第七話 再戦
『秘宝』を手に入れた僕たちは、牢屋があった場所へ戻ってきていた。
色々な武器を持ってこようかとも考えたが、
「ききっ。たくさんあってもどれを使うか迷うだけだ。気に入ったもん一つか二つにしときな」
という結丸の言葉で、僕は『秘宝』だけを持ち帰ることに決めた。
他のみんなも、自身に合った武器を探していたようだ。
園次郎は両足に立派な鉤爪、結丸は小さな錐と鎌、義翔は軽そうな小刀を翼に装備していた。
一つ目的は達成したが、【暗鬼】を見過ごすわけにはいかない。
僕たちは、【暗鬼】に対抗するための作戦を話し合っていた。
「——『秘宝』を見つけたのはいいが、当たらなきゃ意味ねえよなあ」
「夜というより、暗い場所で戦っちゃ駄目だね」
義翔の言葉に、僕は反応する。
「俺様が場所を伝えるんじゃないのか? わん?」
「ききっ。影から影に移動できる相手だからな。とりあえず、あれで少しでも暗闇を減らすしかねえぜ」
結丸の言葉に、僕は軽く頷いて、結論を話す。
「義翔と結丸が暗闇を減らして、園次郎が場所を特定する。それから、僕が『秘宝』で斬る。とりあえず、大雑把な作戦はそれで行こう」
「ききっ。文句ねえぜ」
「いいと思うぞ! わん!」
「そうだね。あたいも問題ないと思うよ」
三人の同意の言葉に、僕は勇気付けられる。
「よし! 行こう! 『鬼』退治だ!」
「わん!」
「ききっ!」
「け——ん!」
******
——栗坊の話によると、【暗鬼】は日が出ている間ずっと、神社の横にある小屋で寝ているらしい。
栗坊は戦闘に付いて来たがっていたが、僕たちはそれをやんわりと断った。
「——必ず【暗鬼】を倒してくる。だから栗坊は安全なところに隠れてて」
僕の五度目の説得で、栗坊は渋々納得してくれた。
「絶対、絶対……。生きて戻ってこいよ! みんな!」
僕らは栗坊の声援を、胸に大事にしまって、戦いに赴いていく。
——長い階段を上り終えて、僕たちは神社のある高台へとたどり着いた。
予想はしていたが、すでに僕たちの気配に気づいていたのだろう。
罰当たりな事に賽銭箱の上に、灰色の目と耳を持った『鬼』が、あぐらをかいて座っている。
【暗鬼】だ。
僕らはそれぞれ所定の位置に散らばって、武器を構える。
僕は正面、園次郎は左側、結丸が左側、義翔が上空だ。
「……やっと、来たのか」
【暗鬼】が口を開く。
「【暗鬼】! 僕らは『鬼ヶ島』へ行って、君らの大将を退治する! 大人しく『鬼ヶ島』への行き方を教えて欲しい! それから、この村の支配もやめるんだ! さもなくば……斬る!」
僕は《霊刀・吉備津》を鞘から引き抜いて、大声で宣言する。
「お前……、その目……」
「……目?」
「ぎゃはは! そうか! お前あの時のガキか!」
【暗鬼】のつまらなそうだった顔が一変し、下卑た笑みに変わる。
「【桃鬼】のガキだろ。お前。その桃色の目がそっくりだ」
「……っ!?」
驚く僕を気にもとめず、【暗鬼】は楽しそうに語り続ける。
「【桃鬼】はなぁ。弱い『鬼』だったんだ。使える『妖術』も、食いもんを美味くするだけのちんけなもんだった。まぁ、便利な力だから、そばに置いてやってたんだがな」
「…………」
僕は黙って、【暗鬼】の話を聞いていた。
他の三人も仕掛けずに、様子を窺っているようだった。
「でもなぁ、気になっちまったんだ。こんなに美味えもんを作れる【桃鬼】の味がよぉ」
「……っ」
続きは、概ね想像できる。
「それでもよぉ。【桃鬼】を食おうとはしなかったんだぜ。俺は。【桃鬼】に子供を産ませて、それを食おうとしたんだ。優しいだろぉ。俺は」
「……下衆め」
上空から、義翔の呟きが聞こえてくる。
「ぎゃはっ! そしたらあのアマ、子供を川に流して逃がしやがったんだ。桃を大きくするなんて『妖術』使ってなあ。そんな事できるって、知らなかったんだ。あんときゃ、すげえむかついたなぁ。だから、【桃鬼】の馬鹿も、人間の父親のほうも食っちまった」
「ぐるるっ!」
園次郎が唸ってくれている。
そして、【暗鬼】が下卑た笑みを、さらに醜悪なものに変え、笑いながら言い放った。
「不味かったんだ。笑えたなあ。あんときは。【桃鬼】本人は不味いのかよってな。ぎゃはは!」
その言葉に、僕の中の何かが弾け飛ぶ。
「がぁっ!」
刀を構え、飛びかかる。
一瞬で間合いを詰めて、僕は【暗鬼】に斬りかかろうとした。
「落ち着けぇ!!! 桃太郎!」
突然の爆音に思わず、僕は立ち止まる。
聞いた事のないような大声で、結丸が叫んだのだ。
「息を吸え! そんで吐け!」
結丸の迫力に圧倒された僕は、素直に深呼吸する。
「す————っ! ふ————っ!」
「……なんだ。つまんねえなぁ」
【暗鬼】が興を削がれたような顔で、こちらを見ている。
「……ありがとう! 結丸! もう大丈夫!」
「ききっ! 冷静に動け。そしたら問題ないぜ! こんな奴!」
「ああ! 勝とう!! 四人で!」
「ききっ!」
「わおーん!」
「け——ん!」
「……来いや! クソガキども!」
【暗鬼】が立ち上がって、暗闇を纏う。
ゆらゆらとした暗闇が、【暗鬼】を中心に広がっていく。
「今!」
僕の掛け声とともに、義翔が上空から緑色の光を放つ物体を大量に撒く。
「……苔か……」
【暗鬼】の纏っていた暗闇が、少しずつ分散していく。
体についた光る苔を手で払いながら、【暗鬼】は暗闇を広げていく。
最初ほどの速度ではないが、暗闇は徐々に広がっていく。
だけど、届く。
上段の構えをとった僕は、思い切り刀を振り下ろす。
ざんっ!!
