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どうやら八尺様が僕の彼女を疑っているようです

作者: 北原新司

 加賀紫音


 部活が終わって帰る頃には夕暮れになっていて、あれと会う頃にはもう薄暗くて景色も何かの影のようにしか見えませんでした。そのせいで曲がり角から誰かが急に出てきた時も、姿や顔はよく見えませんでした。でもそれは人が人ではなかったことだけは間違いありません。


 その人は女性で白いワンピースを着ていたんですけど、身長が家の屋根と同じくらいはあったんです。そんな人がいるわけないですよね。


 その女性(?)は、私の正面に立つと、ぐっと顔を近づけてきました。その時、息のにおいがかげそうなくらいの距離まで顔が近づいて、ふっとハーブみたいなすうっとするような香りがしました。


「・・・・・・ぽ」女性が一言、そう言いました。


 その時の私は怖い、という気持ちよりも「なに?」とか「どういうこと?」という気持ちが勝ってしまって、パニック状態でした。普通なら逃げるべきところなんでしょうけれど、それすら思いつかないでただ突っ立っていました。


 私が何も言えずにじっと黙っていたら、突然女性が「ぽ、ぽぽぽぽぽぽっぽぽぽ」と言い出したんです。


 女性が「ぽ」を連呼し続けたところで怖くなってきて、そこでようやく逃げ出しました。幸い、その時は逃げきれたんですけれども、あれは一体なんだったんでしょうか?


 田口翔太


 占い師は紫音の荒唐無稽な話を聞かされても、眉をひそめることすらしない。


 俺でも付き合っている人の話でなかったら絶対に信じたりしないような話だ。今でも信じてはいないが、それでも力になりたい一心で見つけてきたのがこの占い師。「不可思議できごとに困ったら相談するといい」といううわさだけを頼りにして、こうして来てもらったわけだが。


 彼は茶色と黄色のあいだぐらいの色の髪をしていて、黒い羽織をまとっていて、切れ長の目をしている。チャラいのか古風なのかちょっとよくわからない姿をしている。


 やがて彼は「おおかたそれは、八尺様でしょう。このあたりに住まう妖ですな」と言った。


「八尺様・・・・・・」俺はその名前を口の中で転がす。聞いたことのない名前だった。


「実は彼が何度かその女性みたいなものと会ったことがあるらしくて」紫音は僕を手で示した。占い師が俺のほうを見たので、俺はそれについて話すことにした。

 

「はい。そう言ってもなんかしたとかされたとかじゃなくて、ただ向こうが俺のことを見てるのを見たことがある、ってだけなんですけど」


「それはよくあることです。八尺様は成人していない男を好むのです」占い師は言った。


「え、じゃあ俺は八尺様に好かれてるっていうことですか?」俺は尋ねた。


「それだけならばまだいいのですが、場合によったら成人するより前に異世界へさらわれる場合もありますから、油断できません」占い師はさらりと信じられないようなことを言った。しかし「異世界」という嘘めいた言葉もこの男の口から出てくるとどういうわけか、真実味とすごみを持って聞こえる。


「じゃ、じゃあ俺はどうしたらいいんですか? てか、紫音は大丈夫なんですか? あれが来たってことはなんかされるかもしれないってことなんですか?」不安を感じた俺は尋ねる。


「私が間を取り持ちましょう。力で無理やり追い払ってもいいんですが、それだと角がたちます。八尺様の望みを聞いて、そちらの望みを伝えて、どうにか折り合いをつけましょう。もしこじれたら、私が責任をもってなんとかしますから、心配はいりません。ただそうなると八尺様と会わなければいけませんが、どうしますか?」占い師が問いかけてくる。


 俺だけが会うのなら別に構わない。しかしこの場合はおそらく、二人で会うという意味なんだろう。そうなると、紫音の身が危ないかもしれない。「俺はいいですけど、紫音は会いたいの?」


 彼女に問いかけてみると「会ってみたい。どういう理由で私や翔太に近づいたのか知りたいから」と答えた。


 結局、俺と紫音の二人で八尺様に会うことになった。翌日、占い師は八尺様を連れて僕の家にやってきた。


 彼が連れてきた八尺様と呼ばれる妖は、紫音が話していたものほど大きくはなかったし、俺が見たものと同じ大きさでもなかった。むしろ、小さかった。身長が小学生のそれと変わらないほどだった。


 加賀紫音


 八尺様は身長こそ縮んでいたけれど、服装はそのままだった。私や翔太がリビングにあるソファに座ると、八尺様も真向いの椅子に座った。妖も椅子に座るんだ、と思って少しびっくりした。妖にちゃんと実体があることに驚いた。


「では八尺様、まずはなぜあの女性の前に現れたのか、わけを話してもらってもいいでしょうか?」占い師は言った。


「私は彼をずっと見守ってきた」八尺様の声は翔太のそれとまったく同じだった。そういう一面を見てようやく私は、目の前にいるのが妖なのだと実感できた気がした。


 さらに八尺様は続ける。「これまで私は彼に降りかかる災いをできる限り退けてきた。彼に害を与えるならおぬしも退ける」


「私は彼に害を与えるつもりなんて、一切ありません」私は言った。


「口でならばなんとでも言える。口だけでないことを今この場で証明してみせよ。私の問いに正しい答えを返すことができたなら、お前を認めてやる」八尺様は言った。


「そんな、無茶苦茶だ」翔太が割って入ってきた。「なんで俺が誰と付き合うかを、あなたに決められなきゃならないんですか?」


 すると八尺様は翔太のほうを見て「おぬしは弱い。未来も見通せず、邪心も読みとれない。この女のすべてを知っているなどと思ったらそれは大間違いだ」と言った。それから私のほうを見て「これから尋ねることにけっして嘘をついてはならない。嘘をつけばすぐにわかる。そのつもりで答えよ」


