ダメンズメーカー
アレクサンドラは領地の教会の礼拝堂で熱心に祈りを捧げていた。
礼拝堂の中央には女神像が立ち、周囲にはぽつりぽつりと祈りを捧げる者達がいる。彼女は貴族の令嬢であったがこの場は貴族も平民も分け隔てなく受け入れられている。
俯き目を閉じひたすら祈っているアレクサンドラがざわめく周囲の雰囲気に気がつき目を開けた時、女神像の足元に見慣れない服を着た女の子がいた。
「え?」
「「「え?」」」
女の子の呟きに応えるようにその場にいた者もポカンと口を空けている。
「何ここ? 異世界転生でもした? それにしてはなんか普通の教会だし召喚陣も見当たらないし、魔術師みたいな人に囲まれてもないし!?」
女の子の問いにその場にいた唯一の教会職員、司祭が穏やかに口を開いた。
「ええ。私共も戸惑っておりますが、少なくとも召喚などというようなことは致しておりません」
「こちら魔王が侵略していてお困りとか…?」
「魔王というものは存在しておりません」
「……国のあちこちで瘴気が発生して浄化が必要とか…?」
「いえそう言ったことも別に…」
「…魔物…、」
「おりますが、嬉々として騎士団が対応しております。むしろオーバーキルなのでは?と言われているほどに」
まじかー私聖女じゃなかったかあ…じゃあ何のために私ここにいるの?と女の子が頭を抱えていると小さな男の子が興奮気味に自分の母親に話している声が聞こえる。
「あそこのお姉さんがね、祈り始めたら綺麗な模様が女神様の足元から広がってね、その模様がお姉さんにかかったら、模様がピカーって光ってこっちのお姉さんが出てきたの!」
男の子の指す「あそこのお姉さん」が貴族令嬢であるアレクサンドラであることに気づいて男の子の母親は土下座せんばかりの勢いで深く深く頭を下げた。アレクサンドラは気にしないで、と手をひらひらと振る。その後司祭に目をやると心得たかのように司祭は口を開く。
「ここでは何ですので、アレクサンドラ様、そこの…お若い女性の方、こちらへどうぞ。お茶の一つもお出ししますよ」
3人は場所を応接室へ移した。
「私はこの教会で司祭を務めておりますジョセフと申します。そうですね、まずは貴女のお名前をお聞かせいただけますか?」
「えっ? 私? えっと木頭栞里です。高校生です」
コウコウセイとはなんぞや?と司祭もアレクサンドラも思ったが、今はそこじゃないだろうとスルーすることにした。
「私はアレクサンドラ。この土地の領主、ロッテン伯爵家の長女です」
「えっ? 貴族の方なの? うわっなんか失礼があったらすみません!」
「お気になさらず」
アレクサンドラは優雅に微笑んだ。そこへジョセフ司祭が発言する。
「あの小さな坊やも言っておりましたが、私も見ておりました。アレクサンドラ様が祈りを始めた瞬間、女神様の像の足元から魔法陣が展開し、それがアレクサンドラ様にかかった途端、陣は金の色を帯び、一瞬強く輝いた後、シオリ様が顕現されました。
そのため、アレクサンドラ様の祈りに応えるためにシオリ様は呼び出されたのではないかと愚行致します。
私は一旦退出いたしますので、どうぞお二人でお話しされてはいかがでしょうか?」
栞里とアレクサンドラは顔を見合わせる。確かに司祭の言うことは一理ある。司祭が静かに退出すると意を決した栞里が口を開いた。
「あの…私の国では神様にお祈りをするのってお願い事をするためなのがほとんどなのですが、アレクサンドラ様はどのような理由でお祈りを……?」
アレクサンドラは口を開くのを少し躊躇したが、栞里の真っ直ぐな瞳に絆されて話すことにした。
「…実はわたくしすでに3回も婚約を解消してまして…」
ええっ?と驚く栞里にアレクサンドラは説明した。今までの婚約者は全て父親である伯爵が持ってきた話でそれまで話もしたことのない人達だった。
いわゆる政略結婚ではあるのだが伯爵はきちんと娘に対して愛情を持っており、相手の男性も何か問題があるわけでなくむしろ礼儀正しく優しい人達であった。
婚約してしばらくは順調に関係を育んでいたのだが、ある程度親しくなると途端に相手がアレクサンドラに対してあれこれ命令をし、こき使うようになるのだ。
それを知った伯爵が激怒し、婚約は解消されるのだが不思議なことに婚約解消後の彼等は元の穏やかで優しい性格に戻るのだ。それが3回も続くとアレクサンドラに非があるのでは…と噂されるようになる。
