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雨夜の夢

作者: 翠星蟲
掲載日:2025/10/29

 年末も近いある夜。同棲しているユウくんが会社の飲み会に行くというので1人で夕飯を食べた。たまにはスーパーの半額弁当も悪くない。洗い物も不要で素敵だ。食後の容器を割り箸共々ゴミ箱に叩き込み、気分良くソファに背中から倒れ込む。スマホでSNSをポチポチする。しょうもない情報が流れていく。川のせせらぎを眺むるがごとき癒しを感じる至福の時間だ。少しくらいお菓子も買ってくれば良かった。不覚である。ふとスマホの画面から目を離すと、いつもより物音がよく聞こえた。おしゃべりなユウくんがいないせいだ。エアコンの音、時計の針の音、外で降っている雨の音。なんとはなしにテレビのリモコンを手に取った。電源を入れると、20時のニュースがちょうど始まったところだった。予報では明日の朝まで雨が続くらしい。まったく、こんな日くらい早く帰ってくれば良いのに。


 ユウくんとは1年ほど前にマッチングアプリで知り合い、半年ほど前から同棲を始めた。年下だけど頼り甲斐のあるユウくん。少々えっちなのが玉に瑕だ。何でもない日にプレゼントと言って紐みたいな水着を買ってきてキラキラした目を向けてきたりする。よっぽど焼豚を縛るの使おうかと思ったが、仕方ないので着てあげたらとても喜んでいた。ちなみにプレゼントは普通の可愛い小物だったりすることもあるので、確認するまで緊張感がある。サプライズ好きでもあるのだろう。そんな感じの彼だ。


 窓が風でガタガタと音を立てた。雨足が強まってきたらしい。ソファから起き上がって背後の窓のカーテンを少しずらした。土砂降りだった。これではユウくんも二次会は行けまい。気をつけて帰ってくるようメッセージを送ろうと思った矢先。


スマホが鳴った。電話だ。彼からである。


「もしもし?ユウくん?どうかした?」


『あ、ルミちゃん?俺俺、ユウくんだよ!へへへ』


 まだ居酒屋の中なのだろう、酔っ払っている彼の後ろで人の笑い声や店の音楽が聞こえる。


『ルミちゃんに電話したくなってさあ…』


 彼は酔うと誰かに電話をかけたくなるという習性がある。人様に迷惑かけないかと思っていつもヒヤヒヤしているが、まあ私なら良かろう。


「はいはい、嬉しい嬉しい。外、雨けっこう降ってるから気をつけて帰ってきてね」


『へいへいルミちゃ〜ん、そんなことより今パンツ何色〜?』


 確認した。


「黒だよ」


『えっちぃ〜〜〜〜〜〜〜〜 うぇ〜〜〜い!!』


 電話が切れた。大丈夫だろうかこれ。帰る途中で倒れて雨晒しになった末に低体温症で死んだりしないだろうか。不安だ。もう一度カーテンの隙間から外を見た。ますます雨は強くなっているようだった。タクシー使って帰るよう連絡しよう。それがいい。そうしよう。


 インターフォンが鳴った。通話ボタンを押す。


「……はい?」


『ルミちゃんただいま〜』


 ユウくんが帰ってきた。


「え?」


 玄関まで迎えにいって扉を開けると、先ほどまで飲み会に参加ていたはずのユウくんがいた。傘を差していても頭部以外は守れなかったらしい。首から下は雨に濡れている。玄関に傘を広げて乾した赤ら顔のユウくんは、少しおぼつかない足取りで私の方に歩み寄ってきた。


「ルミちゃん着替えさせて〜」


「え?え?でもさっき……え?」


 電話を切ってから1分も経っていない。とりあえず抱き留めて上着を剝ぎ取りソファに寢かせた。


「ユウくん、ついさっき私と電話したよね?」


「んん?してないよ?」


 聞けば、雨風が強くなってきたから一次会も早々にお開きになったらしい。その判断ができる上司なのは素晴らしい。


「ユウくん今日の私のパンツの色分かる?」


「やっぱり王道をいく純白かな」


「残念、セクシーブラックダイヤモンドの黒」


「見たい見たい!!み•た•い!み•た•い!」


 飲み会のノリで手拍子を叩き出したので一旦水を与えて黙らせ、自分のスマホの着信履歴を確認した。間違いなくユウくんからの着信である。ということは、酔って分別がつかなくなっている間にスマホを盜まれたりしたのかもしれない。ユウくんの会社の誰かのイタズラ電話だった可能性もある。なんと悪趣味な。


