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第2話 ラーメン屋の娘 食材調達の冒険へ

【1】

食堂の名は「風見亭かざみてい」。

町の中心、石畳の通りに面した古い木造の建物で、昼は働く者たち、夜は旅人や兵士で賑わう憩いの場だ。

店主のマルコは、がっしりした体格の中年男性。ぶっきらぼうだが料理への情熱は本物で、どこか美月の父に似ていた。

「まずは皿洗いと配膳から頼む。厨房は俺の聖域だ、な?」

「はいっ!よろしくお願いします!」

美月はぴしっと返事をし、すぐに水桶の前に立った。異世界の桶は重くて冷たい。それでも彼女は笑顔だった。

数日も経たないうちに、客たちの間で「元気をくれる娘がいる」と噂が広まった。

「おう、看板娘ちゃん。昨日のスープ、あれ、胃に優しくて助かったよ」

「おかえりなさい。今日は野菜をたっぷり入れておきましたよ」

「その笑顔だけでも腹がふくれるぜ」

彼女は厨房の隅で野菜を刻みながら、さりげなく客の顔色を観察していた。

鑑定スキルが見せる情報は、体調と共に“今、必要なもの”を教えてくれる。

あるときは、気づかれぬ疲労に効く麦粥を。あるときは、夜眠れない女性に温かい根菜スープを。

「なんでわかるんだ?」と不思議がられても、ただ微笑んで「経験です」とだけ答えた。

ある晩、厨房で美月が作っていたのは、野菜の皮や切れ端で取ったダシに、干しきのこを加えた滋養スープ。

マルコがふと鼻をくんくんさせて、眉をひそめる。

「お前、それ……俺の厨房で勝手に何作ってんだ?」

「ごめんなさい、でも……残り物で作ったスープなんです。味見、してみてもらえませんか?」

渋々ひとくち飲んだマルコの目が見開かれた。

深い旨味に、舌が驚いたようにぴくりと動いた。

「……こ、これは……魔法か?」

「いえ、だし、です」

彼女の言葉に、マルコは大きく笑った。

「厨房、任せてみるか!」

その日から、美月は本格的に厨房に立ち、献立も任されるようになった。

「きょうの“みづき汁”、あったまるなあ」

「この麺、なんだ? つるつるしてて面白ぇ!」

「昨日より肌の調子がいいんだけど、まさか……あのスープのせいか?」

麺――それはこの世界には存在しない料理。

美月が小麦粉と塩と水で手打ちした平麺は、客たちにとって“未知の食感”だった。

味と香り、そして体がほっとほどけるような心地よさが、町の人々の舌と心をつかんでいった。

だが、彼女が真に慕われたのは、料理の腕前だけではなかった。

「手が冷たい? じゃあ、次から器をあたためておきますね」

「子どもさんが野菜苦手? じゃあ、細かく刻んでスープに混ぜてみましょうか」

相手の立場に立ち、静かに、丁寧に、寄り添う。

そのやさしさが、町の人々の心に、じわりと染みていった。

ある夜、閉店後。

マルコがぽつりと言った。

「……あいつら、戦災で町に流れてきた連中でな。笑わなくなってた子も、最近やっと笑顔が戻ってきた。……お前の料理のおかげだ」

美月は、ふと父と母の背中を思い出した。

言葉じゃなく、料理で人を癒やす――あの店で学んだことが、ここで生きている。

「わたし……この世界でも、やっぱりラーメンを届けたいです」

「ラーメン、ってのが何かはまだ分からんが……お前が作るなら、きっと旨いんだろうな」

その夜、美月は小麦粉を手に、新たな“世界初の麺料理”の試作にとりかかった。

彼女の“麺の道”は、町の台所から始まり、やがて貴族の宮廷へと続いていく。

でもそれは、まだ少し先の話──。


【2】

「よし……スープは完璧。だけど……やっぱり、この麺が……うーん、惜しい……!」

ある日、美月は厨房の隅で、いつもの白いエプロン姿のまま、頭を抱えていた。

異世界の小麦――“ヤルム粉”と呼ばれるこの世界の粉は、水分を含むと粘り気が弱く、コシが出ない。

おまけに、塩の精製技術が未熟なため、不純物が多く、生地の仕上がりも不安定だった。

