VS『??』(1/5)
鬱蒼とした木々の間を縫うようにしてできた小道を抜けた先の、山に囲まれた狭い盆地のような場所。
エレズ率いる植物性ゴブリンの部隊は、その盆地を挟んで、タロス王国軍と睨み合っていた。
「中々動きがありませんね……」
傍らに控えていたホブゴブリンが呟く。
両軍が睨み合って、もう長い時間が経った。少し前までは晴れていたのに、つい先ほど降り出した雨に打たれて体が冷えてきている。
通り雨だったらしくすぐにやんだが、両陣営の間の窪地になっている場所に、大きな水溜まりができていた。
上空にはまだ灰色の雲が浮かんでおり、また雨が降り出すかもしれないという不安定な空模様だ。
(こちらが仕掛けてくるのを待っているのか?)
タロス王国軍の性格なら、敵を発見したら我先にと攻めてきそうなものなのに、とエレズは不可解に思う。
(何かが変だ……)
ラエゴブ王国をタロス王国軍が襲ったと聞いた時から、ずっとエレズは違和感を抱いていた。上手く言葉にはできないが、どこか釈然としないものがある。
その時、敵陣で動きがあった。
「よく来たな! 『農民』め!」
敵陣の奥から、大柄なトロールが現れた。その手に握られた鎖で拘束されているのは、ラティーナだ。
「ラティーナ様!」
捕まっているのは知っていたが、実際に囚われの身のラティーナの姿を見て、エレズはひどく動揺した。
「エレズ! だめよ!」
ラティーナは逃げ出さないように自由を奪われてはいたものの、猿ぐつわなどが噛ませてあるわけではなく、こちらの声に反応して大声を出した。
「こいつら、エレズを狙ってるの! 捕まったら何されるか分からないわ! 早く逃げて!」
(やっぱり狙いは俺か……)
自分の推測は当たっていたらしい。タロス王国軍は、同胞を全滅させたエレズを恨んでいたのだろう。
「タロス王国軍! よく聞いてくれ!」
エレズは、今度はタロス王国軍――と言うよりも、恐らく彼らの大将であるトロールに向けて話しかけた。
「先日の作戦に参加したのは俺だ! ラティーナ様は何の関係もない! だから彼女を解放してやってくれ!」
「ふん、欲しけけりゃここまで取りに来いよ」
トロールがくぐもった声を出して、手の中の鎖をもてあそぶ。だが、彼の言うことを素直に聞くのは危険だとエレズは判断した。
エレズはオッドアイを空へと向ける。
(このトロールは、天気が悪くなるのを待ってたんだな)
トロールは日光に当たると石化してしまうのだ。だから、こちら側とかち合っても、すぐには攻めてこなかった。自分が万全のコンディションで戦える時を待っていたのである。
魔物族にしては思慮深い。そういう個体もいるのだろうが、彼もその手の人物なのだろうか。だとしたら、ますます相手の口車に乗るのは危険だ。
「エレズ様! ラティーナ様を奪還せずともよいのですか?」
「我々はいつでも動けます!」
ゴブリンたちが気勢を上げる。「待て」とエレズはそれを制した。
(敵は何かを企んでいると思って行動するべきだ。俺ならこんな時は……伏兵を使う)
辺りは山がちの地形だ。木々の間に兵を潜ませ、挑発に乗ったエレズがゴブリンの部隊を率いて攻めてきたときを見計らって、遠距離から攻撃する。
そうすれば、自軍に被害を出さずに勝利することも可能だ。
だとしたら、こちらから攻め込むべきではない。
第一、攻め込んでも勝てる見込みがないのだ。
ゴブリンもエレズも戦闘に関しては素人であるのに対し、相手は軍人だ。そんな者たちと刃を交えるのは、卵から孵ったばかりのトカゲがドラゴンに挑むくらい無謀な行為である。
エレズはこの状況を打破する策を考える時間を稼ぐために、さらに相手側との会話を続けることにした。




