悪役令嬢アパート〜国外追放された令嬢たちが住む集合住宅があるようです〜
「シエラル・ド・リヴァーレ! 貴様との婚約は破棄する!」
煌めくシャンデリアの下、我らが太陽であり、わたくしの婚約者であらせられる王太子殿下が、堂々と高らかに宣言されました。
尤も、内容は褒められたものではありませんが。
舞踏会会場は一瞬にして氷点下。しかし、わたくしの頭の中では別のことが渦巻いていました。
──ああ、ついに来ましたわ。この展開
そう。
一ヶ月ほど前、あざと可愛い系男爵令嬢・リタが「王太子さまのためにお茶を淹れました!」などと言い出した時点で、もう嫌な予感しかしなかったのですが……。
しかしながら、今さら「濡れ衣ですわ!」と発言しても、このテンプレ展開では、わたくしの台詞は聞き入れていただけないものなのです。
──ええ、存じておりますとも。
(“そういうもの”でも殿下、もう少し演出を考えてくださいまし。皆様困惑されていますわ)
今夜の舞踏会では、ある令嬢の恋愛相談に乗ったり、他国の使者様と交流を深めたりなど、予定が詰まっていましたのに……。
そんなことは毛ほども知らないご様子で、殿下は意気揚々とおっしゃいます。
「邪魔なのだ!貴様のような高飛車な女は、王国から出て行け!」
──甘やかされた王太子。
しかし、殿下にも“何かを成す”ことへの僅かばかりの能があったのだと、ここ数年の体たらくぶりを知るわたくしは思わず拍手しそうになりましたが、なんとか優雅な微笑みにとどめます。
当然、会場にいる貴族たちの混乱は広がり続けます。わたくしと対峙するリタさんは、涙ぐみながら殿下の腕に、まるでお人形さんのようにぶら下がっています。庶子の間で流行している恋愛本と同じような構図ですわ。
……ただし、ここでのわたくしの役は、“悪役令嬢”なのでしょう。
◆◆◆
翌朝。昨夜のうちに馬車を走らせた甲斐あって、無事実家に帰ることができました。
……城内に軟禁する流れも、あるそうですし。用心に越したことはありませんわ。
食堂へ朝食をとりに行くと、珍しく両親が揃っていました。
時間が経ちすぎているのでしょう。紅茶とコーヒーに、湯気が立っていません。
わたくしは朝の挨拶を述べて着席し、テーブルに三皿のサラダが並んだところで、お母様が口を開きました。
「国外追放になったそうね」
「はい」
「……そうだと思ったわ」
「え?」
お母様は優雅に紅茶の香りを楽しんでいらっしゃいます。
「あなたのような高飛車公爵令嬢が婚約破棄されるのは、“テンプレ”なの」
お父様は真顔で、新聞から目を離しません。
「最近、世界中の王侯貴族界隈では、こういう“悪役令嬢追放案件”が多発しているらしい。もはやバカがかかる流行病のようなものだ」
……どういうことでしょう。
両親はさも当然だと言う口調で、婚約破棄を受け入れています。
それに世界中の上流貴族界隈で、ですって? ……ああ、アレでしょうか。国を回しているのは王ではなく、優秀な周囲であるという……。
ともあれ、焦ることもなく、どこか歓迎しているような雰囲気の両親に、わたくしは思わず面を喰らいました。
「いつかくるだろうと、シエラルのために避難先を確保しておいたのだ」
「避難先?」
父に手渡された茶封筒にはこう書いてありました。
「悪役令嬢支援協会・避難シェルター登録証明書」
え、と一瞬固まった思考を強引に動かし、封を切ります。
中には鮮やかな表紙をしたパンフレットと、“入居許可”と上に大きく書かれている紙が一枚入っていました。部屋の保証人の欄には両親と、なんと陛下の名前が並んでいます。
「あまりにも不憫な令嬢が多いと、世界中のまともな王侯貴族が結託したのよ。ここは、婚約時から虐げられてきた令嬢たちへの福利厚生施設、という名目だったかしら?」
「陛下も承認済みだ。それに王太子殿下以外は、お前が努力していたことを、ちゃんと知っている」
