんたらに比べれば学なんてないですよ。ただのモブ平民なんだから。
「そうよ、ユウマ。せっかく二人きりで旅に出られるのだから楽しみましょう」
クローデリアの謎の発言でどんどん話が迷宮入りしていますが、何の話でしたっけ?
「よし、決まりだ」
決まっちゃったよ。
「まず辺境伯に会ってくれ。彼は私の従兄弟でな、私に似て聡明な男だ」
「その前に、なぜ辺境に行かないといけないのですか?」
「それなんだが、実は辺境の村から子どもが連続して失踪する事件が起きていてな、手っ取り早く犯人を見つけて断罪してほしいのだ」
ジークフリートが「手っ取り早く」というのには理由がある。俺のスキルを使えということだ。
【スキル:断罪の石投げ】【効果:悪人に必中……スキル使用者の視野内で、設定した罪状に最も近い者が「悪人」とされる。該当者がいない場合は自らに石が向く】
俺はこのスキルでいくつもの難事件の真犯人を見つけ、ジークフリートが後付け推理で手柄を総取りするという寸法だ。
「子どもの失踪ですか?」
神隠し的なことだろうか? 王都民の都会っ子の俺にオカルトは相性が悪すぎる。
「何か怖いので嫌です」
俺ははっきりと拒絶の意思を表明し、ジークフリートがそれに反応する。
「よし、では早速出発してくれ」
やはり俺の声は届いていないようだった。
そうして、論点のすり替えと都合の悪い意見の無視の連続により、俺は辺境に行くことになってしまった。
※
クローデリアのレーヴェンハイト公爵家が用意した馬車に揺られ、俺たちは辺境に向かった。
道中、たびたび魔物が現れ、肝を冷やすこともあったが、「剣姫」クローデリアが毎回瞬殺するので、だんだんサファリパーク的に魔物を楽しんで鑑賞できるようになってきた。
思ったより楽しい。
生まれてこのかた王都から出たことがなかったので、新鮮な体験でもあった。
偏見を持たずに人の意見を聞くのもたまにはいいかもしれない。
辺境伯の城は王城と比べると小ぶりで、城壁は薄汚れ、広範囲に苔が生えて木の蔦がからんでいた。あまり手入れが行き届いていないようだが、このワイルドさが辺境スタイルなのだろうか。
辺境伯セドリック・アイゼンベルクは俺たちを歓迎した。
痩せ型で貧相ではあるが、どこか気品と知性のある目をしているように思えた。確かに少しジークフリートに似ている。
「ジークから伺っています。クローデリア様ですね。ご活躍のお噂はこんな辺境でも届いております。わざわざこんな辺境までありがとうございます。
お付きの方もご苦労さまです」
セドリックが笑顔で迎えてくれた。見るからにモブ平民の俺にも敬意を払ってくれているのがわかる。俺から王都の気品が漏れ出てしまっているせいだろうか。
「いえ、私がこのユウマのお付きの者ですわ」
どこの異世界にモブ平民の従者の公爵令嬢がいるんですか? ややこしくなるからやめてください。
辺境伯の顔が「?」になってますよ。
「詳しいことはお食事しながらお話ししましょう。さあ、中へどうぞ」
※
辺境伯の城内は何か黴臭く、酸えた匂いもした。
食堂に通され、クローデリアと俺は席についたが、セドリックは「少々お待ちください」と言い残してどこかに消えた。
何か居心地が悪いな、と思って待っていると、セドリックが戻ってきた。
手には料理の乗せられた皿を持っていた。
「すみません、ちょっと使用人が出払っておりまして……」
って、辺境伯が自分で給仕するんか?
