第六話 牢屋と『秘宝』
——目を覚ますと、知らない景色の中にいた。
背中で感じる硬く、冷たい石の床。
上半身を起こし、目をこする。
薄暗い場所に差し込む松明の灯りで、辛うじてあたりを見回すことができた。
天井は低く、岩肌のようにごつごつとしている。
洞窟の中の小さな窪みにいるようだ。
あたりはジメジメとしていて、カビのような不快な臭いが蔓延している。
天然の小部屋に、人工の異物を発見した。
鉄格子の扉だ。
(……牢屋にでも閉じ込められたのか?)
短くため息をついて、現状について想像する。
(僕は——僕たちは、【暗鬼】にやられたのか? その後、わざわざここに運んできた? そもそも、ここはどこだ? 冬の村のどこか?)
様々な疑問が頭の中に湧いてくるが、正直どうでもいい。
(負けた……。手も足も出ずに……)
そうだ。僕らは何もできなかった。
(油断していた? 簡単に『鬼』退治が出来ていたことに、慢心していた?)
いや、違う。『鬼』の恐ろしさを十分に理解していた。
(単純な力不足。圧倒的に相手が強かった)
正直、どうやったら勝てるか、戦い方すら思いつかない。
(……考え過ぎても仕方ないか。とにかく動こう)
硬い床に手をついて、起き上がろうとした瞬間、よく知っている声が聞こえてきた。
「どこだここ!? みんないるのか! わおーん!」
「……ききー? 柿は? おいらの柿は?」
「何寝ぼけてるんだい! 結丸! 早く起きやがれ!」
「ききっ……。うーん……。義翔? なんだここ……」
(良かった。みんな無事みたいだ)
とりあえず一安心して、僕も声を張り上げる。
「園次郎! 結丸! 義翔! みんな大丈夫かい!?」
「桃太郎! 大丈夫だぞ! わん!」
「ききっ! よく分かんねえけど、おいらもピンピンしてるぜ!
「あたいも平気だよ! 羽がかなり、抜けちまってるけどよ!」
三人の声がこの空間に反響する。
やはりかなり狭い場所のようだ。
「誰か出られそうな——」
僕はそう言いかけて、何かが動いたことに気づく。
鉄格子の外、岩の後ろに人の気配を感じたのだ。
「誰かいるのか!?」
「ひえっ!?」
僕の大きな声に驚いたのか、岩の裏から小さな人影が飛び出してきた。
「お、お前ら! 【暗鬼】を退治しに来たんだろう!?」
濃い藍色のちゃんちゃんこを着た子供が、体を震わせながら高い声で叫んだ。
幼い顔立ちといくつか歯が抜けていることから、まだ十歳前後だと推測できる。
その小さな子供が続けて言う。
「おれも、あいつを——【暗鬼】を倒したいんだ! 協力してくれよ!」
「…………」
僕は少し黙り込んで考える。
これは【暗鬼】の罠ではあるまいか、と。
しかし、すぐに自分の考えを否定する。
子供を使ってまで、そんなことをする必要性が思いつかない。
「えっと、協力することには吝かではないのだけど、君は誰?」
「おれは栗坊! この村で、一番勇敢な父ちゃんの息子だ!」
「お父さん?」
「ああ! この村の弱虫たちとは違う! 父ちゃんは【暗鬼】に立ち向かったんだ! 最後まで諦めずに戦ってた! 生贄なんか許さないって!」
「…………」
「それで……、それでっ」
「もう大丈夫。話してくれてありがとう」
鼻声になってきた栗坊に、僕はできるだけ優しく話しかける。
近くから、三人の鼻をすする声も聞こえてくる。
「君は、この場所から脱出する方法を知っているのかい?」
「ああ! ちょっと待っててくれよな!」
そう言って、栗坊は懐から細い針金のようなものを取り出して、それを鉄格子の扉の鍵穴部分に差し込んだ。
