悪夢 2
感情を押し殺し、部屋から飛び出たルシアは、ロレンツォと指輪でつながっている魔力を辿り、大通りに出た。
そこでルシアが目にした光景は、大きな鼠と、鼠の前で倒れる老婦人、そして老婦人を守るために結界を張っているロレンツォだった。
「あ、れは‥‥‥ハンナ、さん?」
鼠の前で倒れる老婦人は、ルシア達の隣に住むおばあさん、ハンナさんだった。
何かの拍子に足を痛めたのだろうか。倒れたまま立ち上がることができない様子だ。
「っ!」
また、ルシアのせいで、無関係な人が傷つく。
無意識のうちにかみしめていた唇から、血が滲む。
口の中に鉄の味が広がるのを感じながら、ルシアはペラタチスと距離を詰め、形を作った魔力をペラタチスに振り下ろす。
「ギィ!」
だが、直前で危険を察知したペラタチスは、ルシアの振り下ろしたツーハンドソードをギリギリのところで躱した。
それでもルシアは止まらない。地面に魔力の刃が当たり、破片が飛んでくるのも気にせず、飛びずさったペラタチスを追いかける。
ペラタチスは体長1.5メートルの害獣で、その大半、0.9メートルが尾だ。
長い尾の先には直径5センチほどの鏃の様な鋭い石の刃がついており、尾を振り回すだけでも建物を傷つけている。更に、鋭い牙で動植物や建物を食いちぎり、鋭利な詰めが地面を抉っている。
ペラタチスが現れて数分しか経過していないにもかかわらず、ネビュラ住宅街の大通りはペラタチスの被害が大きく出ている。
だが、罪悪感と後悔に蝕まれたルシアは、心の中で赤黒く、醜く燃える、火傷しそうなまでに熱いのに冷たい怒りをペラタチスに向けたままで、街の様子が、周りの様子が見えていなかった。
『ルシア! 止まれ!』
「!!」
狭まっていたルシアの視界が、飛び込んできたロレンツォの声と熱を持ったピアスで開けた。
「ぁ‥‥‥」
視界が開けたルシアの目に、大通りの様子が、街の様子が、遠くに避難している住民達や、建物の中から様子を伺っている住民たちの姿が飛び込んできた。
深く抉れた地面、破壊された窓や崩れた壁、遠くから様子をうかがう、人々。彼らは、恐れを抱いた目を向けている。ペラタチスと、ルシアに対して、向けている。
「‥‥‥ぁ、や‥‥‥ご、め‥‥‥なさ‥‥‥」
ダメだった。
ルシアが魔法少女になったのは、ロレンツォに願いを叶えてもらえるからという事も理由の1つだが、ルシアが魔法少女になれば、害獣を呼び寄せてしまったときに、無関係な人たちを傷つけることが無くなるかもしれないという希望にすがったというのもある。
いや、それだけではない。魔法少女になることで、ルシアに対する街の人の印象が変わるかもしれないという、浅ましい希望も持っていた。
でも、ダメだった。
怒りに任せ、ペラタチスを攻撃していたルシアは、周りが見えていなかった。
ただペラタチスを討伐することだけを考えて、街の状況が見えていなかった。
ボロボロに崩れてしまった街の中で、人々の目がルシアに突き刺さる。
「ぁ‥‥‥ぁあ‥‥‥」
『ルシア!』
「っ!」
ルシアの目の前が暗くなるかと思った直前、ロレンツォの声がルシアを現実に引き戻した。
ルシアからの攻撃が止んで、体勢を整えたペラタチスが突っ込んできていた。
瞬時にルシアと距離を詰めたペラタチスは、右前脚をルシアに向かって叩きつけた。
咄嗟にペラタチスの攻撃を受けたが、万全な状態で攻撃を仕掛けてきたペラタチスに対し、ルシアは気が動転していた。力強いペラタチスの攻撃に耐えられず、横に飛んだ。
「っぐ、ぅ……!」
ドッと鈍い音が、通りに響き渡る。