「申し訳ありません。俺が運びますよ。セドリック様にそんなことはさせられません」
俺は慌てて席を立つ。
「お客様にそんなことはさせられません。どうかこの辺境伯に免じてお座りください」
ますます居心地悪くなるわ……
そして、目の前に出されたのは……体長5センチにも満たない貧相で生臭い川魚の塩焼き(?)が2匹。
「申し訳ございません。この辺境は貧しいもので、こんなものしかお出しできず……」
貧しい村のモブ平民が貴族を家に迎え入れたみたいになってますよ! 本物のモブ平民の俺の家でももうちょっとマシなものが出るわ。
村が貧しいからって貴族までこんな貧しい食事をするわけがない。貴族は借金してでも見栄を張る生き物だということを俺は知っている。辺境伯といえば王都の侯爵くらいの高い爵位のはずだ。
つまり、俺はモブ平民だとバカにされているのだ。あるいは王都民への僻みによる嫌がらせか。
愛想はいいが、心の中でバカにされていたのかと思うとじわじわと悔しさが滲み出てくる。よくよく考えたらモブ平民に敬意を表す貴族なんているわけがない。
横を見ると、クローデリアは平然とした顔で、魚を口に入れた。さすが一流貴族はナイフとフォークの使い方にも気品がある。まるで一流の食事をしているかのようだ。
「おいしいです」
クローデリアはそう言って、やはり気品の溢れ出る笑みを浮かべた。
すごい嫌味な感じだな。
クローデリアがそうなら、俺も従うしかあるまい。魚を一気に二匹とも口に入れ、咀嚼する。
「おいしいです!」
どうだ。俺の嫌味、響いたか! いや、普通に塩味うまいけど。
だが、セドリックは心底安堵した顔で、「それは良かった」と微笑んだ。響いてない。
「それではさっそく本題に入らせていただきますが、お聞き及びのとおり、この辺境の小さな村で、次々と幼い子どもたちが消えているんです。聞けば、クローデリア様は犯人をたちまち発見できるスキルをお持ちだとか」
「いえ、私ではなく、このユウマのスキルです」
クローデリアが即答する。
「はい、俺のスキルです。犯人が視野に入っている限り、すぐにわかります」
俺は王都民の威厳を最大限に出して答えた。
セドリックは「このモブ平民が?」みたいな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って言う。
「どうか、子どもの誘拐犯を見つけてください。子どもたちを取り戻したいのです。さもなければ、この辺境の村は消えて無くなってしまいます。どうかお願いいたします」
俺は「任せてください」とだけ答える。
「ではさっそくお願いできますか? 小さい村なので、すぐに全戸を回れると思いますので」
休ませてもくれないのか……俺もこんなところから早く帰りたいからいいけれど。
「ですが、犯人は村人の中にいるという確証はあるのですか? 村の外から入ってきた人はいないのですか?」
無駄なことはしたくないので、いくつか質問だけさせてもらおう。
「はい、こんな辺境に外から来る者などおりませんので……。それに本当に小さい村で、村人は皆お互いのことを知っているので、外から入ってくる者があればすぐにわかります」
「では、子どもがいなくなったところを目撃した人はいないのですか?」
「不思議なことに、幼い子どもや赤ん坊から親が少しでも目を離すと、子どもが消えてしまうのです」
まさか……神隠し……
※
「さっさと片付けて王都に帰りましょう」
俺はイライラしてクローデリアに言った。
「あら、ユウマはここが嫌いなの?」
「ええ、何か薄気味悪いですし、辺境伯は嫌がらせばかりしてきますし」
「あら、私はこの辺境は自然が美しいと思いますし、セドリック様もとても良い方だと思いますけれど」
王都の公爵令嬢が、そんなこと言うとは意外だが……俺みたいなモブ平民とも普通に接するくらいだから、ちょっと感性がおかしいんだろうな。
俺たちは一軒ずつ家を回りはじめた。
どの家も簡素な薄い板を申し訳程度に組み立てたような家で、強い風が吹いたら簡単に飛ばされそうに見えた。
木々も植物も少ないので、土地もきっと痩せているのだろう。近くに川も無さそうなのだが、どこからあんな川魚を持ってきたのだろうか。
いずれにせよ、こんな場所を住居にすること自体が間違っているように思えた。
すでに辺境伯から話が通っていたようで、村人たちは協力的だった。
ただ、どの村人も痩せ細っており、困窮具合が容易に察せられた。
俺はとても嫌な想像をしてしまった。
——子ども食べちゃったのでは?
