第9話 ラーメン屋の娘 学院長になる
風見亭の湯気は、今や一地方都市の名物ではなくなっていた。
冒険者たちの間で「回復する飯」「疲労が取れるスープ」と称され、
貴族たちには「身を清める魔法の一杯」と讃えられ、
学者たちはその栄養バランスと味覚構成を“食物機能革命”と論文に記した。
そして何より、美月のラーメンには“生きる力”があった。
◆
そんなある日、風見亭のカウンターに、ギルド長ガロスがふらりと座った。
彼は湯気の向こうから、少し照れたような顔でこんな提案を口にした。
「……お前さんのラーメン、もっと多くの冒険者に届けたいと思わんか?」
美月が目を丸くすると、ガロスは言葉を続けた。
「今、各地の冒険者ギルドから『あのラーメン、こっちでも食わせろ』って引っ切りなしに手紙が来てる。
だが、味を真似るのは簡単じゃない。あの味には、“知識”と“技術”がある。……なら、教えりゃいいんだ」
「冒険者ギルドが出資する。“美月薬膳拉麺学院”、どうだ?」
◆
それは前代未聞の提案だった。
“薬膳”と“拉麺”と“学院”――まるで交わらなかった世界を繋ぐ、革新的な構想。
ラーメンを学問に、職に、未来にするための、本格的な教育機関の創設である。
場所はギルド本部の裏手にある旧訓練場跡地。
既に改修計画が進んでおり、教室、実習厨房、食材保管庫、講義ホールが完備される予定だった。
そして学院の開講時間は、あえて夜――
日中は冒険者や料理人として働いている人々が通えるようにと、**“夜間学院”**として運営されることが決定した。
◆
学院の正式名称は――
《美月薬膳拉麺学院》
〜健やかなる一杯は、世界を変える〜
学院長にはもちろん、美月自身が就任。
彼女はギルドの仕事と風見亭の営業を終えた後、夜に教授として教壇に立つこととなった。
講義は、実践と理論の両方を重視。
•薬膳栄養学:体調に応じた食材の選定と効能の理解
•香味構成論:スープ・香り・トッピングの調和を生み出す技術
•拉麺製麺実技:粉の選定、水分率、寝かせ、打ち方に至るまで
•体調鑑定演習:現場での食欲・栄養診断シミュレーション
•冒険者食糧計画論:高強度活動時に適した調理設計と保存食技術
•美月特別ゼミ:実際に“その人のためだけのラーメン”を一杯作る実習
教科書は、美月の試行錯誤と記録を元に作られたオリジナル。
講義では、彼女自身の旅の記録や、チグーと共に食材を求めた思い出も語られる。
◆
そして、記念すべき第一期生の募集が始まると、
王都からの使者、薬草ギルドの研修生、各地の冒険者、地方の料理人、さらには元兵士や引退した貴族まで――
応募総数は1000名を超えた。
だが、学院の理念は“誰でも入れる”ではなく、“真剣に学びたい者を育てる”。
よって、入学希望者には三段階の選考が課された。
1.書類審査:志望動機と調理経歴、自己推薦文。中には「ラーメンで世界を救いたい」という熱すぎる文章もあった。
2.筆記審査:栄養学・食材知識・衛生管理・料理理論の基礎テスト。
3.面接審査:美月本人を含む学院設立委員会による個別面談。「なぜラーメンなのか?」が必ず問われた。
選び抜かれたのは、わずか100名の精鋭たち。
入学式の日、学院講堂に集った彼らを前に、美月はこう語った。
「私のラーメンは、まだ完成していません。
でも、皆さんが“自分のラーメン”を見つけた時、きっとそれが未来を変えると信じています。
一緒に学びましょう。一緒に、届けましょう。
食べた人の体と心を、温める一杯を――世界に。」
その言葉に、百名の生徒たちの眼差しは、誰よりも熱かった。
こうして、美月のラーメンは“味”としてだけでなく、文化と学問と職業として、
この世界に確かな根を下ろし始めた。
そして、それは新たな成り上がりの物語の、幕開けでもあった。