研修 1
この日も、私はいつものように、ロレンツォが作ったお昼ご飯を食べていた。中まで甘い卵液がじんわり染み込んだフレンチトーストだった。
「そういえば、そろそろ研修の時期だね」
「……そうかもしれないわね」
「通知が来ていてもおかしくないが……ルシア」
「……何よ」
「何か隠していることはないか?」
「……別に、何もないわよ」
「ルシア?」
「……」
いつも通り。いつも通り普通に振る舞えていたと思う。
内心冷や汗がすごかったことは認めるし、一瞬肩が震えてしまったけど、それはロレンツォが見ていない時だったから気づかれるはずがないと思っていた。
なのに、
「本当に?」
彼は私に疑いの目を向けていた。
「……本当よ」
「全く。強硬手段に出るしかないか。少し失礼するよ」
「え? あっちょ、待って! ダメダメダメ!」
気がついたら、ロレンツォが身を乗り出して私の方に手を伸ばしてきていた。でも気付いた時にはすでに遅かった。
「ちょっと、ロレンツォ! やめて!」
机の端に置いてあった魔法少女専用の端末を取り上げたロレンツォが、「こうだったかな?」と呟きながら操作している。しかも私の手が届かないように立ち上がって、憎らしいほど長い手を限界まで伸ばして。
背伸びした私では届かないし、ジャンプしても届かない。
「ロレンツォ! ダメだってば!」
「ああ、これだな。えーと、朝10時〜午後3時まで。場所は魔法少女協会本部大4会議室。持ち物は」
研修についての通知を発見してしまったらしい彼は、どこで、何時から、必要なものなどを次々に確認していく。
「えー、日付は……」
1番大事なところを、私にとっては1番知られたくなかったことに彼が目を通した時、ロレンツォの顔が、体が固まった。そして瞬時に驚愕の表情へと変わる。
「明後日?!」
気づかれてしまったならもう遅い。今から私ができることは1つ。
ロレンツォが端末を覗き込んで、間違いがないか何度も読み返している隙に、私は彼からそっと離れてドアに手をかける。
でも魔法少女になっていない時の私の動きは鈍い。すぐにロレンツォに気付かれて、扉が開かれないように押さえられていた。そして背後から感じる静かな怒り。
「ルシア。少しお話ししようか」
「……はい……」
退路を断たれた私は、大人しくロレンツォに従うしか無かった。
「それで?この通知はいつのもの?」
「……いっ、週間前、だったかな……?」
「本当は?」
「……3週間前です……」
「なるほどね」
明らかに怒っているのに、ロレンツォの顔にはとびきりの笑顔が浮かんでいる。これは、必死で怒りを抑えている時の顔だ。
「何故隠していた?」
「……」
「まあいい。ルシアは必要なものを準備して。宿は、今からでもとれるかな」
「……」
ここから協会本部までは、汽車に乗って半日かかる。魔法少女の姿で移動してしまえば早いのだが、戦闘時以外に魔法少女の姿になる事は固く禁じられている。つまり、研修の日は外泊しなければならない。
今日気付くことができて良かったと、ロレンツォは普段あまり見ない契約精霊専用端末を操作する。運良く協会から近い宿が空いていたようだ。
「……ロレンツォ」
「何?」
「……行きたくない」
普段私から話しかける事はないから、ロレンツォは少し面食らったらしい。でも今はそんな事、気にしてられない。
正直な気持ちを告げると、案の定、彼は盛大なため息をついた。
「またそう言う。出なかったらどうなるか、分かっているのだろう」
「……私はどうなっても構わないわよ」
「俺が許さないと言っている」
ロレンツォの言いたいことは分かる。私の願いを聞いてくれない彼は、私が研修に行きたく無いと言っても聞いてくれないだろう。何があっても、あの手この手で行かせるに違いない。
魔法少女には、たくさんの規則がある。両手では数え切れないほどの規則には、破ってしまった時のペナルティがそれぞれ存在する。
その1つに、「年に1回の研修に出ること」というものがある。研修に出なかった場合は、契約精霊との契約を強制解除され、魔法少女の権利も剥奪される。
万が一体調不良で出られない場合は、特別に別日が設けられるらしいが、それは滅多にない。何故なら、魔法少女は滅多に体調を崩すことがないから。魔力量のおかげとか、契約精霊のおかげとか、色んな噂があるけれど、詳しいことはよく分からない。
「そんな事より、早く準備する」
「……」
「返事は?」
「……分かったわよ」
どうせ、今更私が何か言ったところで、ロレンツォは私を引き摺ってでも研修に連れて行くだろう。大人しく研修に出るしかない。
それに、私は研修が嫌と言うわけではない。嫌なものは別にある。当日は、できる限りそれから回避する方法を探すしかない。
次回は21日です。




