願い 5
温かい空気が私を包み込んでいる。
穏やかに流れる空気が私の肌を優しく撫でる。
ここは天界というところなのだろうか。
(私なんかも、天国に来られたんだ)
不思議な気持ちで瞼を持ち上げると、ふわふわした物体が私の視界に映る。
「ロレン、ツォ……?」
私の顔の横に座る、綺麗な銀色の毛並みの猫が、似たような銀色の涼しい瞳を私に向けていた。
エアアルの攻撃によって死んだのは私だけの筈だ。何故、彼がこんなところにいるのだろう。
ああ、きっと私が死んだ後に、ロレンツォもエウアルの攻撃を受けて死んでしまったのだ。猫の姿をしているけれど、実際の彼は人だ。彼も、エウアルの敵だ。
「終わってしまった事は仕方がないわね。これからはこの世界を楽しまなくちゃ」
「何を言っているのか分からないが、気が付いたなら体を起こして魔力の確認をしろ」
「何の為に?」
まさか死後の世界に、死ぬ前に体に起きたことが影響すると言いたいのだろうか。傷ついたのは体だけの筈だから、魂だけとなった今は関係がない筈だ。
「当然、まだ戦えるか判断する為だ」
「何故?」
まさか死後の世界に来てまで、私は彼と協力して戦わなければならないというのか。契約精霊との縁は、こちらの世界に来ても変わらないというのか。
「何故? それは俺の台詞だ。お前、あの時何を考えていた。戦闘中に魔力を解除して無防備になるなど、馬鹿げた考えだと思わなかったのか? 何故あの時……っ!」
私を責めて、声を荒げるロレンツォが、何かに気付いたように目を見開いた。
「まさか‥‥‥」
「そのまさかよ。死のうと思ったの」
「この馬鹿が!」
「だって考えてみて。私があなたに殺してと願っても、あなたは私の願いを叶えてくれない。私が自ら命を絶とうとするとあなたが邪魔をしてくる。あの時、ついに私の願いが叶うチャンスが来たのよ。実行しないわけにはいかないでしょう」
私がロレンツォと出会ってから、ずっと彼に望んできて叶えられなかった事。ずっと待ち侘びていた死という瞬間が目の前に表れたのだ。
体を起こすとロレンツォが信じられないものを見る目を私に向けていた。
「でもこれで全部終わったわ。最初からこうすれば良かったのね」
「そんなこと、俺が許さないと言っているだろう!」
「あなたが許さなくても、もう実行した後よ。その結果がこれ。私の願いは叶ったの」
「ああ、そうだな。その結果がこれだ。そしてお前の願いは叶わず、俺によってまたお前の命は守られた」
「は? 何を……」
「お前が魔力を解除した後、空中に霧散したお前の魔力を集めて防御結界を限界まで固くした。それでも衝撃を防ぎ切る事は出来なかったから、俺とお前の魔力を使って全身を治癒した。お前は、まだ生きている」
私の左手にはまだ指輪がはめられている。右耳にはピアスが光っている。私の中で増え続ける魔力が、指輪に溜まっていくのを感じる。
「私、死んでないの?」
「フン。そうだと言っているだろう」
「なんで……」
まただ。ロレンツォが何もしなければ願いが叶ったのに、また私はこいつに邪魔された。
両目に溜まった涙が地面に落ちて土を濡らす。
「なんで、どうしていつも邪魔するの?! 私が、私の願いを、いつも、いつも……!」
「だから、何度も言っているだろう! 俺は、お前に惚れたんだ! そう簡単に死なせてたまるか!」
「っ!」
うるさい。どうしてお前はいつもそうなんだ。いつもいつも、どうしてそんなに真っ直ぐなんだ。
「……うるさい」
いつも私の為を思って、私の心配をするお前が煩わしい。
「嫌いだ……お前なんか、大っ嫌いだ!」
「何とでも言えばいいさ。お前にどう思われていようと、俺にはお前が必要だ!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
これ以上、私の心を掻き乱すな!
