第14話 ラーメンと学びと冒険と――美月のとある一週間
【月曜日】──ラーメン屋《風見亭》、開店前
「はい、グルンの白湯は火霊草の下茹でからね。チグー、香草の鼻チェックお願い!」
朝5時。まだ町がまどろみに包まれている時間、美月は厨房で香草の束を確認していた。
横ではちびグレイベアのチグーが、鼻をぴくぴくと動かしながら「ぐるっ」と満足げに鳴く。
「よし、これは“合格”ってことね。今日も最高のラーメン、作るよ!」
開店と同時に、店の外にはすでに長蛇の列。貴族も冒険者も農夫も、立場は関係なく順番を待つ。
「お待たせしました、火霊草香るとろコクラーメンです! どうぞ、温かいうちに」
「あっつ……! けど、うま……あぁ~幸せ……!」
スープをすすり、笑顔になる客の顔。
その一つひとつを見届けるのが、美月にとっての何よりのご褒美だった。
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【火曜日】──夜の《美月薬膳拉麺学院》
「はい、それじゃあ“消化を助ける香味素材”の講義、始めますよ~」
美月は仕事を終えた後、少しだけラーメンの香りを残した白衣に着替え、学院の講義室へ。
生徒たちは疲れた表情ながらもノートを取り、質問し、目を輝かせて学んでいた。
「ラーメンって、“誰かの身体にやさしくなれる魔法”なんですよ。たとえばこの火霊草。味も香りもいいけど、香り成分はね……」
「……“脂の重さを包む”んですよね! この前、自分の試作で感じました!」
「そう、それ正解!」
生徒の成長を感じるたび、美月は誇らしさと温かさを胸に抱いた。
講義後、生徒たちから差し入れされた手作りの“まかないラーメン”を食べながら、笑い合うひととき。
その味は少し薄かったけれど、心は満たされていた。
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【水曜日】──食材探しの定休日冒険
「グラウ! こっち、滝の裏に“月影茸”が群生してる!」
「おおっ、やるじゃねえか、チグー!」
定休日の水曜日、美月は学院の仲間たちと“食材探索隊”として山へ入っていた。
この日は新素材“月影茸”を求めて滝の裏を調査。
濡れながらも夢中で採取し、帰り道には大荷物のチグーが、鼻歌のように「ぐぅぐぅ」言っていた。
「ふふ、次はこの茸で“夜限定・黒湯ラーメン”に挑戦しようかな」
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【金曜日】──疲れても幸せな夜
夜遅く、ラーメン屋の片付けが終わり、学院での講義も終え、ようやく一人きりの時間。
湯気の立つ一杯のまかないラーメンをすすりながら、美月は帳簿をつける。
「ふぅ……今日も走りきったなぁ」
その顔には疲れがにじんでいた。けれど、どこか満ち足りた笑みがあった。
「明日は、チグーと市場で野菜の仕入れだね。帰りに……ちょっとだけ寄り道しようか」
夜の風が、ほんの少しだけ甘い。
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【日曜日】──月に一度の“試作会”
風見亭の裏庭で開かれる“生徒&スタッフ合同試作会”。
「私の“冷製赤根スープ麺”、食べてくださいっ!」
「こっちは“火霊バター塩ラーメン”で勝負よ!」
「はいはーい、順番にね~。まずはスープの香りから……あ、美味しい! 火霊の扱い、上手くなったね!」
生徒たちと笑い合い、褒め合い、時には失敗に泣きながらも前を向くその時間。
美月はふと、空を見上げた。
「こんなに忙しいのに、なんでだろう……疲れてるのに、しあわせ」
まるで、熱々のラーメンをすするみたいに。
人生も、ひとすすりずつ、あたたかく味わうものだと思えた。
チグーが膝の上で丸くなり、ぐるる、と喉を鳴らす。
学院の窓からは、生徒たちの笑い声がもれていた。
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それが、美月の毎日。
走りながら、笑って、学んで、伝えて。
そしてまた、新しいラーメンを目指して――今日も、幸せな忙しさに包まれている。