「ルミちゃん〜ちゅ〜してちゅ〜〜」


 酔っ払いは無視しない程度に適当に対応するのが扱いのコツだ。


「はいはいちゅーしようねちゅー」


 とりあえず、こちらからユウくんのスマホに発信して確認するのが良いだろう。イタズラならただじゃおかない。そう思った瞬間。


 スマホが鳴った。電話だ。発信元はユウくん。


 ちらりとユウくんを見る。


「ルミちゃんちゅーまだ〜?」


「ちょっと待ってね」


 ユウくんに背を向けて電話に出た。


「もしもし?」


『ルミちゃ〜ん、ふへへへへほほほ おっぱい!』


 ユウくんっぽいノリと声の人が出た。誰だお前は。ユウくんは家にいるのだ。騙されんぞ。


『あ、ルミさん、ですか? お電話代わりました、わたくし、超エキサイティング株式会社の津久田と申します』


 ユウくんの会社の上司に代わった。いつもユウくんの話に出てくるので知っている。


「はい、お世話になっております」


『今ですね、飲み会がお開きになりまして』


「はあ……」


『私の方で酔い潰れた部下たちをタクシーで送り届けますので、そちらにもお届けに上がります。この調子だと彼も心配ですので』


「いや、彼氏ならすでに家に……」


 振り返ったソファの上には、誰もいなかった。


「え……?」


 私の頭に何かが触れた。それとほぼ同時、勢いよく髪を掴まれ、視界が回った。宙に浮いた体が強く床に叩きつけられる。うつ伏せになった私の上に何か大きくて重いものが乗った。圧迫されて息が苦しい。さらに後頭部を押さえつけられた。必死に首を後ろに回して、何が起こっているのか確認する。


 ユウくんだった。会社帰りのままのシャツを着ており、髪型も見慣れたものだ。ただ、顔には、その中央に縦に裂けた大きな口があるだけだった。あまりのことに、思考が止まる。ユウくんに似たそいつは口を目一杯横に開いた。口の奧まで何列にも並んで生えている白い歯が見えた。


 陰影の動きと空気の圧を感じた次の瞬間、私の頭部は一口で噛み砕かれた。意識が消えた。




 電話が鳴った。目が覚めた。テレビからはバラエティ番組らしき声が聞こえてくる。気持ち悪い夢を見ていた。起きたてで頭がぼんやりしている。ソファから体を起こし、スマホを手に取った。発信元はユウくん。


「もしもし?ユウくん?」


『あ、ルミちゃん? 寝てた? 遅くなっててごめん。飲み会終わったから今から帰るね』


 スマホを確認すると22時すぎ。外の雨の音もそれほど強くない。声の感じも酔いは覚めかけているようだし、これなら問題なく帰れるだろう。


「うん、転んだりしないようにね」


『うん、ありがと。途中でコンビニ寄るけどなんか欲しいものとかある?』


 そういえば。


「なんか適当なお菓子お願い」


『了解了解』


「あ、それとさ」


『??』


「飲み会のとき私に電話くれたりした?」


『えっと、いや、酔ってたけど、今日はしてないかな。あれ? なんか着信あった?』


「……ううん、私も寢てたからその間に電話あったかもって思っただけ」


『そっか、うん、今日はないよ』


『うん、変なこと聞いてごめんね。またあとで』


 電話が切れた。


「……」


 寝起きの目で部屋を見回す。特になんの変わりもない。いつもの部屋だ。なんだかやけにリアルでおぞましい夢を見ていた気がする。もうよく思い出せないが。ひとまずユウくんが帰ってくるまでに風呂を沸かしておこう。帰ってきたら一緒に入ろう。キッチン側の壁まで行って湯沸かしボタンを押した。ふと、玄関の方に意識が向いた。


 インターフォンが鳴った。

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