18話女男爵、美月誕生?〜ラーメンと爵位の間で〜(続き)
風見亭の厨房――
ぐつぐつと音を立てる寸胴鍋の前で、美月は木べらを握ったまま、じっと湯気の向こうを見つめていた。
(……私は、ただラーメンを作ってきただけ。でも、今はもう、それだけじゃ済まない場所に立っている)
ギルド長の提案、王都からの女男爵の打診、そして全国40店舗への展開計画――
どれもが、大きな意味を持つ責任の重い話だった。
そして、美月は、決めた。
「風見亭のラーメン部門を、後輩たちに任せよう」
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◆継承と再編──未来へ続く風見亭
「ええっ!? センセーが厨房に立たなくなるなんて、そんなの風見亭じゃないよ!」
常連のひとりがそう叫んだとき、美月は優しく微笑んだ。
「でも、私の味をちゃんと受け継いでくれる人が育ったんだ。私は今度は、みんながもっとラーメンを届けられるように、後ろで支える番なの」
風見亭ラーメン部門の後任には、元一期生のサリュとパルムが任命された。
「センセーの味、絶対に守りますから!」
「いや、守るだけじゃなく、もっと先に行こうぜ、俺たちで!」
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◆40店舗管理へ、本格始動
ギルドが整えた新体制では、各店舗の売り上げの10%が美月個人に入る仕組みになっていた。
「儲け話に聞こえるけど、違うんです」
と美月は苦笑いする。
「それよりも、“健康にいいラーメン”の考え方を、もっと多くの人に届けられるように。……それが、何より嬉しいから」
責任感の塊である美月にとって、「何もしないで得る収益」は心苦しく感じるものだった。
だからこそ、美月は実務として、店舗全体の味の統一、品質基準の策定、地方食材の開発支援などに着手することを決意した。
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◆助手募集、ただ一人の手が挙がる
「学院の仕事も、さすがに私一人じゃ回しきれないわね……助手を入れよう」
全生徒に向けた発表がされたその日の放課後。
「助手……やりますわ!」
華麗に挙手したのは、もちろん、貴族令嬢リリアーナ・フェルナンデス。
「やっぱりね……」
「他の方々は?」
「……リリアーナ様が立候補されたので、誰も出てきませんでした」
助手希望は、彼女一人。
「お手伝いだけでなく、学院長の身の回りも、心も、体調も、わたくしがすべてサポートいたしますわ!」
「え、ちょ、ちょっと心と体調は自分で管理できるから……!」
「謙遜ですわ! 美月さまは無理をなさるお方……ああ、助手の特権……」
(助手というより、全力で世話焼きに来てる!?)
けれどその熱意も本物で、学内では「助手リリアーナ、実はすごく優秀説」が噂になり始める。
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◆女男爵の影、そして広がる未来
そして、その数日後――
学院長室に届けられた、一通の書簡。
金の縁取りが施されたそれは、王都より届いた正式な勅状であった。
《本日をもって、薬膳拉麺学院長 美月殿を、「薬膳文化の推進」における功績により、正式に“女男爵”の称号を授与する》
その手紙を開く美月の横で、リリアーナは小さく、ガッツポーズ。
「うふふ……やりましたわ」
「リリアーナ、あなた……やっぱり動いてたのね……?」
「ええ、そりゃもう。あの味は、国宝ですもの」
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新たな肩書き「女男爵」。
けれど、美月が向かうのは――
明日も変わらず、厨房の片隅にある、湯気立つ一杯のスープの先だった。