数秒、がちゃがちゃと音を立てながら栗坊が針金を回転させたり、上下左右に動かしたりしていると、かちゃりという音が鳴る。
「よし! 成功だ!」
栗坊はそのまま勢い良く、僕の入っている部屋の扉を開く。
「……今更かもしれないけど、こんなに大きな音を出して大丈夫?」
「問題ないさ! 【暗鬼】を怖がって、ここには誰も近寄らないんだ!」
僕の問いかけに、栗坊は元気良く答えた。
他の部屋も解錠するためにだろう、そのまま走って左へと向かって行った。
僕は立ち上がって、部屋の外に出る。
背筋を伸ばして、強張っていた体をほぐす。
右の方を見てみると、出口の見えない長い洞窟が広がっていた。
「ありがとう! わん!」
「ききっ。ありがてえ」
「ありがとうよ。少年」
鍵が開き、扉が開く音と感謝の声が三度聞こえる。
みんなも開放されたようだ。
(あの子に話を聞きに行こう)
そう思った僕は、栗坊が向かった方向を向く。
突き当たりの米俵のたくさん積まれた小部屋で、栗坊たちが何やら騒がしくしていた。
「そのまま入り口から出たら駄目だ。見張りはいないけど、万が一、村人に見つかっちまったら【暗鬼】に報らされちまう」
「ききっ? 抜け道でもあるのか?」
「ううん。違うよ。この奥にある場所に行きたいんだ。ばれちまわないように、重いものも置いてあるんだ。ちょっと手伝っておくれよ」
「それなら桃太郎の出番だぞ! わん!」
四人の方にたどり着いた僕は、会話の内容から、今するべきことを把握する。
「任せて」
一言、声をかけてから僕は動き出す。
米俵や古本、丸太や瓦など雑多なものたちを、僕はひょいひょいと脇に寄せる。
「ひゃあ! すごい力持ちなんだね、お兄さん」
「こんなもんじゃないよ。桃太郎の馬鹿力は」
驚いたような、感心したような顔をしている栗坊と、どこか得意げな義翔を横目に、僕は黙々《もくもく》と作業を続ける。
「——終わったよ」
ものの数分で、大きな掛け軸があらわれる。
掛け軸に描かれているのは、竹林の中にいる大きな獣だろうか。
立派な牙を携えた獣が、今にも飛び出してきそうだ、と感じるほど躍動感で溢れる絵だ。
「この裏だよ」
栗坊が掛け軸をめくって、手招きする。
「あっ、一応、扉は閉めておいてくれよ」
すぐについていこうとした僕たちを栗坊がたしなめる。
僕は鉄格子の扉を閉めて、全員で掛け軸の裏の大穴に入っていった。
******
大穴をしばらく進んで、荷物をどけて、掛け軸の裏に向かうという行為を三回程繰り返した後、大きな空間があらわれる。
「……っ! 明るい?」
僕は、飛び込んできた光に目を細めながら、思わず呟く。
「これは……、苔ときのこが光っているようだね」
「すごく綺麗だぞ! わん!」
「ききっ。初めて見たぜ。こんな光景」
あたり一面、壁や天井にも、びっしりと緑色に光る苔が広がっている。
地面には、苔の間を縫うようにして、大小さまざまな白の光を微かに放つきのこが、所々に生えていた。
「こっち、こっち。早くおいでよ」
先頭を進む栗坊が、あまりにも非現実的な光景に、あっけにとられている僕らを急かす。
奇妙で不気味な美しさを醸し出すこの場所に、円柱の形をした石が、いくつか離れて並んでいる。
栗坊は、その道をぴょんぴょんと跳ねながら渡っていた。
ぼくらもそれに習って、飛び跳ねる。
石の道を渡った先に、苔もきのこも生えてない小さな広場のようなものが存在した。
僕ら四人が、その広場にたどり着いたのを確認すると、栗坊は何の変哲もないように見える壁に向かって、針金を突き刺す。
「何やってるんだ? わおん?」
「まあ、見てなって」
そう言って、栗坊は針金を動かし続ける。
がっちゃん!