僕が斬ったのは、【暗鬼】ではなく地面だった。
「園次郎! 結丸!」
「十時の方向! 木の影の中だぞ! わん!」
「ききっ!」
結丸が淡く白光りする物体を影に向かって投げつける。
「……ああっ?」
影の中から怪訝な顔をした【暗鬼】が現れる。
すかさず僕は【暗鬼】目掛けて走りだす。
「……ちっ」
【暗鬼】が消える。
「次! 三時の方向! 岩陰だぞ! わん!」
「ききーっ!」
結丸は先程と同じように、白く光るきのこ——それをばらばらに切り刻んだ粉末を暗がりに向かって投げつける。
僕がそこに向かって走り出し、刀を振り下ろそうとした瞬間だった。
目の前が真っ暗になる。
白く光っていたはずの岩が、純粋な黒に染まり形を変える。
触れることのできないはずである闇が、体を突き刺し、首を締めようと圧力を加えてくる。
「ぐっ……!?」
闇を振り払おうとして、首元に手を近づけても触れられない。
僕を傷つけようという意思を持っているように動くそれは、僕には干渉できない、得体の知れない何かだった。
「け——ん!」
緑の光が上から降ってくる。
身体を包む拘束が弱くなったことで、逃れる隙を見つける。
必死に身体を回転させながら後退することで、闇から脱出する。
「はぁっ……、ふぅ……、はぁっ……」
「大丈夫か!? 桃太郎! わん!?」
「っ大丈夫! それより【暗鬼】は!?」
「そこから動いてないぞ! わん!」
「……っ!?」
僕が暗闇と格闘している間に、結丸と義翔が、近くの暗所全てに、きのこの粉末と苔を撒いていてくれたらしい。
さっきまで僕がいた場所以外のほとんどが、白や緑に淡く輝いている。
(身体についた苔には、触れられてない)
体についた傷痕の大きさを見て、僕はとある仮説を立てる。
「結丸! 義翔! 残りは!?」
「ききっ! あと一回分!」
「あたいもそれぐらいだよ!」
【暗鬼】の気配は移動していない。
園次郎からの報告もない。
「よし! 畳み掛けよう!」
《吉備津》の柄を強く握ると、ぴりぴりと突き刺すような痛みを伴って、鋭い熱が生じる。
まるで、《吉備津》が目の前の『鬼』を倒せ、と興奮しているような感覚を覚える。
再び上段の構えをとる。
「はぁあああっ!!」
一息で距離を詰め、闇に向かって斬りかかる。
(捉えたっ!)
確かに斬った感触を認識した僕は、そのまま《吉備津》に体重を乗せる。
「勝ったと思ったか?」
暗闇の中から【暗鬼】が現れ、刀身を握って笑っている。
「痛いなあ、おい」
暗闇が暴れだす。
蛇のような形をとって、僕を襲って、絡まり、傷つける。
僕が、闇を全て引き受けている。
ここしかない。
「ぐ……っ! 今だ!」
「ききっ!」
「け——ん!」
結丸と義翔は、それぞれの光を《吉備津》に向かって投げかける。
《吉備津》が強い光を放ち、白と緑が優しく混じり合った色に輝きだす。
「ぎゃっ!?」
【暗鬼】が、焦ったように刀身から手を離す。
これで終わりだ。
「うぉおおおおお!!!」
《吉備津》を両手で強く握り、【暗鬼】の左肩から袈裟懸けに斬る。
決壊する。
【暗鬼】を取り巻いていた暗闇が雲散霧消していく。
一刀両断とはいかなかったが、【暗鬼】の負った傷は深い。
血だまりの量からもそれは明らかだ。
「……がっ」
白目をむいた【暗鬼】は、まだぴくぴくと小刻みに震えていた。
こちらに手を伸ばし、僕の肩を掴もうとする。
「…………」
何が【暗鬼】を動かしているのだろう。
考えても分からない。
分かりたいとも思わないけれど。
どすん。
頼りない音を出して、【暗鬼】が膝から崩れ落ちる。
僕たちの勝ちだ。