第13話 リリアーナ、ラーメン道を征く
学院入学当初――
リリアーナ・フォン・ヴァルトラインは、間違いなく異彩を放っていた。
「庶民の台所!? なんと神々しい響きでしょう……!」
美月のラーメンに一目惚れし、“崇拝”からスタートした彼女。
だが、そんな貴族様らしからぬ言動に、他の生徒たちは少し距離を置いていた。
◆
【ある日の実習室】
「リリアーナ、それ味見した?」
「ええ、舌先で優しく五感に訴えかけ……あら!? なんだかしょっぱ……いですわ!」
「塩、三倍量入ってるよ!!」
「庶民の“しょっぱい愛情”というものかと……!!」
「違う! 体に悪いヤツだよそれ!!」
美月は笑いつつも、彼女の頑張りを見ていた。
毎晩自室で野菜を刻み、香草をすり潰し、指先に絆創膏を貼って教室へやってくるリリアーナ。
最初は、可憐なドレスの裾をだしで汚しては青ざめていたが、
今では腰にエプロンを巻き、堂々と鍋をふるうまでになっていた。
◆
【ある日の学食】
「な、なんで私のスープ……こんなに灰色になってるの……」
「それはね、ルチアちゃん。火霊草を炒めずに煮出すと、香りが出る前にアクが残っちゃうのよ」
「……そっか。ありがとう、リリアーナさん」
「うふふ……庶民の“失敗”もまた、美しき学びの一滴ですわ」
「いや、あんたもこないだ鍋ごと爆発させてたじゃん!」
「しっ、あれは“過熱への愛が高まりすぎた”のですわ」
いつの間にか彼女の回りには、相談を持ちかける生徒や一緒に笑う仲間たちが増えていた。
「ねぇ、リリアーナさんの声って、なんか元気出るよね」
「うん、明るすぎて落ち込めないもん。失敗しても“まあいいか”って思える」
“崇拝”は“尊敬”に、“尊敬”は“仲間意識”に変わっていった。
◆
【ある夜の教室】
美月がひとり片づけをしていると、リリアーナが湯気の立つ丼を持ってきた。
「これ……本日、わたくしがひとりで炊いた“薬膳鶏白湯らぁめん”ですわ。召し上がっていただけます?」
「わあ……ありがと、でもいいの? これはきっと、誰かのために作った一杯でしょ?」
リリアーナは小さく笑って答えた。
「ええ、学院長様――いえ、“美月先生”。これは、わたくしが“あなたのようになりたい”と思って作ったラーメンですの」
一口すすると、優しい甘みとコク、そしてほんの少しの火霊草の香りが、心の奥をあたためた。
「……おいしい。ほんとうに、おいしいよ、リリアーナさん」
「……ほほほ! も、もっと褒めてくださいまし!」
「もう~、そこは素直に照れなさいよ!」
二人は笑い合いながら、机を挟んで肩を並べた。
◆
それからも、リリアーナは相変わらずテンション高めな言動を残しつつ、
厨房の裏で黙々とスープを撹拌し、誰より丁寧に丼を洗い、後輩には笑顔で味見を教える。
学院ではいつしか――
「困ったらリリアーナさんに聞けばいい」
「彼女、なんだかんだで頼りになるよ」
「いつもいると明るくなるよね」
そんな言葉が、自然と聞こえるようになっていた。
◆
ある日、美月が学院のノートにそっと書き残した言葉。
「“ラーメンの味”は変わるけど、“ラーメンを作る人”の優しさは、ちゃんと伝わる」
それを、こっそり読んだリリアーナは胸元を押さえ、頬を染めてつぶやいた。
「……ふふふ。やっぱり、美月様は罪深いお方ですわ……♡」
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そして今日もリリアーナは、愛と情熱と少しのズレを抱えながら――
誰かの心をあたためるラーメンを作り続けている。
その姿はもう、**崇拝者ではなく、立派な“仲間”**だった。
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