囚われ姫と謎の敵(1/1)
(ああ……どうしてこんなことになっちゃったのかしら……)
ラエゴブ王国から南東に下った地点に建つ砦。もうずっと昔に滅亡した国が使っていたこの要塞の地下牢に、ラティーナは閉じ込められていた。
タロス王国軍がラエゴブ王国に攻めてきたという知らせを聞いた時は、何かの間違いだろうと真っ先に思った。
だが、国境の門を突破し、国の中になだれ込んできた軍勢の鎧には、確かにタロス王国軍の紋章がついていた。
(あいつらは一体何を考えてるのかしら)
タロス王国軍は、ゴブリンたちのことは容赦なく殺害していたが、ラティーナの方は生け捕りにしようとしていた。
ラティーナは必死に逃げたが最後には彼らに拘束され、娘を人質にとられたリーヴは満足に戦えないまま敵の凶刃にかかってしまった。竜石化しただけで死んではいないというのが不幸中の幸いだろう。
ふと、地上に続く階段から足音がして、ラティーナは我に返る。やって来たのは、山のような大きさのトロールだ。
(こいつだわ……)
ラティーナは憎しみを込めてトロールを睨みつけた。
(こいつがタロス王国軍の総大将よ。間違いないわ……)
ラエゴブ王国での様子から、ラティーナはこのトロールが今回の侵攻の指揮を執っていたと見抜いていた。
「捕まっても泣きも喚きもしねえとは、静かでいいなあ」
トロールが口角を上げる。ラティーナはますます青い瞳をつり上げた。
「あなたたち、どういうつもりよ。何でうちの国に攻めてきたの。敵はエーテル王国なんでしょう?」
「タロス王国軍の敵は、な」
トロールは意味深長な言い方をした。
「でもな、俺の敵は違う」
「どういうことよ。あなただって、タロス王国軍に所属してるでしょう」
訳の分からない発言に、ラティーナは困惑した。
「じゃあ、あなたの敵は何だって言うの? まさかラエゴブ王国って答えるんじゃないでしょうね。ラエゴブ王国は、あなたに恨まれるようなことなんて何にもしてないわよ」
「ああ、安心しろ。あんな国なんか、どうでもいいからよ」
トロールが吐き捨てる。
「俺が恨みがあるのは『農民』だけだよ。あいつさえいなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ」
「えっ……『農民』?」
「馬鹿な『劣化姫』でももう分かってると思うが、あんたは人質だ。『農民』をおびき寄せるためのな」
(どういうこと……?)
このトロールはエレズとラティーナを、『農民』、『劣化姫』と呼んだ。
それはリーヴ王国で二人についていたあだ名で、タロス王国民であるこの男が知っているはずのないものだ。
(こいつ……まさか、タロス王国の所属じゃないの?)
それなら、『タロス王国の敵と自分の敵は違う』という先ほどの発言も納得できる。
ラティーナとエレズの古巣での事情について言及していた辺り、もしかしたら今は滅んだリーヴ王国の住民だったのだろうか。
(でも私、こんな顔は知らないわ)
リーヴ王国は小さい国だった。それに、人口の大半がエレズの植物性ゴブリンだったために、他の種族の魔物族は非常に目立つ存在だったのだ。だから、ゴブリン以外の全国民の顔をラティーナはきちんと覚えていた。
だが、その記憶の中にこのトロールの姿はない。
「あなた……一体……」
「レギン様! 北の方角に動きが!」
トロールの部下と思われる兵士が、地下牢へと知らせを携えてやってきた。トロールの顔が残虐に歪む。
「ふん、『農民』のお出ましか」
「エレズ……」
エレズが自分を助けに来てくれた。だが、今のラティーナは、そのことに何の喜びも感じられなかった。
このトロールの目的はエレズと戦って勝つことではなく、恐らくエレズを殺すことだ。そんな危険な人物の懐に、エレズは飛び込んできたのである。
「よし、事前に指示した通りに動け。俺が合図するまで、兵には持ち場を離れるなと言っておけよ」
「はい!」
トロールの命令を伝えるべく、兵士は去って行く。トロールは懐から牢の鍵を出した。
「さあ、『劣化姫』、お前も来るんだ。『農民』の死に様を拝ませてやるぜ」
「……あなたって最低ね」
このトロールはきっと、ラティーナのことも生かしておくつもりはないのだろう。人質の役目が済んだら、処分してしまうはずだ。
だが、そうと分かっていても逃げられそうもなかった。この抜け目のない魔物族の隙をつくことなど、至難の業だ。
ラティーナはそのままトロールに腕をつかまれ、ろくな抵抗もできないまま、地下牢から連れ出されたのだった。