「何か仰いましたか?」
その家の村人が不審そうに尋ねてくる。
「な、何でもないですよ」
と答えてはみるものの、もし各家庭で子どもが食卓に乗っていたとなると、犯人が量産されてしまうのでは……そして村人たちに食われてしまうのではという恐怖に襲われ始める。
が、俺には「剣姫」クローデリア様がついているから大丈夫だ、と奮い立たせる。
罪状は「子ども誘拐犯」に設定だ。
「ちょっと石投げさせてもらいますね。『断罪の石投げ《コンデム・ストーン》』」
石が放たれ、村人に当た……らずUターン。
クローデリアが俺に当たる前に剣で石を弾いた。
ひとまず安心だ。少なくともこの村人は子どもを食ってはいない。
それからも俺は恐怖と戦いながら、クローデリア様の加護を祈り、石を投げ続けた。クローデリアは黙々と俺のために石を弾き続け、(たぶん)俺に危険が及ばないかと目を利かせてくれた。「剣姫」とはこんなにも頼もしいものなのかと、うっかりクローデリアのことが好きになってしまいそうだ。
しかし……犯人は一向に見つからなかった。凶悪犯どころか、妙に親切な村人が多く、「遠いところからわざわざ来てくれてありがとう」と、少ない備蓄の食べ物を分けようとする村人ばかりだった。拍子抜けだ。
そして、あっという間に最後の一戸となった。
本当に小さい村だな。
最後まで当てられなかったのは相当なクジ運の悪さではあるが、「最後の一戸」ということは、犯人がいる可能性が極めて高いということだ。凶悪犯である可能性もあるので、警戒を怠ってはいけない。
「クローデリア様、どうか俺をお守りください」
「ふふ、女神様じゃないんだから。でも任せて。ユウマのことは必ず守るから」
おお、マジで好きになりそうだが、あなたは公爵令嬢で、俺はモブ平民なので、お互い身分はちゃんと忘れずにおりましょう。
「では、行きますよ。犯人確保ぉー」
勢いよく開けた家の扉を開くと……そこにいたのは明らかに寝たきりの老婆だった。
いや、実は寝たきりのふりをした魔族かもしれない。念のため「断罪の石投げ《コンデム・ストーン》」。
石は何事もなくUターンし、俺に向かってくる。そして俺に当たった。いてぇ。クローデリア様、守ってくれる約束は?
「大丈夫ですか?」
クローデリアは老婆に駆け寄っていた。
老婆は意識があるのかどうかもわからなかった。
「このままではこのおばあさんは亡くなってしまうわ」
クローデリアは涙を流していた。
泣かないでくれ、クローデリア……俺も泣いてしまう。魔族かと疑ってすみません。
しかし、医師でも聖女でもない俺たちにはどうしようもない。いかに「剣姫」が強かろうが、死に行く人を癒すことはできないのだ。俺の断罪スキルなど言わずもがな。攻撃することしかできない「断罪の刃」の何と無力なことか。
そして……犯人は村人の中にはいなかった……
ということは……神隠ししか……
「まだ一人だけ石の標的になっていない人がいるわ」
涙を拭い、クローデリアが立ち上がった。
※
俺たちは辺境伯の城に戻り、セドリックに結果を報告した。
「村人の中に犯人はおりませんでした」
その報告に、セドリックは狼狽えたように見えた。
「そんなはずはありません。失礼ですが、ユウマさんのスキルに誤りがあるのでは?」
「いえ、曖昧な罪状であればなくはないですが、今回は『子どもの誘拐犯』という明瞭な罪状です。罪状が明確であれば、俺のスキルは必中なんです」
「そんな……では子どもたちはどこに行ったのですか……」
「俺は神隠しかと……」
「ユウマ、スキルをお願い」
クローデリアが言う。
「いや、でも……」
「あなたも見たでしょう? この村の人々は満足に食べるものもなくて、ひどい状態なのよ。領主が悪政を強いているのは明らかだわ」
クローデリアはまた涙を浮かべる。それでも……
「そもそも子どもが目を離している間にいなくなるなんて人間には無理ですって」
「いいからやって」
「わかりました。それでセドリック様の無実が証明できるのであればやりましょう」
俺は石を握る。
「断罪の石投げ《コンデム・ストーン》」
石がセドリックに向けて飛び、その途中でUターン……せず、セドリックに当たった。
沈黙。
「石が当たりましたが、どういうことですか?」
セドリックが沈黙を破った。
「あなたが誘拐犯だということです。セドリック様。ユウマも言ったとおり、ユウマのスキルは絶対に犯人に必中するんです」
クローデリアがセドリックに有罪を宣告する。
沈黙。
セドリックが静かに笑い声を上げ始め、再び沈黙を破った。
「くくく、まさかこんな平民に私の罪が暴かれるとはな。そうだ、私が村人から税を搾り取って土地も荒れさせてこんな状況になったんだ。領民が税も払えなくなって、食べるものも手に入れられないとなれば、領主でも生きてもいけないのはわかるだろう?」
え、突然何なの、この人? 多重人格者? やっぱり霊的な何かに取り憑かれているんじゃないの?
「子どもは俺が殺して食べた。まずい子どもは魚に食わせた。おまえたちが口にした魚もその魚だ」
うそでしょう!? 間接的に俺たちも子ども食べちゃったの?