壁から、何かが噛み合ったような大きな音が鳴る。
「少し離れていて」
栗坊に言われた通り、僕たちは一歩後ろに下がる。
ごごご…………。
砂煙とともに、壁が二つに割れる。
「……これは」
壁が開いた先には、下り階段があった。
「いちいち、まどろっこしいもんだね」
「そう言わないでおくれよ。これで最後だからさ」
義翔の愚痴に、栗坊が半笑いで答えながら階段を降り出す。
「やっと出られるんだな! わん!」
「ききっ。さっさと行こうぜ」
二人の言葉に頷きながら、僕は長い階段を降っていった。
******
——どれだけ歩いただろうか、長い、長い階段が終わり、僕らは扉の前に立っていた。
「ここの扉はすごく重くて、力いっぱい戸を押さないと開かないらしいんだ。たくさん人を連れてこようかと思ってたけど、お兄さんがいるなら平気だね」
栗坊が指差しながら説明した扉を、僕は手のひらで軽く押してみる。
「確かに重いね……。でも——」
扉にもう一方の手のひらを置いた後、僕は全身に力を込める。
ふうっと息を吐いて、一気呵成に扉を押す。
ずずず……。
重苦しい音をたてながら、扉がゆっくりと開いていく。
扉が完全に開いて、僕の目に飛び込んできたものは、先ほどの光る苔ときのこ以上の衝撃を僕にもたらした。
「わあっ……」
鉄、鉄、鉄、鉄、鉄、鉄。
小屋ひとつ分ほどの空間の中に、ありとあらゆる武器が、壁に向かって乱雑に立て掛けてあった。
刀、鉄やり、斧、まさかり、鎖鎌、大鎚、中には名称が分からない武器もたくさんある。
どの武器も力強く輝き、それら一つ一つが、執念のような、怨念のような怪しい光を放っていた。
秋の村の村長によると、これらを作りあげた鍛治職人は、かなり昔の人らしいはずだけど。
不思議に思いながらも、僕らはそれぞれ思い思いに武器を物色する。
「ききっ。園次郎。これ何かいいんじゃないか」
「そんなのつけてたら、舌を噛み切っちゃうぞ……。わん……」
結丸が持ち上げた銀色の牙は、園次郎の口にぴったりの大きさだったが、鋭く尖ったそれは、鋭利な部分に触れただけで指が切れてしまいそうな迫力があった。
「何か軽そうなもんはないかねえ」
「あっちの小刀とかいいんじゃない? 羽に取り付けたら強そうだけど」
「うーん。どんなもんかね」
栗坊と義翔は、左のほうの小さめの武器がたくさん置いてある場所で、武器を吟味しながら会話をしていた。
僕は色々な武器に目移りしながらも、ゆっくりと奥へ歩いていく。
一番奥に、長い木箱を発見する。
なぜだか分からないが、その木箱から気迫を感じたのだ。
木箱を開け、中に入ったものを取り出す。
ずっしりと重たいそれは、刀だった。
黒を基調としている金色の混じった柄を持って、僕は無骨な鞘からゆっくりと刀身を引き抜く。
中から現れた刀身は、美しい光沢を誇っており、淀みを一切感じさせない。
柄を持った右手に力を込め、刀を一気に振り下ろす。
空気を切り裂く音が聞こえる。
刀を持ったことなど人生で一度もないはずなのに、手に馴染む。
どう振れば、どう力を入れれば、どう構えればいいか、それらが全て自然に理解できる。
まるで生まれた時から一緒にいたような、そんな感覚を、この刀からは覚える。
「これが——」
そう呟いて、刀を持ち上げ、刀身を眺める。
「——『秘宝』《霊刀・吉備津》」
『秘宝』は、何かを訴えかけるように強烈な光を放っていた。