VS『??』(5/5)
「お前の負けだ」
エレズはゴブリンを率いて向こう側の陣へと向かった。それを邪魔する者は、もはや誰もいない。
エレズはゴブリンに命じてラティーナの鎖を解かせた。トロールはよっぽど打ちのめされたのか、それを止めようともしなかった。
自由になったラティーナが、「ありがとう」と礼を言う。
ラティーナを解放し終わったエレズは、まだ膝をついたままのトロールに話しかけた。
「……お前、ジンだろう?」
「……ああ、そうだよ」
トロールは俯いたまま、投げやりな声で返事した。
「お前は狼男だろう? どうやってそんな姿になったんだ?」
「はっ、さすがのお前でも、そこまでは分かんねえのか」
ジンが愉快そうに笑う。
「俺は狼男じゃねえよ。魔物族ですらねえ。混血だ。お前と同じでな」
「混血……?」
まさかの告白に、エレズはポカンとした。ラティーナもそんな台詞が出てくるなんて予想していなかったのか、呆然としている。
「魔物族と人間族の合いの子。この魔界では、人間族と同じ差別対象……」
ジンが吐き捨てた。
「俺も混血だから、お前みたいに特別な力……『スキル』を持ってる。お前のは『動物栽培』だろ? 俺のは『成り代わり』だ」
「成り代わり?」
「自分を殺した相手の精神を乗っ取ることができるんだよ」
「じゃあお前、そのトロールに殺されたのか?」
「そうだよ。リーヴ王国にタロス王国軍が侵攻してきた時にな」
ジンが自分の手のひらを見つめた。
「あの狼男の姿も借り物だ。成り代わるためにわざと殺された」
「何でよ?」
ジンの行動の意図が分からなかったのか、ラティーナが怪訝そうに問いかける。
「何でわざわざ殺されるような真似をしたわけ? ……って言うかあなた、四天王時代のエレズのこと馬鹿にしてなかったかしら? 『役立たず』とか『混血の分際で』とか、他の四天王と一緒に笑ってるの、私見たわよ。同じ混血なのに、どうしてそんなこと言ったのよ!」
「……本当に幸せなお姫様だな、あんた」
ジンがやれやれと肩を竦めた。
「……自分の正体を隠すためだろ?」
エレズがジンの気持ちを代弁した。ラティーナと違い、ジンと同じ立場のエレズには彼の気持ちが理解できたのだ。
「俺のことを馬鹿にしてないと、他の奴らに怪しまれるかもしれないから。混血や人間族に平等に接する魔物族なんて、ほとんどいないからさ」
「私はそんなことで相手を差別しないわ!」
ラティーナが反論した。
「もしかして、狼男にわざと自分を殺させたのも、魔物族の体が欲しかったからってこと? そっちの方が魔界では生きやすいから。でもそんなことしたって、結局は何の意味も……」
「意味? あるに決まってるだろ」
ジンが舌打ちした。
「この魔界で平穏に生きるためには、魔物族のふりをするのが一番なんだよ。その証拠に、今までは平和にやってこられたんだ。……お前が国を出て行くまではな」
ジンがエレズを見上げた。その視線に、どうしようもないくらいの恨みが籠もっていると気が付いて、エレズはドキリとする。
「お前のせいで何もかもめちゃくちゃだ。せっかく四天王の地位にまでついて、平穏に暮らしてたってのに……。また一からやり直しだ! それなのにお前は、自分の国なんか作って……それで、そこで幸せに暮らしてるだって? ……くそっ! そんなの許せるわけねえだろっ!」
ジンがおもむろに立ち上がる。
「お前、どうせ俺のこと笑ってんだろ? 頭に血が上って余計なことをペラペラ喋ったせいで正体があっさりバレて、挙げ句の果てに部隊を全滅させて……。馬鹿な奴だって思ってるんだろうな」
「別にそんなこと……」
「黙れ! せめて一発くらいお前を殴らねえと、俺の気がすまねえっ!」
やけになったジンは、拳を振り上げる。
まだ彼の憎しみは晴れていなかったのだ。完全なる逆恨みで、ジンはエレズを害そうとしていた。
「エレズ様!」
ゴブリンが悲鳴を上げてエレズを庇おうとした。
だが、それには及ばなかった。ジンの拳は、こちら側に当たる直前で止まっていたのだ。
「なんだ、コツが分かれば簡単じゃない」
ラティーナの自慢げな声が聞こえてくる。
上空一面に広がった灰色の雲の一部が途切れ、青い空が見えている。それだけではなく、そこから日光が差し込んでいた。
降り注いだ日光は、ジンに当たっていた。
ジンは今、トロールの姿だ。トロールは、日の光に当たると石化してしまう。石になったジンは、エレズに拳を振り上げる格好のまま、置物のように固まっていた。
「……さあ、エレズ。これで帰れるわよね?」
ラティーナが尋ねてくる。エレズは「はい」と答えた。
ラティーナは取り戻せたし、もうラエゴブ王国を脅かす者も、エレズに危害を加えようとする者もいない。
今度こそ、何もかもが解決したのだ。
辺りには、焦げ臭い匂いが漂っている。どうやら落雷の影響で、火事が発生したらしい。もう戦いの決着もついた以上、このままここに留まっている選択肢はなかった。
エレズはラティーナやゴブリンたちに向けて、宣言する。
「帰りましょう。俺たちのラエゴブ王国に」




