研修 3
シュー、ガタガタガタ……ゴトゴトゴト……。
夜間帯は汽車に防音魔術がかけられているとはいえ、まるっきり音が聞こえてこないわけではない。
浅い眠りを彷徨っていたルシアは、汽車の揺れるガタゴトという音で目を覚ました。
魔法少女専用端末を操作し、時刻を確認する。現時刻は朝の4時。陽が昇るまでまだ時間がある。
A地区に到着するのは6時過ぎ。まだ寝る時間は十分ある。
再び眠りにつこうとするが、妙に目が冴えてしまって眠ることができない。
こうなってしまったら、寝ようと思っても寝ることはできない。
仕方がなく、眠くなるまで窓の外を見て過ごすことに決めたルシアは、ぼんやり流れていく景色を見つめる。
空はまだ暗さを抱えているが、夜明けを控えた空に輝く星はまばらだ。だからこそ、東の空で、一際強い光をもって輝く星に目を奪われる。
どれくらいそうしていただろう。気付けば空が明るみ始めていた。
「ん‥‥‥」
いつ寝たのか分からないが、本を閉じて寝ていたロレンツォも目を覚ました。いつもと違う環境なのに、ぐっすり眠れたらしく、いつもと変わらずすっきりした顔をしている。
「あれ、ルシア、起きてたんだ。珍しい」
「‥‥‥目が覚めたの」
結局眠くなることはなかった。きっと後1時間もしたらA地区に着いてしまう。着いてしまったら、眠くても汽車から降りなければならないから眠ることはできない。
どんどん白くなる空を眺めていると、暖色系を基調とした建物から、色やベージュを基調とした建物が多くなっていくのに気づく。B地区から、A地区に入った。
ここまで来たら、もう間もなくA地区の中心市街、私達が下りる予定の駅に到着する。
そろそろ降りる準備をしてもいいかと思い、腰を上げたところで、予想していないことが起きた。
魔法少女専用端末が、大きく振動してブザーを鳴らしていた。
『A地区3丁目、ソレイユ旧市街にて、災厄レベル4、害獣No.5 ケルセイスが出現。魔法少女は直ちに現場に向かい、害獣を撃破せよ。繰り返す‥‥‥』
「「‥‥‥」」
害獣は、いつ、どこで出現するか、予測できない。つまり、今、このタイミングで害獣が出現したのは、偶然でしかない。偶然でしかないが、
「仕組まれたかのようなタイミングだな」
「‥‥‥」
あと少しで到着する今じゃなく、到着してからか、昨日の夜、汽車に乗る前にしてほしかったと思っても、口にはしない。思うに留めておく。
それよりも、今は早く現場に向かわなければならない。
ロレンツォがマジックボックスを展開させて荷物を入れているのを横目に、私は魔法少女の姿になる。汽車の窓を開けて外に出ようとして、はたと思い至る。
「‥‥‥これ、犯罪にならないかしら?」
汽車を利用する際は、あらかじめ切符を購入する。購入した切符は、下車するときに駅員に渡さなければならない。そして、基本途中下車は禁じられている。今は緊急時とは言え、咎められないだろうか。
「如何な理由があろうと、魔法少女は魔獣の討伐が優先される。公共機関を利用していた場合は、後から料金を払う、若しくは切符を提出することになっている。研修が明日でよかったな。これは魔法少女の常識だぞ」
「……うるさいわね。普段使わないから、意識してないのよ」
過去の研修でも聞いた気がするけど、覚えていないものは覚えていない。
犯罪にならないならいい。早く現場に向かわなければ。
「アラベラ、行くわよ!!」
「?!」
窓枠に足をかけ、今にも飛び降りようとしていたルシアの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
その声が本当にルシアの知る人物なのか、ルシアは確認することができなかった。その人物の姿を確認する前に、彼女は汽車から飛び出して、淡く黄金に輝き出した空を飛んでいってしまったから。
「……ア!おい、ルシア!何してるんだ?!」
おそらく、いや、ほぼ確実にルシアと同業の者が飛び去っていった方向に目を向けて呆然とするルシアの頬を、ペチペチと温かくて柔らかい何かが叩く。猫の姿になったロレンツォの掌、つまり肉球だ。
我に返ったルシアは、初めて肩に乗りかかってきたロレンツォをまっすぐ見た。まっすぐ見て、本音を告げそうになった。
「い、きぅ……行く……行くよ。ちゃんと、行く」
もし、さっきの魔法少女が私の知るあの人だったなら、行きたくない。でも、それは許されない。
耳元でロレンツォが何かを言っているけど、私はそれを無視して、行きたくないという気持ちを無理矢理押し込んで、汽車から飛び降りる。
フラフラした足取りでいつもより遅く現場に到着したルシアは、耳元で何かを言っているロレンツォに構っている余裕なく、ソレイユ旧市街で最も高い建物、ソレイユ電波塔の展望デッキに入り込んだ。
次回は2月4日の予定です。




