VS『??』(3/5)
エレズの発言は、たちまちの内にタロス王国軍の間に波紋を広げた。
「レギン様がレギン様ではない……?」
「どういうことだ?」
「狼男だって……?」
そんなふうに囁く声が聞こえてくるようだ。トロールが怒声を飛ばす。
「落ち着け! あんなものはデタラメだ! こちらを攪乱させる罠だ!」
だが、エレズの発言があまりに衝撃的だったためか、兵たちの動揺は収まらない。
「くそっ、くそっ……!」
トロールが地団駄を踏む。
「せっかくまた馬鹿な魔物族を扇動できたと思ったらこれか! 『農民』め……。また俺を……。もういい! 突撃だ!」
トロールが辺りにいた部下の背中を押した。
「戦うことしか能のない奴らめ! 行ってこい! あの減らず口の首を持ってくるんだ!」
「ですが将軍……いや、将軍……なのか?」
「戦いたいんだろう! 待機命令を受けたときは不満そうな顔してやがった癖に! 俺の正体なんざ今はどうでもいいから、あいつらを倒してくるんだ!」
やっと戦える。
その命令を聞いた途端に、兵たちの目の色が変わった。トロールの正体に不信感を抱いていたのが一転して、これから始まる戦闘への期待に塗り替えられた。
「そうだ、お前たちはそれでいい」
兵の様子の変化を目の当たりにして、トロールはほくそ笑む。
「ほら行け! 奴の首を取れ!」
「だ、だめ!」
状況の変化を顔色をコロコロと変えながら見守っていたラティーナが、事態が最悪の方向に転がりそうだと予感したのか、大声を上げた。
「こんな奴の言うこと、聞く必要ないでしょう!? あなたたちの知ってる、『レギン様』って将軍じゃないかもしれないのに!」
「……ラティーナ様、落ち着いてください」
ラティーナは必死でタロス王国兵たちを止めようとしていた。だが、エレズは彼女の言葉を遮る。
「いいんですよ。そいつらの好きにさせてやれば」
「エレズ! 何言って……」
「その代わり、俺たちも好きにさせてもらいましょう」
エレズは空を指さした。
あの会話は、作戦を考えるただの時間稼ぎだ。タロス王国軍の総大将の正体を暴露したって、それだけで向こうが攻撃を中止するとはエレズは思っていなかった。
なにせ魔物族は好戦的だ。奴らにとっては、『敵』はいた方がいいのである。
「ラティーナ様、今から空に花を届けます」
「えっ……?」
エレズの突然の発言に、ラティーナが戸惑うような様子を見せた。エレズは構わずに続ける。
「俺はお店屋さんですからね」
「お店……? ……あっ、『空のお花屋さん』?」
ラティーナは、何か閃くものがあったようだ。だが、まだ作戦の全貌を理解したわけではないらしい。
「でもエレズ、あれは……」
「何色の花が届くのか、しっかり見ていてくださいね。ラティーナ様は、空のお城の住人なんですから」
「おい、何をゴチャゴチャ喋ってるんだ!」
トロールが二人の会話に割って入る。
「全軍突撃!」
遂にトロールが命令を下した。殺気立ったタロス王国軍の兵たちが、バシャバシャと雨で濡れた地面を踏みしめながらこちらへと迫ってくる。
「エレズ様! 我々も打って出ましょう!」
ゴブリンが息巻く。だが、エレズは彼らに出撃の命は下さなかった。
その代わりに、懐に入れてあった護身用の短剣で、空に突き上げていた自らの腕をバッサリと切りつけた。
辺りに血が飛ぶ。真っ赤な液体が宙を舞う様は、どこか花びらが散るようにも見えた。