「このようなことが続き、わたくしも自分が悪いのでは、と思うようになりました。でも何が悪いのかわからないのです。わたくしはひたすらに平凡な貴族令嬢です。お相手の方に誠実であれと努めてきました。もちろん最初から愛情を持っていたわけではありません。でも将来結婚する方なのだからと。お相手の方も少しずつ仲良くしてくださっているのに、しばらくするとあんな……!」
アレクサンドラは我慢できずに声を詰まらせた。
来週には4回目の婚約締結の顔合わせがある。それまでには原因を知っておきたい。自分が悪いのなら直したい。しかしどうしていいかわからなくて女神様にすがったのだった。
「なるほどねぇ…アレクサンドラ様はダメンズメーカーなのね」
ダメンズメーカーとはなんなのか、アレクサンドラが尋ねると栞里の世界では恋人になった途端相手がダメな人間に成り下がってしまう、ということがままあるのだという。大概原因は女性の方が男性にあれやこれやと世話を焼いてしまうことに起因するのだという。だがアレクサンドラは貴族である。そういった細々とした世話を自らやることはない。従者や侍女に命令すれば済む話でアレクサンドラ自身が相手に尽くしたという記憶はない。
「相手が豹変するキッカケってわかりますか?」
「そう…ですね。何度か一緒に出掛けて親しくなってから…かしら?当家の屋敷に招待してお茶会をしてる時が多いかもしれません」
仲良くなって愛称で呼び合うようになると相手が豹変するのだ。
「愛称…具体的にはなんと呼ばれたのです?」
栞里の質問に恥ずかしかったのか少し頬を赤らめながらアレクサンドラは栞里にこっそりと耳打ちした。
「ああ、なんかわかったかも。それは確かにこちらの世界の人間じゃないとわからないわね。アレクサンドラ様、今後お相手の方にはサンディーとかドリーとかといった愛称で呼んでもらってください」
「それで解決するの?」
「はい。おそらくはたったそれだけのことなんだと思います。あの愛称はなんだか命令したくなる名前なんですよねぇ。
試しにやってみますね。
『アレクサ、私木頭栞里を元の世界に戻して』」
「ハイ、カシコマリマシタ」
アレクサンドラの声ではあるが機械音に似た無機質な声色だった。アレクサンドラが祈りを捧げるポーズを取るとその目は生命の光を失った。栞里の足元から魔法陣が広がる。
慌てて栞里がアレクサンドラに声をかける。
「アレクサンドラ様、今後アレクサと呼ばせるのは禁止ですよー。あとないとは思うけど、『オッケーグーグル』とか『ヘイ シリ!』とかもダメです。シリは私の方がやばそうだな。しおりとしり、1文字しか違わないし…」
魔法陣がアレクサンドラに掛かるとそれは反転する。アレクサンドラが意識を戻して顔を上げた時、先程までいた栞里は姿を消していた。
アレクサンドラはジョセフ司祭に挨拶をし、教会を出た。ジョセフ司祭は色々と気になることはあったが、吹っ切れた様子のアレクサンドラを見て悪いことにはならなかったのだろうと深く追求することをやめた。いくらアレクサンドラが穏やかな気質の女性であるとはいえ貴族令嬢であることに変わりはない。余計なことに首を突っ込んではならない。
アレクサンドラは4回目の婚約の顔合わせを行った。相手は伯爵家からひとつ落ちる子爵家の嫡男であったが、既に流れているであろうアレクサンドラの噂を気にすることもなく誠実な対応を続けた。
月日は流れ2人は無事に結婚式を挙げたのだった。
「ようやく貴方の妻になれて嬉しいわ」
「僕もだよ。これからよろしくね、サンディ」
一方栞里は元の場所に戻ってきていた。振り返ると壁にぶつかったトラックが大破していた。
(思い出した…! 道を歩いていたらトラックがこっちに向かって何故か爆走してて危うく死ぬとこだったんだ!)
転移した瞬間に戻されていたら危うくトラックの餌食となるところだった。ほんの少し戻る時間を遅らせてくれたおかげで生きながらえることができた。トラックの周囲は人だかりができ、救急や警察なども間もなく到着するようだった。栞里はそのまま帰宅することにした。
(事故の瞬間なんて見てないもんね。異世界に行ってましたって言ったところで頭おかしいと思われるのがオチだし)
何はともあれ女神様とアレクサンドラ様には感謝だわと栞里は心の中で手を合わせると自宅へと歩き始めた。
あれからアレクサンドラ様は幸せになったんだろうか。お貴族様にしては穏やかな優しい人だったので栞里としては応援したい。
自宅に着くと栞里はポツリとつぶやいた。
「アレクサ。アレクサンドラ様を幸せにして」
どこか遠くでカシコマリマシタと聞こえた気がした。
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