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第1話 異世界転生

 その男は、かつて人間国宝と呼ばれていた。

 月陰(つきかげ)貞平(さだひら)。刀鍛冶を生業としていた男。現代日本において最高峰とも呼べる刀を何振りも鍛え上げた実績を持つ。

『私の仕事は、刀との対話が重要です。一振り一振りの声を聞き分け、最適で最高の刀を鍛える。それが全てです』

 かつて、とある番組でのインタビューでこのように語っていた。

 しかし心の奥底には、誰にも言わずにいた本心があった。

『私は、美術品としての刀を造りたくない。血生臭い命のやり取りをする刀を打ちたい』

 刀の本分は、人を、物を、神羅万象を斬るためにある。それが月陰の考えであった。

 しかし、現代日本において真剣を所持するのは困難を極め、また、それを使って人を殺めるのは重罪である。

 だから、彼は願った。

『願わくば、刀剣の性能を存分に発揮できる世界に生まれたかった』と。

 そんな月影は、往年八十二歳でこの世を去る。

 彼の願いは、存命中には叶うことはなかった。しかし、希望は残っていた。

 とある真っ暗な闇の中、月影は一人で立っていた。

「ここは……?」

「ここは法廷だ」

 どこからともなく、声が響く。

「法廷? 私は死んだはず……。なのになんで生きて……」

「我が貴様を裁くからだ」

 すると月影の目の前に、それはとてつもなく大きな影が現れた。

「我の名はヤーマカーン。死した人間を裁く者である」

「裁く……?」

「貴様の理解に変換するなら、閻魔大王だ」

「はぁ。それでその閻魔様が一体何を……?」

「貴様のことを裁くと言ったはずだ」

 ヤーマカーンは台帳のようなものを広げ、それをまじまじと見る。

「月陰貞平。本名月島宗跳(しゅうと)。本来は存在しない刀剣鍛錬流派月陰流の四代目当主。往年八十二。刀鍛冶職人。常に心の中に『真の刀を造りたい』と願う」

「なぜそれを……!」

「我の前では全てを見通せるのだ」

 そういってヤーマカーンは台帳を閉じる。

「判決を言い渡す。貴様は、鍛冶職人として再び人生を歩め」

「……はい?」

 月陰は困惑する。

「あの、こういうのって天国か地獄かって判決では……?」

「裁きは無限に存在する。その無限を読み取り、再配置するのが我の仕事だ」

「はぁ。それはご苦労様です」

「では往け。新たなる人生の幕開けだ」

 ヤーマカーンがそういうと、周囲が光に溢れる。

「うっ……」

 そして月陰は意識を失った。

――

 彼は目を覚ました。

 木の板で出来た天井が、目に入るだろう。

「……なんか変な夢見たな……」

 その時、彼の脳に頭痛が走る。

「うっ……!」

 その瞬間、前世である月陰貞平のことを思い出すだろう。

「これは……、転生したのか……?」

 現在の状況をまとめるために、彼は回想する。

 名前はエニシ・ディーン。現在六歳。農家を営むディーン家の三男として生まれた。兄である長男と次男はすでに家業を継ぐために親と一緒に働いている。エニシに対しては、特にこれといった期待はしてないようだ。

 エニシの記憶から推察するに、現在の世界は十八世紀前後の地球と同程度の文明を持っている。ただし、地球と違って魔法が存在しているのが大きな相違点だろう。

 それに伴い、地球とはまた技術の進歩が異なる事も確認できる。

「とまぁ、簡潔に考えてみたが…」

 エニシは、結論を出した。

「とりあえず生きてみよう」

 環境が最悪と言うわけでもない。ならば単純にこの世界を生きてやろうじゃないか。

 そう考えたのである。

 とりあえずベッドから降りたエニシは、そのままリビングへと向かう。

 そこには家政婦のアチャがいた。ディーン家は大規模農園を持っているため、意外にも裕福なのである。それに加え、一家総出で仕事に出てしまうため、その間は家のことが全くできない。そのために家政婦がいるのである。

「おはようございます、エニシ様。朝ごはんはできています」

「おはよう、アチャ。もう皆仕事に行ったの?」

「はい。例年通り、種まきの季節になりましたので」

 今の季節は秋。小麦の種まきの最盛期である。

 とは言ったが、農家というのは常に天気との戦いでもある。作物を最大限収穫するなら、適切な管理が必要である。そのため、時期によっては家にいるよりも農地にいるほうが長い時もある。

 そんなことを思い出しながら、エニシは朝食を取る。

 食べ終えると、初等学校に向かった。この世界、というよりかこの国ではしっかりとした教育システムが存在しており、一定のレベルの教養を学ぶことができる。

「あ! エニシ、おはよう!」

 登校中、声をかけてきたのは、向かい家に住んでいるニーフィア・エルドである。いわゆる幼馴染だ。

 彼女がエニシのそばにやってくると、笑いかけてくる。

「エニシ、また寝ぐせついてる」

「別にいいよ。直すだけ無駄だよ」

「だめ。ちゃんと身だしなみは整えないと、先生に怒られるよ?」

 そういって、ニーフィアはエニシの髪の毛を触る。

「これでよし、と」

 ニーフィアにとって納得のいく髪型になったのだろう。

 こうして学校に到着すると、授業を受ける。内容は、読み書き算数ができれば良いようなレベルであったが。

 こうして学校が終了すると、エニシとニーフィアは一緒に帰り道を歩く。

「そうだ、エニシ。今日もうちに来る?」

 その言葉に、エニシが強く反応する。

「もちろん! 早く行こう!」

 そう言ってエニシは帰り道を急ぐ。

 エルド家は小さいながらも、刀剣を製造販売している正真正銘の鍛冶屋である。エニシにとっては、ものすごくそそられる場所であるのだ。

「お父さん、ただいまー!」

「お邪魔します」

「おう、お帰り! それにエニシ君、しょっちゅう来て飽きないね」

「だって楽しいから」

 ニーフィアの父親、カナルは返事を返す。

 そういってエニシは工房を覗く。入ることは禁じられているため、外から見ることしかできないが、それでも楽しいものは楽しいのである。

 そんなエニシの元に、カナルがやってきた。

「エニシ君、いつものだよ」

 そういって、きんちゃく袋のようなモノを渡してくる。

 中身を確認してみると、鍛錬の時に出たいろんな端材が入っていた。

「ありがとう、おじさん」

「悪いことに使うなよ?」

「分かってるよ」

 こうして、いつもの工房見学が終了し、エニシは帰宅する。

 家に帰ると、アチャが夕飯の支度をしていた。

「お帰りなさい、エニシ様。夕飯はもうまもなくです」

「分かった。自分の部屋にいるよ」

 そういって自室に入る。そんなエニシは、少し寂しい思いをしていた。

 家には家族はいない。いくら精神年齢が大人であるといっても、幼少の精神では少し耐えきれない所がある。

 しかし、今はやるべきことがある。それは、金属のことを理解することだ。

 いくら経験があるからといっても、この世界では金属の性質が異なる可能性がある。その相違を見極めるために、端材を貰ってきているのだ。

「今は研究に没頭する。それだけだ」

 こうしてエニシの一日は終わる。

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