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魔法少女は契約精霊のことが嫌い  作者: 道上 萌叶
第1章 魔法少女ルシア
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身勝手な悪魔の祈り

 自室のベッドに身を投げ出し、次から次へと溢れる涙を拭うこともせず、ルシアは歪む本棚を見つめる。

 今日、両親の眠る墓の前で再会したシスターは、ルシアが初めて入った孤児院でお世話になった人で、ルシアのせいで大怪我を負った人だ。




「お久しぶりですね。元気に、していましたか?」


 優しく笑う、右腕のないシスターは、ルシアの記憶そのままだった。シスターの目に映っているだろうルシアは、シスターの記憶にある姿から大きく変わっているのに、シスターは何も変わっていなかった。


「は、い……シスター、も…………」


 そこまで口にしたルシアは、続く言葉が出てこなかった。

 元気でしたか? とルシアが問うのは違う気がした。目の前の人は、ルシアのせいで右腕を失い、右足を自由に動かすことが出来なくなったのだから。

 言葉を探すルシアは、目の前の人がふっと息を吐き出すのを感じて目を上げる。


「ルシアさん、よろしければ、お茶でもいかが?」


「え、と……」


「予定があるのでしたら無理にとは言いませんよ。ですが、予定がなければ、どうでしょう?美味しい茶葉があるのですよ」


 変わらず優しく微笑むシスターを前に、気付くとルシアは頷き、彼女に案内されて協会の中に入っていた。

 目の前には黄味のかった赤い紅茶。それからシンプルなスコーンと苺のジャム。


「遠慮しないでいいですからね」


 舐めるようにチビチビと紅茶を飲んでいたルシアは、心を読まれたのかと思い、肩をピクリと震わせる。

 すぐに帰るつもりだったルシアは、今日は何も口にしていない。自分から食事を取ろうと思うことは滅多にないが、お腹が空いている時、こうして目の前に食べ物を出されたら、食べたくなる気持ちは抑えられない。

 チラリとシスターに顔を向け、「いただきます」と小さく呟いてから、ルシアはスコーンに手を伸ばす。

 仄かに温もりを感じ、手で小さく割ると、割れ目から食欲をそそるバターの香りが漂い、焼きたてなのだとわかる。

 口に含めば、外はカリッと、中はフワフワとした軽い食感で、より一層バターの香りと甘さが広がる。

 1つ目のスコーンはそのまま何もつけずに食べ、紅茶で一息ついてから、2つ目のスコーンに苺ジャムをたっぷりつける。ジャムを垂らさないように気をつけながらスコーンにかぶりつくと、バターの香りと、苺の酸味が口の中で絡み合う。咀嚼を続けていくとジャムの優しい甘さが引き立ち、その甘さが体を喜ばせる。きっとジャムも手作りなのだろう。


「本当に、元気そうでよかった」


 スコーンを頬張るルシアは、視線をあげたが、目の前のシスターと目を合わせることに耐えられなくてスコーンに視線を戻す。

 目の前の人は、ルシアのせいで大きな怪我を負った。その怪我のせいで、彼女の人生は狂ってしまった。

 なのに、彼女は笑っている。あの頃から変わらない優しい笑みを、今もルシアに向けている。


「ルシアさんは、今、大学生でしょうか?」


「…………」


 スコーンを食べることに集中しようとしていたルシアは、シスターの言葉に、再び体が固くなる。

 本来であれば、ルシアは20歳で、大学に通う年だ。だが、ルシアは大学に行っていないし、見た目も大学生になることはない。魔法少女になってしまった3年前から、ずっと変わらない。