「絶対に許さない……」
クローデリアが怒りに手が震え、頬には涙が流れた。
セドリックの豹変という急展開に俺が混乱していたということはあると思うのだが、どこか違和感が残ってもいた。
※
俺たちはセドリックを連れ、王都へと戻った。
相変わらずクローデリアは道中の魔物を瞬殺するが、往路のときの心踊る気分は皆無だった。
セドリックは一言も話さなかった。捕まったことで、どこか安堵しているようにも見えた。いかに悪人とはいえ、罪を隠し続けるのは心への負担が大きかったのかもしれない。
この猟奇的な殺人者と一緒に王都に帰らなければならないのは憂鬱だったが、すっかり牙を抜かれた人狼のようにセドリックは大人しくなっていた。
セドリックをジークフリートに引き渡し、事情を説明した。セドリックがいかに非道な行いを行なっていたかということも。
ジークフリートは黙って俺たちの報告に耳を傾け、頷いていた。
「これから直ちに断罪を行う」
報告を聞き終えたジークフリートは、落ち着いた声で、そう宣言した。
※
王城前広場の人はまばらだった。
「辺境」の事件ということで、耳目を集めにくいようだったが、やがて辺境伯の鬼畜のような所業の噂が広まったのか、王都に多く存在する「辺境差別者」を中心に、人が集まり始めた。
「辺境にいると心まで汚くなるようだ」「辺境にいる時点で貴族であってもクズになるのだ」と囁き合う声が聞こえた。
「辺境にいる」だけでクズになるなんてことは絶対にない、ということを今回俺は学んだ。村人たちは、貧しい暮らしに困窮しているにも関わらず、王都の人々よりよほど親切だった。
だからこそ、その村人たちを裏切ったセドリックが許せない。
俺はクローデリアとともに、断罪の開始を待った。
やがて、セドリックとジークフリートが登場し、断罪台に上った。
「断罪を始める」
ジークフリートが宣言する。従兄弟が重犯罪者だということがわかってショックを受けているはずだが、いつもどおり冷静なジークフリートだった。
「辺境伯セドリック・アイゼンベルク、幼児、および乳児の誘拐犯、人身売買、殺人、および食人の罪により、ここに断罪する」
観衆が一斉に悲鳴と怒号を上げる。ここまでの熱気は今までにない。辺境への嫌悪と、残虐性への嫌悪がすさまじい化学反応を起こしているようだ。
「王都のあなたたちが辺境を陥れたのだ。あなたたちが少しでも辺境への偏見を無くし、手を差し伸べてくれれば、私がこんなことをすることもなかっただろう」
観衆の怒号が苛烈さを増し、石が飛び交い始め、セドリックに当たる。一つの石が額に当たり、そこから血が流れると、観衆は歓声を上げた。
異様な盛り上がりだ。
本人が自分のしたことを棚に上げて、王都に責任をなすりつけようとしたのだ。自然とヘイトは高まる。
俺も断罪見物人として、やらねばなるまい。
罪状を「誘拐犯」ではなく、より強い罪状の「殺人」に設定する。威力が変わるのかはわからないが、俺の怒りはより重く乗るだろう。
「断罪の《コンデム》……石!」
俺の手から放たれた石は鋭い弾道を描いてセドリックに向かい、Uターンして俺に直撃した。
いてえ! いつもよりいてえ!
くそっ。何でだ? こんなにもヘイト絶頂なのにやめられるか! もう一回だ!
と、そのとき、隣にいたクローデリアが俺の腕を掴んだ。
「何をする……」と言いかけてやめた。
クローデリアがとても悲しげに涙を流していたのだ。
「ユウマ……やめて……お願いだからこれ以上傷つけないで」
え? 何で俺が暴力亭主みたいになってるの?
「もう耐えられない……。ジークフリート様にはあなたに負担をかけないよう口止めされていたのだけれど……ユウマ、あなたは本当のことを知って」
「本当のこと」って言った? 周りがうるさくてよく聞こえない。
「……何ですか、本当のことって?」
クローデリアが俺の耳元に近づく。
「セドリック様は子どもを殺しても食べてもいないわ」
何を言っているんだ? いよいよクローデリアの感性は崩壊したのか? 錯乱?
