第4話 異世界の食材を求めて
【1】
◆第一ステップ:情報収集
翌朝、まだ朝靄が町の屋根を包んでいるうちに、美月はチグーを抱えて風見亭を出た。
目指すは、町の中央にそびえる石造りの建物――学識の塔(ラーニア図書館)。
中に入ると、静謐な空気と紙の香りがふわりと漂い、朝から勉学に励む学者や錬金師見習いが熱心に本を読んでいた。
美月は受付で「動物性油脂」や「魔獣の身体構造」、「伝統調味法」などの資料を探し、山のように本を積んで閲覧席へと運んだ。
「チグー、静かにね。ここの本、貴重なんだって」
チグーは小さく鼻を鳴らして、机の下で丸くなった。
まず最初に目を通したのは、**《獣脂と料理の民俗誌》**という古びた一冊。
羊や鳥の油は保存用に蝋として加工されたり、火を灯す燃料として使われてきたが、食材として加熱調理に使われた例はほとんどないことが書かれていた。
「獣脂は“重い”、“臭い”、“体に悪い”とされてきたため、加熱調理での活用はほぼない」と記されていた。
「なるほど……でも、それって加熱の仕方や香りづけの知識が足りなかっただけじゃ……?」
次に読んだのは、《魔獣解剖録・食用編》。
魔獣グルンについての記述に、美月の目がとまる。
「『グルンは寒冷地に棲む水棲獣で、骨髄に独特の甘みと粘度を持つ。かつて一部の貴族が薬用スープに使ったという記録あり』……!」
骨髄スープ。豚骨にも似た白濁スープのイメージが、美月の中に広がる。
「煮込んで、背脂の代わりに骨のコクを生かせば……いけるかも!」
さらに読み進めていくうちに、美月の手が止まった。
**《山野薬草誌》**のページのひとつに、丸くて赤い実の絵と共に、こう書かれていた。
“火霊草の実”
・高地の溶岩帯に自生
・調理時の油分を中和し、香り高く爽やかにする効果あり
・脂質分解作用を持ち、胃もたれを抑える
「これだ……これがあれば、濃厚ラーメンに必要な“後味の軽さ”が作れる!」
興奮を押さえつつ、美月はノートにびっしりとメモを書き込んだ。
チグーが机の下で鼻をひくひくさせる。
「うん、わかる。わたしも早く作りたくなってきた」
だが問題は、その食材たちが非常に入手困難であることだった。
火霊草の実は、魔猪の縄張りとされる“黒岩山地”に、
グルンは水辺の霧深い湖、“静水の沼”にしか現れないとある。
「知識はそろった。でも、素材がなきゃ、ラーメンにはできない」
彼女は図書館の窓から差し込む光を見上げ、そっとつぶやいた。
「……行こう。材料は、自分で取りに行くしかないんだ」
こうして美月は、ギルドでの冒険者募集と遠征の準備を始める決意を固めた。
美味しさと健康、そして背徳感が共存する“最強の一杯”を求めて。
【2】
◆第二ステップ:ギルドで素材調査
図書館で得た知識を胸に、美月は意を決して**冒険者ギルド「翠鷹の翼」**の扉を押し開いた。
活気と汗のにおいが入り混じるその空間では、依頼の掲示板をにらむ冒険者たちや、武器の手入れをする戦士たちが行き交っていた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。今日はどんな依頼で?」
カウンターにいた受付の女性が声をかける。まだ若く、笑顔のやさしいギルド職員だ。
美月はまっすぐに言った。
「ラーメンを作るための、特殊食材の調達です。火霊草の実と、魔獣グルンの骨髄を探しています」
周囲の冒険者たちが、にわかにざわめいた。
「……は?」
「ラーメン……だと?」
「グルンって、あの“沼の重獣”か?」
受付の女性は苦笑いを浮かべながら、冊子をめくる。
「火霊草の実は、確か南方の“黒岩山地”に生えてるって報告があるわね。でもそこ……」
すぐ隣にいた中年の冒険者が割って入る。
「おいおい、黒岩山地って言やあ、“魔猪”の縄張りだぞ。あんなの、護衛付きでも滅多に行きたがらねぇ場所だ」
「グルンは“静水の沼”の主だ。臆病で滅多に姿を見せねぇくせに、いざ怒らせたら全力で突進してくる。あの脂と骨……重くて運ぶのも一苦労だぞ?」
「お嬢ちゃん……食材探しに行くにしては、無茶すぎるってもんだぜ」
さすがに空気が重くなったそのとき、美月は一歩前に出て、静かに言った。
「……私のラーメンを、次の次元に進めたいんです」
「……え?」
「おいしくて、濃厚で、ギトギトで――それでいて健康的なラーメン。
この世界の人たちに、“罪悪感なしに満足できる一杯”を届けたいんです。
そのためには、あの素材がどうしても必要なんです」
言葉に熱がこもっていた。
食材の話なのに、まるで命をかけた誓いのように、美月は真剣だった。
数秒の沈黙ののち、カウンター奥から、金属のぶつかる音がした。
「……いいだろう、そのラーメン、手伝わせてもらおうじゃねぇか」
現れたのは、背中に巨大な戦斧を背負った筋肉の塊のような男。
皮鎧の隙間から浮かぶ血管と、ふんわりしたまつげのギャップが妙に印象的だった。
「名前はグラウ。脂と肉のためなら命は惜しまねぇ」
「や……やる気のベクトルがおかしい……」
後ろから、薬草の香りをまとったローブ姿の女性が現れた。
どこか人懐っこい雰囲気のある、眼鏡をかけた優しげな錬金師だった。
「わたしはリューナ。魔猪の消化器系と火霊草の相性、ちょっと気になっててね。学術的にも興味あるの。ラーメンって、薬膳的要素もあるのよね?」
そこに、すでに信頼厚い仲間たち――
短剣と機転で支えるレオン、
薬草と弓に長けたティナ、
そして鼻の利く獣“チグー”が加わる。
「……旅の目的が“ギトギトラーメン”、か。面白いな」
「燃える脂……燃える命……熱いスープになるな!」
「ま、無理矢理に見えて、実は一番理にかなってるかもね」
「ラーメン素材探索遠征、始動ってわけだ!」
こうしてギルドでも前代未聞の依頼――
**《特級食材探索依頼:極旨こってりラーメン計画》**が、正式に登録された。
異世界最高の“背徳×健康”ラーメンを求めて、
熱き冒険が、再び始まる。