研修 4
全然タイトルの研修に到達できない……
展望デッキにやってきたルシアは、指輪に手をかざして魔力を武器の形にする。
スナイパーライフルの形に変えた魔力を、魔獣のいる広場に向け、スコープを覗き込む。
かつて、この電波塔の展望デッキは360度ガラスで覆われていた。だが、20年前にこのソレイユ市街に現れた魔獣による襲撃で、展望デッキのガラスはすべて割れてしまっている。
魔獣襲撃の影響でソレイユ市街は新たな建物を建設する事が難しく、人が離れてしまった。しかし、ソレイユ市街に存在する建物は、一番新しいものでも100年以上の歴史を持つ。取り壊すことも惜しいという事で、現在は旧市街地として観光スポットになっている。
観光スポットにはなったが、ガラスの割れ落ちた電波塔を再建することができず魔獣襲撃当時の姿のまま残っている。更に、電波塔はいつ倒壊するか分からない状態であり、観光地であるにも関わらず、電波塔の半径1キロ圏内は立ち入りが禁止とされている。
ただ、運がいいのか悪いのか、害獣、ケルセイスは立ち入り禁止区域の範囲内にいた。
結果、私は迷うことなくここに来た。耳元でロレンツォが止めているのも聞かず。
「おい、こんなところで何してる!倒壊しても責任取れんぞ!」
「うるさい。いいから、黙ってて」
まだ何か言っているロレンツォを無視して、スコープ越しに魔獣の周りを探る。
ケルセイスは蜘蛛の様な害獣だ。体長は5メートルあり、腹から糸を出す。ケルセイスの出す糸は粘着性が高く、当たるとその場に拘束されてしまう。更に、ナイフや剣の形に変えた魔力でも切ることができない丈夫な糸だから、戦う時は避けながら戦わなければならない。
ならば接近戦ではなく遠距離から狙う方がいいのではないかと思うが、そういうわけにもいかない。ケルセイスには、害獣の弱点である魔石が腹の中心にある。普通にしていると、魔石のある腹は地面を向いている。
ケルセイスを討伐する方法はただ1つ。ケルセイスが腹を見せた瞬間だ。
ケルセイスは通常腹を地面に向けている。だが、唯一腹を見せる瞬間がある。それは、敵を認識して、敵に向かって糸を出す瞬間だ。その瞬間を狙い、うまく糸を避けながら魔石を破壊することが求められる。
遠距離ではそれができない。ケルセイスは目が悪いから。ケルセイスに敵と認識されるには、半径10メートル以内に近寄らなければならない。
今、ルシアとケルセイスの距離は、1キロ弱と言ったところだろうか。
つまり、ルシアはまだ敵と認識されていない。
それでも、ケルセイスは何度か糸を出している。その糸はどれも地面や周囲の建物に当たっている。人に、ケルセイスが狙う獲物に当たっている様子はない。
何度目になるか、ケルセイスが腹を見せて糸を出す。糸はケルセイスの狙いを外し、地面に落ちる。が、ルシアの狙いは見つかった。
「いた‥‥‥」
糸を避けた人物が、ルシアの目に映る。
サイドに結んだピンク色のふわふわとした髪、翡翠色に輝く瞳、細くて白い華奢な体と、それを引き立たせるパステルの衣装。そして可愛らしい姿に似合わぬ大振りな斧。
さっき、汽車で私の耳に届いた声の主が、ケルセイスと対峙していた。
「ああー‥‥‥うそうそうそ」
「おい、ルシア。さっきからなにしてるんだ?」
スコープを覗き込む私の脇に座り込んでいたロレンツォが、ジトっとした目で私を見ていた。
「‥‥‥あれ」
「あれ?あれって、魔獣か?ああ!あんなに糸が‥‥‥ん、糸?」
漸私の目線の先を見たロレンツォの目に、漸く魔獣と戦う魔法少女の姿が映った。そして、
「おい、バカなことを言うつもりはないよな?」
「‥‥‥バカな事?」
「このまま何もせず眺めている、なんて言わないよな?」
「はあ?バッカじゃないの」
「おい!バカとは何だ!」
魔法少女には、色んな規則がある。数ある規則には、1つ1つに破ってしまった場合の罰が存在する。
その中で最も守らなければならないものは、『魔法少女は、魔獣が出現した場合は速やかに現場に向かい、速やかに魔獣を討伐しなければならない』という規則だ。この規則にはさらに細かい記載がある。その1つに、『他の魔法少女と合流した場合、若しくは、他の魔法少女が害獣と先に戦っていた場合は、その者と協力して討伐すること』とある。
私は今、他の魔法少女が魔獣と戦っているところを遠くから眺めている。合流はしていないが、私は害獣と、害獣と戦う魔法少女を認識している。私は、彼女と協力して害獣を討伐しなければならない。
もし、私がこのまま何もせずに眺めているとしたら、それは規則違反になる。その罰は、
「そんなことしたら、私は教会送りになるじゃない」
教会送りになると、教会で生活をすることになる。教会で生活するという事は、教会にすべて合わせて生活しなければならない。そして、教会は朝が早い。ものすごく。更に、決められた時間に決められた仕事をして、夜は早く寝なければならない。自分の時間など、無いに等しい。
昼近くまで寝て、起きたらダラダラ本を読んで、時々うとうとして、夜は遅くまで本を読んで過ごしたいルシアにとって、朝が早い教会に送られることは地獄よりも辛い。
「絶対に、それだけは、いや」
「じゃあどうするんだ?あの子に絡まれること覚悟で共闘するのか?」
「‥‥‥それも、いや」
私はケルセイスと戦っている魔法少女が、あの魔法少女が苦手だ。研修に行きたく無かったのも、彼女に会いたくなかったからだ。
今、彼女に私がここにいると知られたくない。でも何もせずに彼女が戦っているところを見ているわけにもいかない。
スコープ越しに魔獣と戦う魔法少女を見つめ、ルシアはその時が来るのを待つ。
「大丈夫。魔獣は討伐するよ」
次回は11日の予定です。




