研修 9
「午前の研修はここまでとなります。午後は13時からです。魔力測定は12時半から行うことが出来ますので、午後の研修の前に全員が完了しておくように」
教官が会議室から出ていくと同時に、私も出口に向かう。
既に机上に出していた端末と筆記用具とメモ帳はの中にナップサックの中にしまっている。
誰よりも早く会議室から出ようとしていたのに、それは叶わなかった。
「ル、シ、ア、ちゃーん! 会いたかったよー!!」
「エ、リンさん……」
素早く出口に向かうルシアに、後ろから抱きついてきたのはエリンだ。
午前の研修が終わる10分前から、荷物をカバンにしまって彼女から逃げる準備を整えていた。教官が会議室から出ようとした時には腰を上げ、会議室に体を向けた時には鞄を手にし、教官が会議室から出て行くのを確認する前に出口を目指していた。
それなのに、エリンから逃げることはできなかった。
きっと私の動きが鈍いからではない。私とエリンと出口の位置が、私にとって全て最悪な配置だったからだ。
会議室から出てエリンから逃げるにはエリンの横を通り抜けなければならない。
研修が始まる前から私の存在に気付いていたエリンは、私が横を通った時に気付かないわけがない。
だから、エリンに気付かれると分かっていたから、予め荷物を整理して、エリンが支度を整える前に彼女の前から立ち去ろうとした。そうすれば彼女から逃げることができると信じていた。ロレンツォが動くなと言っていたことを覚えてはいたが、それよりも彼女から逃げることを優先した。
なのに、エリンから逃げきることはできなかった。理由は、エリンが私の予想を裏切ったから。エリンは机上の荷物を整理する前に、私に抱きついてきた。そんなの、逃げられるわけがない。
「ルシアちゃん、今日は髪をあげてるんだね! すっごく可愛いよー!」
「そうですか……」
「このブラウスも可愛いね! 派手なデザインじゃないけど、繊細な刺繍がルシアちゃんにぴったり!」
「どうも……」
「ショートパンツも似合うね! 普段のワンピースも可愛いけど、ルシアちゃんはスタイルがいいから何を着ても似合うよ! 可愛いー!!」
「はあ……」
私に抱きついたままハイテンションで大絶賛するエリンに、死んだ魚のような目をすることしかできない。鏡がなくても、今、私は死んだ魚のような目をしていると分かる。
インドアで常にローテンションの私は、エリンのこのテンションが苦手だ。それなのに、彼女は私のことが気に入っているらしく、私が目に入ると今のようにほぼゼロ距離で絡んでくる。
放っておいたら永遠に喋っていそうなエリンに、抵抗することを諦めて適当に相槌を打っていると、苦笑いをしたジェシカが近づいてくる。
「2人共、みんなの邪魔になってるよ」
入り口付近でエリンから逃げきれずに立ち尽くす私と、私に抱きついたままハイテンションで喋るエリンは、他の魔法少女が会議室から出る邪魔をしていた。
エリンから逃げる事はできないと悟り、諦めて入り口から離れる。必然的に、私に抱きつくエリンも入り口から遠ざかることになる。
「ジェシカちゃん、その髪飾りすっごい似合ってる! 可愛いー!」
そしてエリンの可愛い可愛い攻撃はジェシカにも向かう。
「ありがとうございます。誕生日に、キースがプレゼントしてくれたんです」
キースはジェシカの契約精霊だ。ジェシカとキースは従姉弟で、契約精霊と魔法少女の契約を結ぶ前からの知り合いらしい。
「キース君センスいいねー。はっきりした色なのに、ジェシカちゃんのプラチナブロンドを損なうことになっていない。あ! もしかして、いつもつけてるヘアピンもキース君が選んだものだったり?!」
「そうです。あれは契約する前にプレゼントしてくれたものなんです」
「やっぱり! シンプルだけど、ジェシカちゃんの魅力が最大限に引き立ってると思ってたんだ! 今日は誕プレの方にしたんだね!」
「はい。でも、持ってはいるんです。お守りの代わりに。キースには内緒ですけど」
「わあー、ジェシカちゃん可愛いー!」
「あの‥‥‥」
「ん? ルシアちゃん、どしたの?」
盛り上がるジェシカとエリンが会話を続けるのは構わない。むしろエリンはジェシカと話しをして、私がいることを忘れてくれと願うくらいではある。
それでも私が2人の会話に口を挟んだのは、この状況に耐えきれなかったからだ。
「そろそろ離れてもらっていいですか?」
2人が話している間、エリンは私に抱き着いたままだった。距離が近い。離れてほしい。
「えー、ヤダヤダヤダ。せっかくルシアちゃんに会えたのに、離れろだなんて殺生な!」
「んぐ‥‥‥」
離れてほしいと言ったのに、エリンは更にくっついてきた。どうしたらいいというのか。
「ルシア、お待たせ」
「あ、ロレンツォさんだ」
入り口に目を向けたエリンの腕が緩んだ。その隙をついて、エリンの腕から逃れ、漸く現れたロレンツォの背中に隠れて、彼のシャツを引っ張る。早くこの場から離れるために。
普段だったらそんなことはしないが、ロレンツォよりもエリンの方が私にとっては苦手だ。エリンから離れることができるなら何でもする。
「遅い。ほんっとうに遅い。ばかばかばか」
悪態をつきながら、ロレンツォを盾に会議室から離れる。だが、それでもエリンは逃がしてくれなかった。
「ルシアちゃん、お昼ご飯? 一緒に食べよー!」
「えぅ‥‥‥」
「あー、なるほど、ダメだったか」
遅れてやってきたロレンツォは、それだけで何があったのか察したようだ。
「エリンさん、アラベラさんが食堂で待っていると言っていたよ。早く行った方がいいのではないかな?」
「えっ、そうなんですか! 連絡しなきゃ!」
私がエリンを苦手としていることを知っているロレンツォが助け舟を出してくれた。
私達も食堂に行くのだが、別々に行けば席も遠くに出来るはずだ。
エリンが端末を操作している間に、私はロレンツォを盾に会議室から離れる。これで漸く平穏が戻ってきた。
と思ったのは一瞬だった。
「ルシアちゃん、ロレンツォさん! お昼ご飯一緒に食べよう! アラベラが席をとってくれているみたい!」
どうやら無駄な足掻きだったようだ。
「‥‥‥そう、ありがとう。ではご一緒させてもらおうか」
「私とキースも誘われたの。ご一緒させてもらうね」
「‥‥‥うん」
どことなく申し訳なさそうな顔をしているジェシカを前に、私はただ頷くことしかできなかった。
結局、お昼ご飯の後も午後の研修が始まるまで私はエリンにくっつかれ、終いには帰りの汽車まで一緒に乗ることになった。
あれほどエリンに絡まれたくないと思っていたのに、変装までしたのに、昨日はエリンに気付かれないように無駄に頭を使ったのに、そのすべてが無駄になったのだった。
漸く物語の導入部分終わりです。次回から本編1章が動き出します。それから、次回から3人称に変わります。(私が)読みにくいと思ったら、1人称に戻したいと思います。
以下は読んでも読まなくても、どちらでもいいです。
正直、研修回の何話かはなくてもどうにでもなったのですが、私がこの回のルシアを見たかったので書きました。誰が何と言おうと、ルシアはとても、それはもう、ものすっごく可愛いです。可愛いルシアの更に可愛いところが書けて、大変満足しました。
どこが私の推しポイントかと言いますと、エリンから逃げてロレンツォの後ろに隠れるところです。それが見たいがために、今回の話を書いたと言っても過言ではありません。




