研修 6
前回よりも長くなってしまいました……
ふ、と短く息を吐き出してスコープから目を離し、魔力を解除する。
すっかり顔を出してしまった朝日を受け、私の魔力はキラキラと空気に溶けていく。
朝日に照らされて輝く魔力は、ほう、と息をついてしまいたくなるほど幻想的なものだが、そういったものには興味がないから、一切目を向けないで立ち上がる。
展望台から身を投げ出し、電波塔の基礎構造となっている鉄筋コンクリートを足場に駆け降りる。その半ばまで来たところで、右肩に重みが加わった。
「置いていくな」
「……」
普段ならすぐに降りるように抗議するところだが、今日はそうしない。
「……宿、どこ?」
明日は研修がある。今自宅に戻れば、昨日の夜遅くに汽車に乗り込んだことが無駄になる。
汽車まで戻らずとも、宿まで行けば時間に余裕が生まれる。だが、私はロレンツォがどこの宿を取ったのか知らない。宿までは彼の案内が必要だ。
地面に降り立っち、東の方に向かって走りながらロレンツォに問いかける。
「ソレイユ旧市街を出て2キロ北にあるところだが、こんな時間からチェックインはできないよ」
「‥‥‥‥‥‥」
今すぐにでも宿に行き、そのまま明日の朝まで寝ていたかったのに、現実を突きつけられて右肩に乗る猫を振り落としたくなった。が、ギリギリのところで理性を働かせて気持ちを落ち着かせる。
「一先ず変身を解いて朝食にするか。ここをまっすぐ1キロ進んだところにA地区の自然公園がある。そこに行こう」
ソレイユ旧市街を出たルシアは、大人しくロレンツォに従う。
観光をするつもりのなかったルシアが、宿に行く事ができないのなら彼について回るしか無い。
30秒程で辿り着いた自然公園の中まで来ると、周りに誰もいないことを確認して足を止める。
ロレンツォが肩から降りたのを確認してから変身解き、そのまま公園の出口を目指して無言で歩く。
「ルシア、こっちだ。こっちに美味しい喫茶店がある」
変身を解いて人の姿に戻ったロレンツォが、公園を出たところで私の半歩前に進み出た。
「‥‥‥はぁ‥‥‥わかったわよ」
先導して歩くロレンツォからは、楽しみといった空気が滲み出ていた。
「お待たせ致しました。モーニングセットでございます」
上品なマスターが、ロレンツォの前にトーストとサラダとスープのセットを置いて去っていく。
コクリ、と程よい温度になったコーヒーを1口飲み、店内に目を向ける。
木でできたテーブルと椅子。カウンター席の脇に置かれたレトロな本棚と、本棚とマッチしたレトロな装丁の本。壁に掛けられた、春の陽射しの様な温かみのある風景画。これらを纏める、落ち着いた雰囲気のBGM。
本を読むのに最適とも言えるこの空間は、私が好むものだ。
ロレンツォがここに来たのは、私が好きそうだからだろうか。それとも単に彼が来たかっただけなのだろうか。
「で、さっきのはなんだ?」
欠伸を堪え、目尻の涙を指で拭っているとロレンツォが問いかけてきた。
さっきのとは、ソレイユ旧市街でのケルセイスとの戦闘のことだろう。
「‥‥‥見たままよ。私はエリンをサポートした。それにエリンは気付いていなかった。ただそれだけ」
朝ごはんを食べない派のルシアの目の前には、カップ1杯のコーヒーのみだ。角砂糖を2個と、ミルクを淹れて少し甘くする。喫茶店のコーヒーなだけあって、ブラックでも甘くてもどちらも美味しい。
厚切りのトーストにジャムとバターをつけて食べるロレンツォは、納得できないと眉を寄せている。
「確かにエリンさんは気付いていないようだったな。だが、ルシアはあの時、ケルセイスに魔力を当てただろう。エリンさんは近くにいたのに、何故それに気付かなかった?」
魔法少女は、自分の半径20メートル以内でなら、自分以外の魔力を感じとる事ができる。場合によってはその魔力が誰の魔力で、持ち主がどこにいるのかまで知る事ができる。
あの時、私が何の工夫もせずに魔力をケルセイスに当てていたら、エリンは私の存在に気付いただろう。だから、
「簡単なことよ。あの子に私の魔力を感知できないようにしたの」
「だから、それをどうやった?」
「限界まで魔力を薄めたのよ。あとは向きとタイミング」
エリンの戦闘を観察していた時、私はエリンは瞬発力が苦手なのではないかと感じた。彼女はギリギリのところでケルセイスの脚に阻まれ、魔石に届いていなかった。