『ルシア!!』
壁に叩きつけられたルシアは、意識が遠のきそうになるのを堪え、魔力を杖に何とか立ち上がる。
全身を温かい光が包むが、体に負った怪我が回復するよりも、ペラタチスが再び攻撃を仕掛けてくる方が早い。
ズキズキ痛む体を根性で動かし、ペラタチスの攻撃を受ける。けれど、やはり体制が整っていない状態で、回復も間に合っていないから膝をついてしまう。
ポォ、と頭上で青白い光が放たれ、ロレンツォが張った防御結界が現れる。だが、それも気休めでしかない。
すぐにヒビの入った防御結界は、ルシアが立ち上がった時には割れて、ペラタチスの攻撃が再びルシアを襲う。
「っく‥‥‥ぅ‥‥‥!」
攻撃を受けながらも、ルシアはペラタチスに集中できない。
街の人の目が、ルシアに向けられていると思うと、戦いに集中できない。
それでも、ペラタチスを、ルシアが呼び寄せてしまったこの害獣を放置することはできないと、無理やり意識をペラタチスに向ける。
けれど、意識をペラタチスに向けたところで、傷付いて体力も削られてきたルシアには、ペラタチスの攻撃から逃れ、討伐する打開策が思いつかない。
「‥‥‥?」
と、前足でルシアを攻撃していたペラタチスが、攻撃を止めてルシアから少し離れた。
だが、ルシアがペラタチスの行動に疑問を持ったのは一瞬だった。
『?! ルシア、上に跳べ!』
ピアス越しにロレンツォの怒声が届き、ルシアに考える時間は与えられなかった。
ルシアが地面を蹴ってペラタチスの頭上に跳び上がった直後、ルシアの後ろの壁が崩壊した。ペラタチスの尾の先が、建物に当たったのだ。
建物内から悲鳴が聞こえるが、ルシアはそれを気にしていられない。ペラタチスが、上にいるルシアを捉えたから。
『‥‥‥~っ!! ま、にあったか!』
けれど、心配する必要はなかった。壁が、建物が崩れ落ちる前に、ロレンツォが魔術で壁を修復したからだ。
ただ、ロレンツォが施したのは応急処置に過ぎないから、戦闘が終わってから修復する必要がある。
……そう、戦闘が終わってから。
上に飛び上がったルシアを捉えたペラタチスが、ロレンツォが応急処置を施した壁を足場に、ルシア目掛けて駆け上がってきた。
みるみるうちにルシアの背後に回り、ルシアよりも高い位置に上がったペラタチスが、ルシア目掛けて尾を振り下ろしてきた。
それでも、飛んでいるわけではない、地面を蹴って飛び上がっただけのルシアは、視界にペラタチスの尾が目に入っても、避けることができない。
『?! 〜〜!!』
ピアス越しに、ロレンツォが防御結界を展開する焦った声が聞こえる。
けれど、スローモーションで眼前に迫るペラタチスの尾を前に、ルシアは悟った。
(もう、間に合わない)
結局、魔法少女になっても、ルシアは呼び寄せてしまった害獣を討伐することができなかった。街に、周りの人に、迷惑をかけただけだった。
悔しさに、キツく目を閉じたルシアは、一瞬強い風が吹いたように感じた。
『?!』
その直後、降下を始めたルシアの体が、何者かに抱き止められ、遠くの方で何かが地面に打ち付けられる音を聞いた。
震える瞼を持ち上げ、現れたルシアの瞳は、予想外の人物を映し出した。
「っふぅーーー……」
いつになく真剣な表情で、ペラタチスが飛んでいった方向を見つめる彼女は、ルシアと目が合うと、パッと明るい笑顔を見せた。
「ルシアちゃん、また会えたね!」
「エリンさん……」
エリンに横抱きにされながら、ルシアは初めて彼女に助けられたのだと理解した。
横抱き、つまり、お姫様抱っこです。