「キイィィイイーー!!」
「チッ気付かれたか!」
空を飛んでいたらしいエウアルが、言い合いをする私達に気づいて急降下してくる。
短く詠唱をしたロレンツォが頭上に結界を張る。
「それで、戦えるのか?!」
「あー、もう! 戦えるわよ! 戦えばいいんでしょう?!」
生き延びてしまった以上、魔法少女の役目は全うしなければならない。
両目の涙を雑に拭って、ギリギリ溜まっていた魔力をライフルの形に変えて構える。
「1つ考えがある」
ロレンツォと短い作戦会議をして、私は再びエウアルに目を向ける。
「……できるか分からないけど、やってみる。ロレンツォ」
「分かってる」
「いくわよ。3、2、1、」
次の瞬間、ロレンツォが結界を解除した。それと同時に、私が放った魔力がエウアルの眉間に着弾する。
「ギイィーー!!」
それでもまだ致命傷ではない。
溢れる怒りを私に向けたエウアルが、血を流しながら再び私に向かってくる。
巻き込まれないように1番近い木の上に退避したロレンツォを横目で確認しながら魔力の形を変える。
さっきと同じようにレイピアへと変えていた魔力で流すが、怒りに燃えたエウアルの動きは先程よりもずっと早い。
(でも、私だって負けてない!)
さっきは慣れない空中戦だったから躱すだけでも必死だった。
でも今度は違う。標的の私が飛ばないからエウアルは高くまで飛んでいかない。地に足をつけて戦うことができる。さっきもこうすればよかったのに、攻撃を躱すことに必死で思いつかなかった。
エウアルの攻撃速度は上がっているけれど、今はその全てを流さなくても躱すことができる。
「ギィア!」
大きく振りかぶったエウアルの左脚が振り落とされる前に、距離を詰めてその付け根から切り落とす。
痛みに暴れるエウアルの目が、怒りで赤く燃え上がる。残った右脚と嘴を駆使して私に迫ってくるが、片足を失ったエウアルの動きは僅かに遅くなった。
「チッ」
生まれた隙をついて、エウアルの魔石を狙うがギリギリ届かなかった。
私を狙うエウアルの攻撃を避けて、次にできるであろうチャンスを待つ。
「キイィィーー!!」
(! 今!)
私に攻撃が当たらないことと、痛みによる怒りに鳴き叫ぶエウアルに、大きな隙が生まれた。
この瞬間を逃すまいと、予めレイピアとは別で形を作っていたハンドガンを構えて引き金を引く。
「ギャア!」
命中。
魔石にヒビが入り、エウアルの動きが止まった。
目に光を映さなくなったエウアルが地面に倒れ、羽の先から灰になって消えていく。後に残ったのは、緑色に光る小さな魔石だけ。
「おわ、た……」
張っていた気が一気に緩んで、立っていることができずに座り込んでしまう。
「お疲れ様」
木から飛び降りたロレンツォが私の目の前まで歩いてくる。その顔を正面から見ることができなくて、今気がついたというフリをしてここからは見えない公園の端に目を向ける。
「魔法壁も解除されたな。ほら、魔石をしまって」
「……うるさい」
「全く、しょうがないな」
「っ!」
ロレンツォに目を向けないでいたら、いつの間にか人の姿に戻って拾った魔石を私の腰についているポーチにしまっていた。
魔法壁が解除されたから人の姿に戻れたのだ。
「帰る!」
でも今の私にはそんなことはどうでもよかった。
後ろで慌てたロレンツォが猫の姿になる気配を感じるけれど、私は彼を待つ気はない。今彼が肩に乗ってきたら、勝手に脈打つ心臓と熱を持った私の顔に気づかれてしまうから。
「は、おい、ちょ、待て! 置いていくな!」
「うるさい! ロレンツォの、バカ!」
「な?! 馬鹿とは何だ! 馬鹿とは!」
喧嘩をしながら屋根の上を走る私達を、街の人達が不思議そうな目で見ていたことは、私もロレンツォも知らなかった。




