12話 貴族令嬢リリアーナ・フォン・ヴァルトライン
ある夜の授業後。
学院の廊下に、香水のようなバラの香りとともに、きらびやかなドレスの少女が現れた。
「――おほほほ! ついに、ついにこの私、“ラーメン界の聖母”美月様に、謁見できる日が来ましたわ!」
ぱあっと教室のドアを開け、キラキラと輝くオーラとともに登場したのは、金髪巻き髪・レースたっぷりのドレスを着た少女。
周囲の生徒がぽかんと見守る中、彼女は跪くようにして、美月に詰め寄った。
「わたくし、王都ヴァルトライン家の末娘、リリアーナと申します!
この学院に入るために、筆記審査も面接も、“庶民”に紛れて乗り越えてまいりました……すべては、あなた様に学ぶため!」
「え、ええっ!? ど、どうも、ありがとうございます……?」
美月は戸惑いながらも笑顔を返すが、リリアーナはうっとりした目で美月の手を握る。
「うふふ……この手で、スープを注いでくださるのですね。なんと慈愛に満ちた……!」
「いや、あの、普通に手、洗ってますからね? 厨房の衛生はちゃんとしてますよ?」
「さすがでございますわ!! 衛生観念まで完璧……!」
◆
その後、リリアーナは講義中も美月にぴったり張り付くようになった。
「学院長様、美月様、こちらの塩は純白の湖から取れたものをお持ちしましたの。きっと“貴族の風味”がいたしますわ!」
「いや、ありがたいけど……ナトリウム濃度高すぎて血圧上がるからちょっと控えめで……」
「まあっ! それでも、“塩分すら愛しい”なんて……なんて高潔な御方……!」
「違う違う、控えろって意味だよ!!」
◆
調理実習でも――
「美月様、お湯が沸きましたわ! お注ぎしてもよろしいでしょうか!? よろしいでしょうか!? ねえ!?」
「そんなに興奮しながらお湯注いだら火傷するから落ち着いてね!? リリアーナさん、深呼吸! せーのっ」
「スゥ~~~~……ハァ~~~~……あああ……美月様のお声が肺にしみますわぁ……」
「ラーメン作る前に、心の落ち着きを取り戻して~!」
◆
でも、ふとした瞬間に見せるリリアーナの表情は真剣だ。
ある日、美月が気づかぬうちにスープの味がわずかに濃くなったことに気づき――
「……本日は、昨日より“切なさ”が一匙濃くありませんこと?」
「え……? あ、確かに、少し煮込みすぎたかも。すごいね……よくわかったね」
「だって……わたくし、美月様の味に、心が染まっておりますもの……♡」
「……ちょ、ちょっとそれは、こそばゆいというか、距離感っ!」
◆
美月が少しタジタジになりながらも、
リリアーナのまっすぐすぎる情熱と、ラーメンへの真摯な姿勢に、やがて自然と打ち解けていく。
「リリアーナさん、ちょっとずれてるけど、すごく味に敏感で努力家なんだよね」
「うふふ……美月様に褒められた日には、スープに身を投じても構いませんわ……♡」
「やめて!? 身を投じないで!?!? スープは飲むもので、入るものじゃないの!」
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リリアーナの登場により、学院には新たな“華”と“笑い”が加わった。
そして美月はまた一人――ラーメンと真摯に向き合う仲間を得たのだった