研修 2
間違えて14時の掲載になっていた‥‥‥
空に煌めく星々。愉快に笑っている三日月。煙を吐き出して走る汽車。その汽車に揺られる私とロレンツォ。
「ルシア、はい、お弁当」
「‥‥‥ん」
「ルシア、こっちから海が見えるよ」
「‥‥‥あっそ」
「あ、ルシア、あそこに」
「……」
汽車に揺られながら、私とロレンツォは少し遅い夕飯を食べる。
私もそうだが、ロレンツォも滅多に汽車に乗らない。お弁当を食べながら、汽車から見える街の様子や景色をいちいち報告してくる。今が夜じゃなかったら、きっともっとすごかっただろう。
お弁当を食べ終わった私は、ロレンツォがお弁当箱をカバンにしまったのを確認してから口を開く。
「……ねえ」
「どうした?あ、アイスも売ってるみたいだ。食べるか?」
「……いらない」
「俺はバニラにしよう。ルシアはイチゴが好きだよな。はい」
「……」
いらないと言ったのに、ロレンツォは車内販売されていたアイスを、私の分まで買ってしまった。手の中のアイスを見つめて、私は溜息を吐き出す。人に話を聞けとうるさいのに、ロレンツォだって人の話を聞いていない。
「……違う」
「ん?今日はイチゴの気分じゃないのか?」
「‥‥‥じゃなくて」
「あ、冷たいものじゃなくて、温かいものがよかったか?」
「……そうじゃない。何で、汽車に乗っているの?」
「もちろん、研修があるからだろ」
それは分かっている。私も、行きたくない気持ちを堪えて、頑張って荷造りをした。読みたかった本に手が伸びそうになるのをこらえて、ロレンツォに手を引かれるまま汽車に乗った。だけど、
「何で、今?明日のお昼頃に汽車に乗っても、間に合うのに。あと、アイスはいらない」
「それなら俺が貰おう」
現時刻は夜の19時。研修は明後日。
嬉々としてアイスを口に運んでいるロレンツォを睨んでいても、彼は何も言わない。絶対気付いているのに、何も言わない。だから仕方がなく、あえて大きくため息をついてから彼に問う。
「……何で私は、こんな時間に汽車に乗っているの?」
「そんなの決まっているだろう。観光するためだ!」
「何で??」
研修のために汽車に乗っているのは分かる。でも、そこからどうして観光をするという結論に至るのか分からない。そんなことをするよりも、寝ていたい。
だが、そんな私の本音など知るはずもない、知っていたとしても聞く気がないロレンツォは、早口で語り出した。
「ルシアは出不精だから、仕事でないと遠くまで行かない。せっかく研修でA地区まで行くんだ、この機会に、目一杯観光したい。それに、本来の目的は研修だ。交通費も宿泊費も協会が負担してくれる。俺たちが出す費用は観光のための費用だけでいい。お得だろう。それから、A地区には有名な観光名所も、人気ブランドの本店もたくさんある。個人経営の小さなお店も手の込んだものが多いから見るだけでも楽しめる。それに‥‥‥」
「分かった。分かったから。もういい」
黙っていたら、延々にしゃべり続けそうだ。別にそれなら無視すればいいけれど、私が無視していると分かった時のロレンツォは面倒くさい。
「私は寝てるから、好きに色んなところ見てくれば」
「何を言ってるんだ。ルシアも一緒に観光するに決まってるだろう」
「……嫌よ。何であんたに付き合わなきゃいけないのよ」
「研修の通達を隠していたのは誰だったかな?」
「……」
「明後日はハンナさんとシュークリームを作る約束をしていたのに、急遽予定が入ってしまってな」
「……」
「突然予定を変更してしまったお詫びにお土産を買って行こうと思っていたんだ。ルシアも、付き合ってくれるよな?」
「……わかった、分かったわよ。付き合えばいいんでしょ」
正直観光などしたいとも思わない。
でも、ハンナさんとロレンツォが約束をしていたのは本当のようだし、急に予定が変わってしまったのは私が研修のことを隠していたからだ。
ハンナさんは、引きこもっているルシアのことも気にかけてくれるいい人だ。彼女にお土産を買うなら、ルシアも一緒に考えた方がいいだろう。