 魔法少女であることを、他者に知られてはならないという規則(ルール)はない。だが、ルシアはルシアが魔法少女になったことを、自分の過去を知る者には知られたくない。


「……いえ。今は……仕事を、しています」


 知られたくないが、黙っていては怪しまれる。

 無理矢理口の中のスコーンを紅茶で流し込んで、無難な答えを出す。


「本当に、立派になりましたね」


 2つ目のスコーンを食べ終わり、目線を落としたまま紅茶を飲むルシアには、シスターがどんな顔をしているのかわからない。

 だけど、シスターの声は温かくて、ルシアの成長を、心から喜んでいるように感じられる。

 シスターの放つ温かい空気は、それだけでルシアの心を締め付ける。


「シスターは、」


 だから、その空気を感じ取りたくないから、ルシアは無理矢理声を絞り出す。


「今は、ここで働いているのですか?」


 そうしなければ、シスターの放つ空気が、きっと彼女自身を傷付けることになるから。彼女の温かい空気を受け取ったルシアによって、再び。


「ええ。今年からここにきたのですよ。力仕事ができない分、カウンセリングや事務仕事をメインに行なっています」


 シスターの言葉に、ルシアは唇を噛み締める。口の中に鉄の味が広がり、美味しい紅茶が台無しになる。


「ルシアさんとは、10年ほど前に孤児院で別れたきりでしたね。あの後私はI地区の修道院を転々としていたのですが、今年からG地区に来たんです」


 紅茶が無くなり、カップの白さが目に眩しくても、ルシアは顔を上げられない。


「地区の異動は初めてですので不安もありましたけど、でも、よかったです」


 シスターの優しい顔を、見ることが出来ない。


「またこうして、ルシアさんと会うことができましたもの」


 ゆるゆると顔を上げたルシアは、シスターと目が合って苦しくなる。


「ルシアさんの元気な姿が見れて、本当に良かった」


 泣きそうな顔で、子供の成長を喜ぶ親のような顔で、シスターはルシアを見つめていた。

 正面から優しい視線を受けることが出来なくて顔を俯ける。

 冷たいものが溢れそうになる目をキツく閉じ、何度目になるかわからない言葉が喉を震わす。


「……ごめん、なさい……」


 シスターは、ルシアの目の前に座る人は、ルシアのせいで大きな怪我をしたというのに、それでも変わらず優しい顔を向けている。

 シスターの人生は、ルシアがメチャクチャにしたというのに、それでも変わらずルシアに優しい気持ちを向けている。

 それが、ルシアの心を締め付ける。

 優しい気持ちを向けないでくれと、心が声にならない叫びをあげている。だけど、ここでは、ここでなくても、心が叫び声をあげてはならない。そうすることで、ルシアは再び彼女を、関係のない人を傷つけることになるから。


 気づけばルシアは、自室の前にいて、ロレンツォに手をつかまれていた。

 どうやってここまで戻ってきたのか覚えていない。だけど、気付いたらロレンツォに捉まっていた。

 乾きだしていた涙は、再び目から流れ出し、シーツにシミを作る。

 止まることを知らない涙は流れ続けるのに、ルシアの頭の中はぐちゃぐちゃで洗い流されることはない。

 これまで傷つけてしまった人が頭の中で溢れている。そのほとんどは、ルシアを温かく包み込んでくれた人だ。今日再会したシスターのように。


「‥‥‥どうせなら、」


 涙で揺れる声が、口から漏れ出る。


「恨んでいてほしかった‥‥‥」


 誰にも言えない、ルシアを心から案じてくれていると分かっているから、言葉にすることはできない。

 これまでルシアのせいで傷ついた人たちの顔がよみがえる。


「‥‥‥‥‥‥もう、ヤダ‥‥‥」


 部屋の前で、初めて本気で拒絶してしまったロレンツォの驚く顔が、よみがえる。

 頭の中で、悪魔がささやく。

 3年ぶりに現れた悪魔は、ルシアの抵抗をあえなく振り切る。


「‥‥‥死にたい‥‥‥」


 言葉が宙に放たれてから、ルシアはハッとする。

 水分を失いすぎて怠い体を無理やり動かし、窓辺に近寄って外の様子を観察する。

 たっぷり10秒見つめ、詰めていた息を吐き出す。


「だ、いじょうぶ、だった‥‥‥」


 足の力が抜けてしゃがみ込むルシアは、涙が頬を伝った後、鋭い悲鳴を聞いた。

 顔をあげたルシアは、最悪の事態を無理やり否定する。

 だが、ルシアの否定が届くことはなかった。

 魔法少女専用端末が重いブザーを鳴らしたのと、右耳のピアスが熱をもったのは同時だった。


『ルシア! っすまない、今は顔を見たくないだろうが、そうも言ってられない! 緊急事態だ! 害獣が、出現した!』


『G地区2丁目、ネビュラ住宅街の広場にて、災厄レベル10、害獣No.7、ペラタチスが出現。魔法少女は直ちに現場へ向かい、害獣を撃破せよ』


 ピアス越しに聞こえるロレンツォの叫び声と、端末から流れる無機質なアナウンスは、ルシアが呼び込んだ悪夢を報せていた。

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