第16話 卒業制作月間、始動──それぞれの「ラーメン物語」
学院の中庭には、春の風が流れ、あちこちの窓から香ばしいスープの匂いがこぼれていた。
「さぁ、いよいよ卒業制作だぞ! 一年間の集大成を、全力でぶつけるんだ!」
美月が明るく宣言したその日から、生徒たちはそれぞれに「自分の一杯」と向き合い始めた。
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【厨房にこもる者、山へ挑む者】
筆頭の努力家・サリュは、朝から晩まで厨房にこもり、火霊草と豆の出汁を掛け合わせた「気力回復系・香豆白湯麺」を完成させようとしていた。
「ううっ……あとひとつ、コクが足りない……くぅぅ……!」
「大丈夫、サリュならできる。焦げ臭い時点でスープ交換な?」
「センセー! わかってますーっ!」
一方、剣術出身のパルムは、故郷の海の魚介を生かした「黒潮ラーメン」を作るべく、友人とともに遠征へ。
「センセー、ちょっと海まで行ってきます!」
「うん、安全第一でね! チグーが鼻を効かせてくれるから、任せたよ」
「ぐるっ!」
チグーが腕章つきの探検帽をかぶり、冒険隊のマスコットとして同行していた。
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【“誰かのために”を追い求めて】
別のグループでは、「大切な人に食べさせたい一杯を作る」という課題を思い出し、それぞれに悩み、もがく姿も。
「俺さ、親父と最後にまともに話したの、中学の頃なんだよね……だから“わだかまりをほぐすラーメン”、作りたい」
「すごい、あんたカッコいい! 私は妹が野菜嫌いだから、“気づかず栄養取れるラーメン”目指してんの!」
美月は、そんな生徒たち一人一人に、スープを啜りながら本気でアドバイスを返した。
「それね、コクでごまかしちゃダメ。むしろ“心に残る後味”が大事なんだよ」
「うっわ……それ、泣けるやつ……!」
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【静かに進む、もう一つの物語】
その頃――
王都の貴族社交サロンでは、ある話題が静かに波紋を広げていた。
「ご存知ですか? あの《風見亭》の女主人、美月殿。ラーメンという異文化を民の間に根づかせ、学院を建て、食文化を進化させたと」
「しかも、貴族にも平等に振る舞うとは……それでいて人心をつかみ、学院の運営、財務、育成までこなしている」
「女男爵に相応しい人材だと思いませんか?」
その中心にいたのは、リリアーナの両親――第七地区・外務付与侯爵家の当主夫妻だった。
「お父様、お母様。どうか、彼女を正式な位階へ……この国の未来の礎とするために」
「リリアーナ、あの方が爵位を望むと思うか?」
「思いません……でも、あの方に相応しい世界を、私たちが用意してあげたいのです!」
侯爵夫妻は少し笑みを浮かべた。
「おまえが“誰かのために動いた”のは初めてだ。……わかった。ならば、我々も本気で動こう」
政務官、軍部、そして国王直属の食文化審議会に至るまで――
リリアーナと両親は、秘密裏に“美月女男爵計画”を着々と進めていた。
そして、卒業式の日――美月がまだ知らぬその未来が、彼女のもとへと忍び寄っていたのだった。