願い 4
考えるよりも先に体が動いた。
ロレンツォの飛行魔術によって背中から生えている羽を、想像するままに動かして木よりも高くへ飛び上がる。
「キィー、キイィィーー!」
ビリビリと空気が震える。
背中にありえないほどの圧を感じて、それに耐えきれない肌がゾッと鳥肌を立てる。
上にいる方は私なのに、下にいるエウアルから放たれた威圧が重苦しく私にのしかかる。
『ルシア!8時の方向に避けろ!』
ピアス越しに届いたロレンツォの指示に従って左下に降下する。直後、エウアルの鋭い爪が空気を切り裂き、間一髪でよけた私を空気が叩きつける。
ガザザザザ‥‥‥!
「ぐっ‥‥‥う、」
咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせたけれど、それだけでは風を防ぐことができない。身体に力を入れて踏ん張るが、自分で飛行魔術を使ったことのない、元はただの人間の私は空中に慣れていない。2度、3度回転しながら吹き飛ばされてしまう。
身体が木の葉に、枝にこすれるけれど、魔法少女の身体はこの程度では傷付かない。
地面に叩きつけられるギリギリのところで止まり、息をつく暇もなく空へと跳ぶ。
遠くにいたエウアルが、私を確認して突進してくる。
(早い‥‥‥!)
敵に背を向けて逃げる獲物ほど狙いやすいものはない。ましてや今は空中戦。敵の得意とする分野だ。
迫りくるエウアルに素早く反応して、右手にしていた魔力の形を変える。
初めの一撃で仕留められなかった今、遠距離から獲物を狙う射撃は向かない。エウアルに対しては接近戦の方が向いている。
私が引き金を引ききったのと、エウアルと目が合ったのは同時だった。
ギリ間に合うか、とは思わなかった。
エウアルは鋭い嘴と爪が特徴的な害獣だ。だが嘴と爪よりも恐ろしいものがある。それは動きの速さだ。
目が合ったと理解した時には、エウアルを仕留めたか確認する暇もなかった。そんなことをしていたらば、私は今頃エウアルの餌食となっていただろう。
細身の剣、レイピアの形に変えた魔力を構えて、瞬時に私との距離を詰めてきたエウアルの攻撃を流す。
細身の剣の形をしているが、私の魔力だから硬さや形は自由自在に変えることができる。折れる心配も刃こぼれする心配もないから、エウアルの攻撃を受けるならレイピアよりもロングソードやツーハンドソードの方が向いている。ただあくまでも攻撃を受けるならだ。
私にはエウアルの攻撃を受け止め切ることのできる腕力はない。ましてや今は慣れない空中戦。受け止めてしまったら、地面に叩きつけられる。
嘴をついてくるエウアルの隙をついて、何とかその下にある魔石を狙いたいけれどできない。空中戦に慣れていない私は、エウアルの攻撃を躱すだけで必死だ。
次第にエウアルも嘴での攻撃だけでなく、大きな足を振りかぶって鋭い爪で私を狙い始めた。
「っ‥‥‥!」
流しきれなかったエウアルの爪が、私の肌を抉る。
この身体は痛みを感じることはないけど、血は私の身体から流れているものだ。傷が増え続ければまともに戦うこともできなくなる。
かといって正面から受け止めても無事ではいられない。ロレンツォの防御結界があってもこの威力だ。たとえ武器の硬さや形を変えられるとしても、地面に叩きつけられるだけでは済まされないだろう。
ピアスが熱をもって私の身体を青白い光が包み込む。ロレンツォの治癒魔術だ。
でも治癒されていく速度よりも、私の身体に新たな傷ができていく速度の方が2倍以上早い。
(何か、打開策は‥‥‥!)
攻撃を受け続ける私は傷つき疲労が蓄積していく。
それなのに絶え間なく攻撃を続けるエウアルには疲れる素振りが認められない。どころか、ようやく調子に乗ってきたとでも言うかのように攻撃の間の時間は少なくなっていく。こちらから攻撃を仕掛ける隙が見つからない。
(これじゃ、ダメだ!何か、何か方法は‥‥‥)
『ルシア!合図したら、武器を変えて魔力を打ち込んで!』
「は?!ロレン、ツォ、何、言って‥‥‥!」
『いいから!返事は?!』
「あー、もう!うるっさ!わか……た!」
エウアルの攻撃を流すだけでも必死なのに、武器を変える暇なんてできるはずがない。それでもロレンツォには何か考えがあるらしい。
こんな時まで返事を要求してくるなんて、本当に面倒くさい契約精霊だ。
エウアルの攻撃を流し続け、時々肌を抉られてその傷が治癒されるのを繰り返しながら、ロレンツォの合図を待つ。
(おっそい!いつまで待てばいいの?!)
きっと実際の時間は10秒にも満たないとは分かっている。
それでも休む暇もなく力強い攻撃を躱している私の身体は悲鳴を上げている。全身が汗と血で汚れて、既に息が切れている。
「っふ、く‥‥‥!」
『今だ!』
疲れ始めた身体が鈍くなり、ギリギリのところでエウアルの攻撃を躱したのと、ロレンツォが合図をしたのと、私とエウアルの頭上でチカッと強い光が放たれたのは同時だった。
そしてロレンツォの合図に私が魔力の形を変えたのと、エウアルが攻撃を止めて空を仰いだのも同時だった。
(‥‥‥!今!)
空を振り仰いだエウアル嘴の下にある弱点、魔石が私の目の前で露になった。
ロレンツォが作ったチャンスを逃すまいと、すかさずハンドガンの形に変えた魔力を構え、狙いを定めて引き金を引く。その間、0.4秒。
だが私の魔力が魔石に届くのよりも、エウアルの動きの方が早かった。
殺気を感じ取ったエウアルが私へと視線を戻し、私が放った魔力の塊を避けながら突進してきた。
(は、や‥‥‥間に、合わない‥‥‥!)
魔力武器として使う魔力は小さなハンドガンに変えてしまっている。受けることも流すことも、更に避けることもできない。他の魔法少女がいつ来るかも分からない。それまでは、エウアルを放置することになる。
(それまでは、何とか耐えなきゃ!たえて……耐えて?)
耐えきって、その後私はどうするのだろう。どうなるのだろう。
そもそも頑張って耐えたところで、公園内に張られた魔法壁によって一般人は通り抜けることができない。公園内に一般人がいないことはロレンツォが確認しているはず。もし確認漏れがあったとしても、残ったロレンツォが何とかするだろう。
エアアルは人を襲うけれど自然環境には滅多に被害をもたらさない。それなら、
(私がそこまで頑張らなくてもいいか)
それに今、漸く私の願いが叶うかもしれない。
(これで、楽になれる)
ずっとずっとロレンツォに願ってきたことが、願い続けて却下されてきたことが、ようやく叶う。
それならば、もうこれでいいのではないか。
(私、今まで頑張ってきたんだもんね)
身体の力が抜けていく。
漸く願いが叶うということに、頬が弛緩していく。
右手の魔力の塊の武器を解除して、私の魔力がキラキラと宙に散っていく。
『?!』
ピアス越しにロレンツォが慌てる気配を感じる。
さっきまではあんなに早く感じていたエウアルが、今は酷く遅く感じる。
すべてを諦めた私の身体に、エウアルの鋭い嘴が届く。
視界が暗転する直前に私の耳が最後に拾ったのは、ドンッという鈍い音だった。