私がエリンに気付かれないように、彼女の瞬発力を上げることはできない。ならば、ケルセイスの動きを一時的に止めればいいと考えた。
魔法少女の武器は、己の魔力だ。銃の類が得意な私も、武器は全て自分の魔力だ。それは弾であっても変わらない。弾を含めた武器の全てが魔力だ。
弾も自分の魔力であるから、コントロールする事が可能だ。だから、打ち出した直後の魔力をコントロールして、エリンに気付かれない程度の魔力濃度にした。
普通であれば、害獣との戦闘で魔力濃度を調節することはない。魔力濃度が薄いと、魔石を破壊できないからだ。
だが、私の目的は害獣の討伐ではなく、エリンに気付かれないように彼女を補助し、エリンが自分の力で害獣を討伐できたと思わせることだった。
魔力濃度のコントロールはできないことではないが、魔獣を討伐する上で必要になることは滅多にない。だからこれまでの戦闘では、魔力濃度を調整したことはなかった。さっきの戦闘は、出来るかわからないぶっつけ本番だった。
「成功してよかったわ」
もし成功しなかったらエリンに気付かれていた。ある意味賭けだった。
「お前は、時々すごい大胆になるな」
「‥‥‥きちんと計算した上での判断よ」
実は、ケルセイスに魔力を当てる前に2発試し打ちをしている。もちろん限界まで薄めた魔力をケルセイスまで届かせることができるかの確認だ。
1度目はケルセイスからもエリンからも20メートル以上離れた場所に。これは純粋な試し打ちだ。
そして2度目は、
「ああ、そういう事か。だからあの時、ケルセイスの足元に魔力を打ち付けたんだな」
2度目はケルセイスが糸を吐き出す直前だ。これは本当にエリンが気づかないかの確認でもあったが、もう1つの目的も果たしている。
「あの時、ケルセイスから離れたのはおかしいと思ったんだ。糸を出す前の最後の攻撃は当たっていた筈なのに、当てることを諦めてエリンさんから逃げるように離れていたようにしか見えなかった」
大抵のケルセイスは、糸を出す間隔が一定だ。
ケルセイスが糸を出してから、私は次に糸を出すタイミングを知るために時間を計っていた。
そして、糸を出すギリギリになった時、エリンに気付かれないように魔力を打ち出すには、エリンの位置が少し悪かった。あの位置にエリンがいると、私達のいる場所がエリンの視界に映ってしまう。
エリンは元々目がいい。更に魔法少女の姿になると、身体能力や視力、聴力が人の倍以上に良くなる。
魔力で魔力を打ち出す時、銃口は熱を持って一瞬光る。普通であれば1キロ弱離れている人が気付くことはない。だが、視力のいいエリンは気付く可能性がある。
ケルセイスの攻撃を躱すためにケルセイスに注意を向けている時は気付かれないだろう。そう信じて、最後にケルセイスが大きく足を振りかぶったところで、ケルセイスの左前足に向かって魔力を打ちつけた。敢えてケルセイスに当たらないように外して、ケルセイスが右後ろに下がるように。
ルシアの狙い通り、右後ろに下がったケルセイスと対峙するため、エリンは体の向きを変えた。ルシアにはエリンの背中しか見えなくなった。当然、その状態であれば、エリンも私が魔力を打ち出す瞬間が見えるはずがない。
本番はここから。糸を出し、お腹を露にしたケルセイスに向かってエリンが魔力を振り下ろす瞬間を狙い、魔力を打ち出した。ケルセイスの胸目掛けて。
お腹を引っ込めようとしていたケルセイスは、バランスを崩して一瞬固まった。だが、エリンの斧は眼前に迫っている。すぐに体勢を整えてお腹を引っ込めようとしたが、固まっていた少しの時間が、瞬きをするよりも短い時間がケルセイスにとどめを刺した。
エリンの攻撃を受け、魔石は崩れ、ケルセイスは灰となって消えていった。
と言うのが、数十分前に起きた害獣討伐の真相だ。
「こういう時だけじゃなくて、普段から頑張るといいんだがな」
呆れたと言いたげなロレンツォを無視して、残りのコーヒーを飲み干す。
話しながら食べていたのに、ロレンツォは既に食べ終わって食後のコーヒーを楽しんでいる。
窓の外に目を向けると、窓から差し込む温かい陽射しが目に入る。
温かい陽射しを見つめながら、今日は長い1日になりそうだと、小さく溜息をつく。
次回は25日の予定です。




