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第8話 ラーメン屋の娘 冒険者ギルド長を味方につける

それは、まさに異世界グルメ界における小さな革命だった。

《グルン白湯・火霊草香るとろコクラーメン》の完成以降、風見亭の前には、早朝から人々の列ができるようになった。

行列は日を追うごとに長くなり、今や平均待ち時間は三時間。

けれど、誰も文句を言わなかった。

「待ってでも食べたい」

「昨日の疲れが取れたんだ」

「このスープを飲まなきゃ、一日が始まらない」

そう口々に語り合うのは、商人、農民、冒険者、職人――そして、貴族たちですら例外ではなかった。

ある日の朝、風見亭の前に立つ行列の一角に、ひときわ目を引く装束の集団が並んでいた。

金糸の縫い取りが施された外套に、香水のような香りを漂わせる、王都の第四階級貴族・レルフィン家のご一行だった。

その当主は、従者に向かってにこやかにこう言った。

「この行列に並ぶという経験も、民の気持ちを知る良き学びになるだろう」

本心は、ただ早くラーメンを食べたいだけなのだが、その姿勢は確かに気高かった。

「我ら貴族であっても、平等に並ぶのがこの店の流儀……ならば従うべきだ」

それがこの町で“ルール”になったのは、美月の信念があったからだ。

「このラーメンは、誰かひとりのものじゃありません。

疲れた人、病気の人、頑張った人、ただお腹がすいた人――誰にでも、平等に届いてほしいんです」

その思いは、店のあり方にも反映されていた。

予約制度なし、接待なし、貴族用特別席もなし。

庶民も貴族も、同じ行列、同じ器、同じ一杯。

その姿勢は称賛を受ける一方で、一部の上級貴族たちの中には、当然ながら不満を抱く者もいた。

「王都に呼び寄せ、我が家専属の料理人にすればよい」

「使用人として抱えれば、いつでもこの味が食べられる」

「それが、美月殿のためにもなるだろう」

だが――

それを真っ向から拒み、盾となった男がいた。

冒険者ギルドのギルド長、ガロス・バルトロメウス。

年齢は四十代後半。かつては一級冒険者として名を馳せ、今も威圧感と存在感を放つ、筋骨隆々の大男だった。

無骨な言動の奥には、情に厚く義理堅い心を宿していた。

美月が異世界に来てからずっと、ラーメン屋としての努力を近くで見守り続けていたガロスは、

貴族たちの“引き抜き話”を耳にすると、すぐに動いた。

「――悪いがな。美月のラーメンは、民のものだ」

ある晩、風見亭の前に現れた貴族の密使に、ガロスは仁王のように立ちはだかった。

「城の厨房に移れば、安全も名誉も得られる。お前たちの言い分はわかる。だがな――」

と、彼は吼えた。

「この町で、クエスト帰りに腹を空かせた若ぇ奴らが、

三日ぶりにありつく一杯のラーメンのありがたさを、貴族の口先で量れると思うなよ」

密使が言葉を失うと、ガロスは静かに続けた。

「彼女は、味だけじゃなく、“居場所”を作った。

ここに来れば癒される、明日も頑張れる、ってな。

――その居場所を、金と地位で囲おうとするなら、まず俺を倒してからにしてくれ」

以降、貴族たちは美月への引き抜きを表立って言わなくなった。

ガロスの言葉が、ただの脅しではないことを、皆理解していたのだ。

むしろ、逆に敬意を表し、貴族たちも“ルール”を守って列に並ぶようになった。

「我ら貴族は、民を導くもの。

ならばまずは民と同じ釜の飯――いや、ラーメンを食すべきだろう」

そんな言葉が町に溢れるようになったのは、美月とガロスの努力の結果だった。

ある日、美月はふと、行列に並ぶかつての病人や老人たちを見つけて目を細めた。

「……なんだか、夢みたいですね」

背後からガロスの笑い声が響いた。

「まだまだ夢の入り口だろう。お前さんのラーメンは、これからもっと、遠くまで届く」

美月は笑って頷いた。

ラーメンの湯気は、町を包み、

貴族も庶民も、子どもも老人も、冒険者も学者も――

すべての人を、ひとつの行列に並ばせた。

そこには、力も地位も関係ない。

ただ、美味しさとやさしさに導かれた“平等の器”があった。

それこそが、彼女のつくるラーメンの、最大の魔法だった。


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