「はい」私はうなずいた。


「では、翔太の好きな食べ物はなんだ?」八尺様の問いに私は、「唐揚げ」と答えた。簡単すぎる質問だという気がしたけれど、大事なことではある。


「彼の好きな女の特徴は?」八尺様は尋ねた。


 これは引っ掛け問題。彼が私に告白してきたからといって、「答えは私」などと答えてはいけない。そう思いたい気持ちはあっても、うぬぼれてはだめだ。


「ポニーテールで、おしとやかな雰囲気の大人な女性。具体的には・・・・・・」私はとあるアニメキャラの名前を口にした。


「なんで知ってるの? 言ったっけ?」翔太が不思議そうに言った。


「ううん、言ってないよ。自分で調べたから」私が彼にそう言うと、「調べたって、え?」と言って驚いていた。


「彼の苦手なものは?」八尺様は尋ねる。


「それは食べ物の話ですか?」ちなみに食べ物ならピーマンだ。


「違う」


「それなら、絶叫系マシーンになると思います。彼は小学校六年生の頃にそのたぐいに乗ってお漏らしをしてしまって以来、それを避けるようにしているはずです」


 先ほどからずっとそうだけれど、八尺様は正解かどうかを言ってくれない。この答えも合ってるのかどうかわからない。しかしわからなくても答え続けるしかない。


「な、なななんで、それを知ってるの? 言ったっけ?」顔を赤くしている翔太が尋ねた。


「あなたのことについて友達からいろいろ聞いてるうちに知ったの」私は言った。


 八尺様


 おかしい。なぜこの女は、人では知りえないはずのことを知っているのか。好みの女も、過去のトラウマも、本人が話さない限りはなかなか知ることができないはず。この女は妖なのか。いいや、波動は人間のそれだから、人間で間違いない。


 これは、質問を変える必要があるかもしれない。


「もし彼が浮気をしたらどうする?」


 たいていの女は、浮気を許さない。しかしそのような答えは認めない。彼のいいところも悪いところも受け入れて、周りにいる悪い虫はすべて追い払う。それができないようでは遅かれ早かれ、別れることになる。人間はささいなことですぐに言い争いを始めるものだ。


「翔太がそんなことをするとは思っていませんが、もし間違いがあった場合でも翔太のことは許します。浮気相手の女にはちゃんと罰を下して、彼を誘惑から遠ざけるために家から出さないようにします」紫音という名前の女は言った。


 人間とは思えない、素晴らしい答えだ。私も人の身ならば同じようにするだろう。


「え、それって監禁じゃ・・・・・・」彼の顔が青ざめているが、気にしてはいけない。人間は真の愛や正しい道を知らない。弱い生き物ゆえに正しく生きられないのだ。


「もし彼に嫌われたら?」素直に身をひくなどという毒にも薬にもならないような答えをしたら、当然不正解だ。しかしどこか、この女ならばやってくれるのではないかという気がしている。この女にはそう感じさせる何かがある。


「彼に嫌われたとしても、私は死ぬまで彼に尽くすつもりです。彼が幸せになれるなら、命だってかけられます」女の心を読んでみたが、その気持ちに嘘偽りは一切なかった。


 これほどの女はそうめったにいないだろう。彼がこれほどの逸材に巡り合うことはこれから先、一生ないと言っても過言ではない。


 紫音という名前だったか。彼女にならば、彼を任せられる。


 田口翔太


 いくらなんでも重すぎる。しかもよく考えれば、俺が○○しのぶを好きだなんて、友達にすら言っていない。聞かれたとしても恥ずかしいからといっていつもはぐらかしていた。


 知っているはずのないことをなぜ紫音は知っているのか。いや、答えなんてわかりきっている。俺のスマホか何かを通して、個人情報を盗み見たのだろう。勝手に人のスマホを覗き見るとかやばすぎるだろ。


 それが勘違いだとしても、好きな人を監禁しようとか言ってる時点でもうやばいやつ確定だ。こんな女、八尺様が許すはずがない。ところが八尺様が放った言葉は予想とは真逆のものだった。


「おぬしならば任せられる」そう言って、八尺様は納得したようにうなずいた。


「え、いやいやいや! ダメですよね絶対! 監禁とか言ってますけど?」こんなのは何かの間違いだ、と思って俺は言ってみる。


「おぬしは人の身であるがゆえに、この女の強さを理解していないのだろうが、この女はめったに会えぬ逸材。この女となら結婚することを許そう」八尺様ははっきりそう言った。


 開いた口がふさがらなかった。強さだって? やばさの間違いだろう。


「よかったね翔太、これで八尺様の許可がとれたね」紫音がニコニコしながら言う。


「あ、え? う、うん」俺はうなずく。でもちっともうれしくない。紫音の愛が本物だというのはわかったけど、愛が重すぎる。


「う、占い師さん?」俺は最後の望みにむかって声をかける。


「よかったですね、お二人とも。末永くお幸せに」占い師は笑みを浮かべながら言う。彼からも完全に見捨てられた。


 別れたい。でも「君の本性を知った今で付き合う気になれない。別れよう」などとは、とてもじゃないけど言えない。言ったらとんでもないことになりそうだ。


 それに、彼女のことを好きだっていう気持ちが完全になくなったわけじゃないし、彼女を泣かせたくはない。


 それによく考えたら、俺が彼女に一途なら何も変なことは起きないはず。あともしかしたら、付き合っていくうちに彼女の新たなよさがわかってくるかもしれない。あるいは長く付き合ううちに彼女の愛も受け入れられるようになるかもしれない。とにかく、八尺様が認めた人なんだから大丈夫なはず、たぶん・・・・・・いややっぱだめかもしれない。 








 

 







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