父のその言葉で、わたくしは久しぶりに声を上げて泣きました。
◆◆◆
──そして、婚約破棄から数日。
あれよあれよと馬車に揺られ、わたくしは今、“悪役令嬢支援協会・避難シェルター”の前に立っています。
政治的中立国の端に建つその建物は、想像以上に立派です。
白壁に蔦が絡み、バルコニーには花。見た目は高級別荘ですのに、看板にはしっかりとこう書かれていました。
【悪役令嬢アパート】
随分と、そのままなのですね……。
こんこんこん。
シックな木の扉をノックしたら、金髪碧眼の美しいご令嬢が顔を出しました。
お手本のようなカーテシー。金糸の髪は手入れが行き届いており、肌艶は王都にいたわたくしよりずっと良く見えます。
「あたくしはマリアージュ。追放歴は三年で、ここの住人兼管理人をしておりますの。お話は伺っていますわ。どうぞ中へ」
ドアを開けると、エントランスにはすでに数名の華やかなご令嬢がいらっしゃいました。
「まあまあ! あなたが新入りさんね? ようこそ、悪役令嬢アパートへ!」
「はじめまして、第一王子ルートで散ったマリアンヌです」
「わたくしは、政略婚ルートで破滅したフィオナですわ〜」
最初は、まるで年の近いお姉様ができたようで戸惑いましたが、挨拶を重ねていくうちに、この距離感も徐々に慣れてきました。
みなさん笑顔で自己紹介をしてくださいます。
それにしても、わたくしが霞んでしまうほど、みなさん破滅経歴が濃いですわね。
「さあさ、みなさん、今夜は2ヶ月ぶりの歓迎会。ごちそうでしてよ! お肉のフルコースの準備を!」
わたくしはふんわりと笑うフィオナ様に席に案内され、夕食までの間、これまでのことをお話しました。
ここではマリアージュ様を始め、みなさんは自立の精神を大切に、日々好きなことをして生活しているそうです。
ここにはわたくしたちご令嬢のみ。侍女も料理人もいません。
しかし、妙な安心感がありました。
アパートの共用部にあるリビングには、豪華な料理が並び、笑い声は絶えず響きます。
なぜでしょう、王宮の舞踏会より居心地が良い気がします。
誰も値踏みはしませんし、嘘泣きも、打算も、損切りの末捨てられることもありません。
みなさん、破滅済みですからね。情けは人の為ならずです。
「それでは、シエラルさんの婚約破棄&入居を祝して、乾杯!」
「かんぱ〜いっ!」
◆◆◆
豪勢な夕食の後。
わたくしはマリアージュ様にお部屋へ案内していただき、そして今、ようやく荷解きを終えました。
ベランダから見上げる月は、王宮よりずっときれいです。
──あの頃は、「婚約者として国母になるのが幸せ」だと思っていました。
でも今は違います。
婚約破棄をきっかけにはじめた料理が達人級に上手くなりすぎた侯爵令嬢や、悪役令嬢が返り咲く小説を執筆されている没落伯爵令嬢など。
このアパートで暮らす方が、ずっと笑っていられる。そんな希望が胸を満たします。
こんこんこん。
扉を開けると、ふわふわと終始笑顔なフィーナ様と、優雅に腕を組むマリアージュ様がいらっしゃいました。
「ねぇ、シエラルさん。明日ピクニック行きませんこと?」
「もちろんです! わたくし、手掴みで食べる、大きいサンドウィッチを食べてみたくて……!」
「いいですわねぇ〜! “新しいことづくし”ってかんじですの!」
笑い声が夜風に溶けていきます。
──国外追放、最高かもしれませんわ。
いつも応援、評価、リアクションありがとうございます!
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【皇太子殿下のツノをこすこすしてたら、いつの間にか世界を救っちゃってました。】
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追記
10月26日誤字修正
ご指摘ありがとうございました!




