一目惚れ
初めは番外編としていましたが、本編と大きく関わってくるので変更しています。
「ロレンツォ君、おめでとう。今日から君も、我々魔術師の仲間入りだ」
優しい声と共に、シワの刻まれた小さな温かい手が、ポンッと肩を叩く。
「ありがとうございます、師匠」
自分よりも頭ひとつ分低い彼は、ケンジー教授だ。魔術師養成学校の教授で、自分にとっては師匠で、育ての親でもある。
普段は厳しく上げられている目が、今日は優しく下げられている。
「にしても、魔術書に落書きしていたクソガキが、首席で卒業することになるとは。世の中何があるか分からないものだ」
「ははは。これも師匠のご指導あってこそです」
「ふん。可愛くないガキが」
いつものこのやり取りも、独り立ちしてしまう今日で最後になるのかと思うと、寂しく思うところがある。だが、ケンジー教授はそんなやりとりを惜しむ素振りも見せない。
次に目を合わせると、久しぶりに見る優しい眼差しは勘違いだったのかと思うほど、いつもの厳しい目つきに戻っていた。
「ロレンツォ君。魔導士を目指す気はないかね?君には充分その素質がある」
冗談ではない。教授は真剣に自分に問いかけている。
魔導士とは、魔術師よりも更に上の存在だ。魔力を持っている者なら誰でも目指すことのできる魔術師と違い、魔力量が豊富で、且つ魔術の扱いに長けた一握りの魔術師しか目指すことが出来ない。教授は、その実力がロレンツォにあると、本気で言っている。
これまでも、何度か魔導士になることを勧められた。それでも、魔術師であれば、誰もが憧れを抱く存在を目指すことができると言われ、師匠に実力を認められていると分かっていても、自分は魔導士になるつもりはない。
「俺は契約精霊になります」
「どうしてもか?」
「はい。あの子との約束を、俺から放棄することなど、できませんから」
「そうか。後から後悔しても、知らないからな」
「絶対、後悔しません」
だから、教授と同じくらいの真剣さで、本気の眼差しで告げる。
何を言っても、ロレンツォの意志は変わらないと理解したケンジ―教授は、ふっと息を吐きして表情を和らげる。
「教授、大変お世話になりました」
「偶には顔を見せにこいよ」
弟子と師匠の間には、それ以上の言葉は必要なかった。
あれから、2年が経つ。
2年もの月日が流れたのに、自分は未だ契約精霊になることが出来ていない。
条件に合う少女を勧誘して、断られ続けているわけではない。
条件に合う少女が見つからないわけでもない。
自分の理想の少女が、理想の魔力を持った少女が見つからないのだ。
「後悔するな」と、あの日の教授の言葉が頭の中で繰り返される。
後悔はしていない。後悔はしていないが、このままではいつまで経っても契約精霊になることはできない。
それならば、完璧に理想の少女を見つけることを諦めてしまった方がいいのではないか。ある程度は妥協した方がいいのではないか。そんな考えさえ、頭によぎる。
だが、決心がつかない。
魔法少女と契約精霊の契りは、特別なものだ。万が一契約後に相性が合わなかったとなると、契約を破棄することはできる。
だが、それは魔法少女にも、契約精霊にも、魂レベルで傷ができる出来事だ。可能な限り避けたい。
つまり、契約精霊を目指すものは、万が一が起こらないために、主人となる魔法少女の理想像を細かくイメージしているものが多い。
ロレンツォもその1人だ。2年前に魔術師となった時から、魔術師協会のバイトがない日は、街に繰り出して理想の少女を探している。が、そんな日々も2年が過ぎた。
「どうしたものかな」
バイトをしているとはいえ、それで生計が成り立っているわけではない。バイトで得る金よりも、食費やら光熱費やらで出ていくお金の方が多い。
こんな生活も、持って後1年と言ったところだろう。
「期限を、設けた方が良さそうだ」
1年、いや、半年。半年は粘ろう。
もし半年粘って、それでも理想の人が見つからないのなら、その時は諦める。諦めて、条件に合う少女に端から声をかけていこう。
心に決めたロレンツォは、その日も街に出て理想の人を探した。探して、やはり見つからなかった。
その次の日。ロレンツォが魔術師協会で書類整理のバイトをしていた時だった。G地区で、魔獣が出たと報せが入った。
魔獣の討伐は魔法少女と契約精霊が行う。魔術師協会に名を置く魔術師は、避難誘導を行わなければならない。それはバイトの身であっても同じ。
ロレンツォもすぐに準備をして、現場に向かった。
現場は、混乱の渦だった。
家財を持って逃げ惑う人々。子供の手を引いて逃げる親。いつもと違う空気に泣くことしかできぬ赤子。
そして、少し開けたところで暴れる、人よりも大きい犬の姿をした害獣。災厄レベル7、害獣No.2 ヘルニルだ。
ヘルニルから逃げてくる人に流されないように、ロレンツォは徐々に到着してくる魔術師と協力して人々を安全な場所まで誘導する。
時には飛行魔術を使用して、近隣に住む全ての人が安全な場所に移動できているか確認する。
全ての人が避難し終えたところで、ロレンツォ達魔術師は次の仕事、怪我人の確認と、場合によっては傷の処置に取り掛かる。
幸い命に関わる傷を負ったものはいなかったから、魔術師の治癒魔法で何とかなった。そうでなければ、魔道士の要請をしなければならない。魔術師では、そこまでの治療ができないから。
怪我人の治癒に奔走するロレンツォの耳に、魔法少女が現場に着いたとの情報が届いた。それから間もなく、害獣は討伐されたことも届いた。
漸く街に平穏が戻ってきたことで、人々の間に張っていた緊張が解けた。
その中で、ロレンツォはある少女に目を向けた。青みのある薄灰いろの髪と目を持った少女だった。
少女の周りには誰もいなかった。誰も少女に近寄らなかったのではない。少女が、人から離れていた。
ヒトから離れた少女は、どこか浮いていた。害獣が討伐されたという情報に喜ぶ人の中で、少女は1人、何かを悲しんでいた。
だが、少女が他の人と違うと感じた原因は、それだけではなかった。
少女を目にしたロレンツォは、心臓が高鳴るのを感じた。少女は、ロレンツォが探してきた理想の少女だった。いや、理想以上だった。彼女は、ロレンツォの理想以上の魔力を持っていた。
ロレンツォは少女から目を離すことができなかった。運命だと感じた。
この時、ロレンツォは少女に、少女の持つ魔力に、一目惚れした。
次の日、害獣による被害の始末を終えたロレンツォは、再びG地区に向かった。そしてロレンツォは、公園の椅子に座り込む少女を見つけた。
「これから、どうしよう」
舞い落ちる桜の中、ロレンツォは少女に話しかけた。
「それなら、俺と一緒に働かないか?」
次回は14日です。