「……いや、本人、自白していますよ」
俺もクローデリアの耳元で聞こえるように話す。
「村の人たちがあんなに良い人たちだったのに、領主が悪人なわけがないじゃない」
「でも……子どもの誘拐はしていますよね。俺のスキルははっきりと辺境伯が犯人だと示したのを見ましたよね?」
「誘拐はしているけれど、それは村の人たちも承知の上でのことよ。セドリック様が子どものいる家を回って、親が目を離した隙に子どもを連れていたのよ」
「それが神隠しの真相なんですか……?」
「子どもはジークフリート様に預けて、ジークフリート様が王都で子どもの里親を探して、今は身分を偽って王都の子どもたちとして無事に過ごしているわ」
「なぜそんなことを……」
「ユウマも見たとおり、あの辺境の村はもう未来がないの。作物も取れなければ、王政府が何か手を打つこともない。セドリック様と村の大人たちは、せめて子どもだけでも助けようとしたのよ。
だけどそのまま子どもを辺境の平民の子として王都に送ってしまったら……わかるわよね? 激しい差別といじめを受けて、野垂れ死ぬか、よくて奴隷になるだけの未来よ」
「それは……そうですね……。でも、なぜわざわざやってもいない殺人、食人の罪まで捏造する必要があるんです?」
「子どもが生きているとわかれば、捜索が続けられてしまうかもしれない。最悪の場合、王都に辺境の子どもが紛れ込んでいることが明らかにされてしまうかもしれない。
だけど、子どもは死んで、食べられて死体も残っていない、となれば、誰も子どもたちの行方を追わなくなるわ」
「でも、セドリック様の罪はひどく重くなってしまいますよ」
「セドリック様はあえて罪を重くしたのよ……あなたのスキルまで利用して、正規の捜査で、確実に死罪になるために」
「は?」
「セドリック様が嘘の自白をしてこの世から去れば、その嘘が未来永劫、真実となるわ。もう掘り返されることもなくなるでしょう」
「なぜ貴族がそこまで……」
俺は本当に理解ができなかった。自分の身を犠牲にして平民の……ましてや「辺境」の平民の子を守ろうとする貴族などが存在するはずがなかった。
「私も、もっと良い方法がなかったのかと今でも思うわ。でももうあの辺境の村は限界で、時間がなかったの。
ジークフリート様も私も支援をしようとしたけど、それすら王政府に妨害されたわ。私たちは自分たちの財産も差し押さえられて何もできなくなってしまったの。ねえ、なぜそこまでして王国はあの人たちを追い込むの?」
辺境の平民は生きるほどの価値もない……王都の財産を辺境に回すなど言語道断——それが王都民にとっての常識だ……。しかし、なぜ俺は今までその常識を疑わなかったのだろう。
「私は絶対にこの王国が許せない。辺境の人を人とも思わず、身分差で人を虐げる王都の人も許せない。……何よりも無力な自分が許せないのよ」
俺はここまで真剣に怒りを見せるクローデリアを見たことがなかった。
それからクローデリアは断罪台上のセドリックを、まるで懐かしむように見た。
「セドリック様は本当にお優しい方よ。私が出会ったどんな方よりもね。実はレーヴェンハイト公爵家とも遠縁で、私が小さい頃から知っているの。
王都から訪ねてきた私たちにも精一杯のおもてなしをしてくれたのよ。魚が獲れる川もないから隣の町までわざわざ歩いて魚を買いに行ってくれたんだわ。馬も何もかも売って、領民に食べ物を分け与えていたから、財産なんてほとんどお持ちでないの。使用人がいなかったのは雇うお金もないから……」
俺は激しい自己嫌悪に襲われた。
そして、セドリックに「死ね!」とヤジを飛ばす観衆たちが、醜悪で巨大な怪物のように見えた。しかし、俺もその一員なのだ。
俺のヘイトが、セドリックではなく、その観衆と、俺自身に向かって激しく高まっていくのを感じた。
「おまえらこそ死んじまえ!」
俺の渾身のヤジは、ヤジを飛ばす観衆に向かった。
そして俺は周囲の観衆に、手持ちの石を手当たり次第ぶちまけた。
「痛えじゃねえか!」と一人の男が殴りかかってきたので、俺はそいつを殴り返した。
その男はさらに力強く俺を殴り、俺は吹き飛ばされ、地べたに転がった。
悔しくて涙が溢れた。
俺はこれから普通の断罪見物人として、断罪を見続けることができるのだろうか……
「ユウマ、お願い……この王国の断罪に手を貸して」
クローデリアはしゃがみ込んで地べたの俺の顔を見て、美しい顔を涙でくしゃくしゃにしながらそう言った。
遠くで「残虐非道な鬼畜セドリック・アイゼンベルクを死罪とする」とジークフリートが宣告した声が聞こえた。
その声は震えていた。
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