第17話卒業式の日、風が変わる
学院の講堂には、清々しい春の風が吹き込んでいた。
壇上に並ぶ第一期生たちの胸には、美月が手ずから作った“香草葉のリボンバッジ”が光っている。
「卒業、おめでとう。……一年間、みんな本当にがんばったね」
美月の声が、静かに、しかし温かく響いた。
「それぞれが、自分だけの一杯を生み出した。ラーメンってね、食べる人だけじゃなく、作る人の心も映すものだから……私、みんなのラーメンから、ちゃんと想いを受け取ったよ」
目を潤ませながら拍手する生徒たち。
中には感極まって鼻をすする者もいて、隣の生徒にそっとハンカチを渡されていた。
そこに――講堂の扉が「バン」と開く。
「センセー、ちょっといいかい」
姿を現したのは、風見亭に通い詰めていた“冒険者ギルド長”、ヴォルグ・レイダル。
大柄な体に皮のロングコート、だが手にはしっかり花束。口元にはいつもの鋭い笑み。
「ギ、ギルド長!? 卒業式、参加されるなんて聞いてませんでしたけど……」
「いや、式には興味ねぇよ。用があって来たのさ」
壇上に立つ美月に歩み寄り、低い声で囁くように言った。
「……いよいよ、本題だ」
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◆ギルド長の提案「40店舗展開計画」
式後、美月はギルド長に学院長室へと案内される。
「第1期生の育成……ご苦労だったな。いや、よくぞ育て上げた。で――そろそろ“次の段階”に進もうじゃないか」
「次の……段階?」
ギルド長は、分厚い封筒を机の上に置いた。中には、各地ギルド名と地図、希望配属数、店舗予算案が記された書類。
「元々この学院の設立目的は“全国ギルドの飲食スペースに、美月薬膳拉麺の店舗を展開するための人材育成”だったろう?」
「……あっ」
すっかり“教えること”に情熱を注いでいた美月は、原点を一瞬忘れていた自分に照れ笑い。
「この春、全国40箇所のギルドが“うちの町にも出してくれ”って手を挙げた。もちろん、事務手続きも店舗準備も資金もギルドが出す。……君がやるのはただ一つ」
「希望者を、募ること……ですね」
「その通り。現場に合う人材を、君の目で選んでくれりゃいい。面倒は俺たちが見よう」
美月は、封筒を胸に抱え、ゆっくりと息を吐いた。
「夢の続きが、こんなにも早く……来たんですね」
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◆“女男爵”の話題
「もう一つ、大事な話がある」
ギルド長の表情が少しだけ硬くなった。
「最近、王都の上の連中の間で、“おまえを女男爵にしよう”って話が出てる」
「ええっ……!? 男爵!?」
「功績からしても十分だしな。なにより――貴族になれば、土地や資源の取得もスムーズになる。学院の分校だって、王都に出せる。邪魔も減るし、国からの給金も出るし、屋敷も建ててくれる」
「……でも、私、ラーメン作ってるだけなのに」
「“それだけ”で民を健康にし、文化を変えた女だ。自分の価値を、そろそろ理解したほうがいい」
美月は言葉を失い、チグーが心配そうに足元で鼻を鳴らした。
「もちろん、受けるかどうかはおまえ次第だ。ただ、なりたいと思った時――すでに根回しは始まってるぜ」
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◆舞台裏の根回し劇場
その頃、王都の貴族会館では、リリアーナとその両親が、連日の挨拶回りと説得を続けていた。
「女男爵という形なら、彼女の自由は守られますわ。ご安心ください。ギルドと衝突もありません」
「……あの子の功績が、我が国の誇りであることに、異を唱える者などいまい。これだけの支持を得たならば」
「それに彼女には、何の野心もない。ただ、誰かのために鍋を振るう……そんな人だからこそ、爵位が必要なのです!」
リリアーナの声に、周囲の貴族たちも、次第に静かに頷き始めた。
「――彼女を、ラーメンの騎士に」
「うん、それ、響きがいいね」
リリアーナはこっそりガッツポーズした。
「ふふっ……さあ、美月さま。あなたの“テーブルの物語”は、まだ始まったばかりですわよ」