それに、どうせ何を言っても、ロレンツォはルシアを引き摺ってでも観光するだろう。なら、いくら抵抗したところで無駄になるだけだ。
このまま何事もなければ、明日の朝6時にはA地区についているはずだ。つまり10時間は寝ることができる。逆に言うと、10時間後には寝たくても汽車から降りるために起きなければならない。それなら今は寝よう。
「ん、寝るのか?それなら俺は本でも読んでいようかな」
いつの間にか私の分のアイスまで食べてしまったロレンツォは、車内のゴミ箱にカップとスプーンを戻ってくると、カバンの中から本を一冊取り出した。
「……好きにしたら」
言うまでもなく、彼の取り出した本は私の本だ。
ロレンツォは、いつも勝手に私の本を読んでいる。まさかここまで持ってくるとは思わなかった。
でも眠たい頭は、つっこむことも文句を言うことも諦めてしまった。
眠りにつく私と、本を読むロレンツォは、数時間後に災厄が出現するなど、考えてもいなかった。
同時刻。D地区のあるアパートから、ピンク色の髪をサイドテールにした1人の少女と、腰までの癖がある栗色の髪の女性が、アパートから出て来た。
「アラベラ、早く!汽車が行っちゃう!」
「エリンちゃん、待って〜。あ、髪が、ドアに引っかかって……」
「もー、何やってるの。ほら、取れたよ! 早く早く!」
ピンク髪の少女、エリンは、栗色の髪の女性、アラベラの手を引いて、駅まで走る。足の遅いアラベラでも、ギリギリこけないスピードで。
一見すると2人は年の離れた姉妹に見える。だが、2人の血は繋がっていないため姉妹よりも遠い関係で、だが、ある意味姉妹よりも近しい関係である。
「それにしても、エリンちゃん。研修は、明後日よ。今日、急いで、汽車に乗らなくても、よかったんじゃ、ない?」
普段走ることをしないアラベラは、エリンに手を引かれて息を切らしながらも、家を出る前から感じていた疑問を投げかける。
実はエリンは魔法少女、アラベラはエリンの契約精霊だった。2人は明後日の研修のため、これから汽車に乗ってA地区を目指すところだった。
「明日、ゆっくり、汽車に乗っても、間に合う、わよね」
「んもー、それだと観光できないじゃない!この機会に目一杯観光をしたいの!だからね、夜のうちに移動して、明日は一日中観光をするの!」
「そ、う、なの、ね」
走りながら、エリンはA地区のどこを見て回りたいや、可愛い服のブランド店に行きたいなど話しているが、走ることに必死なアラベラには、その半分も理解できていない。
「それにね、」
「それ、に?」
「ううん、やっぱり何でもない!」
「?」
そう言ってアラベラの手を引くエリンの顔には、行きたいお店や観光地の話をしていた時よりも輝く笑顔が浮かんでいた。でも、エリンに手を引かれて走ることに必死なアラベラは、そのことに気付くことはなかった。
春の冷たい空気が、頬をかすめる。
街灯に照らされた道を走るエリンは、運動不足のアラベラに合わせて走っているから疲れてはいない。それでもはやる鼓動は大きくなっていく。明日の観光が楽しみだから。そして、明後日の研修にも楽しみが待っているから。
(ああ、早くルシアちゃんに会いたいなあ!)
心の内で叫んで、エリンは空を見上げる。もしかしたら、ルシアちゃんも今、この空を見ているかもしれないと思いながら。
「っくしゅん!」
「どうした?風邪か?」
うとうとしていたところで、鼻がむずむずして我慢しきれずにくしゃみが出てしまった。せっかく眠れそうだったのに、目が覚めてしまった。
隣で本を読んでいたロレンツォが顔を覗き込んでくる。
「‥‥‥違う、と思う」
言ってから、風邪だったという事にすればよかったと後悔する。もし風邪だったなら、研修を休めたかもしれないから。
冴えてしまった頭は眠りにつくことを邪魔する。仕方がなく、窓の外をぼんやりと眺める。その内に眠くなると信じて。
空には、相変わらずにっこりと笑う三日月が浮かんでいた。
次回は28日の予定です。