「いい麺を打つには、もっと質のいい塩と、よく練っただしが必要だなぁ……」

スープの材料も悩みどころだった。

豚骨も鶏ガラもこの世界では手に入りにくく、魚介の乾物もない。

代用できるものを探しながら、美月は日々、試行錯誤を続けていた。

そんなある日、風見亭の常連客のひとり、若き冒険者のレオンが声をかけてきた。

「美月、ちょっと相談があるんだけど。最近、北の森で“光る岩塩”が見つかったらしいんだ。商隊が高値で取引しててさ」

「光る岩塩……! それ、きっと純度の高い塩だね! のどに良くて、味に角がない……!」

「で、その森の奥にある“蒼の谷”って場所に、その塩があるって噂なんだけど……行ってみるか?」

「行く!」

即答だった。

こうして、美月の“ラーメン食材探索冒険”がはじまった。

***

レオンの他にも仲間が加わった。

狩猟と薬草に詳しい弓使いの女性・ティナ、回復魔法が少しだけ使える見習い魔術師の少年・ユリオ。

「食材のために冒険……ちょっと変わってるけど、いいじゃない。面白そうね」

「ラーメンってやつ、オレも食べてみたいしな!」

旅の道中、美月は鑑定スキルを駆使して、森の植物や獣の肉の成分を調べ続けた。

「この葉っぱ……“アトル草”っていうんだ。鉄分とカリウムが豊富だし、火を通すとほんのりとろみが出る。スープのとろみづけにいいかも」

「こいつの骨、いい香りがする……煮込めば、だしがとれそう!」

仲間たちは最初、その熱意に少し引いていたが、やがて彼女の観察力と料理の力に信頼を寄せるようになった。

そして三日目の夜、ついに“蒼の谷”にたどり着いた。

薄く青く光る岩塩の壁面が、夜の月明かりに照らされて幻想的に輝いていた。

「これ……本当にあったんだ……」

美月は鑑定スキルでその岩塩を見つめ、確信した。

________________________________________

〈蒼の岩塩〉:精製不要。高純度の塩化ナトリウム。まろやかな味。保存性◎。高温処理で旨味が引き立つ。

________________________________________

「これで……ようやく“あの味”に近づける!」

だがそのとき、森の奥から唸り声が響いた。

巨大な魔獣――“グレイベア”が、塩を守るかのように現れたのだ。

「まずい、こいつは……!」

「逃げよう、美月!」

だが美月は、レオンたちの背中に身を預けながらも、スキルで魔獣を見つめた。

すると、不思議なことにその体調が浮かび上がる。

________________________________________

〈対象:グレイベア〉

●異常:胃の不調・膨満感

●欲しているもの:ぬるめのスープ、消化に良い草食性の餌

________________________________________

「……この子、おなかが痛いだけかもしれない……」

「はぁ!? 何言って――」

だが、美月は取り出した携行用の煮込み干し麦を、おずおずと前に差し出した。

鍋から湯気が上がると、グレイベアは一歩、また一歩と近づき……その香りを嗅ぎ、静かに身を伏せた。

「……食べた……?」

「……胃薬がわりになったのかもね」とティナが呆れ顔で言った。

こうして、美月たちは塩を無事に持ち帰ることができた。

食堂に戻ってから、美月はすぐにその塩と新しく見つけた素材で、渾身の一杯を作り上げた。

「蒼塩香る鶏骨淡麗ラーメン」

ふわりと香る湯気、優しい塩の旨み、そして口いっぱいに広がるだしの深み。

初めてこの世界で“本物のラーメン”に近づいた瞬間だった。

その夜、町の人々は列を作り、スープを飲んで思わずほっとため息をもらした。

「まるで……体が、喜んでるみたいだ……」

冒険の果てに生まれた一杯は、町に新しい風を吹き込み、美月の名は再び人々の記憶に刻まれていくことになる。

だが、彼女の旅も成り上がりも、まだ序章にすぎなかった。


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